新刊『明治を創った幕府の天才たち—蕃書調所の研究』讃

amazon.co.jpにレヴュー書いたけど、ここにも書いておく。

水増しして書いておく。

この本はすごい。ただの幕末明治真実暴露本じゃない。

「幕末明治真実暴露本」というのは、近年は珍しくなくなった。

たとえば、会津藩がスケープゴートにされたことは、今やかなりの人々が知っている。

会津戦争は不必要な虐殺だった。

会津は、官軍という薩長の寄せ集めの下級武士たちの八つ当たりと怨恨の標的にされてしまった。

たとえば、いまどき坂本龍馬を英雄として崇拝しているのは、歴史的無知。

ジャーディン・マセソンというイギリスの商社から極東の離れ小島に派遣されたトマス・グラバー(フリーメイソンです)のパシリやっていた龍馬の実相は、すでに知られつつある。

たとえば、映画化もされた「長州ファイヴ」の若者たちに関する神話について。

後の伊藤博文を含む5人の若者たちが借金して渡航費を工面し、鎖国下の日本から密航し、当時の世界帝国イギリスに渡り、そこで学んだことにより、日本の近代化に貢献したという話。

そんなことできるはずない。

彼らの渡航費用を彼ら自身で用意できるはずない。みな貧乏な下級武士の子弟だもの。

イギリスで彼らを世話してくれた誰かがいなければ、ロンドンの大学で学べるはずない。

密航して日本に来たジンバブエの若者たちが東京に居を構えて、東大で聴講できるか?

できねーよ。

長州にせよ薩摩にせよ、徳川幕府打倒を心に秘めて、先進の思想や技術を学ばせるために若者たちをイギリスに送ったのだ。

情報独占と貿易は、一番カネになるしね。

長州や薩摩をテキトーに動かしていたのは、イギリス人。

日本国を背後から管理収奪することを目論む大英帝国の東アジア支配の一環として、イギリス人は極東の離れ小島からやってきた土人の若者たちの世話をしたのだ。

あと、孝明天皇暗殺とか、明治天皇すり替えとか、「幕末明治に関わる真実暴露言説」は、いろいろある。

しかし!

この『明治を創った幕府の天才たち—蕃書調所の研究』(成甲書房、2016)は、単なる「幕末明治真実暴露本」じゃない。

その水準を超えてる。

もっと普遍的な問題を示唆している。

極東の離れ小島に位置している日本という国が、世界において持たざるをえない運命について直視している。

つまり、地政学的に属国であらざるをえない国は、情報弱者でいることは亡国であるという事実について直視している。

日本がなんとか国体を保って21世紀まで生き残っているのは、優秀な類の日本人たちが、中国や西洋から学んできたからだ。

島国で引きこもってチイチイパッパやれるのは庶民だけだ。

あのね、この『明治を創った幕府の天才たち—蕃書調所の研究』はね、是非とも副島隆彦氏の「属国・日本論』と『日本の歴史を貫く柱』(『歴史を見通す眼』改題)とともに読むべきです。

簡単に大雑把に表面的に言えば、この本の趣旨は、以下のとおり。

1856年に徳川幕府によって正式の洋学研究所として設立された蕃書調所は12年間しか存続しなかったが、ここに各藩から集められた大秀才、天才たちこそが、明治政府の中間官僚として、国政を実際に動かした。幕末維新をめぐる薩長中心史観は歴史の真実を見ていない。明治政府の近代化は、徳川のテクノクラートたちによって遂行された。

では、その徳川のテクノクラートたちを輩出した徳川という時代のエリートたちの学習内容とはどういうものであったのか。

徳川時代は鎖国の時代だ。

だからといって、徳川のエリートたちは徳川幕藩体制を維持強化するための御用学問=儒学(朱子学)を学んでいただけではない。

長崎出島のオランダ人からもたらされる情報(蘭学)も、キリスト教に影響された陽明学も、連綿と徳川時代のエリートたちの心をつかんでいた。

幕府の学問機関の昌平黌で、エリートが読んでいたのは漢文に翻訳された西洋事情であった。

ほんとよ。

国学とかもあったけど、そんなもん極東の離れ小島の精神的田舎もんのナルシズムよ。

実のところ、徳川時代のエリート武士に要求されていたのは「数学」だった。

藩の運営=経営には数理に強い藩士がいないとダメだった。

だいたい、自分の藩の土地の広さだって、測量技術がなければ、把握できんでしょ。

大砲だって、砲の着地点を選ぶのに計算しないと、あかんでしょ。

数学は、いかに日本にもたらされたか?

