プー子から見える風景 (2)

本日は4月7日金曜日だ。

金曜日の夕暮れは、なにやら空気がどんよりと鈍く緩んでいる。

人々の週日の労働の疲れと、週末を控えた解放感と安堵感が、集合的に集まって上空に昇り、空気を重くしているようだ。

不思議だ。

出勤しなくてすむ無職になっても、月曜日は開始〜〜の気分になるし、木曜日は疲労が溜まってくる感じになるし、金曜日の夕暮れは解放感があるし、週末は嬉しい。

慣性の法則ですかねえ。

プータローならぬ無職のプー子になってから、食材の買い出し日は週末ではなくなった。

週末は、どこもかしこも混雑する。

天変地異やテロや通り魔について考慮して、混雑は避ける。

右脚が不自由なプチ身体障害者としては、人様の邪魔にもなるので、混雑は避ける。

ゆえに週日の夫が仕事がない曜日に依頼して、マーケットまで乗せてもらう。

私は運転免許は持っていない。

私が若き日に運転免許を取らなかったのは、父が「あんたは無駄な集中力があるからダメ」と言ったからだ。

私から見ると、私と同じくらいにアホっぽく見えた妹には許可したのに、私には許可が出なかった。

今思うと、父はさすがに親だった。

子どものことは良く見ていたようだ。

私は、確かに何かに気をとられると、意識がそれだけに集中されてしまう。

周りが消える。

まあ、プチ発達障害の自閉症スペクトラム系は、運転なんぞしない方がいいかも。

私が人工知能による自動運転自動車に乗れる日がくるんかしらん。

歩いいて20分くらいのところに大型スーパーマーケットがあるにはある。

右脚をかばいつつ、そこまで歩いて、重い荷物や買い物カートを引きずって帰ってくるのは、非常に難儀だ。

そうまでして行っても、そこの食材は???だ。

なんで、命の次に大事なカネ出して、あんなの買わねばいけないか。

だから、タクシーさんの替わりを夫にやってもらって、某マーケットまで買い出しに行く。

夫に「あんたが名古屋に帰ってきてから食費がかさむ。エンゲル係数が上がる」と言われつつ。

福山の時は、イトーヨーカ堂のネット注文配達サーヴィスを活用させてもらっていた。

あれは助かったです。

お野菜は、「東京アイン・ランド読者会」のメンバーで、Facebook友だちの農家の方からテキトーに送っていただいていた。

これは名古屋に帰ってきても継続してお願いしている。

野菜の新鮮さが違いますからね〜〜〜

それはさておき、週日のお昼前とか午後に食材買い出しに行くようになって、あらためて気がついた。

高齢化高齢化と言われるが、ほんとうに高齢者ばかりだ!!

マーケットのお客さんたちも。

バス停で待っている人々も。

町を歩いている人々も。

ほんとに高齢者ばかりだ!

と、自分のことを棚に上げる私。

みなさん非常に元気である。

颯爽と町を歩いておられる。

私が乗せて行ってもらうマーケットは、名古屋ではそこそこ高級らしい。

名古屋では高級住宅街地域の中にある。

売っているお魚がいいので、私はそこに行く。

福山でも、脚が悪くなる前は、福山の飲食店が顧客である魚屋さんまで私はテクテク歩いていた。

瀬戸内海の海の幸が豊富な福山市でも、大手スーパーマーケットの魚はあかん。

お肉も、いいお肉専門店を求めて、テクテク歩いていた。

私は食うことには、プチこだわる。

つまらんこだわりだ。

すみません。

ともかく、そこのお魚はいいのだ!

ところで、高級マーケットだからして、お客さんたちが駐車している自動車が高級だ。

日産Cubeなんかに乗っているのは我が家だけだ。

日産Cubeは、外国人から見ると、すっごくダサい醜いデザインなんだってね。

そうかなあ。安くてシンプルでいいじゃん。

若い時に、私は夫に言ったそうだ。

「私がエラくなったら、ベンツをキャッシュで買ってあげるね!」と。

昔から、できもしないことを口走る私であった。

その高級マーケットの駐車場で高級な車から降りてくる奥さんたちは、奥さんではなく「マダム」風だ。

いっしょに来るご主人も、ノーテンキに無駄に身綺麗でお洒落だ。

加山雄三かよ。

たかがマーケットに来るのに、なんでそこまで?って感じだ。

雑誌から抜け出したみたいにファッショナブルに決めたご夫婦もおられる。

女性たちは、みな60代や70代くらいだが、お化粧もバッチリしておられる。

「アメリカ映画みたいだね〜〜」と私は感心する。

アメリカ映画に出てくる中高年のマダムの感じね。

「婦人画報」や「家庭画報」ほどclassyではないが。

しかし、60代や70代になっても、迫力のない重みのない風格のない、デブでも軽そうな奥様とご主人様ばかりだ。

これも、アメリカの上層中産階級の高齢者みたいだ。

平和と繁栄の時代に育ち老いた上層中産階級の人々は、「嬢ちゃんオバアチャン」で「オジイチャン坊や」になるんかな。

あの地域のあたりは、明治生まれの御先祖さんが頑張って資産を作って、その恒産で食ってきた人々が多く住むから、ああいう感じの高齢者が生産されるのかなあ。

立派なオバアチャンやオジイチャンにはなれないようだ。

タラタラと選び、フワフワとマーケット内を彷徨っておられる。

私はサッサカ選んで、サッサカとレジに並び、レジで精算してもらっている間にも、サッサカと買ったものを買物袋用のバッグに詰め込む。

まだまだ時間に追われる現役賃金労働者だった頃の癖が抜けない。

こういう高齢者の子どもの子どもが、「ゆとり世代」で今や社会の第一線で働くようになっている。

うーん、なるほど。

これからの少なくとも15年間から20年間は、日本にとって厳しい時代だ。

高齢者も、上層中産階級といえども、ぼんやりとフワフワと「嬢ちゃんオバアチャン」や「オジイチャン坊や」やってられなくなるだろう。

厳しい日々を自力で生き抜いた老人のみが持てる重みと迫力を、アメリカの先住民族の老人のような風格を、日本の高齢者も持たざるをえなくなるのだろう。

米軍からシリアがミサイル攻撃され、北朝鮮も軍事的制裁を受けるかもしれない。

中国の習近平さんが、その気じゃなくても、中国の人民解放軍の海軍がどう動くかわからない。

日中の軍事的衝突も起きるかもしれない。

日本って小さな島国じゃないもんね。

いっぱいの島で構成された国だから、その島の基点から200海里=370.4キロまでの排他的経済水域を入れたら、実質の領土は世界第六位の大国が日本らしい。

その排他的経済水域の海の下には資源がいっぱい。

その資源を活かすことができれば、エネルギー大国になれるんだ、日本は。

日本人が思っているより、日本は「約束された繁栄の地」だ。

中国人も韓国人も、日本が嫌いと言いつつ、いっぱい来るもんね。

だから、まあ軍事的侵略もありうるだろう。

いろいろなことを想定して、ババア時代を生き抜こうと心をあらたにした週日の午後のマーケットでありました。

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