アホは貯運すべし

運というのも、実は何なのか、よくわからない。

それでも、思う。人間はアホでもいい、運さえあれば……と。

あらためて、そう思わされたのが、宮城県石巻市の大川小学校裁判の判決を知った時だ。

亡くなった74名の生徒のうち23名の生徒の親御さんたちが粘り強く真実を追求し、石巻市と宮城県を訴えた結果が、やっと出た。

5年経って、やっと一審判決が出た。

実は、教員たちと地域の代表のような人物が、「山に逃げるべきだ」対「山に逃げて生徒が怪我したら責任を問われる。津波はここまでは来ない」と40分も言い合っていたという。

地震があって、校舎から校庭に避難(?)して、生徒たちは教員たちがヤイノヤイノと言いあっているのを虚しく待っていたという。

「ここにいたら危ない。みんな死んじゃう」と山に逃げた生徒も数人いた。しかし、教員は彼らを捕まえ、校庭に引き戻したという。

結局、山ではない方向に生徒を誘導して、津波に襲われて74人の子どもが亡くなった。

教員の死亡者は、教頭を含めて10名。

校長は娘の中学の卒業式に出席のため不在だった。

(???中学の卒業式なんかに父親が行くか? どんだけ暇?宮城県の習慣なの?)

つまり、2011年3月11日に起きた災害が、人災でもあったことが判明した。

5年と7ヶ月以上も経過して。

で、仙台の地裁は石巻市と宮城県に14億3000万円の損害賠償を命じた。

訴訟を起こした親御さんたちは、「金めあてに、死んだ人たちに鞭打つようなことして……」と地元では非難されたに違いない。

自然災害なんだから、誰が悪いわけでもないのに……と非難されたに違いない。

でも、他の小学校は、同じ自然災害に襲われても、生徒たちを無事に保護できた。

こういう事態になったのは、大川小学校だけだ。

おかしいでしょ、それはやっぱり。

きっと亡くなった子どもたちの霊が親御さんを動かしたのだねえ……

運が悪かったって?

いや、そこなのよ、私が言いたいことは。

確かに運が悪かった。

想定外のことだったし。

想定外のことに対処できる頭だったら教師にはならないのかもしれない。

それはそうなのよ。

それはそうとしてもね、しかしね、他人の子どもを預かる立場の人間は、断固として自分を運がいい状態にしておかないといけない。

不測の事態が起きた時、防ぎようがない事態に見舞われた時、なんとか子どもたちが守られるためには、頼りになるのは運しかない

運が良ければ、ふいに打開策がひらめいたり、天啓のように他人の言葉がヒントになったりする。

運が良ければ守護されて助けてもらえるんよ。

まあ、学校の先生になるような人たちは、素直にお勉強してきた人たちであり、真面目なんだけど、すっごく頭が柔らかいというタイプじゃない。

文部科学省や教育委員会とかの強烈に硬直した役所の指令通りに動かざるをえないから、すっごく頭が柔らかいと、かえってまずい。

だから、そのお勉強はできるが、硬い悪い頭で、危急の時に子どもたち守りたいと思うのならば、アホでも子どもたちを守ろうと思うのならば、もう運に頼るしかない。

自分の判断とか頭の程度を過信せずに、謙虚に天の声をいただくしかない。

で、天の声をいただいたら、それをキッチリ実行しないといけない。

怒鳴ってもいい、暴れてもいい、天の声を実践しないといけない。

教師は、そういうことを常に意識していなければならない。

私みたいないい加減な人間でも、学生を引率してゼミ旅行なんかで海外に行く時は、ほんとビクビクと緊張していた。

出国する前に、あらゆる事態をお勉強もできないし硬くて悪い頭で精一杯に想像する。

こういうこともありえる、ああいうこともありえる……そのときどうするか…いろいろ妄想する。

覚悟が定まったら、神社に正式参拝。

前の勤務先は大阪府にあったので、まずは住吉大社に参拝。

名古屋の熱田神宮にも参拝。

目的地に行ったら、目的地の地霊や神様に媚び売りまくり、チップ出しまくり。

引率者の私の運がいい状態を私が保つためには、なけなしの運を消費しないように、あえて損をしまくる。

私さえ損していれば、学生はみんな無事に帰ることができる!と断固として思い込む。

めでたく無事に帰国したあとには、神社にお礼参り。

あまりにビクビクといろいろ想定し備えることに私は疲れて、2005年を最後に学生の海外引率はやめた。

そのとき、「老いたな……」と思いましたです。

教師としては、もうあかんかも……と思いましたです。

それでも生活のために教師を辞めることはできなかった、この10年よ。

ともかく、人さまの子どもを預かるというのは、ほんとうに疲れることなんである。

心を砕くことなんである。

今の勤務先では、「ここのコンピューター・ルームに変質者が包丁持って乱入したら、私が刺されているうちに、学生が逃げるしかないな……この教室のドアは2箇所あるけど、1箇所はなにゆえかいつもロックされている……ということは学生が逃げるときは1箇所のドアに集中するわけだ……混乱必至だな……ほんとに、この大学は危機管理がなってないわ……誰でも入れる構造だしな……」とか考えながら、授業してる。

ありがたいことに、身体を張って学生を逃すような事態に出会うことはなかった。

ラッキーであった。

(とはいえ、まだ5ヶ月は教師だからなあ……油断はできない)

でも、ラッキーであるために、私は私なりにできることをしてきた。

おそらく、大川小学校の先生たちは、子どもたちを守りたい気持ちはいっぱいにあったのだけれども、運が足りなかったのだろう。

言い換えれば、運が足りないという自覚がなかったのであろう。

運が足りないという自覚があったのならば、自分の運は使わずに、いざというときのために貯金ならぬ貯運をしておいていたろうから。

いざという時とは、ああいう事態よ。想定外の地震と津波。

教師というのは、いざという時のために、子どもたちが守られるために、自分は何を差し出すか、何を諦めるか、いつも想像しておかないといけない。

同時に、自分の非力無能を補ってくれる大きな力を意識する習慣も保持しておかねばならない。

善意だけじゃ務まらんのよ、他人の子どもを預かる立場というのは。

こういうことは教育学部で教えてもらえるようなもんじゃない。

教育実習で学ぶものでもない。

教育委員会とか文部科学省の小役人たちには絶対にわからない心のありようだ。

小役人はどうでもいい。御託並べてりゃいい。

でも、現場の教師は、この心のありようを持っていないと、危ない。

いや、ほんと教師の方々は、他人のお子さんを預かる立場の方々は、アホでもいいです、アホでいいですから、運だけは良くあってください。良くしてください。

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