[318] 人類絶滅 or 別ものになるかの過渡期が今? (3)

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本日は2018年8月28日火曜日である。

というか、もうすぐ29日の水曜日だ。

このまま行けば、2040年頃になんともならないことになる話の続きです。

歴史上に、いろいろ行き詰まりはあったけど、袋小路はあったけれど、それを打開してきたような事態(戦争とかの大破局)も起きてきた。

しかし、今回は、その事態が反復されても、なんも新しい時代は来そうもないという話の続きです。

では、まったく希望がないのか?

展開はないのか?

ひょっとしたら……ここらあたりが希望と新しい変化になるかなあと思わせることもある。

それは、本音で正直に生きる人々が、少数ながらじわじわと増えてきているのではないかなあと私に思わせる現象がいくつかあるということだ。

まず、人々が前よりもはるかに自分に正直になってきている。

そう思いませんか?

たとえば、不登校は、前ほどに「学校に行かなきゃダメ!」と言われなくなり、批判されなくなった。軽蔑されなくなった。

学校に代わるフリースクールも選択肢に入るようになった。

小学校や中学校の義務教育現場の息苦しさと不合理は、教員ですら病むような類のものであることへの一般の理解が進んだ。

ほごんどの不登校はイジメが原因であるが、現行の小学校も中学校も暴行を「イジメ」とごまかして刑事事件にしない。

これでは登校なんぞして殺されても、まともに「犯罪の被害者」にもなれない。

自己防衛の観点から言ったら、暴行を受けるような場所に行く方が狂ってる。

ましてや、高校なんてのは行きたくないなら行かなくてもいい。

大学進学希望者にとっては、予備校の大学入試検定コースを受けるか、独学で大検合格した方が合理的だろう。

このまま行けば、出ても就職できないし、何も身につかないが、学費だけは高い大学なんか行く必要ないと思う人々が確実に増えて行くだろう。

すでにアメリカでは6年以内に大学を卒業できるのは入学者の55%だ。

大学の勉強について行けない学生が増えているのだ。

大学での勉強にモティヴェイションが上がらない学生が増えているのだ。

この現象は必ず日本でも出てくる。

大学の機能不全は、どんどん可視化されるだろう。

人々が自分に正直になりつつあるなあと思わせる現象のもうひとつは、就職とカネに関することだ。

出版される本に、「働かずに食って行く方法」とか、「お金をかけずに生きて行く方法」をテーマにするものが多くなってきたことに注目すべきだ。

ニートや引きこもりのサバイバル本と言うべきか。

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著者たちは、心ならずも落ちこぼれちゃったのではなく、リストラされちゃったのではない。

我慢すれば会社勤めもできる学歴も能力もあるけれども、我慢したくないんで、別の生き方したいよ〜〜的本が多く出版されるようになってる。

「働かずに投資で株で稼ごう〜〜」的本も多く出版されている。

ただし、これは昔からあった生き方だ。これは実質的には賃金労働するよりも大変だ。才能が必要だ。

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まあ、こういう本は話半分のお伽話かもしれない。

問題は、「お金をいっぱい稼がないと生きていけない社会ならば、お金かけない生活を実践すればお金はそんなに必要ないから、やりたくもないこと我慢して稼がなくてもいいよね」と思う人がジワジワと増えているかもしれないということだ。

これは高度成長期にガキ時代と青春時代を過ごした私には、最初は理解できない現象だった。

若い頃の私は、賃金労働をすることは、当たり前のこととして疑問に思ったことがなかった。

今ほど、世の中は厳しくもなかったし、賃金労働できる場は多かったし、関わる人々も普通の常識的な人々が圧倒的に多かったし。クレイマーなんてのはいなかったし。

日本社会は、今ほど瑣末なことに神経質ではなかった。

日本がどんどん物質的に豊かになる時代だったので、私は、あれも欲しいこれも欲しい、あそこにも行きたいし、これも経験したい!という欲望で賃金労働に勤しんでいた。

自分で稼いで自分で浪費できる自分が私は好きだった。

「男は性欲、女は物欲」とは、副島隆彦氏の言葉であるが、私に関しては正しい!!

でも、世の中には、物欲が少ない人々もいるんであるね。

特に今の若い人たちは生まれた時から日本には何でもあったから、物なんて珍しくもないのだろう。

確かに、物欲が少ない方が自由であるよ。

ミニマリストなんて、断捨離通り越して、衣類は年に10着でいいです〜〜という人々だ。

ベッドなんか置かなくてもいい。折り畳みできるマットレスでいいという人々だ。

ソファも要らん。場所を取るばかり。

確かに。家具は最低限の方が掃除も簡単だ。

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部屋なんか広くなくていい。ワンルームでコンパクトに暮らせればいい。

