『下克上受験』読むべし

本日は、2017年1月22日の日曜日だ。

『下克上受験』という奇妙なタイトルに惹かれて、TBSの新番組のドラマの第1回の見逃し配信を見た。

中卒の父親がひとり娘を偏差値72の「桜蔭中学」に合格させようと苦闘する実話である。

面白かったので、すぐに原作を読んでみた。

桜井信一著『下克上受験—両親は中卒 それでも娘は最難関中学を目指した!』(産経新聞出版,2015)だ。

まあ、とんでもないタイトルかもしれないが・・・

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中卒。

ちょっと昔の中卒と、現代の中卒はわけが違う。

いまどき中卒であるということは、貧困が原因ではない。

公立高校の授業料は無料の時代だ。

私立高校も無償になりつつある時代だ

だから、現代の20代や30代で中卒であるということは、何らかの不如意があって高校を中退したか、中学を不登校だったかであろう。

もしくは、「学校なんか行かなくても生きていける」と世の中を舐めて、「面倒くさいことから逃げた」んである。

しかし、その10代前半での選択(逃避)のツケは大きい。

TVドラマでは、主人公は不動産屋に勤務していることになっているが、今の不動産屋の社員は、ほとんどが大卒だ。

不動産会社の社長が中卒であることはあっても。

昔の中卒には優秀な人が多かったから。

TVドラマの設定は、やはりTVドラマだから、相当に甘い。

中卒の男の同じく中卒の妻を「深田恭子」が演じている。

深キョンだ。

美人だけどバカで、5分の4と4分の3のどちらが大きいかわからないし、「誤認逮捕」の意味を「5人逮捕」と思っているという設定だ。

現実には、あれだけの美人は、中卒のふつーの貧乏な男の妻にはならない。

原作の方では、著者の「中卒の父親」は、自分の職種は明らかにしていない。

彼は、愛する娘に、自分や妻と同じ生き方はして欲しくないと思う。

「頑張ってもタカが知れてるんだし、気楽に生きればいい」と言いつつ現実から目を逸らす生き方はしないでもらいたいと思う。

父母も中卒、祖父母も中卒の「世の中の底辺にいることの自覚なく、その日暮らしをして生きてきて、努力を嫌い、達成感を得ることのない生き方」の遺伝子の流れを、娘には変えてもらいたいと思う。

彼は、ひょんなことから、「桜蔭中学」からエスカレーター式に進学する「桜蔭高校」は、東大と慶応と早稲田に大量の合格者を出す超進学校だと知る。女子私立中学の最高峰だと知る。

で、娘を「桜蔭中学」に入れたいという「野望」を彼は抱く。

娘も同意する。

娘は小学校5年生だ。中学受験まで1年半ぐらいしかない。

受験塾では、最下位クラスにしか入れない成績だ。

そんなクラスで入れる中学はソコソコの私立中学でしかない。

そこの付属の高校から入学できる大学は、地方国公立か、私立ならマーチ(March 明治、青山、立教、中央、法政)である。

彼は、それは嫌だ……と思う。

中卒の彼の収入から月謝の高い受験塾に通わせるのは、とんでもない重荷だ。

私立中学受験用塾の月謝は安くて4万円ぐらいだ。有名塾だと7万円ぐらいだ。夏期集中講座や冬季集中講座の受講料は、それとは別だ。

そこまでの犠牲、金銭的代償を払うのならば、やはり東大に合格しないとモトが取れない。

東大でなければダメだ!

