現金が大好き

本日は2017年11月28日火曜日である。

自分で勝手に自分を「ブロガー」と言っているくせに、更新が滞る。

だいたいが、私はインプットはできるが、アウトプットができない人間だ。

だから、この歳になっても、本一冊出していない。

受信機は性能がいいが、発信機がぶっ壊れている人間だ。

だから、インプットに励み出すと、アウトプットたるBlog書きが滞る。

最近は、小学校段階の理科や算数の勉強し直しに凝っているんで、忙しいのだ。

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まあ、私のBlog書きが滞っても誰も困らないが、私自身がなんかモヤモヤしてくる。

生きてる気がしなくなる。

しょうもないことをグジャグジャ書いているのは私にとっては快楽だから。

「アキラのランド節」(http://www.aynrand2001japan.com)の頃から 私の書く記事は長い。

ほんとは、もっと短い記事を毎日でも書くべきなんだろう。

何度も思いつつ実行できないけれども。

私は、わりと無駄口はたたかない人間なんで、その分だけ、つい書くほうが長くなる。

でも、長いつまらんBlog記事を読めるほど、みんな暇じゃないし、国語力も落ちてる。

というか変質してきてる。

ついつい長くなってしまうが、なんとか短くできるようにしたい。

できるんかなあ……

ということで、今日はキャッシュレスに向かう時代について、私の感じることを書く。

つまり、現金が大好きな私にとっては、キャッシュレス社会ってピンとこないな〜〜ということを。

上記の写真は、11月27日の「毎日新聞」朝刊の第一面だ。

こんなふうに、 朝刊の第一面に、スウェーデンのスマホ決済について載せているほどに、着々と世界は、キャッシュレスに向かっているらしい。

というか、メディアは、そう思わせたいらしい。

とはいえ、私たち日本人の生活は、まだまだ現金重視だ。

私もクレジットカード払いは、インターネット通販の支払いに使うぐらいだ。

そのクレジットカードも、デビットカードであり、銀行口座から直接に引き落とされるものを使う。

クレジットカードは借金であるので、そんなもん作るなと1980年代に父に言われた言葉に未だに私は呪縛されている。

だから、私がクレジットカードを作ったのは、1989年と遅かった。

もう1980年代前半の英米では、クレジットカードが普通に使われていたが。

欧米の労働者の事務処理能力はダメ。すっごく遅い。テキパキやれない。

馬鹿なの?

と何度思ったことか。

ホテルのフロントのお姉ちゃんなんか、ほんとにタラタラしていて、ホテル代を現金で払うのにもすっごく時間がかかった。

クレジットカードって、レジをサッサか打って、サッサかお釣りが出せない欧米の脳足りん労働者対策決済装置だと思う。

おそらく、ワードプロセッサーも欧米の労働者の書類作成技術が低いから開発されたのだろう。

あんなもんは、労働者の質が高く、支配層の質が低い日本では無用のものだったかもしれない。

それはさておき、そもそも、私の世代だと、デジタルに不信がある。

使っている腕時計もアナログだもんね。

いつなんどき、デジタルデータなんかぶっ飛ぶかもしれんじゃん……という思いがある。

お金も、デジタルの数字より、形があって触ることができるお札のほうがいい。

デジタルの100,000円より、実物のtangibleな100,000円の方が好き。

買うときは現金払いの方がいい。

手持ちの現金が消えていくときの寂しい頼りない気持ちをしっかり覚えている方が浪費を回避できる。

人様への御礼でもお菓子とか渡さない。

そんなもんshitの元でしかないだろう。

現金はあまりにむきだしだから、商品券にするけれども。

商品券は金券ショップで95%くらいは現金化できるからね。

はっきり言って、私がこの世で何が好きかといえば、現金だ!

たこ焼きより好きだ!

アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』(1957年発表)のヒロインのダグニーは、祖父が創設した大鉄道会社の副社長だ。

彼女は、緊急の大事故の時に、「こいつは有能だ」と見抜いて、ホームレスの男を急遽雇用して、自分が不在の時の差配を命じる。

別れ際に咄嗟に、彼女は100ドル札をホームレスの男の上着の胸ポケットにねじ込む。

なんとなれば、それなりの額の現金を所持しているということは、人を元気にするし支えるから。

私は、このくだりを読んで、心より感服した。

この作家は、アイン・ランドは現実から目を逸らさない。凡百の絵空事書く作家とは違うって。

副島隆彦氏も、現実を直視する政治経済評論家である。

副島氏は、以下のように書いておられる。

「私は、この、何があろうと自分のお金儲け(資産を増やすこと)しか考えない、という生き方は、きわめて正しい大人の生き方だと、厳しく判断しています。物事を突き詰めたら、人間はそのような生き方になる」と。

近刊の『銀行消滅』の72ページに書いておられる。

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こう書くと、浅はかで脳足りんの人間は、副島氏や私のような人間を「拝金主義者」と思うだろう。

こーいう馬鹿が世間には多いよね。

気楽にカネのことを口に出せるのは、カネに心理的距離があるからだ。

あくまでも、カネを手段としか考えていないからだ。

「拝金主義者」とは、カネを物神化している人間のことだ。

神様の名を気楽に口に出さないでしょう、キリスト教徒は。

Oh, my God! と言うのは畏れ多いので、Oh, my goodness! とかOh, my gosh! とか言うでしょう。

カネについて気楽に「私は現金が大好き」と言える人間は、拝金主義者になれない。

拝金主義だったらよかったのに〜〜♬♬♬

ならば、私にとっては、生きることはもっとシンプルだったろう。

私はお金の話は大好きだが、現金も大好きだが、ただ大好きなだけだ。

それを正直に言えるだけだ。

それはいいとして、キャッシュレス社会になると聞くと、大丈夫かいな……と私は思う。

チップとかの「ちょっとした現金での即興的感謝の印的行為」はどうなるんかなあ。

ホームレスの人にちょっと渡す時に、クレジットカード出すのか?

お年玉とかは、どうするの?

「おばちゃん、ナントカちゃんの口座にXX円振り込んでおいたからね〜〜」って言うの?

コンビニで使えるQUOカードとか渡すの?

私が夫からもらった最初のプレゼントは図書券だったけど。

「いい人だなあ」と思いましたわ。

あれが、趣味の悪いアクセサリーとかだったら、「アホか、こいつ」と思うもんな。

まあ、本格的キャッシュレス社会では、自分のスマホを相手のスマホにピッとしたら、送金できるようになるんかしらね。

今んとこ、中国は非常なるキャッシュレス社会になっているそうだ。

確かに上海では、レンタル自転車も、スマホでピッとして、そうすると課金されて、自転車使えるようだった。

1980年代や90年代の香港映画を見ると、お誕生日のプレゼントとか、結婚祝いに、現金がいっぱい詰められた封筒とか渡していた。

「中国のこの習慣はいいなあ!現金は一番便利だもんね〜〜」と、私は大いに感心したものだった。

今はどうなっているんだろう。

現金が使えないというのは、実に不便な気がするが。

ただ、政府からすれば、現金ないほうが、人民の金融資産は把握しやすい。

日本における国税庁・税務署が把握できない現金のうち、最大のものは暴力団のお金とタンス預金だそうだ。

暴力団は現金でしか決済しない。

そりゃそうよね。

銀行口座に記録が残って、この収入は?と税務署に問われて、「覚醒剤10キロ売りました」なんて言えない。

その額は9兆円ぐらいらしい。

タンス預金については、43兆円らしい。

この数字の根拠が知りたいが、まあ、そんなもんなんですかね。

しかし、この9兆円と43兆円に税金をかけたいのだ、国税庁といいますか財務省は!

で、暴力団潰しとかしたいわけだ。

最近の暴力団摘発記事の背景には、それがあるらしい。

正義感で動くはずないのよん、政府が。

暴力団を潰すべきだと、あなたが思っているなら、あなたは脳足りん。

あなた、暴力団を潰したら、暴力を持てるのは国家(の下の軍隊と警察)だけになるでしょう。

それは、まずいでしょーが。

何につけても独占寡占は、ダメとよ。

公設暴力団(軍隊と警察)以外にも、民間にも武器弾薬が流通しないと、民間人は身を守れない。

そーいう時がありえる。

敗戦直後の第三国人(中国人と朝鮮人)の暴力を排除してくれたのは、山口組だぞ!