光熱費もかからない。

本なんて買うから本棚が必要になる。

本の置き場を確保するために本を売るなんて、私みたいなことするのはアホだ。

本なんて図書館で借りればいいんだからさ。

どうせこれから空き家は増えるから、ローン組んで不動産なんか買わんでいい。

天変地異の自然災害ばかりの時代に、なんでわざわざ。

給与が低いならそれなりの労働でいい。

給与も低いのに責任を負わされるのはかなわない。

なるたけお金使わずに暮らせば、お金のために我慢することもしなくていい。

我慢してストレス増えて大病したり、うつ病になっても、しょうがない。

この資本主義社会の仕組では、労働者はろくな扱いは受けないのが運命なんだから、働くと負けなのかも。

好きなことして稼げるならいいけれど、まあ、実益を兼ねるような趣味もないしなあ。

親の家に居座って、テキトーに家事やって、そのかわりに住居費光熱費食費を親にたかって、あとは最低限のアルバイトで生きていこう……

国民年金の掛け金と国民健康保険の掛け金は自分で払おう。

そうやって生きていける間は、そうやって生きていこう。

このように思って生きてる人々も多いのだろう。

彼らや彼女たちを批判するのは簡単だ。

でも、しかたない。

自由に気楽に暮らしていたい、この世界の片隅でマイペースで生きて生きたい、というのがほんとうの正直な本音であるのならば、しかたない。

彼らや彼女たちは、自分の本音に気がついちゃったんだから、しかたない。

それが本音ならば、しかたない。

それから、結婚率の低下と、それによる少子化も、人々が本音で生き始めている証左となる現象だ。

結婚も子育ても、「するものである」ということになってきた。

それ以外の選択肢はないように感じられてきた。

でも、ほんとはしてもしなくても、どっちでもいい。

どうしてもしなきゃいけないようなものじゃない。

どうしても一緒に暮らしたいと思える人がいて、相手もそう思ってくれるなら、取引成立!

でも、そういう人に会えないなら、しかたない。

家庭を持つことで負担が大きくなるのは嫌だと思う場合もある。

それを批判なんて誰もできない。

性交したら妊娠しました、まあ、じゃあしかたないんで結婚しましょうか〜〜子ども産みますか〜〜

が、実際のところだと思う。

これなら幸せな方だ。

妊娠しても相手の男は中絶費用さえ支払わずに逃げるなんて、よくあることなのではないか。

頭のいい女性なら懲りて用心して、一層に男に気は許さない。当然。

で、ともかく行き当たりバッタリの成り行きでも、結婚して子どもが産まれたら、育て甲斐のなさそうなデキの悪い子どもでも育てるしかないんで育てるだけだ。

ぶっちゃけて言えば、そんなもんだ。

あんまり人間関係を作ることに熱心でないなら、出会いもないし、面倒くさいからデートしないし、結婚もしないし、性交もしないし、子どももできない。

男性は、いちいちデートに誘って段階を踏むのが面倒くさいので、インターネットのアダルト動画で済ます。

そっちに出てる女の子の方が綺麗でスタイルもいいし、うるさくないし、カネもかからん

女性は、つまらん男と結婚するとDVだのマザコンだの借金だので人生を潰されるので、気楽に結婚しない。

子どもを抱えて離婚しても、クズ男は些少の養育費でさえ払わない。

なら最初から結婚しない方が安全でストレスない。

ということで、人間が自分に正直に生きれば生きるほど、結婚率は低下するし、子どもも生まれない。

老人は、こういう若い人の現象について嘆く。

しかしですね、若い人々がこうなるのも無理はない。

感受性が鋭くて、まっとうで、繊細で想像力のある子ほど、そうなるかもしれない。

誰だって幸せになりたい。苦労なんかしたくない。傷つきたくない。傷つけるのも嫌だ。

ところが、職場はブラックで、人間は無神経で心無い。

社会全体から、良識とか物の道理というものが消えつつある。

メディアは嘘ばかり垂れ流す。

世間の慣習通りに生きてきた親や親戚や周囲の人間を見ても、ちっとも幸せそうじゃない。楽しそうじゃない。

恋愛といっても、恋の手練手管なんて、そんな騙し合いしないといけないのも嫌だ。

人間の質が劣化してる。知的劣化より道徳的劣化が怖い。

変な日本人が増えてきた。

なんで、もっと素朴にまっとうに生きることができないんだ。

まっとうに自然に生きられないなら、そんな世間につきあうことない。

何を私は言いたいのか?

要するに、今の世の中のまともじゃない不道徳なありように自分を適合させる努力なんかしたくないってことなんですよ、就職も結婚もしたくない若い人たちの本音の本音は。

ラクに怠惰に生きたいというより、疲れるのは嫌ってことなんよ。

それを脆弱とかひ弱って批判してもしかたない。

脆弱でひ弱でなんでいけないのか。

私自身は、自分の脆弱さやひ弱さや傷つきやすさを自覚しているがゆえに、非常に用心深く生きてきた。

私の世代は、親の世代は戦争経験者であるので、この世の中はろくでもないものであるという認識で育ってきたので、油断大敵の構えは形成されていた。

タチの悪い人間に関わらないですむように、私は見えないアンテナ何本も立てまくって生きてきた。

しかし、今私が20代であったら、どうか。

親の世代はバブルで育った脳足りんの50代や40代だ。

子どもを鍛えるなんて無理の無理。自分だってお子様ランチなんだし。

親も教師もゆるゆるの綺麗事で育っていて、その生き方は全く参考にならない。

今の若い子は、狼の世界に何も教えられずにポンと放り出された羊だ。狼の皮を被るふりをすることすら教えられていない。

日本では、のんきに生きて食ってこれた時代が長く続いたので、何やっても許されると無自覚に思っている人間が多い。

国民の少なくとも半分に無規範anomyがはびこっている。

そこに、21世紀になり、この世の仕組みについて情報も広まり、真実が暴露されてきた。

そんな時代に生きていこうとする20代なら、どうか。

やはり、大学なんか行きたくもないし、理不尽な職場にいたくもないし、引きこもっていたいし、結婚なんてリスクの大きいことしたくもないのではないか。

はっきり言えば、社会が怖い。魑魅魍魎に悪がはびこる世間が怖い。

痴漢に通り魔にクレイマーにテロリストに詐欺師にセクハラにパワハラにモラハラがはびこる社会が怖い。

それ、あたりまえだよね。

ということで、この話はまだ続きます。

しつこい?

私は好きにした。君たちも好きにしたまえ。

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