本日は2018年3月26日月曜日である。
最近は滅多に雑誌を買わないし、dマガジンも飽きたんで解約してしまった私が、珍しく最近買った雑誌がこれ。
よく取材して調べられている記事ばかりだ。読み応えあった!
21世紀はバレる時代だ。
それまではなんか「聖域」と思われて、内情が一般には見えなかった業界の内部事情が、どんどん暴露されてきたし、暴露されつつある。
マスコミしかり。
医療界しかり。
教育界しかり。
聖職者ではなく、セクハラに猥褻行為に盗撮が趣味のペドフィリア(小児性愛者)の性職者の教員なんて、もう珍しくもなんともない。
中学生の男の子と駆け落ちする女性教員もいるそうだ。
ガキとしゃべっていて楽しいような頭の程度で教員採用試験に受かるのか。
地方の教育委員会の情実採用ですかね?
相撲界も、そのひとつだ。
もともとは神事で神々にお見せするものであった大相撲が八百長だらけであったとバレてしまった。
神社も、そうだ。
去年の暮れに東京の富岡八幡宮の女性宮司が弟に日本刀で惨殺されるという事件があった。
神官どうしで、何やってんだかね?
これ、カトリックの神父同士が銃で撃ち合ってどっちも死んだみたいな事件である。
アホか、である。
プータロー遊び人の弟に殺害された女性宮司がたまたま殺害される前に、この雑誌から取材を受けていた。
そのインタヴュー記事によると、「神社本庁」の幹部たち神職者の程度は非常に低いようだ。
セクハラ、パワハラ、モラハラすごいようだ。
神社の組織も人間集団だから、権力闘争も金にまつわる闘争も多いようだ。
氏子たちとのトラブルもかなり多いようだ。
まあ、祝詞あげてれば食える職に就くというのは、競争もないしノルマもないし倒産しないから公務員になりますと言う類の人々と同じメンタリティの持ち主であろう。
であるからして、まあ、ろくなことしないだろうなあ、神社界の人々というのも。
人間の世界だから、そんなもんだろう。
それでも、私は神社に行くのが好きである。
御玉串料を差し上げて神恩感謝の祝詞を挙げていただくのも嫌いではない。
宗教組織と宗教心は別だもの。
人々の敬虔な祈りが寄せられる場所には、その真摯な思いが凝り固まって聖なる磁場が形成される。
神官の程度が低くても、基本的にはどうでもいいのであるよ。
しかし、正直言うと、「こんな程度の祝詞ならば、私でも挙げることができるわい」とか、「そんな祝詞じゃ、神々に届かないよ〜〜オッサン!」と思わされるような祝詞しか挙げられない神官って少なくない。
祝詞集なんかamazonでも買えるから、気に入らないなら自分で挙げてればいい。
大祓祝詞(おおはらいのりと)だけが、正式の祝詞らしいですけどね。
かと思えば、こんな真摯な心のこもった素晴らしい祝詞を挙げていただけるなんて!
と深く恐縮し感動する祝詞を挙げてくださる神官もおられる。
15年くらい前に東京で学会があったときに、つまらん英米文学系の研究発表を聴いていてもしかたないね〜〜と思い、学会から抜け出して茨城県の鹿嶋神社に行った。
遠かった……電車で上野から水戸まで行って、水戸からさらに……いつ着くんだ?!