実は、キリスト教宣教師たちから教えられたんよ!

各藩の選り抜きの秀才たちが学んでいたんよ!

キリスト教宣教師たちは、みな殺されたわけではなく、隔離されて、西洋事情や西洋の学問を教えさせられていた。

生きてる情報だもの。

殺すのもったいない。

日本人キリシタンなんか要らんけど。

ペリー黒船来航のはるか前から、徳川幕府のエリートたちは世界情勢についてある程度知っていた。

オランダ語ばかりでなく、英語やロシア語習得の必要性も知っていた。

同時代のヨーロッパでは、英国とロシアがグレート・ゲームを展開していたことも知っていた。

ペリーが2度目に開国を求めて来たときに、徳川幕府は、ペリーに、交渉をオランダ語ですることを要求した。

英語じゃなく。日本語でもなく。

互いにとっての外国語であるオランダ語で。

なるたけ、公平な交渉にするために。

徳川幕府は無能だったわけじゃない。

目一杯やってたんだ。

神国日本といくら自画自賛しても、日本は極東の島国だ。世界基準の思想が生まれる国じゃない。

あまりに辺境の田舎よ。

だからこそ、日本の世界における生き残りは、先進国の思想や技術を学ぶことに依存している。情報弱者であることは亡国への道だ。

徳川時代のエリートたちは、それがよくわかっていた。

幕末開国以前も以降も、なんとか日本がやってこれたのは、外国の先進思想や技術を鎖国下の体制の中でも学び続け、伝え続けてきた人々が幕府の中にいたからこそだ。

日本人は外国から学び続けるしかない。それが極東の島国の運命だ。

というわけで、収録されている論文は、すべて読みごたえのある力作である!! 

文章も読み易い。

マーカーで線を引きまくりだ。

もうBook Off に売れません。

巻頭論文の石井利明氏の「尊皇攘夷から開国和親へ–その歴史の秘密」は、尊皇攘夷って騒いで、天下の大老まで暗殺しておいて、急に開国和親へ動いたのはなぜかという、中学や高校の日本史の時間に誰もが抱いたに違いない疑問への解答を、日本における(キリスト教に影響を受けた)陽明学と蘭学の受容から考察する。

六城雅敦氏の「明治の国家運営を担った旧幕臣の数学者たち」は、数学(天文学)の日本への導入の経緯や、数理に強い武士でないと出世栄達できませんでしたという意外な事実を教えてくれる。

田中進二郎氏の「蕃書調所の前身・蕃書和解御用と初期蘭学者たち」は、鎖国キリシタン禁止令以後も脈々と日本の知的風土に浸透していった西洋なるものの受容の諸相を教えてくれる。

吉田祐二氏の「東京大学の原型「蕃書調所」をつくった勝海舟」は、論文としてもっとも構成ができている。まずはこの論文から読むと、この優れた論集のテーマが把握できる。

古村治彦氏の「大隈重信の旧幕府と新政府主流派にまたがる人脈」の「知られざる大隈像」に驚く。大隈重信って、こういう人物だったのか!

大隈重信は、英語とオランダ語ができたので、通訳の立場で外交の秘密に関与できた!うーん、やはり、語学は身を助ける。

津谷侑太氏の「幕末の科学研究所・蕃書調所で起きていた権力闘争」の福沢諭吉論は大胆で面白い。この想像力と推理力はすごい。鬼才というか、異才というか。

副島隆彦氏と剣術家の古本肇氏の対談の章もある。

これが無茶苦茶に面白い。

剣で戦うということのリアルが伝わる。

剣で戦うということの現実は、こういうものであったのだ!

剣はさ、長ければ勝てるんだって。

短い刀は長い刀に絶対に負ける。

なんで?

読んでみて。

みなさん、ここだけでも読まないと人生を踏み外しますよ。

ほんとうの剣の使い手は、チャンバラしません。

強い剣豪は、安易に軽薄にチャンバラしません。

この対談だけでも、読んでみて。立ち読みでもいいから!

3回読んでも飽きない。『シン・ゴジラ』並だ。

で、この本の教訓。

極東の離れ小島の人間は、外のことを勉強しないと生き残れない。

宝は他から。

それが、極東の離れ小島の人間のリアルな道。

地政学的にどうしても属国やるしかない辺境の島国の人間は、ナルシズムに閉じこもるわけにはいかないのよん。

それは、哀しみである。

しかし、強みでもあるのだ。

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