フェミニズムという言葉が消滅した現代と未来こそ女の時代

本日は2016年11月19日土曜日だ。

ここ2週間は非常に忙しくて、ほんとぐだびれだ。

まあ、退職するまでは、勤めている限りは、忙しくて、くたびれるのは当たり前のことだけど。

体調が悪い時は、「40度以上のお風呂の浴槽に顎まで10分以上浸かる」がいいそうだ。

ウイルスにせよ悪性細胞にせよ、温めると死ぬ。

だから、お湯の中で顎まで10分以上浸かっていれば、ウイルスも悪性細胞も死ぬ。

この2週間の多忙さと疲れを、私は「42度お湯浸かり10分以上」で乗り切った。

10分って長い。

退屈が嫌いな私はカラスの行水派であるが、10分は浸からねば。

ということで、「ありがとうございます」を言う度に左手の指を折り、それを10回繰り返したら、右手の指を一本づつ折り曲げて、この動作を10回繰り返せば、10分は過ぎるということで、そうしてる。

「ありがとうございます」の代わりに、「トランプさんめでたく暗殺逃げ切り大統領就任一期無事勤め上げ」でもいいのだ。

「人類平和繁栄大地球共栄圏万歳」でもいい。

「名著一万冊読破天才になりたい」でもいい。

「骨盤の歪み矯正大成功また15キロ歩行成功」でもいい。

「『シン・ゴジラ』 並みの大傑作映画さらに出でよ!」でもいい。

「ガッキーみたいに手足が長くなれ長くなれ長くなった!」でもいい。

何でもテキトーにブチブチと100回言えば、10分は過ぎるね。

で、お湯の中でじっとしてブチブチ無心に言ってると、心の奥から湧き上がってくる悦びがあるね。

それはどーいう悦びかというと、こういう時代に女として生まれたことの幸運に対する悦びね。

日本の少子化って、突き詰めれば、近代化による女性の識字率向上と計算能力の向上の結果だ。

つまり、女が読書するようになり、コスト・パフォーマンスを考えるようになれば、自分の人生を第一に考えるようになる。自分の人生を大事に生きようと思うようになる。

読書して知識が増えて計算能力が向上すれば、賃金仕事に就ける。

そうなると、女にとって結婚というものは食ってゆくための手段ではなく、人生を有意義にするための手段となる。

そうなると、「こんなんと結婚するぐらいなら、独身の方がいいわ」となる。

もしくは、「こんなんと結婚してるのは時間とエネルギーの無駄だから、サッサと離婚しよう」となる。

で、そもそも結婚する女性の数が減る。

自分の人生を大事に思えば、多くの子どもは産まなくなる。

多産が趣味だという人以外は。

多産でも全く経済的に困らない階級に属する人以外は。

子どもに自分と同じ教育チャンスを与えたいと思えば、経済的には子どもの数は少なくなる。

ということで、少子化の原因は、どうみたって女の高学歴化、もしくは女の近代化の帰結だ。

でもってですねーーこれ、すっごい世界史の大転換なんだよね。

そういう時代は人類史上初めてだからさ。

と、1980年代にソ連崩壊を予言し、21世紀早々にEUの崩壊を断言したエマニュエル・トッドさんは言っている。

少子化といっても、人工知能が労働現場に採用されていくのだから、雇用が収縮するのだから、人口なんて減っていい。

子どもがいっぱい生まれても、その子たちはどうやって食っていくのか。

私の友人で、非常に優秀な独身の男性がいるが、なんで独身かというと、その友人に言わせると、その理由は「僕の人生を支えることを通して、社会に貢献する道を選べない馬鹿な女が多いから」である。