が、そのとき鹿嶋神社で挙げていただいた祝詞の清々しさは、いまだに覚えている。
まだ30代ぐらいの白皙な若い神官であった。
1996年に大阪の桃山学院大学に赴任したときに、大阪の土地の神様にご挨拶に行くべと思って、住吉大社に行き、 祝詞を挙げていただいた。
そのときの祝詞も素晴らしかった。このときの神官も、まだ若い方であった。
意外と、どうでもいい類の祝詞を挙げるのが日本最高の神社の神官だったりする。
それはさておき、「聖域」の神社仏閣界の不祥事や内実のアホさ加減が一般の人々にばれるのは、いいことだ。
いい加減なことして、金儲けできる時代は終わりつつある。
不景気も長引いてるので、死んでいる人のためにお金を使う余裕はなくなっている。
みな忙しい。特に現役で仕事していると忙しい。
「告別式は身内だけで済ませました」と事がすんでから喪中の連絡があると、ホッとする。
なんと良識のあるもののわかった方々であるかと感謝する。
いちいち、三回忌だの七回忌だのと親類から通知があると、ムカついて迷惑だ。
週末が潰されるし、金もかかる。
ということで、法事も最低限で、どんどん簡略化されつつある。
お墓なくてもいいしね。釈迦の墓なんかないんだからさ、仏教に墓はほんとは無用。
漁業組合の許可を得ることができれば、近隣の海に遺灰をまいていい。
遺灰カプセルを宇宙に飛ばすこともできるんだ。
お金があるなら、遺灰でダイヤモンドの指輪を作ってもらえる。
メモリアルダイアモンドだって。
先祖代々の菩提寺さんがどこだか知らないなら、人型ロボットPepper君を導師にして、読経してもらえばいい。どんな宗派のお経もOKだ。
長い間、食いっぱぐれのない手堅いビジネスであった寺院も経営が困難になりつつある。
お寺にせよ、檀家さんに要求の多いところは檀家離れが進んでいる。
禅寺だと檀家のお葬式の導師料金で100万円を要求する寺もあると聞いた。
霊園に土地買ってお墓を建てるとなると何百万円がぶっ飛ぶ。
ならば、街中の永代供養料30万円くらいのコインロッカー式お墓でいいや、と考える人も多くなる。
大きな寺院の機械式納骨堂は人気があるようだ。
商機ありと見て、ゴールドマン・サックスが経営に乗り出して来ているそーだ、機械式納骨堂。
最近も、ランチをご一緒にした「舌はがし仲間」のおひとりの名古屋在住の歯科医の女性が、ご実家の「お墓じまい」をして、名古屋有数の有名寺院の機械式納骨堂に権利を購入したいとおっしゃっていた。
地面に建つお墓が一戸建て建築なら、機械式納骨堂はマンションかな。
子どものいない私も、そのあたりのことを考えておかないといかんなあ。
実家の墓の横の土地を、私のために生前に母が用意してくれたのだが、あそこに墓を作っても、私が死んだら誰が管理するのか。
まあ、なんとでもなるか。お墓ぐらいは陽当たりと風通しのいい土地付き一戸建てにこだわろう。
21世紀はバレる時代なので、「聖域」なんてこの世にはないのだよ〜〜ということで、このように雑誌に大きく神社界の腐敗ぶりや、仏教寺院の経営難が容赦なく暴き書かれる。
ネット検索してると、日本最大の聖域である天皇家についても、真偽はわからないけれども、容赦ない記事がいっぱい書かれている。
皇室の方々の決して勤勉懸命聡明真摯でない言動の暴露とか、愛子様の影武者分析とか、美智子皇后の影武者分析とか。
よくwatchingしているものだ。
カトリック、イエズス会の覇道一神教勢力やGHQやCIAによる日本の皇室潰しの刺客として皇室に送り込まれた美智子様と雅子様という文脈での陰謀論もネット界では多い。
まあ、確かに、日本の霊的守護に携わる皇室の女性にしては、美智子皇后も雅子皇太子妃殿下も、お若い頃は、女優やアイドルじみていて、ちょっと水っぽかった。
傾国の美女ってやつね。
だから、そういう陰謀論も出てくるんだろう。
「日本の霊的守護の責任者、最高の神官」の妻ですからね。
やいのやいの言われるのも無理はない。
実は、正直言うと、私も「皇室は、ちゃんと日本の霊的守護たる祭祀やってくださっているのかなあ……」
と、心配だったりする。
すみません。
しかし、ああもカメラにさらされては、神秘性も霊性も聖性も全部剥ぎ取られてしまう。
マスコミは悪意丸出し過剰報道。
このまま行くと、神社仏閣と同じく、日本最大の聖域である皇室も、あることないこと書き立てられるだろう。
やんごとなき方々は大変だ。
心ある日本人も寂しいよ、それでは。
問題は、その先だよね。
日本人の心の拠り所であった日本の聖域が、ドンドン、仮面を剥がされてゆく。
日本人がどこかで信じていたものが、どんどん壊されていく。
そのあとに、日本人はどうするの?
人間というどうしようもない存在の世界に幻想を持ってはいけないのだろう。
それでも、やはり日本人は日本という国に聖なるものを感じ続けていたい。
心の中に神を抱いて、外部に依存せず、まっとうに生きていきたい。
他人がどうあろうと、自分の良心に従って生きていきたい。
21世紀は、日本人を支えてきた様々な聖域の内実がさらけ出される時代である。
言い換えれば、21世紀は、日本人個人の精神の独立が、ほんとうに必要になる時代なのだ。
頷きながら、読ませていただきました。
我が家も、子供居ない夫婦ですので、
夫婦2人ともに、散骨派です。
禅寺なので、お墓の問題に
暫くは、悩まされますが、、、。
神社⛩は、とても好きです。
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道下さま、コメントありがとうございます。今は、ほんとに時代の変わり目ですね。当たり前と思われて来た慣習も、実は当たり前でなく、どんどん変化するものなんですね。歴史的状況で作られ制度的になったものも、歴史が変われば、廃れていくんですねー
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