日本の大学は寂しくて哀しい

本日は2017年2月18日土曜日だ。

やっと、本日で4学期末試験の採点も終わった。

答案をチェックしているとき、受講生の氏名を見ても、その受講生の顔が浮かばないことがある。

58名登録実際の受講生は53名くらいの「アメリカ文化論」でも、顔が浮かばない学生が7名くらいはいる。

私は、複数の学生から「先生は学生の名前を覚えているからいい。授業中、学生の名前を呼びながら話をする先生は、あまりいない」と言われたことがある。

つまり、私は学生の名前と顔を結構覚えている類の教師らしい。

それでも「アメリカ文化論」の受講生の7名くらいが顔がわからない。

1年生必修の「総合英語」でも、受講生が50名超えると、数人の学生の名前と顔が一致しない。

自分の担当のゼミの学生の名前と顔が一致しないということはありえない。

そーいう教員がいるとしたら、脳の病気である。

卒業論文指導も大学院生にさせて、自分は一切チェックしない教員も同僚の中にいる。

その噂を聞いた上司が事の真偽を、その同僚に問い質したら、その同僚はあくまでも断固として自分が指導していると言い張ったそうである。

この教員は早期認知症だと、他の同僚から疑われている。

しかし、誰が言えるだろうか、その人物に「病院に行って検査してもらったほうがいいですよ」なんて。

下手すればハラスメントになりかねない。

それはさておいて、自分が担当のクラスに顔と名前が一致しない受講生がいるのは、寂しい。

自分の記憶力が悪くて、学生全員の名前を覚えられないから寂しい。

ということもある。

30代や40代のときは、数週間もすれば受講生の名前は全部覚えていたのに。

しかし、今はそうではない。

学生の定員数が少ない公立大学ですら、知らない学生が多いというのは、おかしい。

それは、やはり学生定員数が多過ぎるのではないか。

2005年と2006年にロシアに行ったときに、サンクトペテルブルク大学の日本語科の准教授(当時は助教授と言っていた)と卒業生さんにガイドをしてもらった。

そのとき仰天したのが、学生数だ。

2005年当時で、日本語学科の学生の数は1学年で7名くらいだった。

7名だ。

7名。

それもペレストロイカ以降、ソ連崩壊以降は、入学時の成績の悪い学生からは授業料をとっていいということになったから、7名になったのだ。

で、2005年当時で、1学年7名の日本語科の学生のうち4名は授業料を払っていた。

ということは、だ。

ソ連時代は、日本語学科の学生数は1学年3名か4名だったのだ。

日本語学科の教員は4名と聞いた。

4年生までフルに数えて、日本語学科の学生数は7✖️4=28だ。

教員1人あたりの学生数は7名だ……

だから、当然、教員と学生の人間関係は非常に濃密だ。

「アレックスは、私にとって日本語の先生であり、コンピューターの先生であり、日本人観光客相手のガイドの仕事の先生であり、親友でもあります」

と、2006年にガイドをしてくれたサンクトペテルブルク大学日本語学科を卒業したばかりの女性が、自分の恩師のアレクサンダー・ナントカという日本語学科の准教授について語った。

28人の学生に4人の教師。

日本語学科というのは、実にマイナーな学科だから、こういうとんでもない贅沢な比率になっているのかもしれない。

とはいえ、私は羨望を禁じえなかった。

あまりの羨望に、そのことについては考えるのをやめたくらいだ。

そりゃ、そんな少ない学生数しか入学させないという強烈に贅沢なことやっていては、大学に金がないのは当然だ。

当時のサンクトペテルブルク大学の日本語学科の教員研究室は共同研究室だった。

個人の研究室はなかった。

コンピューターも1台しかなかった。

デスクも2つぐらいしかなかった。

日本語の資料は研究室所蔵であり、個人の教員が所持できなかった。

給料も低くて、観光ガイドのアルバイトをしなくては生活できないと言っていた。

「せめて、給料は2000ドル欲しい。月に500ドル相当ではやっていけない」と、准教授は言っていた。

授業も観光ガイドの仕事もないときは、ダーチャ(別荘)に行って野菜を作っていると言っていた。

2005年や2006年当時の話であるので、今は状況が違っているかもしれないが。

しかし、それにしても教員4名に日本語学科の学生が全部で28名だ。

そういう状況なら、教員は自分の持っているものを全部学生に注ぎ込める。

上級生は下級生に、これまた自分の得た情報を注ぎ込むだろう。

教師と学生の関係も、学生同士の関係も、まさに共同体だ。

4学年(3学年かもしれない。アイン・ランドは3年で卒業してるので)あわせて28名しかいないのならば、否が応でも、付き合いが密になる。

大学って、ほんとは、そういうものだろう……

私は寂しいよ。

教師を辞める最後の年度になるまで、全学生と親しく話をするような、時間的余裕は、私にはなかった。

ひとりひとりと言葉を交わしたかった。

「少人数教育の公立大学」と言われるけど、「都市経営学部」全学年600名ちょっとに、教員数25名。

この25名のうち数人は病気療養中であり、育児休暇中である。

日本語の話せない教員もいるし、早期認知症らしき教員もいるので、実質的には20名くらいの教員で600名以上の学生の相手をしている。

実際は、相手などしていないのだ。

授業や講義だけが大学教員の仕事ではないのだから。

こんなんで、「少人数教育の公立大学」と言えるのか。

どこが少人数なのか。

どこが大学なのか。

日本の大学は、寂しい。

日本の大学の学生でいることは寂しい。

日本の大学の教員でいることは寂しい。

その根本的貧しさが哀しい。

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