昔話(2) 救霊?浄霊?除霊?

2000年3月の私の体調は、ひどかった。

47歳だった。

思えば、あれは更年期障害というものだったのだろう。

1週間休養していても、泥のような疲れで、何もできなかった。

そういうときは病院に行くべきなのかもしれなかった。

1992年に父を亡くし、1998年に母を亡くした2000年時点の私には、病院とか医師とか医療というものへの期待がサッパリ消えていた。

今でも病院は刑務所と同じだと思っている。

病院に行ったら、「病人」にされる。

病院には行きたくない。

でも、この不調は何とかしなくてはならない。

ということで、じゃあ、この某宗教カルトの「救霊」を受けてみようか?

と、私は唐突に思った。

溺れる者は藁をも掴む。

どうして、唐突にそう思ったのか、わからない。

だって、「原因不明の不調は、救われていない先祖の訴えだったり、あなたが意図せずに傷つけた人々の生霊のせいかもしれません。救霊を受けると、あなたの霊体が浄化され、やる気が戻ってきます。会員でなくても救霊を受けることはできます」と、その宗教カルトの本に書いてあった。

このままでは困るんだよ、仕事できないよ。忙しいんだよ!

その某宗教カルトは神道系であった。

そこの教祖さんの著書を、私は何冊も読んでいた。

オカルト系本は、私の大好物なのだ。

書いてあることは至極まともなことばかりであったし、読みやすかった。

名古屋でも「救霊場所」があるようだ。

ということで、私は、この宗教カルトのオフィスに電話して「救霊」の予約をした。

で、2000年4月始めの日に、「救霊」を受けた。

これは、私が経験したことのなかでもベスト5にはいる「不思議体験」であった。

招き入れられた個室には神棚が祀られていた。

救霊師さんを待つ時間が長かった。

まずは、救霊師さんの御霊(みたま)を鎮めないと、他人のために祈る態勢ができないとのことだった。

あ、そうですか。

待っているうちに、両腕の皮膚がピリピリしてきた。

なんで?

やっと救霊師さん登場。

私よりちょっと年上の感じの、実直そうな中年男性だった。

神道の祝詞と言霊で救霊するそうだ。

救霊時間は2時間ほどだそーだ。

救霊師さんは神棚に向かう。

救霊されているときは目を開けていてもいいそうだが、私は両目を閉じた。

そこからが実に不思議で奇妙な時間が始まった。

当時の私は祝詞なんて知らなかったので、救霊師さんが何を唱えているか、わからなかった。

ただ行儀よく座っているだけだった。

そうしたら、しばらくしたら、私の意志とは関係なく、私の身体が勝手に動き始めた。

ただし、腰から上だけ。

両腕がクニャクニャ動き、上半身が激しく揺れ動き、首も前後に激しく動いた。

何これ?

ときおり、救霊師さんが「アマテラスオオミカミ〜〜」と唱えるときのみ、私の身体が勝手に背筋を伸ばし、頭を丁寧に下げた。

何これ?

どうも私自身の中に存在する何者かが、救霊師さんの言葉に反応していた。

私自身はと言えば、「よく、こんなヘンテコリンな動きを私ができるなあ……」と呆れていた。

両手を合わせた両腕を頭の上に高く掲げたままに、グニャグニャと上半身が踊っている。

何これ?

これ以上できないという具合に上半身が激しく踊っている。

撮影して後で見たら絶対に笑う。

絶対に爆笑だぞ。

それぐらいに奇妙奇天烈に動いている。

無茶苦茶に動いている。

自慢じゃないが、私は体が硬い。

自由自在に体が跳ねるとか動くとか踊るというのは、ありえない。

なのに、私の上半身はソファの上でピョンピョン踊っていた。

何これ?

しかし「アマテラスオオミカミ〜〜」と言う救霊師さんの言葉が聞こえると、あくまでも私の身体は静まり、スッと背筋が伸びて、頭を丁寧に下げている。

どうして?

