『シン・ゴジラ』は世紀の大傑作である!!

庵野秀明氏が総監督・脚本・編集『シン・ゴジラ』(2016)は、私が今まで観た日本映画の中で最高だ。

いや、全ての映画の中で最高かもしれない。

よくぞ、このような日本映画を創造してくれた!!

『シン・ゴジラ』は、脚本が何よりも優れている。

俳優の演技は、若い俳優が多いのでアホみたいである。英語の台詞など、「馬鹿!!!もっとちゃんと子音を出せ!!」と張り倒したくなる。

しかし、脚本が素晴らしいので、俳優なんかどうでもいい。誰が演じてもいい。

綿密に構成された脚本の進行を促す台詞しかないので、俳優はその台詞を言っていればいい。

119分の長さの映画だが、まったく長さを感じさせない。

この映画には、日本映画が持ちやすい「しょうもなさ」が微塵もない。

思わせぶりな点が全くない。

問題は明確。テーマも明確。メッセージも明確。政治的メッセージ明確。

こんな日本映画なかったぞ!!

生きてて良かったわあ!!

海中に廃棄された使用済み核燃料を食った生物は、体内の核分裂をエネルギー源として生きるようになる。

その生物は、遺伝子情報は人間の8倍もの数がある。つまり最も進化した生き物なのだ。

その生物は、いつもいつも細胞分裂を重ね、巨大生物となった。

その巨大生物が東京湾に出現し、東京に上陸した。

水中生物だったのに、またたくまに陸上動物に進化した。再出現したときは、体長120メートル近くになっていた。

その巨大生物ゴジラを「駆除」するというミッションだけを中心に映画は描かれる。

巨大生物に対処する法律もなく、何を決めるにも「民主的な手続き」が必要なので会議ばかりが重ねられ、日本政府は初動対応に失敗する。

首相や閣僚は、前例のない事態に悠長な論議を重ねる。

最終的な決定をいつも迫られる首相は、自分の責任の重圧にひるみがちである。

やっと、自衛隊の防衛出動が命じられ、武器の無制限使用が首相によって認められる。

しかし、その巨大生物ゴジラはミサイルをどれだけ撃たれても、びくともしない。

ゴジラの進路はことごとくゴジラが発する放射性物質に汚染される。

日本政府に要請されて出動した米軍の爆撃機もゴジラに墜落させられた。

打つ手なし。完全生物ゴジラ。

東京は破壊され、首相始め政府の首脳陣を避難させたヘリコプターも行方不明となる。

生き残った農林水産大臣が、首相代理になる。

ゴジラの進化と細胞分裂はとどまらず、空を飛翔することができるようになるかもしれない。大陸間移動が可能なゴジラに。

無性生殖単体増殖をして、第二、第三のゴジラが出現するかもしれない。

そうなれば人類の危機だ。人類の終焉だ。

ゴジラに関する情報を数年前から把握していたアメリカは、とうとう熱核兵器をゴジラに使用することを日本政府に通告する。

国連の安保理事国は、東京にいるゴジラへの核攻撃を決定し、多国籍軍を編成する。日本政府は、多国籍軍の配下に属することが決定する。

危うし東京。危うし日本。

円も日本国債も株価すべてが暴落し、西日本の地価は高騰する。食糧は不足する。関東からの避難民が殺到するからだ。

ここから先は、「ネタばれ」になるから、書かない。

ここから先がすごい。

ここから先を見ないでは死ねないぞ!

ここから先は、涙なくして観れない!

ともかく、だ。

ともかく、多くの人知を結集して日本は、「とりあえず」救われる。

ゴジラ出現から、「とりあえず」の危機脱出までを、映画はスピーディに描く。

科学的説明をきちんとしながら描く。

この科学的説明が実に丁寧。リアル。説得力がある。

映画は、国家的危機の勃発から解決までの人々の努力を無駄なく描く。

人々はすべきことを淡々とする。義務を果たすべく努力する。

登場人物の男女が恋愛に陥るとか、家族問題に悩むとか、そーいう類のどうでもよい展開はいっさいない。

陳腐な頭の悪い「物語」がない。

問題解決のプロセスが描かれるだけだ。

うわ。

なんたるハード・ボイルド。

なんたる骨太で気骨ある映画!

やっと日本映画がここまで来た。

日本人が賢くなったんだ!!

この映画を観終わったあとに残るのは、「感動」と呼ばれるようなセンチメンタリズムじゃない。

自分の頭が良くなったような高揚を、『シン・ゴジラ』は観客に与える。

すごい傑作である。

ハリウッド映画を超える傑作である。

『シン・ゴジラ』は、もはや「ゴジラ映画」ではない。

「ゴジラ映画」の枠を越えた政治映画になっている。

ゴジラ映画は、日本映画だけでも28本製作されてきた。

『シン・ゴジラ』は、29本目の「ゴジラ映画」である。

しかし、『シン・ゴジラ』は、「ゴジラ映画」というジャンルに終焉をもたらす映画でもある。

なぜならば、もう『シン・ゴジラ』を凌駕する「ゴジラ映画」は創られることはないだろうから。

このような大傑作を超えるものを製作するのは、総監督・脚本・編集の庵野秀明氏にとってさえも、不可能かもしれない。

 

 

 

 

 

『シン・ゴジラ』は世紀の大傑作である!!” への4件のフィードバック

  1. >ここから先は、「ネタばれ」になるから、書かない
    警告が遅いw
    「ここから先、立ち入り禁止(出口寸前)」ぐらいに遅いw

    シンゴジって不思議ですね。終わった後に語りたくなる。妄想したくなる。俺ならどうする。どうしたい。どう作った。
    庵野監督の作品はこういうのがとても多い気がする。やっぱり嘘が少ないからなのかな。どこにでも介入できそうな気がしてくる。
    単に面白いだけじゃなくて、語りたくなる。ってのは、本当不思議です。

    いいね: 1人

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