[431] 『麒麟がくる』の「大器免成」明智光秀像

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本日は2020年3月30日月曜日だ。

ほんとパンデミックですね。世界中で感染爆発です。

志村けんさんがお亡くりになり、日本人の間にもちょっとパンデミック・ヒステリーが蔓延する兆しだ。

今のところ治療法はなくワクチンも開発されていないのだから、解決策は3ヶ月以上かけて、かなりの人々が感染しても発症せずに抗体を持つことしかない。抗体を持てば、再び感染しないし。感染して発症しても完治すれば抗体を持つ。

ただし、この「集団免疫力形成期間」は、免疫力の低い持病のある人や高齢者は、人混みとか外出してはいけないけれど。

感染して肺炎になったら死ぬもんね。

日本国民のうち免疫力の強い人のほとんどが感染して、日本に「集団抗体」ができあがれば大丈夫。

数ヶ月はかかりますが。

都市封鎖なんかしても仕方ないけどね。WHOは、それ勧めてるけど、国際機関の「世界公務員」ってお気楽だね。他人の金で食ってる奴は、ほんとに何も考えんわ。

そんなことしたら、経済活動が麻痺して、食えないよ!

しかし、ほんとうに怖いのはパンデミック収束後だ。パンデミック中の経済活動の麻痺のせいで、国民生活はより一層に逼迫する。

今の為政者や、そのブレーンの経済学者に何かできるんだろうか。

いやあ、ほんと忍耐力と粘って生きる勇気が必要とされる時代が来ました!

とかなんとか、パンデミック騒ぎでワラワラしていたら、明日で3月が終わる。

暗い春。でもまあ、こういう時代もあるのだよ。

今日は、私が視聴している唯一のTV連続ドラマ『麒麟がくる』について書く。

本記事のタイトルに出る「大器免成」は、「大器晩成」の打ち間違いではありません。

「大器免成」で正しいのです。

「大器晩成」って言葉は老子の言った言葉らしいですが、これ後世の写し間違いで「晩成」になっちゃったという説がある。

ほんとは、これ「免成」が正しいという説がある。

これについては、2012年11月25日の「山陽新聞」の「芦田川」というコラムに書いたことがある。

広島県福山市の福山市立大学勤務時代に3年間ほど、このコラムの記事を不定期に書いていた。

手許にあるのは、その原稿データだけです。新聞に掲載された文章は、原稿とはちょっと違うけど、ほとんど同じ。

その原稿データを転載する。

(転載はじめ)

「大器晩成」とは、誰もがその意味を知っている老子の言葉だ。平たく言えば、ほんとうの大器は、やっと人生も晩年ぐらいになって、その大器性を明らかにするのであって、若い頃に成功するのは小人(しょうじん)だ、という意味だ。

しかし、この「大器晩成」という言葉は、間違って伝えられたものらしい。ほんとうは、「大器免成」だったそうだ。ということが書かれていたのは、2012年秋現在の日本のインターネット界で人気第一位を誇る「伊勢白山道」というブログにおいてだった。

1973年に中国は湖南省の馬王堆漢墓(ばおうたいかんぼ)という古墳から、従来の老子の書よりも古い写本である帛書(はくしょ)が発見された。帛書の甲本では、「大器○成」と、欠字だった。帛書の乙本には「大器免成」と書かれていた。

「大器晩成」と「大器免成」では、正反対の意味になる。「大器免成」だと、「大器は成功から免れる」という意味になる。つまりは、成功しないということだ。要するに、俗に言う成功を獲得するような程度では、ほんとうの大器ではないということだ。

このブログの著者は、前から、「大器晩成」という言葉は、老子らしくないと感じていたそうだ。若いうちからスイスイと頭角を現すことはできなくとも、いくらなんでも晩年くらいには成功していないと人生の負け犬だ、と言われているみたいで、いやな感じがしたそうだ。

なるほど。確かに、それは天空海闊な老子らしくない。真面目優等生の孔子ならば、言いそうなことだけれども。

私のような世間の狭い人間でも、「成功者」に会ったことは何回もある。超一流国立大学教授とか、国会議員とか、地方行政府の長とか、有名評論家とか、普通一般に言う「エリート」とか。

