身の程知らずに戻る

本日は、2016年4月21日木曜日だ。福山は雨。

Stay Hungry, Stay Foolish!

ご存知、これはスティーヴ・ジョブズ(Steve Jobs:1955-2011)が、2010年の5月に開催されたスタンフォード大学の卒業式に来賓として招かれたときに卒業生に贈った祝辞の中のことばだ。

https://www.youtube.com/watch?v=XQB3H6I8t_4

2011年春以前と以後(と最近にいたるまで)に、私が得たものは少なくないが、喪失したものも少なくない。

そのひとつが、この「ハングリーでお馬鹿なまんまの心」だ。

「ハングリーでお馬鹿なまんまの心」とは、「身の程を知らない心」だ。

地方というのは、すごい。つくづく、すごいと思う。

何がすごいかと言えば、地方には、身の程を知らない心の芽生えを存在せしめないパワーがある。

地方には、ついついうっかり浮ついて身の程知らずの夢を見てしまうような「出会い」がない。

「こんな素敵なもの、いつか欲しいなあ・・・」と思わせるような法外に無駄に贅沢で洗練されたものが売っているお店はない。

そーいうお店が集積しているような街角はない。ショッピング・モールはあることはあるが、だから何?の水準である。

また、「こんな人間もいるんだなあ!!身の程知らずだけど、こんな大人になりたいなあ!!カッコいいなあ!」とガキに思わせるような、ゴージャスな飛んだ大人は周辺にほとんど存在しない。

そーいう大人がいるよーーどこかに、という情報が貴重な話題として交換されない。

したがって、何につけても「憧れ」というものは喚起されない。

「身の程知らずの心」は、自然発生的には生まれない。

「身の程知らずの心」は、刺激されて育まれる。

地方というのは、なんで地方かと言えば、経済活動が乏しいから「地方」になる。

地方は最初から地方ではない。地方に「なる」のだ。

経済活動が乏しければ、情報も人間も物もカネも集まらない。産業がない。会社の数が少ない。食っていけないので、人口は流出する。

したがって、文化的インフラは構築されない。文化的刺激がない。

大きな書店がない。劇場が極度に少ない。映画館が極度に少ない。美味しいレストランが少ない。美味しいレストランがあっても競争がないので、いつしか劣化するのが地方だ。

そーいう地方に在住している人々というのは、当然のごとく、非常に堅実な方々である。地に足の着いた方々である。

「ミヤコ」に行けば、「大都市」に出れば、なんか面白いことがあるんじゃないかなあ~~行っちゃおうかなあ~~行っちゃえ!!となるような類のオッチョコチョイではない。

地方とは、オッチョコチョイではない人々の遺伝子の集積場である。

リアリズムで生きることができる芯の強い人々しか暮らせないのが、地方だ。

「身の程知らず」な人間は、サッサと地方から出ていくので、地方における「身の程知らず」な人間の棲息率は低い。

そのような経済活動に乏しく、文化的インフラの蓄積の少ない地方に住み、そこで働いているうちに、私もいつしか変わってしまった。

あんまり影響を受けるタイプではなかった私でさえ変えた地方の凄さよ!

私は、もともと非常にオッチョコチョイで軽薄で地に足が着いていない人間である。「身の丈にあった生き方」などしたくてもできない気質である。

リアリズムから遊離しがちな人間である。それを恥じる気持ちもある。

政治とか経済は、リアリズムに徹しないと困るだろう。

「日本人は、すごいんだぞ~~~特別な民族だぞ~~~日本の歴史は稀有なんだぞ~~」と思うのは勝手だが、そんな姿勢で外交や金融政策を決められたら困る。

しかしだ!

個人の人生は、たったひとりの個人の人生ゆえに、はっきり言って、失敗してもどうということはない。

好きにアホやって孤独死の野たれ死にでもいい。

葬式も墓も無用だ。生きてる時に自分の生き方を自分で「いいじゃん~~~」と思えるかどうかだ。

「もう好きに生きちゃったからいいやあ~~ほんと面白かったわ。楽しかったわ~~」とニタニタ思い出し笑いしながら死にたい。

私は頭も悪いし、体力はないし、女だし、人生を始めた時の手持ちのカードはどうでもいいようなもんだった。けれども、どういうわけか「身の程知らずな心」だけはあった。

客観的に見れば、とんでもない「身の程知らずな」ことばかり私は考えていた。

他人に言うことはなかったけれども、私の心と頭の中は、「身の程知らずな」妄想で充満していた。

きっと実現するに違いないと勝手に脳タリンに信じていた。信念というほどの確固としたものではないけれど、漠然と信じていた。

だから、徒手空拳の心細い境遇を、あんまり心配もせずに悩みもせずに能天気に生きてこれた。

私に意地悪した人間は、みんな不幸になる!

私はいつまでもこんな世界にいないから、こんな連中と仲良くしない!

私は、必ず自分が望むようになるから、こんなところでいじましいセコイ計算はしない!!

もちろん、私が身の程知らずに欲望したことは、半分も実現しなかったけれども、2割や3割は実現した。

そこそこの打率じゃないか。

そういう「身の程知らず」のまんま、私は58歳まで生きちゃったのだ。

そして、58歳の春に福山市立大学に赴任した。

ところが、地方の「身の程知らずの心を潰す精神風土」のパワーに負けて、ついつい染まってしまった。

しょうもないわ・・・この5年間。

ということで、私は、元の「身の程知らず」に戻ることにした。

別に法律違反をするわけでなし。

自分が好きなように生きて、失敗しても迷惑かける人もいない。

親も子もいないし、亭主は男だから私より早く死ぬだろうし。

やはり、「身の程知らず」でないと生きている気がしない。

面白くない。

この5年間の「地に足を着けた生き方」なんか糞くらえだ。

 

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身の程知らずに戻る” への2件のフィードバック

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