映画『ダンケルク』に静かに号泣した

本日は、2017年10月7日土曜日である。

ずっと更新できなかった。

福山市立大学都市経営学部の紀要『都市経営』10号には、ちゃんと論文状作文を提出できた。

その後遺症で、ノルディックウォーキング散歩も再開できない。

いつまでもへばっていては、戦地の兵隊さんに申し訳ないと思い、クリストファー・ノーラン(1970-)の新作『ダンケルク』(Dunkirk)を観に行ってきた。

私にとっては、日本兵のみなさまは、南の島々で、まだ戦っておられるのだ。

あの『ダークナイトライジング』(The Dark Knight Rises,2012))や『インターステラ』(Interstellar, 2014)の監督のノーランさんの新作です。

やっぱり、amazonプライムで観てちゃいかんでしょ。

不思議なことに、1940年5月27日から6月4日にかけての英軍(と仏軍)のダンケルク撤退作戦( Dunkirk Evacuation)について、私は知らなかった。

私は、これでも戦記物は読んでる方なのに。

この作戦について現代の英国人も知らない人が多いそーだ。

だから、ノーランさんはこの映画を作りたかったそうだ。

作ってくださり、ありがとう。

「ダンケルク・スピリット」を教えてくださり、ありがとう。

攻撃よりも撤退は難しい。

粘り強く最後までやれることをやる。

ノルマンディー上陸作戦は有名だけど、こちらは負け戦の中の撤退だったから、あまり知られていないのだろうか?

しかし、負け戦のときに、人間の本性が輝く。

ノルマンディー上陸作戦は、最前線はアメリカ兵ではなく、ポーランド兵だったのに、『プライベート・ライアン』( Saving Private Ryan, 1998) なんか作っちゃって、ハリウッド映画って、ほんと洗脳装置だわん。

でも、『ダンケルク』は、今までの戦争映画と違う。

ものすごい英雄が活躍するわけじゃない。

勧善懲悪でスカッとするわけでもない。

映画だから、物語だから、多少のご都合主義的展開はあるけれども、極力リアルに描かれている人間と状況。

映画を観ながら、私は、声を立てずに泣いていた。

ドイツ軍から袋小路のフランスの港町ダンケルクの海岸に追い詰められた英軍と仏軍の兵士40万人。

40万人!

「35億!」じゃないよ。

間にあるのはドーバー海峡。泳いで渡れる人もいるような近さの英国の岸なのに、ドイツ軍の空爆の下では、なんと遠くに見えることか。

しかし、この海峡を渡らなければ、40万人が戦死するのだ。

絶対に玉砕なんてするか。

日本軍じゃあるまいし。

映画は3つのプロットが組み合わさって進行する。

海岸でじっと撤退のための船を待つ40万人の兵士たちの1週間と、彼らを救うべく英国の港町からダンケルクに向かう遊覧船にとっての1日と、40万人の兵士の撤退を阻止するために激しい空爆をしかけるドイツ軍の爆撃機メーサーシュミットを撃墜すべく奮戦する二機の戦闘機スピットファイヤーにとっての1時間。