確かに、この世の中で、成功する程度の人間は、「大器」とは言えないかもしれない。名もなく、人に知られることもなく、この世を支えているほんとうの大器は、自分が大器だとも意識せずに、生きて死んでいくのかもしれない。

(転載おわり)

この文章が新聞に掲載されたとき、62歳の福山市民の男性が、山陽新聞社と福山市立大学の事務局に、お電話をくださった。私は、そのとき大学内にはいなかったので、その電話をお受けすることはなかった。

「感激した!このようなことが書ける先生がいる福山市立大学は素晴らしい!!」と、その方はおっしゃったそうだ。

この男性の方は、「私は、日本鋼管(福山市にある)に長く勤務してきたが、自分ではそれなりに会社にも貢献し、努力を惜しまなかったのだが、表彰ひとつされたことがない。それを寂しく思うこともあったのだけれども、フジモリセンセイの文章を読んで、それでいいのだ、自分はやれるだけのことはやったから・・・と納得できた」と、大学の事務局職員さんにお話しなさったそうだ。

わざわざお電話をくださった福山市民の方、ありがとうございます~~~♪

もう、あれから8年近く経ってしまったのだ……

福山時代は思い出すのも、ちょっと辛いのだけれども、良いこともあったですよ、もちろん。

それはさておいて、私は、『平清盛』以来ひさびさにNHKの大河ドラマを面白い!と思ってる。

今年はパンデミックとか、ろくでもないことが多いけれども、日曜日の夜は楽しみなのだ。

『麒麟がくる』はいいですね!

このドラマの作者は、明智光秀を「大器免成の人」として描くつもりらしい。

その志、素晴らしい!!

史実の明智光秀については知らないよ。私たち後世の人間が知ることができる歴史は、すべて物語だ。ほんとうの史実など知ることはできない。

信長暗殺仮説はいろいろある。

副島隆彦氏は伴天連がイエズス会が本能寺に強力な爆薬を仕掛けて、信長を爆死させたんで遺体も焼き尽くされたという説を提示しておられる。

豊臣秀吉がイエズス会とつるんで信長暗殺し、光秀に罪をなすりつけた説だ。

ありえる!!

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国内事情ではなく、世界の中の日本という観点から見た信長暗殺説は面白い!

違う説を提示して、光秀さんの子孫の明智憲三郎氏も多く書いておられるのでチェックしてください。改訂版も漫画版もありますゆえ。

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なかには、副島隆彦氏の仮説以上のすごい仮説もある。

実は、信長と光秀と信長の長男の信雄は3人で伴天連の案内でローマはバチカンに行ったという説だ。

ほんとにヨーロッパ見たくなっちゃったということで。

著者が幽体離脱して過去に飛んだら、3人が若狭の浜から小船に乗り、大きな船に乗り換えて、ヨーロッパを目指すのが見えたって。

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面白いわああ………ほんと、ヒカルランドの本は好き。

さて、このドラマ『麒麟がくる』は信長暗殺についてどう説明するのだろう。

まあいいや、ドラマの成り行きを、それはそれで楽しむことにしよう。

このドラマすっごく面白い。好きな俳優さんが出てるわけでもないのに、私はいそいそとBSで午後6時から視聴して、午後8時から、また視聴する。終わると寂しい。

まず、オープニングに心を奪われる。その音楽に、タイトルバックに、心が踊る。馬と武将のシルエット。

でもって、真面目で有能優秀文武両道な明智十兵衛光秀さんが、それだからこそ、様々な人々に頼られ、厄介事を押しつけられ、東奔西走する。

足利義輝や斎藤道三や織田信長や徳川家康や、豊臣秀吉(このドラマでは高身長の俳優が演じるのが違和感)と十兵衛光秀は関わって行くけれども、最後は本能寺での信長暗殺を経て、裏切り者、敗残者としての死を遂げる。