そういうわけのわからん時間が過ぎた。

それだけ激しく動いて疲労が溜まるはずなのに、まだまだ私の上半身と両腕は激しく揺れ踊り続けた。

もう勝手にせいと、私は観念した。

だって、私では止められない。

勝手に身体がグニャグニャ踊ってるうううう〜〜〜〜

もう知らんわ。

………………………………

やっと、「救霊」が終わった。

救霊師さんが言った。

「終わりました。これから徐々にフジモリさんの体調は良くなります。フジモリさんには、クリスチャンの生霊が結構ついていました。みなお祓いしておきました。これからのフジモリさんのご活躍とご多幸を祈念します」と。

クリスチャンの生霊?

あ、それは1996年3月末で退職した名古屋のキリスト教系女子大の短大部の同僚たちだろう。

まっことご立派なクリスチャンばっかりだったから……

あいつら、生霊になって私に憑いていたのか。

私のおかげで、あいつらのメンツ丸つぶれだったもんな。

あいつらが私を恨むのも無理はないな。

若い頃の私は容赦がなかったから。

「あのお、待ち時間の間に両腕の皮膚がピリピリしたんですが……」という私の質問に、その救霊師さんは答えた。

「あ、それは霊には自分たちが祓われるとわかるんで、抵抗したんです。怖がっていたんですねえ」と。

料金は1万円ちょっとだった。

「????」と不思議な気分のまま、私は帰宅した。

くたびれた。

翌朝に驚いた。

身体が非常に軽い!

足が軽やかに歩を進める。

鏡に映る顔の肌の色が白くなっている。

なんだか気分が明るく澄んでいる。

新学年度の授業でゼミの学生から、「センセイ、色白になりましたねーー」と言われた。

仰天した。

同僚にも言われた。

「なんか、サッパリした顔してるね〜〜色が白くなって〜〜なんかいい事あったああ?」と。

霊的に汚れてくると、顔色がドス黒くなるそうだ。

私の顔色もくすんでいたのだろう。

「ひょっとして、これは本物かも?」と思った。

で、私は、その宗教カルトに入会した。

好奇心もほんといい加減にせい!

4回ほど集会に参加した。

なにゆえか、「あなた、救霊師になりなさい。絶対に救霊師に向いている。受講料は50万円」と勧誘された。

誰がなるか。

集会は目新しく面白かった。

教祖さんも見た。

でも、「こいつらアホか……」と思った。

ときどき、そのカルトでは、「手相みます」フェスティバルみたいなものをやっていたが、私は小学生の時に人相学も手相学も勉強していたので、アホらしかった。

ネット検索して、その宗教カルトに関する批判とかも読んだ。

で、退会した。

4ヶ月で退会。

1年分払った会費の8ヶ月分は、ちゃんと返してもらった。

あの宗教カルトについてはどうでもいい。

だけれども、あの「救霊」については、あれは本物であった。

いまだに感謝している。

凄まじく体調が悪く、どうにも気分が沈んで仕方なかった私が、事実として救われたのだ。

また忙しい日々に元気よく対処できるようになった。

今では顔も忘れてしまった救霊師さんにも感謝している。

見ず知らずの他人の私のために、あの方は何時間も祈ってくれた。

ありがたいことだった。

「アマテラスオオミカミ〜〜」の言葉に、私の意志に反して頭を下げたのは、私の中の誰だったのか?

あれは私の中の真の私であったのか。

私の魂であったのか?

宗教カルトというものは、馬鹿にされ揶揄される。

しかし、その宗教カルトにも、何かしらの真実や真理はあるのかもしれない。

私が宗教カルトに入会したり、救霊を受けることは2度とない。

でも、2000年の春の救霊体験については、世の中には不思議なことがあると私に思わせた貴重な体験だった。

神道について自分なりの勉強を始めたのも、あの救霊体験からだった。

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