映画の場面は、ダンケルク海岸での兵士たちの1週間と、海上の遊覧船の1日と、戦闘機乗りの1時間が交差する。

ダンケルクの海岸は遠浅の砂浜なので駆逐艦のような軍艦が停泊できない。

小舟で沖に乗り出して大きな軍艦に乗るしかない。

もしくは、沖まで長く建設された桟橋から乗船するしかない。

ドイツ軍の爆撃機は容赦なく、その桟橋を防波堤を空襲する。

大勢の英軍兵士を乗せた駆逐艦も巡洋艦も爆撃する。

やっと乗船できた軍艦で、従軍看護婦から紅茶とジャム付きパンを支給されて安堵しても、ドイツの潜水艦Uボートから発射された魚雷で、軍艦は撃沈される。

艦内で溺死する英国兵。破損した軍艦から流出する重油に引火した炎の中で死んでいく英国兵士。

それでも、海をいくしか生きる道はない。おびただしい数の兵士たちは海岸で乗船を待つしかない。

ドイツ軍の空爆で亡くなった兵士の死体は砂浜に埋めて、死体から水筒や靴や軍服を剥ぎ取って生き抜くしかない。

排便はその辺の砂浜で。

トイレットペーパーはないので、ドイツ軍が空からばら撒いた「捕虜のススメ」のチラシを使用する。

撤退作戦始まって、英国海軍は民間の船を徴用する。英国中の民間船は、小舟も含めてダンケルクをめざす。その数850以上。

一方、ダンケルクの海岸では、なかなか進まない撤退のために兵士の疲労も極限だ。

数日後、ドーバー海峡におびただしい民間船の姿が現れる。

英国の各地からやってきた船だ。

ダンケルクの海岸で待つ兵士たちは喜ぶ。

孤立して死を待つのみの殺伐とした彼らの心に希望が生まれる。

同胞が救出に来てくれた。

聖ジョージの旗(イングランドの国旗。ユニオンジャックとは違う)を船の先頭に掲げながら。

白地に赤い十字の旗ね。

聖ジョージは、英国島にキリスト教を初めて伝播して、殉教した人ね。

ともかく、小舟だって必要なのだ。沖に停泊した軍艦に兵士を運ぶために。

遊覧船だって、予想以上に人間を乗せることができる。

遊覧船ぐらいならば、ドーバー海峡を行って帰ってくることができる。

たとえ戦死するにしたって、自分の国を、自分の同胞を信じることができれば、納得して死ぬことができるじゃないか。

祖国からも見捨てられ、誰からも知られずに南のジャングルで餓死することに比較すれば。

孤軍奮闘、ドイツの戦闘機と戦ったスピットファイヤーの一機は海に不時着して、遊覧船に救出される。

もう一機は燃料が切れるまで、ドイツの爆撃機メーサーシュミットを撃墜し、ダンケルクのドイツ軍占領地側の砂浜に不時着する。

そこで英軍の誇る戦闘機スピットファイヤーを燃やす。ドイツ軍にスピットファイヤーの構造を知らせないために。

ドイツ軍の捕虜になっても生き抜くんだ。

生き抜いていれば、また戦うことができる。

捕虜になるより自決せよと教える日本軍とは違うぞ。

捕虜になると、ベラベラペラペラと軍の機密をしゃべる日本兵と違うぞ。

このダンケルク撤退戦は、英国軍にとっても仏軍にとっても損害は甚大だった。

しかし、精鋭の兵士30万人以上は救うことができた。

生き残った兵士たちは、また連合軍の戦力になった。

この撤退戦は、その後の連合軍を勝利に導くための貴重な人材を残すことができたという意味で、決して負け戦の処理じゃなかった。

勝利への撤退もある。

やっとの思いで、英国の岸辺についた兵士たち。

人々は、撤退の敗残兵には冷たいだろうと予測する兵士たちの心は重い。

しかし、英国の市民たちは、英雄の帰還のように、彼らを歓迎し、彼らの帰還を祝福した。

老若男女すべての英国市民たちが、彼らの勇気を讃えた。

生き残らなきゃ。

生き残るために耐えた人々に栄光あれ。

当時のドイツ軍の強さは、とんでもなかった。

世界中がドイツ第三帝国に飲み込まれそうだった。

日本なんか、「バスに乗り遅れるな!」とドイツと同盟を結んだ。

オッチョコチョイ!!

日本は昔から軽薄。

しかし、英国は負けなかった。

巧妙にアメリカを戦場に引きずり込み、戦い抜いた。

ダンケルクの精神を忘れるな。

諦めたらダメだ。粘り強くやれるだけのことをするんだ。兵士も市民も男も女も老いも若きも。

映画が終わり、長いクレジットがスクリーンに映し出されている間中、私は音をたてずに拍手していた。

ずっと拍手していた。

クレジットが終わりかけになった頃に、やっと私は大きく音をたてて拍手した。

誰も私の拍手に合わせてくれなかったけれども。

『シン・ゴジラ』とは反応が違うな……

それでも、いいんだ。

苦しいときは思い出そう。

このダンケルク撤退作戦を。

この映画の詳しいガイドブックみたいなものも読んでみよう。

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メイキング版写真集もある。CGに頼ってないからさあ、この映画。

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ねえ、日本にも、こういう話はないの?

キスカ撤退戦をもう一度映画化してよ。

まあ、こっちの撤退戦は5200名だけどさ。

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amazonプライムビデオで見てね!

これも、すっごくいいですよ!!

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