2017年4月28日から30日までの上海印象記

本日は、2017年5月4日木曜日である。

4月30日、上海からは、夜遅くに自宅に帰ってきて、それから、ずっとへばっている。

5月2日火曜日の三重大学工学部大学院渡邊明先生ご担当の「生産管理論特論1」第4回ご講義の聴講にも行けなかった。

5月4日本日に同志社大学で開催されるThe Ayn Rand Institute会長のYaron Brook氏の講演会にも行けない。

たった2泊3日の上海旅行なのに、くたびれた。

もともとが福山から帰る前から帰ってからも、ずっと体調不良なのに上海に行ったのが間違いであったか。

その後、東アジア情勢は小康を得ているので、良かった。

まあ、深刻な軍事衝突に見せて、金正恩さんとトランプさんとプーチンさんと習近平さんの世界に向けた八百長大芝居らしいけれど。

みなさま、今のうちですよ、東アジア諸国に旅行に行くのは。

八百長にせよ、一応なんか実際にやらかさないと落とし所がないですからね。

例の落合莞爾氏によると、北朝鮮問題にしろ、シリア問題にしろ、ここまで大きくなると、金正恩さんもアサドさんも、いずれは表舞台から引かざるをえない。

そうなるけど、それは偽装死だそーだ。

金正恩さんが死んだことになって表舞台から消え、金正男さんの息子さんが金王朝を継いで、北朝鮮は非核化して、韓国には北朝鮮よりの政権ができて、韓国はいよいよ一層に無国籍企業が跋扈する経済特区というか租界化して、朝鮮半島は一国二制度体制で行くそーだ。

偽装死ねえ…

南北朝時代の後醍醐天皇の御子の大塔宮護良親王が死んだことになって、実はヨーロッパに渡り、西の皇統を支えたごとく。

西郷隆盛が西南の役で自害せずに、ヨーロッパに渡り、大日本帝国憲法を作るための各国の憲法を調査したごとく。

幕末徳川幕府の頭腦であり理系工学系の傑物であった小栗忠順(おぐりただまさ:1827-68) は、官軍に斬首されたのではなく、フィラデルフィアに渡り、アメリカの通貨制度を整えたごとく。

って、これは全部、落合莞爾史観ですからね!

そんなこと言われたら、フセインさんもカダフィさんも、ヒトラーも偽装死かなと思っちゃうよ。


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臨死体験のプロみたいな「あの世飛行士」の方によると、織田信長は本能寺で死んでいなくて、長男の信雄(のぶかつ)と明智光秀といっしょにヨーロッパに渡り、イタリアで修道士になり、枢機卿までになったそーだ。
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これを読んだ時は、そんなアホな……と思ったけれども、ありえるかもね。

落合莞爾史観的に見ると、この世界は、マニ教ウバイド・ワンワールドと覇道一神教イエズス会共産主義との闘争であり、ワンワールドの東の皇統である日本から多くの歴史的人物が偽装死してヨーロッパに渡っているそうだからな。

信長は、東の皇統の指令でバチカンに潜り込みイエズス会の動きを諜報していたのかもね。

と、落合莞爾史観の面白さにはまってしまった最近の私。

ところで、本日は、上海で見たこと感じたことを箇条書きにする。

でないと私は忘れてしまうから。ほんとに病的に忘れる。ほんとは病気かもしれない。

浦東地区の金融街の超高層ビルについては、前回にすでに書いたので、省いた。

(上海ミニ旅 覚え書き始め)

(1) エアラインは中国南方航空。中国のエアラインだから、サーヴィスはあかんやろと思っていたら、以外にもCAさんも感じが良く親切でマナーが良く、かつ美人。機内食はエコノミークラスとして普通の水準。美味しいはずはないが、食えればいい。

(2) 上海の浦東(プードン)空港は新しく綺麗で清潔で広い。広過ぎる。トイレも綺麗。イミグレイションに行くまでが時間がかかる!

