人間は有機質から無機質へ進化する?

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本日は、2018年1月4日木曜日だ。

正月も終わった。

何も特別なことがなくとも、ソファにひっくり返って読書していれば、最高に幸せな正月だ。

いろいろ不安も恐怖もあるけれども、街は平和だ。

1月2日にNHKで面白い番組を放映していた。

有名な研究者が、もし明日死ぬとしたら学生たちに何を言い残したいか、どんな講義をするかという企画の「最後の講義」シリーズを放映していた。

「最終講義」ではないよ。これは退職前に大学教授がやるやつ。

私が視聴したのは、大阪大学工学部の石黒浩博士の「最後の講義」だった。

ものすっごく面白かったので、放送が終わってから、すぐに検索して動画を探した。

見逃し配信では売ってないみたいだったから。

早く売れよ、NHK!  

みなさん、下の動画が削除される前に視聴してね!!

すっごく面白いから!!

この講義内容のかなりは、石黒博士のご著書の一冊である『アンドロイドは人間になれるか』(文藝新書、2015年)とかぶっている。

http://amzn.to/2Czhqi8


私が、滅茶苦茶おもろいなああ〜〜と思ったのは、この本にも書いてあることではない。

もちろん、この本も非常に面白いけどさ。

「最後の講義」の最後の方で、石黒博士は、この本に書いていないことをおっしゃった。

それに、私は、うわお〜〜と喜んだ。

石黒浩博士は、「人類は有機物から無機物に向かうのではないか。人間は無機物になりたくてなりたくて、科学技術を発展させてきたのではないか。サイボーグこそ人類の進化形でないのか」と、おっしゃったのである。

これは、1980年代から私がうすらボンヤリと考えてきたことに合致している!!

1984年に、James Cameron監督が、映画 The Terminator を発表した。


私は、この映画に驚愕した。狂喜した。

もう何度も何度も視聴した。

その頃にやっと出てきたレンタルビデオ店で借りて。

レンタル料は1985年当時で1週間1000円だった。

いや、もっと高かったかもしれない。

この映画は、いまだに私にとっては、アメリカ映画史上No.1の作品である。

今でも、あの主題曲を聴くと胸がキュンキュンする。

うーん……最高!! 

私は、ものすっごく感動した。

あの未来からやってきた殺人マシーンのサイボーグに。

あのサイボーグは、未来における人工知能支配に闘いを挑んだ人類の救世主のジョン・コナーの母親となる大学生のサラ・コナーを暗殺するために未来からタイムマシーンで派遣された。

アーノルド・シュワルツネッガー演じるサイボーグは、どこまでも執拗にミッションを遂行しようとヒロインを追った。

最後は、廃工場の金属プレス機にペチャンコに押し潰されながらも、ひたすらミッション遂行に集中した。

なんと、カッコいい……

グジャグジャと迷いの多い人間とは違って、サイボーグは悩まない。迷わない。

傷つかない。躊躇わない。無駄口たたかない。行動に無駄がない。

怪我すると、自分で自分の人工皮膚を切開し、自分で自分を修理する。無表情に。

炎に包まれて人工皮膚がすっかり焼けて鉄骨の組み合わさった、もろ機械の形状になっても、ひたすら義務の遂行だ。

あの映画を見て、まだ30代に入ったばかりだった私は思った。

「サイボーグになることこそが、人間の理想なんだ……」と。

自分がすべきことを達成しようと目的合理的に、行動禁欲的に、一切の無駄を省いて行動するサイボーグこそが、究極の近代人である!!

これこそ、マックス・ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で説明した近代人そのものではないか!

梵天丸もかくありたい!!

私はサイボーグになりたい!!