主人公の非業の最後を知っている視聴者にとっては、初めから主人公は哀愁を帯びている。

明智光秀も、足利義輝将軍(自分で剣を持ち戦い戦死した唯一の足利将軍)も、麒麟がこの世に太平をもたらす人間を連れてくるという伝承を知っている。

しかし、麒麟はいまだ来ない。麒麟がくる道は遠い。

まあ、21世紀でも地球のすべての地には麒麟は来てませんから。世界は、まだ戦国時代ですから。

麒麟さんまだ来ませんはいいとして、このドラマの視聴者は、表舞台に出ることはなくとも、光秀の奔走によって物事が動いて行く様を見ることになる。

戦国時代末期の英雄たちに仕え、関わり、作用し、本人が意図せずに、実は明智十兵衛光秀は、戦国時代を終わらせる道を人知れず作っていくというストーリーを見ることになる。

あれ?この光秀の役割って、同時代人には見えないけれども、麒麟みたいなもんじゃないの?

光秀さん、自分が麒麟やってること気がついてない。

本人は常に精一杯いつも努力しているだけだもんね。

自分がいかに大器かわかってない。

それどころか、自分が関わる英雄たちの凄さに圧倒され翻弄され感心してるだけみたい。

そういう光秀像をシン・ゴジラのお兄さん(名前なんだっけ)が、清潔に清々しく凛々しく演じておられる。

他の役者さんたちもいいです〜〜信長さん、帰蝶さん、忍者の岡本隆史さん、もっ君、向井理さん、みないいです〜〜

そりゃ、歴史という人間が書き残した物語上では、織田信長や豊臣秀吉や徳川家康は大器なんだろう。

終わりはどうあれ、歴史を動かした大器なんだろう。

『麒麟がくる』の光秀は、この世の尺度では大器ではなく、この世では収まらないほどの深みと陰影を備え、より大きな存在に使われた大器以上の何かとして描かれている感じ。

いやあ、時代が変わってきましたね!

人間へのものの見方が深まってきた!

単なる勧善懲悪ではなく、単なる通説ではなく、英雄史観ではなく、いろいろな人々が関係し交錯しあうことで動いて行く世の中を描こうとする意図が、このドラマにはある。

そういう世の中の結節点が明智光秀さん。

その結節点は地味でささやかなものですが、その結節点があってこそ、世の中が変わったのだけれども、その結節点自体の意義の大きさや深さが世に知られることはない。結節点になった明智光秀さん自身も、それは意識していない。

麒麟は来ないと光秀さん嘆くけれど、麒麟はあなたなのです。

あなたの、その誠心誠意込めた東奔西走が、麒麟なのです。

そういう描かれ方。

まあ、本格的に厳しい危機の時代に入った2020年の大河ドラマとして、非常にふさわしいんじゃないでしょーか。

つまり世の中の表面だけ見てるとヒステリーになりますよ、目に見えない真実を見えるようにしましょう〜的なメッセージを伝えているという意味で。

NHK受信料年間2万円以上払ってますが、今年は払う価値あり!

しかしなあ…

史実かどうか知らないけど、石川さゆりさんが光秀さんの母親役を演じているのだけど、後日、光秀さんのお母さんは敵方に人質に差し出されて、結局は磔にあって殺害される。

主君の信長が、盟約を結んだはずの敵方を気楽に裏切ったんで、光秀は実の母を殺害される。

あの当時でも今でも、人質は偽物や影武者であって不思議じゃないけど、おそらく、『麒麟がくる』は、本物の母親が磔にあうということにするのだろうなあ。

でないと、石川さゆりさんみたいなビッグネームを起用しないよね。

うわあ……かわいそ。かわいそおおおおおおおお〜!

ということで、危機の時代を耐えることの一助となるように、私は狭いベランダで園芸の真似事を始めました。

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この方面も少しずつ勉強します。これは暫定的。土とコンテナ足りず、とりあえず、狭いところでごめんね。

67歳の園芸初挑戦。まずは、スナップエンドウから。

レースラベンダーの寄せ植えは、元同僚からの頂きものです。私は、お花も好きですが、野菜はもっと好き。

夫が私の雑な不器用さを見かねて、手伝ってくれました。雑な奥さんで申し訳ない。

園芸ごっこ、失敗したら、またやり直せばいい。

植物って可愛いですね!

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