(3)イミグレイションはブースがたくさんあるのに、半分しか開いてなくて時間がかかった。スタッフの愛想は良くもないが悪くもない。

2005年や2006年のロシアは、スタッフがひとりしかいなくて、ニコリともせずで、それよりはマシだった。顔写真を撮影された。アメリカみたいに指紋撮影はなかった。

(4)イミグレイションに設置されているTVでは、「中国の発展と繁栄のために貢献するスタッフたち!!」と英語字幕のついた自画自賛動画がずっと放映されていた。こういう空港は初めて。

これは、スタッフに対してキチンと働け!サボるな!と言うのが目的の放送かな? きちんと働くのが当たり前の日本で、こういう「社内放送」はない。

(5)空港の到着出口では、多くの出迎えの人々の中に、Kayoko Fujimoriと書いた紙をもった中国人中年男性が待ちくたびれたように立っていた。日本で前もってインターネットで送迎セダン車をチャーターしてあったから。タクシーを待つのがいやだったんで。料金は370元。日本円で6000円弱。https://www.veltra.com/jp/

(6)空港からホテルまでは約50分くらい。景色はロシアとアメリカいっしょにしたような大きい風景。大規模な高層ビルがいっぱい。でっかいマンションというか、住宅らしい。窓から突き出された棒に洗濯物が留められているし、日本式にベランダに布団がかけられている部屋もある。

が、総じて、ベランダはガラス窓で覆われていて、サンルームのようになっている。

(7) ホテルはThe Westin Bund Center in Shanghaiにした。黄浦江沿いの外灘(ワイタン)地区にあるし、ネットで調べたら、英語で事が足りると書いてあったから、ここにした。スタッフは、みないい感じだった。もちろん、 日本のサーヴィス業の水準を外国で求めてはいけない。

(8) ホテルの隣にPacific Cafeというカフェがあって、ホテルとは関係ない店であるが、ここの店員さんも英語が話せる。マナーは普通。中には中国人風に無礼で、釣銭をごまかす奴もいる。上海の繁華街や観光地で働く若い人たちは、だいたい英語が通じる。特にカフェとか西洋風レストランならば確実に通じる。

(9) 黄浦江沿いの、向かいの金融街の高層ビルが立ち並ぶ浦東地区を望める外灘プロムナードは人気スポットであり、特にその夜景は有名。私はくたびれて夜の外出はできなかった。

(10)ホテルの5階にある水晶ナンタラという中華料理店は非常に美味しかった。2日目の夜は疲れていたので、夕食はルーム・サーヴィスにしたけれど、これも美味しかった。

(11)ホテルの設備はいい。トイレにウオッシュレットはついてなかった(当然かな)。湯沸かしのティファールは置いてあるけれど、ティファールが使えるコンセントがティファールが置いてある場所にない。バスルームにドライヤーは置いてあるけれど、ドライヤーが使えるコンセントはない。ホテルのドアにチェーンとかその類のものがない。ホテルのドアに訪問者をチェックできる覗き窓みたいな装置がない。どこかトンチンカンで間が抜けてる感じ。

(12) 翌日29日は浦東地区の金融街の超高層ビルの風景とThe Shanghai World Financial Centerの展望台から現代上海の大きな風景を楽しんだあとは、浦東地区と黄浦地区を隔てる黄浦江に造られたトンネルを通過。ロープウェイのゴンドラみたいな乗り物に乗って「光のトンネル」を通過。3分ほどの短さだが、楽しい。

(13)光のトンネルを通過して外に出れば、そこは外灘。プロムナードには観光客がいっぱい。家族連れがいっぱい。平和な休日の光景。中国は、しばらく「ひとりっ子政策」だったので、両親と子ども1人の組み合わせが多く、子どもはほんとに慈しんで可愛がられているようだ。反対に、成人したひとり息子さんが、お母さんやお父さんを気遣いながら歩く姿もある。中国の家族は仲睦まじく、情が濃い感じである。

(14)上海の観光地で最も人気があるのは、豫園。よえん。ユーユアン。400年前の豪商が作った豪壮な屋敷と庭園が今は国家財産となり入場料を稼ぐ観光施設になっている。いかにも中国風建築であり、庭園であり、面白い。

この屋敷と庭園の周りに、豫園風建物の店やレストランが立ち並ぶ。伊勢神宮の「おかげ横丁」の上海版だ。いつもものすごい人出であるそーだ。ただでさえ、人口の多い上海のものすごく混雑している豫園の風景は、中国の活力を感じさせる。人間の数が多いというのは、それだけですごいものであるなあ。圧力が違う。

(15)この豫園で1番人気のあるレストランは、小籠包で有名な南翔饅頭店である。店の中も店の外もズラズラと席待ちの客の行列ができている。最低1時間は待たねばいけないそうである。毎日そうであるそーだ。私の場合は、日本語ガイドの中国人女性が、この店のマネージャーの友人なので、予約もなしに、他の客を無視して、3階の席をゲットできた。そういうことは中国では普通のことであるらしい。


