移民から学んだ正月

本日は、2016年1月3日日曜日である。

年末年始は廃人だった。廃人28号。

すべきことを全部さぼった。捨てた。無責任に捨てた。

還暦過ぎると、体力も気力もなくなる。もっとなくなるのが恐怖心だ。「もう、どうでもいいわ・・・」という気分になる。社会生活から降りているアウト・ローの気分になる。

大沢在昌(おおさわ・ありまさ)氏のクライム・ノベルに出てくるアウト・ローのヒロインたちの孤独や寄る辺なさや、だからこその秘めた凶暴さが一層に面白く感じられる。

クライム・ノベルのヒロインたちは存在そのものがリバータリアンだからね。無頼だからね。依拠するのは自分自身しかないからね。

女刑事あたりをヒロインにした小説とは、そこあたりが違うわけ。

大沢在昌氏の「魔女シリーズ」はおもろい。『魔女の笑窪』『魔女の盟約』『魔女の封印』は、非常に面白い。

どんなに面白くても、読み終わったら作家と出版社と書店に感謝して、Book Offに持っていくんだけどさ。

年末年始は、もっぱら雑読と街のほっつき歩きで過ごした。骨盤の歪みで不自由になっている右脚をひきずりながら歩き回った。

街をほっつき歩くといっても、中心地の繁華街を歩いたわけじゃない。栄や名古屋駅前に用はない。食料や日用品以外の買い物はインターネットでしかしない。

大須と「イオン」の熱田店と千種店と郊外の三好店を歩き回った。

これら「イオン」3店の比較は面白い。同じ「イオン」でも違う。入っている店舗も雰囲気も客層も。

「イオン」の中では、初売り値下げで混雑する「ユニクロ」の店内を、人混みのウイルスに晒されつつ、じっくり見て回った。

「イオン」の中にも外国人向けの「Duty Free Shop」はある。「ユニクロ」なんかもそうだ。

「ユニクロ」では、アジア系外国人女性がカートに大量に商品を入れてレジ前に並んでいた。お土産にするのかなあ??

いろんな100円ショップ(といっても2種類しか私は知らないが)を回った。100円で購入したハイソックスは、一足1000円や2000円のハイソックスと機能性においては遜色がない。100円だから、すぐに穴が開くだろうとか、破れるとかそういうことはない。

名古屋においても、いつのまにか定住外国人が増えている。髪をスカーフで覆った女性を含んだ家族連れが増えている。イスラム教徒だね。インドネシア人か、マレーシア人か、フィリピン人か。

アジア系でも中東系の顔つきの人々もいる。名古屋でも建設工事現場の作業員には、イラン人とかクウェート人とか、そんな感じの顔つきの人が増えてきた。

100円ショップでは、このような移民を見かけることが多い。

いずれ名古屋市内のキリスト教会が、いつのまにかイスラム教のモスクになるんだろう。

名古屋や名古屋郊外の「イオン」ではなく、豊橋の「イオン」ならば外国人率はもっと高くなるんだろうなあ。

移民を受け入れるとか、受け入れないとかグジャグジャ言っても、気がつけば「イオン」にはアジア系外国人が多くなっている。

客ばかりでなく、フードコートで働いている若い人々は中国系かベトナム系っぽい。

大須は、ブラジル系やトルコ系外国人が、客や店ともに増えている。

一番混雑している昼時の名古屋大学近辺の「すき家」をオペレートしているのは、中国系らしき若いアルバイト2名だ。たった2人で仕切ってる。すごい。

客にも外国人家族がいる。

外国人家族の子どもたちは、日本人家族の子どもみたいに店内で騒がない。ふやけた表情で親にしなだれかかっていない。静かに食している。

日本の子どもが弛緩しまくっている猿みたいであるのは、親が弛緩しているからだ。

「すき家」に来るしかないような階層の家庭のガキが弛緩していて、どうやって生きていくのだろうか。

あと20年もしたら、現在、人間がしている仕事の半分は、人工知能がするんだぞ。

人工知能ができない仕事をするか、人工知能を導入するコストを払う価値のないような類の労働に従事するしかなくなるんだぞ、20年後は。

今は、コンビニの店員さんは主婦のパートか学生アルバイトだ。その風景も変わりつつある。コンビニの店員は、東京あたりではかなり前から外国人が多かったが、名古屋でも最近は、そうなりつつある。

いまどきの頭の悪い弛緩した日本人では、いまどきのコンビニの多種多様なサーヴィスに対応できない。聡明そうな顔つきの中国系の留学生たちが、冷静に、テキパキと、注文をさばいている。

その酷薄に怜悧そうな顔を、私は惚れ惚れと眺める。

あれこそが男の子の顔だ。

「まあ、日本人は負けるよな。ぼろ負けしないと眼が覚めないよな・・・」と、私は無責任に傍観者的に思う。

だって、そうじゃないか。

普通の庶民の人間は、黙々と我慢して働いて、その収入の範囲内で暮らしてゆくしかない。

さらに、そこから抜けだすためには、よほど頭と体力と気力を振り絞るしかない。

「アイドル・エコノミー」とか言って、隙間産業的なニッチのビジネスチャンスを求めてビジネスを立ち上げても、成功する率は非常に少ない。

儲かるとなると、大手やもっと大きな組織が参入してくる。既得権を持つ人々からの攻撃にもさらされるだろう。

ビジネスにすること、カネ儲けのシステムを作ることは、きついことだ。

それでも、カネがなければ何ともならないので、人々はカネ儲けをするしかない。カネ儲けの機会を求めるしかない。

生まれた国の中で得られる職で食ってゆけるのならばラッキーだ。

本国で食えないならば、移民するしかない。

1985年にイギリスに行ったときに、想像以上に移民が多いのに驚いた。

明々白々に、露骨に、肌の色の濃さが低賃金系労働従事率と比例していた。

日本の大都会も、あの当時のロンドンの風景になりつつある。

私たちnative Japaneseは、移民さんたちの低賃金労働の上に提供される安い牛丼を食い、安いラーメンを食う。

移民さんたちの低賃金労働によって建設された住居の中で過ごす。

今のところ、生活はラクではないかもしれないが、治安のいい平和な日本での暮らしに、移民さんたちは自足して、労働と預金に集中しているように見える。

移民があまり増えると、競争相手が増えるから、テキトーに移民規制をしてもらいたい・・・と思っているような風情もある。

2016年の正月は移民さんの観察から始まった。

あの粘りと忍耐と沈黙から、今の日本人が学ぶべきことは多い。

私も大いに学んだよ。

 

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