と、中卒の彼は思う。

でも、どっちみち、塾に通わせるカネはない。

中卒の父親は決心する。こうならば、自分も娘といっしょに受験勉強をして、同じ苦労と努力をしようと。やれることを全部やってみようと。

社会的地位の高い父親は、社会への責任があるから、子どもにだけ時間は割けない。

子どもの受験に伴走できない。コーチできない。

しかし、中卒の自分が背負っているのは家族の生活費を稼ぐことだけだ。

だから、娘の受験のために全てのエネルギーを注ぐことができる。

娘だけに苦労はさせない。自分も同じ苦労を背負うんだ。

というわけで、毎日毎日午後7時半から夜の12時半や午前1時くらいまで父と娘が受験勉強に集中する日々が始まる。

「親塾」だ。

中卒の彼にとって、生まれて初めて真剣に勉強する日々が始まる。

算数と国語と社会と理科に苦闘する日々が始まる。

私立中学の入試問題のレヴェルはとんでもなく高い。

特に「桜蔭中学」の入試問題は。

ただの記憶力で解けるような問題ではないのだ。

算数ならば、公式を覚えておけば解けるような類の問題は出ない。

特に国語の問題の水準の高さたるや……

中卒の父と娘は苦労しつつも、父はうつ病になりつつも、勉強の楽しさ、努力する楽しさ、目的を持って生きて行く充実を学んで行く。

結果は……

これ以上は書かないでおこう。

みなさん!この本すっごくいいですよ!

ここまでするか!という努力の記録は読むに値する!!

この『下克上受験』に記録された父娘の苦闘の記録は、絶対に読むに値する!!

ただただ頑張った!の記録じゃない。

学ぶこと、分析すること、合理的に考えることのなんたるかを実例をもって教えてくれる。

この本は一気に読めなかった。

あまりに心に響くと、速く読めない。

心に響くことは、辛いことでもあるのだ。

ああ、できれば、この本は小学校4年くらいの時に読みたかったな。

私の人生の悔いはいろいろあるけれども、最も大きな悔いは、子どもの頃に努力しなかったことだ。

好きなことだけして、面倒くさいことから逃げたことだ。

今でも、その傾向が大きい。

行き当たりばったりで、無駄な努力はしても、必要な努力は回避する。

私の親も気が弱かった。

できの悪い娘に期待して裏切られて幻滅するのが怖かったのだろう、「女の子だから、偉くならなくていい」と父は私に言った。

浪人して、もっといい大学に行けと言わなかった。

駄目だって!!

親が期待してくれないと、子どもは「これでいいんかなー」と思っちゃうって!!

親が期待しないで、いったい誰が期待してくれるんだ!

男だろうが女だろうが、生まれたならば、できる限りの力を振り絞って、なるったけ「偉くなる」べきだ!!

その方が面白いんだ!

いろんな景色が見えるんだ!

出会う人々の質だって違ってくるんだ!

でなきゃ、生きてたって面白くないでしょう!!

ほんとは、そうだよ。

それが真実よ。

自分を誤魔化しちゃいけない!!

「ありのままで」とか「無理しないで」とか「身の丈にあった生き方を……」とか、みんな逃げの台詞だ。

努力して高みを目指すことぐらいしか、人生ですることなんかない。

「高み」の内容は、人それぞれにしてもさ。

私の頭としては法外に幸運に恵まれて、大学の教員になれたので、同僚には東大出や京大出も少なからずいた。

正直に言うと、「せっかく東大や京大を出ても、私と同じ大学の教員になるんじゃあ、しょうがないじゃん・・・」と思った。

と同時に思った。

私は、もっともっともっと真剣に勉強するべきだった……と。

努力するべきだった……と。

私が東大出ならば、大学の教員程度の人生では絶対に終わらせなかったぞ……と。

ほんとは父に私を誇ってもらいたかった。

父が人様に自慢できるような娘でありたかった。

ということで、63歳になっても、私は勉強します。

算数も理科も社会も勉強し直します。

勉強ってのは、受験だけのためにあるんじゃないんだから。

勉強は楽しいことなんだぞ。

『下克上受験』において、娘と父の受験勉強が終わった夜に、娘が言う。

「わりと楽しかったね」と。

ほんとに賢いお嬢さんだ!!

『下克上受験』読むべし” への2件のフィードバック

  1. 先生、おはようございます。
    「下剋上受験」は、我が家に適齢期の
    子がおり私も読みました。
    桜井父には、幾度も励まされました。
    それ以上に私はこちらの
    先生のブログを子どもに読ませたい。と
    思いました。情熱に生きる、温度の
    わかる人間で在りたいものです。

    いいね

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