[502] 9/19/2021 親ガチャ?

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本日は2021年9月19日日曜日です。

今朝、夫が「親ガチャって言葉知ってる?ネットで見たんだけど」と私に訊ねた。

「知らないよ」と答えながら、すぐに私はタブレットで検索した。

東洋経済オンラインの記事が出てきた。

https://toyokeizai.net/articles/-/456528

(転載はじめ)

この“親ガチャ”は、「子どもは自分で親を選ぶことができず、どういう境遇に生まれるかは運任せ」であることを抽選形式でカプセルトイなどを購入するガチャにたとえた言葉。数年前からネットスラングとして使われていましたが、このところSNSへの投稿が相次ぐなど若者の間で浸透しています。

(転載おわり)

ああ、「ガチャ」って、ゲームセンターなんかで若い子とか子どもがやってるやつか。

私はしたことない。

どんな親の元に生まれるかは、「ガチャ」みたいなもんで、当たりハズレがあるってことか。

まあ、確かに人間の25歳くらいまでは、親の情報力によって決定される。

親が情報弱者なら、親が都会に出ることもなく、子どもは田舎のなんもないところで生まれて育ち、子どもが自分の状況に気がついた時には、親が情報を持っていた類の同世代の人々とは圧倒的に差がついていたということになる。

「親ガチャ」があれば、「子ガチャ」だってある。

子どもだって当たりハズレがある。

しかし、この問題は親の方が分が悪い。子どもは産んでくれって頼んだわけじゃないから。

産んだのは、やっぱり親の勝手だし、親の都合だし、親の暇潰しだし、親の行き当たりばったりだし。

深く考えたら子どもなんて産めないよ。行き当たりばったりだからこそ、何も考えずに勢いで産めるってものだ。

よく、スピリッチュアルでは、「子どもは天国で親を選んで生まれてくる」とか言う。

「僕がね、天国から見てたら、ママが寂しそうにしていたから、あの人のところに行こうと思ったの」と語る子どももいるらしい。

私からすれば、どっちも世迷言に思えるが、まあ、ひょっとしたら本当かもしれない。

それが本当なら、私は、「生まれ変わりたくない!」と泣いて言い張ったのに、「うっせいわ!修行してこい!」と言われて、背中を蹴飛ばされて、天国から墜とされたに違いない。

楽園追放だ。

私自身、「親ガチャ」は当たったのかハズレたのか?

ハズレでは断じてない。

しかし、大当たりとは言えない。父も母も、つきあうのは楽な人たちではなかったから。

それでも、「こういう親の元に生まれたかったのになあ」と思ったことは一度もない。私の親は亡き両親だけであって、他の誰かと換えっこなどしたくない。

だから、そこそこは当たったに違いない。

親からすれば、私はどうだったろう。

まあ、少しハズレだと思う。大ハズレではないにしても、当たりではない。

そこは自分たちで製造したんだから、諦めてもらうしかない。

まあ、「親ガチャ」とか「子ガチャ」なんて言ってるうちは、そうハズレてはいないのだ。

「まあ、こんなもんかな。お互い様だよね」と苦笑いできる範囲だ。

ほんとうに、毒親に傷つけられながら育った場合は、ハズレも当たりも考えることができない。

実の娘を強姦するような父親を持ったら、そんな男の遺伝子が自分にあると思うだけで、未来が消えるような気になるだろう。

子どもが通り魔殺人などして多くの人を殺傷した場合に、親は子どもについてハズレだったとか思う余裕もない。

親に殺された子どもや、子どもに殺された親は、なんでこんなことになっちゃったのかと、死後に茫然自失するだけだ。

あまりに過酷だと涙も出ないぞ。

これらの人々にとっては、人生は罰ゲームでしかない。

でもさ、大きく見れば、ほんとうは、私たちは、みな大当たりなんだけどね。

なぜならば、超古代のミトコンドリアの頃から、今にいたるまで継続してきた生命の先端に私たちはいるから。

凄いことだ。なんという強運。

サバイバルのエリートだぞ、私たち。

私なんか、若い頃は、親類一同が集まる法事とか冠婚葬祭の席が嫌いだった。

親類一同を眺めながら、パッとしないなあ……私の人生もパッとしないんだろうなあと、憂鬱な気持ちになったものだ。

そんな時は、すぐに考え直したものだった。

でも、ここに今いる私は、何億年かの生命の歴史を生き抜いてきたDNAの集積だって。

私が使っていない遺伝子はいっぱいあるはずだ。眠っている遺伝子は数え切れないほどあるはずだって。

生きている限り、自分の眠っている遺伝子を叩き起こしてやろうって。

私の中に痕跡を残している祖先たちを呼び起こしてやろうって。

そう思うとファイトが湧いてきたものだった。

あ、私は遺伝子とかDNAとか、よくわかっているわけではないですよ。

勝手にそう思っただけのことですから。

黙って勝手にどう思おうが私の自由ですから。

医学的科学的根拠なんか知らん。

今でも、難しい本など読み切れないときに、私は「私の中の遠い御先祖さまの秀才だった人の遺伝子よ、起きろ!」と思う。

祖先なんて何億人といるに違いないのだからさ。秀才だっていたわさ。殺人犯も変態もいただろうけれども。

倭寇か何かになって、海を越えて、異国に行って帰ってこなかった祖先もいただろう。

戦国時代末期に伴天連から奴隷として海外に売り飛ばされた祖先もいたかもしれない。

だから、ユーラシア大陸にもアフリカ大陸にも、南北アメリカ大陸にも、オーストラリア大陸にも、私の祖先はいた違いない。

ということは、私の親類は世界中にいるってことだな。

ともかく、「親ガチャ」なんて、近視眼的に考えずに、共時的にだけ考えずに、通時的にも考えて、自分という資源を徹底的に使うことを考えた方がいい。

普通の人間にとっては、自分以外の資源なんかないのだからさ。

ひとりの人間の身体の中に、生命の何億年かの歴史と地球が詰まってるんだなあと勝手に思っていると、小さく鬱々としがちな自分自身の殻がちょっと破れる気がして、気分が晴れてきます。

https://shushi.marvellous-labo.com/asahikawa/shomei/

2件のコメント

  1. こんにちは。
    私は両親から見たら、ハズレでしょうね。学校だけは誰もが優秀ねぇ、と言ってくれるところに行きましたけど、その後の人生ダメダメですから。学歴をドブに捨てたバカ娘と思っていることかと。
    父は所謂昭和の父でしたが、何不自由なく育ててくれましたし、母も愛情深い方です。両親はアタリなんだとは思います。
    でもかよこ先生のおっしゃる通り、のほほんと生きていられるからアタリだなハズレだの言えるわけで、本当に悲惨だとそんなこと考えている余裕なんかありません。ある意味、今の若者は本当に脳天気なのかもしれません。我が身の不幸を環境や人様のせいにしてれば楽ですからね。

    いいね: 1人

    1. コトリさま

      コメントありがとうございます。

      学歴をドブに捨ててしまったんですか?たとえ、そうだとしても、学歴は邪魔になりませんから。ご自分の性能証明になりますので。

      「親ガチャ」って言葉は、まあいい感じじゃないですね。ご指摘のように、親のせいにしてもしかたないですね。20代くらいなら許されても、30歳過ぎて言っていたら、ただのクズですねー

      いいね

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