本日は2018年3月8日木曜日だ。
先週の3月1日には静岡県浜松市にある航空自衛隊浜松基地の見学させていただいた。
見学報告を書こうと思ったのに、翌日から体調が悪くなった。
耳下腺炎なのか、耳の下が膨らんで不細工だった。
だから、ずっとブログ記事も書かず、テキトーに乱読していた。
高齢者女性向けジムもさぼっている。
まあ、こういうダメさ加減は私らしいよ。
もう許す、許す、自分を許す。
人様に迷惑かけてるわけじゃない類の自分のアホさ加減は許すことにする。
でないと、肝臓さんの態度が強硬になる。
ところで、たまたまベイシック・インカムbasic incomeについて書いた本を2冊ほど読んだ。
波頭 亮(はとう・りょう)氏の『 AI とBIはいかに人間を変えるか』(幻冬舎)だ。
非常に読み易く理解しやすい。
従来から指摘されてきている人工知能の発達がベイシック・インカム導入を促す説を、明解に整理してある。
まず、この表紙がいいよね。
なんと頭の形の良い赤ちゃんでしょ!
内容をフジモリ流に極度に簡単に10点にまとめると、こーだ。
(1)人工知能 artificial intelligenceの発達によって、ほとんどの肉体労働とかなりの頭脳労働から人間は解放される。人間の感情や情緒に関する労働が重視される。かつ、人工知能によって生産性は飛躍的に向上する。
(2)生産性は上がり、生活財が安価に(人件費が削減できるし)流通し、人々の生活は豊かになる。
(3)が、人工知能により雇用されなくなった人々は賃金労働しないのだから、金がなくて、人工知能による生産物を消費できない。多くの人々が買えないのでは、生産性が上がってもしかたない。
(4)で、全ての人に一定額の現金(著者は8万円と仮定している)を給付して(=ベイシック・インカム)、消費できるようにする。
(5) ベイシック・インカムの導入は、格差社会の是正にもなる。貧困問題のかなりを解消できる。機会の自由を保障できる。
(この理由から、以下の橋本健二氏の『新・日本の階級社会』も、ベイシック・インカム導入を強く提唱している)
(6)数カ国で実験的に一部の人々に導入したら、良い結果を得られた。貧困から脱出する機会と気力を貧しい人々が得ることができた。
(7)まず、生活保護のような申請式ではなく、もれなく誰にでも一律支給されるので、福祉に依存しているという負い目がない。
(8)ベイシック・インカムの導入によって、誰もが最低限の生活ができるという文字通りのセイフティネットがあるので、安心して自分のしたいことができる。賃金獲得のために嫌なことをしないですむ。
(9)史上初めて、laborから解放されて人間は、誰もがやり甲斐のある仕事workや、社会的活動actionを志向できるという意味で、人工知能の発展と、それが促すベイシックインカムは、新しい文明を人類にもたらす。
(10) 働かざるもの食うべからずという従来の道徳を超えて、いかに創造的に遊ぶか?ということが人類の課題になる時代が到来しつつある。
というように、未来への希望を提示して、この本は終わる。
ワクワク。
もちろん、ベイシック・インカム導入には様々な障害や問題もある。
それについても、きちんとこの本は言及している。
障害は、財源の確保に、肥大している福祉官僚機構の抵抗だ。
財源の確保に関する試算については、これが物理的に実現可能なのかどうか、私は数字に弱いのでよくわからない。
官僚の裁量の余地のない国民全部に一律XXX円支給というシンプルさは、確かにお役人さんは嫌がるだろうな。仕事なくなっちゃうもんね。
財源の確保と官僚の抵抗以外にも問題はあるよ。
この本では論じていないが、たとえば、日本がこの制度を導入するとしたら、「日本人」の数を限定しないといけないということも、ベイシック・インカムの問題だ。
「日本に行けば働かなくても食えるから行こう!」と移民さんがいっぱい来て帰化を望んだら、どうする?
公共福祉というのは、受益者を限定しないと成立しないんよ。
財源には限界があるからさあ。
おそらく、著者は、人工知能の発達により世界中の生産性が高まり、先進国も中進国も後進国もないというフラットな世界状況を想定しているのかもしれない。
そんな世界ありえる?
それはさておき、私自身は、ずっとベイシック・インカムなんて、新手の左翼思想じゃ、共産主義のコスプレだと思ってきたし、今もそう思っている。
地獄への道は善意に敷き詰められている。
国からの給付金で食っていくことが国民の前提になったら、それこそ「国畜」ではないか……そこまで政府なんか信用できるか?
ベイシック・インカムの財源確保のために、今以上の高税社会となり、消費税は25%ぐらいになっちゃうぞ……と思っている。
人工知能で雇用が収縮した世界で、税収が確保できるのか?
いっそ人工知能に偽札でも作らせるか?
お札をばら撒きましょう〜〜〜♬♬
しかし、ほんとうに国民すべてに一定の現金給付をできるなら、やってみればいいと思う。
やれるもんなら、やってみて。
8万円と言わず20万円くらい給付したら?
そりゃ、みんなが食べて行ける世界は望ましい。
貧困による病気や犯罪が増えれば、貧困でない人々にも悪影響はある。
ひとりで生きているわけではないから、その貧困は別の負の形を帯びて社会に陰を落とす。
社会的存在である人間は、自分だけで完結できない。
どうしても影響しあってしまう。
理由もなく私の心が沈むのは、どこかで誰かが飢えと寒さで苦しんでいるからだ。
つまり、貧困の社会的コストってやつよ。
子ども虐待する親は、社会から虐待されているので、自分を頼るしかない幼い子どもに苛立ち怒りをぶつける。
お腹が空いてる子どもほどかわいそうな存在はないぞ。
生まれた子どもは誰でも適切な衣食住をある程度確保できる環境で育って欲しい。
ただし、ベイシック・インカム導入は、物質的格差社会はある程度是正するだろうけれど、そのかわりに知的格差社会を生むからね。
どこまでも問題は生まれるのだよ、人間社会は。
賃金労働しなくても生活できるならということで、無為に生きる人間と、生活のための労働から解放されて生き甲斐のある仕事や活動に人生の貴重な時を使う人間の格差が露骨に大きくなる。
もう、貧困を自分の人生の不如意の原因にはできなくなる。
社会が悪いとか言えなくなる。
真のセイフティネットという恩恵を生かして創造的に人生を生きることができない人間は、いくらでも不満のタネを見つけて、責任転嫁を図る。
ベイシック・インカムの給付金が少ないから自分の人生が充実しないと声高に言うだろう。
それに追従する馬鹿マスゴミも出てくる。
しかし、そんなこと構わず、創造的な人々は、生活の不安から解放されて、安心して一層に冒険し、一層に視野を広げ、いっそうに洞察を深め、一層に知的になり幸福になる。
アホは一層にアホになる。
でもさあ、無為に暮らして「小人閑居して不善を為す」のサンプルでしかない人々も、じょじょに創造的な人々から良い影響を受けるのかもしれない。
無為に生きたい人は無為に生きたっていいんだから。
前世むちゃくちゃに労働したから、今世はひねもす空を眺めて暮らすんだ……でも、いい。
生き物の生存様式にいいも悪いもない。
他者に害を及ばさないなら、無為に風に吹かれていてもいい。
無為をほんとうに楽しめるのも立派な知的行為かも。
「おまえはすでに死んでいる!ゾンビーだ!」なんて言うのは余計なお世話だね。