この南翔饅頭店の支店は日本にもある。名古屋にでさえあるそーだ。売り物の小籠包は美味しかった。日本の小籠包より皮が厚い。

このレストランはいかにも中国である。客もスタッフも声が大きく騒がしい。現代中国の一般ピープルの活気溢れる空間であった。

(16) 5月1日がメーデーで労働者の革命を成し遂げた共産党政権下の中国では祝日である。だから、4月29日土曜日から三連休なので、29日も30日も上海はすごい人出であった。30日は、ホテルをチェックアウトして、スーツケースをホテルに預けた。それから、上海博物館に行くつもりだったが、この人出の真ん中に入ってみたいと思い、南京東路を抜け、人民広場まで歩くことにした。やはり、歩かないと街はわからない。南京東路は毎日が歩行者天国である。

(17) 南京東路には、お店の呼び込みでチラシを渡そうとする人も多い。カフェで休んでいると、小銭ちょーだいと紙コップ持った乞食さんが接近してくる。老女の乞食さんもいるし、男の子を車椅子に乗せている中年女性の乞食さんもいる。あの男の子はほんとは健常者なんじゃないか、ほんとは。小銭をお渡しして離れていただく。

(18) カフェで休んでいると、どこからともなくやって来るのは、乞食さんたちだけではない。靴磨きさんも来る。勝手に靴にクリームをつける。Where did you come from? と発音のいい英語を話す靴磨きの押し売りさんである。この方からは逃げた。

下の写真で、イタリア人らしき観光客の靴を磨いておられる白いキャップをかぶった方が、そうです。

(19) 上海では、疲れると、ベンチばかりでなく、デパートやオフィス前の花壇の縁に腰をかけている人々が多い。脚の悪い私も、歩いては腰かけ、歩いては腰かけ、歩いては腰かけた。腰かけることができる場所には腰かける。これはいい習慣である。腰かけながら、街を行く人々、建物を眺めるのは楽しい。

(20) 上海では、老若男女みな好きな格好で堂々と街を歩いている。流行というものがない。若い人たちは、特に若い男性は、比較的決まり切ったファッションをしているが、女性は好き勝手である。ブスもブサイクも堂々と歩いている。デブが比較的少ない。化粧はしていないスッピン女性が多い。私が中国語で話しかけられたり、道を尋ねられたのは、スッピンだからなのであろう。

(21)子どもは、特に女の子は、レースみたいなお姫様ルックが多い。ひとりっ子で大事にされていることが、よくわかる。ブスでも自信を持って歩いているのは、ひとりっ子で小さい時から大事にチヤホヤされたからではないか。気後れなく人懐っこい。ブスでもすっごく愛嬌があり、伸び伸びして明るくチャーミングである。

(22) 南京東路を通過し、左に曲がって人民広場をめざし、そこにある上海博物館に行こうと思ったけど、私の脚が痛くなったので、しかたなく福州路という古い道に入る。そこに古い京劇の劇場があるんで、京劇でも見ようかと思ったけど、開始時間が午後1時半で、これでは空港に戻る時間に遅れるので、京劇見物は諦める。いかにも昔からある風情の劇場がいい。写真撮るの忘れた。残念。

(23) 福州路沿いには、書店が多い。8階建ての書店もある。学校も多い。古い建物が残っているのが面白い。

(24) 上の写真の黄色い自転車は上海の公設レンタル自転車。観光用レンタル自転車としても使えるが、上海市民が街角の駐輪場に置いてある黄色い自転車の先端のQRコードをスマホでパシッと写して、乗っている。で、乗ったら、テキトーにテキトーな場所に乗り捨てている。スマホで写してなんかすればレンタル料金を払ったことになるらしい。Line Payみたいなもんかな。

(25)上海のあちこちに、「公安」と書かれたゼッケンをつけた男性が立っている。「公安」とは中国語で「警察」のこと。パトカーも巡回している。日本の公安警察は、中国語で言うと「警察の警察」かな?

