[296] 運の悪い奴はマウンティングが好き

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本日は2018年6月25日月曜日である。

最近の私のMy Boomは、「20代読者のカリスマ」である千田琢哉氏のご著書を読むことである。

ここでも何冊か紹介した。

だっておもろいのだもの!

読むと、私自身が体験上いちいち納得できる事ばかり書いておられる。

で、今日は「運が悪い奴はマウンティングが好き」という話を書く。

今まで関わってきた人たちとの関わりの中で、「あ、こいつ馬鹿だな。付き合うのやめよ」と思う瞬間というのがあった。

それは、相手がマウンティングしてきたときである。

マウンティングとは、「あんたなんか!私の方がすごいんだからね!」と示威行動することである。

みなさん、マウンティングは貧乏くさいからやめましょうね。

人間性の貧しさが丸出しになります。

運も悪くなります。何よりも醜い。

能力のわりに不遇な人の共通点って、マウンティング癖だと私は思う。

私自身が体験したマウンティングも少なくないが、ここではわかりやすい事例を紹介する。

(私が体験した実際の例はじめ)

マウンティング(1)

最後の勤務先で、英語産業会社から派遣されてきた英語講師とふたりでチームを組んで授業をする形態。明らかに、その英語講師の英語ミスを学生にわからないよう指摘したら、「ああ、イギリス英語ではそうなんでしょうね。私の世代はイギリス英語ではなかったので」と彼女が言ったこと。アメリカ英語でも間違ってるんだよ!

私は自分のミスを彼女から指摘された時は素直に訂正していた。しかし、私がミスを指摘したら、そういう態度。以後、こいつは見込みないなと思って心理的に切り捨てた。TOEICほぼ満点だか知らないが、くだらないところで負けず嫌いでは、伸びないし、人間関係のトラブルがついて回る。私は運の悪い人間とは関わり合いになりたくない。

マウンティング(2)

大阪勤務時代に、アメリカ文学会関西支部大会のシンポジウムでの講師を依頼された。テーマは、「アメリカ文学と大学教育」というテーマ。私は、いろいろな根拠を挙げて、英米文学研究には未来がないことを指摘し、英米文学研究者は、もっと広く、もっと貪欲に、人文学、社会科学を学び、学生の教育に寄与することを提案し、私の報告は活発な反応を得た。

シンポジウム後の懇親会でも、いろいろ質問を私は受けた。すると、ある有名私立大学の女性教員が私に対して言った。「ほんとは、このシンポジウムの講師は、最初に私が依頼されたんです。都合が悪くてお引き受けしなかったんですけど」と。

こいつ馬鹿だな……と思った。

マウンティング (3)

教え子が留学して学位を取って帰ってきた。お祝いの食事会を開いた。そしたら、彼は「先生の学問的業績については、僕は専門も違うし、よく知らないので判断できないんですが……」と皮肉に意地悪く笑いながら言った。

将来性のある学生だと思い、私なりにできることはしてきたつもりだった。こんなマウンティングをされる理由がわからなかった。まあ、私も舐められたものである。これも私の不徳ゆえか。

以後は、この教え子とは距離を置いた。その後の彼の言動から駄目だな、こりゃと判断し、連絡を一切絶った。

マウンティング(4)

女子大の短大部勤務時代の同僚は地元の国立大学の大学院出身であったが、彼は地元のパッしない私立大学の出身の私の方が、恐れげもなく、会議や教授会でガンガン発言することに苛々していた。

私は無駄口はたたかず、ここぞという時にしか発言しなかったから、その発言にはインパクトがあった。一方、その同僚は3分黙ってると喉が腐るという感じに口数が多かったので、その意見は聞き流されていた。

その同僚は、女子学生からの支持が私の方が多いことにも苛々していた。男前のつもりだったのか?