こういう男性は、結婚相手として、いかに条件が良くても、高身長、高収入、高学歴でも、結婚相手はゲットできない。

いるとしたら、カネ目当ての女だけだ。男を生活費獲得の道具とか浪費の道具と思う女だけだ。

女にしてみれば、男の人生を支えることを通して社会に貢献するなんて、なんで、そんなこと私がしないとあかんか?である。

他人である男が、いかに優秀であろうが社会的有効性が高かろうが、しょせんは他人のことである。

自分には全く関係ない。

自分が楽しく幸せで充実していればいいのであって、他人のことなんか知らん。

まして、社会貢献なんか知ったことではない。

男は、そもそも他人は、私の人生の邪魔さえしなければ関わってもいいけど、邪魔するならば消えろ、死ね。

これが女の本音である。

いい悪いの問題ではない。

これが本音なんだから、しかたない。

と、ここまで女がフツーに自然に思うようになって疑いもしないし、とりたて言語化も意識もしない時代はすでに始まって久しい。

こーいうふうに思ってる女は、自分のことを「フェミニスト」とは思っていない。

ましてや、自分のことを「女性解放論者」なんて思ってもいない。

「ウーマン・リブ」って何だ?

女性用のリブ編みタートルネックのセーターのことか?

である。

というわけで、「フェミニズム」という言葉が消滅した現代こそ、本格的にフェミニズムの時代なのだ。

そして、未来はもっと女の時代になる。

なぜならば、現代や未来は、戦争もハイテクとなり、人工知能はもっと普及するので、男でないとできないことがなくなっていく。

生物として、女の方が男より安定しているので、自殺率も女の方が低い。

おそらく「引きこもり」とか「うつ病」とか「ニート」とか「自閉症」とか「発達障害」とかの率も低いだろう。

子どもの頃から、「壊れちゃってる」のは女よりも男の方が多い。

つまり、普通に就職し社会生活にしろ私生活にしろ穏当にクリアできるのは、女の方が多くなる。

これねえ、当たり前のことに思えるでしょうが、すごいことだ。

歴史上初めて、女は男を必要としなくなりつつある。

自分の人生の充実に寄与してくれる男以外は必要ない。

気にもならん。存在しない。

私が「女性解放」とか「ウーマン・リブ」とかを意識するようになったのは高校時代の1970年代初頭の頃で、1980年代に1990年代半ばまでは、まるまる硬派のフェミニストだった。

1990年代半ば以降は、もう男も女もないわ、頭のいい奴の話は聴くが、そうじゃないなら、どうでもいいとなった。

フェミニストでもろくでもない女もいるし、伝統的女でも聡明な人はいる。

性差別的男でも構わん。優秀ならば話を聴こう。

私が欲しいのは情報だ。人間関係じゃない。

そして、2016年。

今や、女性たちは自分たちをフェミニストとして意識することなく、普通にフェミニストだ。

電通の新入社員の美人東大出女性の過労死というのも、私には深い感慨がある。

女が男並みに残業を強いられ、過労死するのだ。

ここまで来たのだ。

女も男もないではないか。

素晴らしいと言えば素晴らしいのだ。

それが、女にとって幸せかどうか、旧女性より幸せかどうかという問題は、どうでもいいんである。

歴史はもとに戻らない。

前に進むのみだ。

女が生活のためにのみ、食べるためにのみ男を必要とする時代が終わったということは、すごいことなんである。

これは、ダイナミックに人間社会を変える。

男に対して女を平等に扱え、尊重せよと求めても無駄だ。

既得権のある人間が、既得権を手放すはずはない。

しかし、すでに女は「あんたの既得権 なんか知らんわ。あんたなんかに興味はない。私の人生の充実と快楽に寄与できない男なんか知らん」と思っている。

性的快楽獲得装置以外の男や 、面白い友人以外の男や、有利な生活共同体構築仲間の男以外の男なんか知らん。

最近の女性雑誌からは、「男に好かれる方法」的な特集は消えつつある。

今や 、女にとっては、自分の人生を充実させる情報とカネが重要である。

ファッションも、あくまでも自分自身の精神衛生のためである。仕事での士気を高めるためである。

いやあ〜人類史上未曾有の時代は、すでに始まっている。

それに気がついていないのは、とうの女だったりする。

女が変われば男が変わる。社会が変わる。

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