敗戦国の警察では手が出なかったんだぞ!

で、GHQが山口組に指令を出した。

「やっていいよ」って。

それから、外資に買われた不良債権の不動産を占拠して外資に好きにさせなかったのは、暴力団だぞ!

だから、アメリカはYakuzaを目の敵にした。

マフィアのいない社会なんて不健康なんだぞ!

タンス預金のあぶり出しは、いずれ強行されるよね。

「新円に切り替えます〜〜それにともなって、しばらく預金封鎖します〜〜ついでに、何年何月何日までに、旧紙幣を新円に交換してください〜〜それ以降は旧紙幣は使用不能のゴミになります〜」と布告すればいいね。

そんなに税収を増やしたいならばさあ、

富裕層や大企業の金が隠されるタックスヘイヴンをぶっ潰せばいいのに。

庶民のチンケな隠し金なんか狙わずにさあ。

税金を払うべき奴が払わないと、庶民がなけなしの収入から一層に収奪される。

公共サービスの水準が下がる。

タックスヘイブンという大脱税装置を爆破しなさいよ。

しないね〜〜〜♬♬

そーいう肝心要のことをしないのが、政府であり、国会議員であり、財務省の官僚だ。

ほんとに国益考えて動くと抹殺されるしね。

家族に害が及ぶしね。

しかたないよね。

ともかく、キャッシュレス社会というのは、人民の金は全部、国税庁が把握しますってことでしかない。

そりゃ、Fin Techの発展により、銀行消滅だか現金消滅だか知らないけれども、便利は便利になるよね。

今は税金だって、オンラインで、自分の銀行口座から送金できる。

収納機関番号とか収納者番号とか確認番号とかあれば。

このシステムを使って消費者に送金させる通販業者もジワジワ増えてきた。

Pay-easy決済とかでさあ。

これは、PayPal決済より便利な気がする。

それでも、デジタルってさあ……

二重三重にセキュリティが張り巡らされているといっても、絶対安全と言われた日本の原子力発電所もああなったし。

巧妙なサイバー攻撃されたら、キャッシュレス社会なんてね、即機能停止。

私は、電子ブックで読んで気にいると、プリントヴァージョンの本も入手しておく。

やっぱり、デジタルは頼りない。

現金のお札が素敵。

500円硬貨が素敵。

早く30万円たまらないかしらん。

この容器に500円硬貨がいっぱいになったら、銀行のATMの横にある両替機に入れてお札に替えるわん。

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実は、税金をかけられない、政府に捕捉されない通貨を作っちゃえば、いいんじゃん?

というのが、ビットコインの発想の元らしい。

でもまあ、私の脳ではビットコインの仕組みがわからないので、ここでは書けない。

副島隆彦氏によると、政府や大銀行の規制を受けない通貨というものは、何度でも潰されながらも、これからも生まれていくらしい。

それがリバータリアニズムという人類が到達した政治思想の成果のひとつらしい。

ある程度の数の人々が、これが通貨ですと合意して、それをやりとりしながら物品やサービスを得ることができれば、それは通貨なんだからさ。

別に国家が認めなくてもいい。

何を売買しようが自由だし、売買の交換に何を選ぶかは売り手と買い手の合意で決めればいいわけだし。

あくまでも売り手と買い手が納得して互恵関係が成立すれば、それでいい。

国家が認める通貨だと消費税とか物品税とかかかって、さらに所得税もかけられて、住民税も上乗せなんだから。

頭がいい奴ほど、国家外通貨の魅力に走るよね。

まあ、国家は、国家外通貨を必死で邪魔するだろう。

そんな中心とヒエラルキーを無視して人間はより自由を求めて行くんだわさ。

多極的な脱中心化された世界が形成されて行くんだわさ。

そこんとこ、よろしく。

でも、やっぱり現金がいいな。

やっぱり、今日の記事も長かった…すみません。

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