(26) 上海の街角にある中華レストランの値段は1セットで10元とか、高くともセットで20元で安い!! ホテルの中華レストランだと一品が安くとも90元くらいだけど。しかし、地元の人間でないと入れそうもないし、疑い深いがお腹が壊れるのも嫌だった。で、外から覗くだけにしておいた。

(27)30日のランチは、黒板に英語のメニュが書いてある西洋風レストランで食べた。外のテーブルで上品な白人の高齢女性が食べていて、私が黒板の文字を読んでると、Very good here! と言ったから。その白人の高齢女性は、おそらくアメリカ人。アメリカ人の高齢女性はよく1人で海外旅行してる。独立心高い。そこは、smoked beefが売り物のお店で、河南路沿いにある。黄浦江の南を走る大きな道路沿いである。お客は、みな欧米人だった。中国人店員もみな英語が達者だった。

あの人たちも、何を食べていいか困って、西洋風レストランに入ったんだろうなあ。

(28) 上海の人たちは、西洋人みたいにペットボトルの水は持たずに、透明の水筒に大きめのお茶の葉1枚入れた水を入れて持っている。

豫園で入ったお茶専門店の巧みなデモンストレーションで教えてもらったが、お茶の葉は何度も何度もお湯やお水を注いで飲むそーだ。1週間ぐらい保つそーだ。最後は、色の変わったお茶の葉を食べるそーだ。私も、夫用に高血圧にいい普洱茶(プーアルチャ)の白いのと、私には肝臓にいい一葉茶を購入した。1230元。

(29) 上のお茶のお店の日本人観光客向けデモンストレーション写真に写っている蛙の置物について。蛙は、中国では縁起のいい生き物だそーだ。お湯をかけると黄金色に変わる。急須は紫砂(シンシャ)製でないと、お茶はいい味が出ないそうである。

中国のお茶って、固められたものもある。下の写真の塔とか看板とか、これみなお茶である。おもろい。

(30) 帰りの空港まで予約した車が来る時間の午後3時が近づいたので、初日28日に入ったPacific CafeでMaccha Late の冷たいのを飲む。「抹茶ラテ」のことだ。21元。安くないね。抹茶ラテって、 日本発?アメリカ発?

隣の席では、中国人のゲイらしき2人組の若い男性が、延々と話し込んでいた。おしゃれでカッコつけた若者たちであった。

(31) 上海の街には、漢方のお店は多いが、いわゆる西洋の薬屋さん、Pharmacyがない。漢方のお店は大きい店舗で人がいっぱい。中国の医学部には、漢方医学部があると聞いたが、なるほど!

(32) 上海には、英語の子ども向けスクールの大きな広告が多い。ホテルやレストランの若い人の英語力から見ると、観光都市の上海では、英語ができないと働きクチがない感じだ。

(33) 上海を走る自動車は、やはりドイツ車が多い感じだ。自動車は信号無視。歩行者も信号無視。だけど事故が特別に多いわけではない。もともとがルール無視のドライバーが多いので、油断せずに運転するからとガイドさんが言っていた。かえって、日本ではルールを守る人が多いので、ルール破りに弱いというか、想定せずに油断してるというか。

(34) 上海や北京の大気汚染はひどいと聞いていたが、私がいる間は特にそうとは感じなかった。ただ、空港から送迎の車の運転手さんも、2日目にお世話になったガイドさんも咳をしていた。やはり、気管支に悪い状態なのだろうか。

(35) 上海の浦東空港は死ぬほど広い。さすが万里の長城の国である。ただでさえ広く、土地は全部が国有地だから、「成田闘争」もないので、いくらでも土地は使える。だから、空港は死ぬほど広い。

ホテルに 迎えに来た車から空港で国際線のターミナルに降ろされ、荷物をスキャンされて空港の建物に入ったが 、それからが難儀だった。

日航や中国東方航空のカウンターはあったが、中国南方航空のカウンターがない。なんでないの?とスタッフに英語で聞いたら、ここにはないよという答え。

予約した空港までの車の運転手さんも、私も、浦東空港の国際線はターミナルが2つあることを知らなかった。私が調べておかなかった。

空港のインフォメーションの女性に英語で質問。下に降りてバスでターミナル2に行けと言った。下に降りても別のターミナル行きのバスがどこから出るかわからない。そこにいる女性スタッフに英語で聞いたら、上に行って、あそこの通路を行けと言った。

上に行って、その通路を行ったら遠い遠い。遠い遠い。どこまで歩いても 、私が乗る中国南方空港にチェックインできるターミナル2にたどり着けない。

やっとターミナル2に着くと、何度も何度も荷物をスキャンされる。やっとやっと国際線のカウンターが並んでいる場所に行って電子掲示板を見たら、中国南方航空のカウンターはDにある。しかし、Dに行ってもない。

Eに行ってもない。そこの男性スタッフに英語で質問したら、China Southern Airline?と首を傾げてる。数秒考えて、あそこだと指をさされて、Dの隅っこのカウンターに行き、やっとチェックインできた。

さっさと搭乗口ゲートに行こうとしたら、階段を何階も降りた先。何これ?