サイボーグは排泄もしない。便秘にも痔にもならないもんね。

低位舌にもならんもんね。肛門も舌もないもんね。

腐らないもんね。錆びるかもしれないけれど、自分で自分に錆止めを塗布できるもんね。

孤独死は構わんが、遺体が腐って人様に迷惑かけるのは嫌だなあ、この点だけは自分の死について対策を講じておかないといけないと思っている私は、サイボーグなら腐らずに、スクラップにして転用できるのになあ……と思うのだ。

というか、そもそもサイボーグは動力源さえ稼働すれば、不老長寿だ。

不老長寿。これこそ人類の夢だ。

そういえば、大昔から有機物より無機物の方が美しいという感覚を人々は持ってきた。

たとえば、我々は「人形みたい」とか評するでしょう、非常に美しい人のことを。

非常になめらかなシミひとつない肌を「陶器のような肌」と評するでしょう。

生身の女性よりもラブドールやアニメの女の子の方がいいと言う男性の気持ちが、私にはよくわかる。

綺麗さから言ったら、生身の女性はかなわないよ、美人型サイボーグに。

ブスで体臭がきつくて料理は下手で趣味も悪くて頭も悪いくせに浪費家の女房より、絶対にいいぞ。

男性型サイボーグを、「私だけを愛し守り大事にする」とプログラミングして、共に暮らしたいと思っている女性は多いのではないかな。

未亡人ならば、愛する亡き夫の姿形のサイボーグで、似たような音声で発話してくれるならば、嬉しいだろう。

生身のDV男やダメンズより、はるかにマシではないか。

ということで、私は、石黒浩博士の、「人間は有機質から無機質になってゆく」=人間存在の様々な欠陥を機械で補うサイボーグになってゆく論に、いたく共感したのだ。

それでも、30代の頃の私は、人間は進化し社会は進化すると信じていたし、教育や啓蒙で人間は賢くなると、人間の意識革命は起きると信じていたので、「サイボーグになることこそ人類の進化」とは思っていなかった。

しかし、あれから30年以上経過。

人類は進化しそうもない。

というか、人類の進化の個体差が大き過ぎる。

脳のぶっ壊れたとんでもないクズ人間もいれば、非常に優れた資質の人間もいる。

格差が、どんどん広がっている。

質が違いすぎる人間が同じ地球で共存できるのか。

悪貨は良貨を駆逐するではないが、亜人間みたいなクズは蔓延るばかりではないか。

もう、いっそ生まれたらサイボーグ化した方がいいんじゃないか。

医療費なし、病院も医師も要らない、失業に悩むこともなく、高齢者介護問題も消滅し、記憶力が悪くともチップ入れてもらえば大丈夫。学校も教師も無用。

生きていくことに伴う悲しみ苦しみなし。

生老病死なし。

1980年代にアメリカでは「サイボーグ・フェミニズム」なんて言葉も生まれ、科学技術の発展で男女差もなくなり、女性差別も無くなるという説があった。

ひ弱な女でもパワースーツ装着すれば、無敵の兵士にも屈強な工場労働者にもなれる。

Aliens 2 で出てきたでしょう。


サイボーグに性差はない。男女平等だよ、そりゃ。

そのかわりに女性の最大の能力である人類の再生産能力=妊娠出産能力も無効になるね。

サイボーグはいくらでも量産できるから。

人類の遺伝子のクローンは繰り返せば劣化するかもしれないけれど、Deep Learningで自己学習するサイボーグのコピーは、オリジナルを凌駕してコピー以上のものになるかもしれない。

そうか、人類の終焉は無機物への進化という形をとるのかもしれない。

新約聖書のハルマゲドンの後の「千年王国」とは、人類がサイボーグになってこそ訪れる恒久平和時代なのかもしれない。

しかし、ここまでいろいろ想像したら、「なんか退屈だなあ、進化って……」と私は思ってしまった。

The Ghost in the Shell『攻殻機動隊』の草薙素子みたいに、「ネットは広大だわ」と言いながら、ネットの宇宙の中を飛んでいれば退屈ではないのか。


悩みも悲しみも苦しみもないサイボーグに喜びはあるのか。

あまりの幸せに不安を感じるというような微妙な気持ちにはならないのだろう。

とんでもないストレスフルな状況の中で、ニタリと笑うみたいな自分を追い込んでみるような自虐的快楽は味わうことはないのだろう。

そもそも、サイボーグは「気持ち」を持てるのか。

「気持ち」なんていうバグは抹消するのか。

まあ、1000年後のことはどうでもいいわ。

ただ、どんなものにも終わりは来る。

人間という生存様式にも、いつかは終わりが来るんだな。

どんな終わり方にせよ。

そんなことを思った2018年の正月だった。

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