こんな講義してます(その9)金儲けは美徳という思想を超える思想がないのはつまらん!

本日は、2016年1月31日の日曜日だ。

4学期終了まで、あと15日。この15日を頑張れば、自宅療養に入れる。

1か月半くらいは名古屋で休養させてもらわないと、4月からの2016年度の授業ができないよ。

ところで、本日は、2016年1月18日月曜日の第9回「アメリカ文化論」のクラスの一部を公開する。

きちんと学問的な情報とか、そういうものは、ここでは映像公開しない。

当然じゃないの。なんで、無料で、そんなことまで公開するんよ。

公開しても構わんことしか公開しないよ。

この日のテーマは、「アメリカの金儲けは美徳精神」の最終回。まとめだ。

「アメリカの金儲けは美徳精神」の功罪を整理して、しかし、まあいろいろあるけど、「金儲けは美徳」という思想しか、多文化多民族多人種の移民国家アメリカを束ねる思想はないんだよ、ということを言っている映像です。

ほとんどの人間には創造的な才能はないからね。

消費することでしか、自己主張も自己実現もできない。

ファッションというのは、消費によって、つまり衣服やアクセサリーを買って、自分を飾ることで、自己実現する行為だ。

私なんかも、クロゼットにぶら下がっている似合いもしない衣服を眺めながら思う。「私は馬鹿だから、こういうもの買って自分の鬱屈を誤魔化すことしかできないんだよなあ・・・自分で衣服をデザインして作るような技術もセンスもないもんなあ。消費すること、買い物することで、人生の空虚から目を逸らすしか能がない人間だな」と思う。

ファッション産業の隆盛の理由は、そこにある。

「消費することでしか、自己主張も自己実現も時間潰しもできない」程度の人間が圧倒的多数ならば、そりゃ、金儲けとか金を得ることだけが、有用な活動になるしかないよ。

でもさ、消費しかできることがない人間は、金儲けできるのかな。

金儲けを美徳にしても、そんな美徳を実現できる人間も少ないんだけど。

読書だって、書籍を購入しての時間潰しだもんなあ。ただの読書ならば、そうだよ。多読して、他人が提供する情報について知っているだけのことならば、ファッションに全エネルギーを注ぐ脳タリンの女の子と違いはないよ。

すみません。私は、ほんとに身も蓋もないことしか言わなくて。

他人が作った商品やサーヴィスを消費することによってでしか自分をお守りできない状態から、より主体的に自分の毎日に関わる、自分の人生を意識的に構築していく、これが「金儲けは美徳」という思想を超えることなんだよなああ。

しかし、ほとんどの人間は、週末になったら、家族で「イオン」を歩き回るしか時間潰しの方法がない。アメリカ人ならば、シアーズとかペニーズのショッピング・モールだな。

まだまだ「金儲けは美徳」という思想を超える思想は生まれそうもない。

いや、最初から、そんな思想はあるんだけど、その思想を生きることができる人間は少ないということなのかな。

 

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