ゲートからはバスに乗って飛行機まで行って、タラップを昇らねば座席につけない。

ということで、脚の悪い私にとっては非常にハードな状況が展開された。

ということで、上海に行くときは、浦東空港を使うときは、ターミナルに気をつけてください。

(36) 最後に気になったことは、浦東空港の国際線の英語表示についてだ。そこには、International & Hongkong, Macau, Taiwan とあった。

「国際、および香港、マカオ、台湾」ってさあ。

香港とマカオはわかるけど。台湾ってさあ。台湾は別の国だろ。

台湾=中華民国の人が見たら、嫌な気持ちになるだろうなあ。

(上海ミニ旅 覚え書き終わり)

まとめてみる。

上海に限って言えば、観光地なんで、反日的扱いは受けない。

中国的大雑把さを楽しめば、気持ち良く旅ができる。

上海に限って言えば、アメリカに似ているし、ロシアにも似ているが、アメリカやロシアにある哀愁は、まったく感じられない。

中国人というのは、非常に即物的であるようだ。

躊躇いとか、迷いとか持たずに、欲望にストレートに素直であり、余分なことは考えないようだ。

他人のことは見ていない。

自分と家族の人生をストレートに大事にして前進する。

実は、すでに中国バブルは崩壊しているらしい。

中国の外貨準備高は急速に減っている。

中国企業がヨーロッパの会社を買収しようとしても、その資金がキャッシュで用意できない。

中国人による外国への資金流出も止まらない。

しかし、庶民にもわかる程度のあからさまな経済危機の段階には、まだ至っっていない。

上海に限って言えば、まことに平和である。

ミンスキー・モーメントはまだ到来していないようだ。

バブルが崩壊しても、明確な経済危機になるまでに何年間かのタイムラグがある。

そのラグが終わり本格的にあからさまに経済危機が起きる瞬間がミンスキー・モーメントだ。

そのミンスキー・モーメントまでのタイムラグの真っ最中が2017年の春らしい。

とは言え、上海の活気のシャワーを浴びると、経済危機が中国を襲うとか信じられない気がする。

また、中国が日本を侵略するなんてありえない気がする。

栄えている国が、もっともっと栄えようとしている国が、「デフレ貧乏な国」を侵略してもしかたないと思える。

上海人は「北京なんてど田舎知らんわ」の姿勢であり、世界の上海の住民として、日本なんか全く興味ないようだ。

中国のCCTVを眺めていても、コマーシャルは中国の繁栄を知らせるものばかりだ。

ユーラシア大陸に鉄道を張り巡らせる「一帯一路」政策のコマーシャルも多い。

上海を見る限り、中国の膨張と繁栄は嫌が応もなく続いていくように思える。

南沙諸島の暴挙は、人民解放軍の勝手な行動であって、中国政府の総意ではないように思える。

だって、あんなに甘やかされた若者たちに戦争なんてできないよ。

しかし、あれだけの人々の胃袋を十分に満たすだけではなく、エネルギーの吐き出し口を、どうやって用意するんだろう、あの国は。

習近平さん、大変だな。

2017年4月28日から30日までの上海印象記” への3件のフィードバック

  1. 藤森先生、お帰りなさいませ。
    上海の中国人並みにお元気な旅行記。途中まで一気に読ませていただきましたが、ちょっと元気さに負けたので、後半は後ほど読ませていただきますっ!

    >(23) 福州路沿いには、書店が多い。8階建ての書店もある。学校も多い。古い建物が残っているのが面白い。

    の写真に鳥肌が立ったといいますか、かなり見慣れた道でした。先生は上海書城側から街路・商店街を写されていたので、「その手もあったか!」と驚いています。私は、その向かいの道から上海書城を写しただけでした!

    いいね: 2人

  2. 岩本さん、タラタラ長く書いてしまって、すみません。お読みになることないですよ。もう、私の覚書なんで。福州路がいいですね〜あの風情がいいですね〜ああいう路に上海らしさがありますね〜

    いいね: 1人

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