ある日、私が大学院時代の教授の今で言えばパワハラやアカハラについて話していたら、「言いたくないけど、フジモリさんの知ってる人たちは、僕らの指導教授とはレベルが違うからさあ、フジモリさんの話は僕らには理解できない」と、同窓の他の同僚とともに言った。

そいつの出身大学の教授たちなんて、学会でも吹けば飛ぶような連中であったのに。しかも、そいつは全く論文など書かなかったし学会発表もしていなかったのに。

マウンティングする、そいつの顔は醜かった。

ついでに、私が教務委員で忙しい時に父が亡くなったときに、通夜の前にやって来て、「こんな時に何ですが、教務関係の連絡があり……」と開口一番に仕事の連絡を私に言った。連絡内容は、何とでもなる程度のものであった。

父は現役のときに亡くなったので、葬儀はわりと盛大だった。その準備でドタバタしているときに、そんなことを言うとは、チンケなマウンティングやってるなあ……と私は呆れた。

その後、その同僚はセクハラ問題を起こしたと噂で聞いた。しょうもない。

マウンティング(5)

元同僚の10歳ぐらい年下の男性。

Facebookに私が投稿する内容に、そーいう問題ならば僕の方がよく知っているぞ!と言わんばかりに長々と講釈を書く。頭ごなしに否定して馬鹿にする。

社交辞令で勉強になりますとお礼を書いてたら、ますます調子に乗る。

うるさいので友だち削除したら、「友だち削除されてホッとしました。重荷が取れました。フジモリさんの知的水準を僕の研究仲間との議論並みに上げたいと思って、僕なりに協力してきたのですが、藤森さんにはそういう向上心はないようですね」というメッセージが来た。

変な人である。いつでもどこでも誰相手にもマウンティングしなきゃいけないほど、他人の承認に飢えているのだろうか?

Mr.Mountingというのも世の中には存在するのか。呼吸するようにマウンティングする人。優秀なくせに、なんでマウンティングするんだろ? それも自分が馬鹿だと思っている人間に対して。不思議だった。

(私が体験した実際の例 おわり)

さて、ここで千田琢哉氏のマウンティング論を引用紹介する。

「あなたが成功すれば、すぐにわかることがある。それは、成功できない圧倒的多数の人々は、あの手この手で負け惜しみを口にするということだ」

「つまり、世の中の99パーセントの人々は自分より格上の相手にたいして無意識にマウンティングをしているのだ」

「あなたが格下の相手に気を遣わせないよう、ざっくばらんに接してあげていると、次の瞬間こんな現象が起こる。最初は卑屈だった相手が、突如上から目線になってくるのだ。特に、相手が同性で年上だと、これは顕著だ」

「一般に、同性で年上の相手は、同性の年下の成功者に激しく嫉妬する。これは男女を問わない。数少ない自分の長所から格上に勝てそうな部分を見つけ出し、やや興奮気味にそこをつい強調してしまうのだ」

「マウンティングというのは、弱者の本能であり、自然の摂理なのだ」

「格下のマウンティングが始まったら、あなたはその場で中座すればいい。それが格上の格下に対する躾であり、義務なのだ」

千田琢哉『ムダの片づけ方』より

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まあ、千田氏はマウンティングは、「格下から格上に対する軽い嫌がらせ」として定義なさっておられます。

が、私の体験上、どうみても、私より格上の人々から、無駄にマウンティングされることも多かった。

なんで、東大出が、私に嫌味言ってんだ?とか。

なんで、早稲田出が、私に苛々してんだ?とか。

なんで、あんたみたいに売れっ子の有名なフェミニスト文化人が、私みたいな無名の人間を攻撃するの?とか。

まあ、マウンティングする人間なんて、正直で可愛いもんだね〜〜と思えるほど、私は人間ができていないので、ハッキリ言うぞ。

マウンティングなんかやめれ!

運が悪くなるぞ!

ほんとうにいい人と縁がきれてしまうぞ!!

2 comments

  1. かよこ先生は!
    ホントに気前良すぎです♡

    いつも胸のすくようなお話をしてくださって!
    ありがとうございます!!!(o^^o)

    先生みたく地位のある方でも
    たくさんのご苦労があったのですね。

    無名で無職のオンナですらも
    なかなかに対抗意識を(無駄に!!)燃やされて

    メンドくさかったで〜〜す♫

    筋トレしてると
    ライバルは
    昨日の自分!

    なので
    シンプルライフになって
    お気楽でーす(o^^o)

    いいね

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