[510] 9/28/2021 怠惰が身を守ることもある

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本日は2021年9月28日火曜日。

やたら眠い日だ。

朝に夫を送り出して、眠くて少し眠って、起きてちょっとデスクワークして。

夫から「体調悪そうだから、夕ご飯用になんか買って行こうか」と電話があった。

「不味いものは食べたくないし、外食するのは着替えるのが面倒くさいので、テキトーに作るから何も買ってこなくていいよ」と、答えた。

体調は悪いので、簡単な料理でもしたくない。

でも、外出するのに比べれば、料理する方が面倒くさくない。

というほど、私は極端な怠け者である。

特に人間関係について怠け者だ。

内向的、というのとも違う。人見知りでもない。

「人間関係を広げて世界中の人と友達になりたいな!」なんていう気持ちがサラサラないだけだ。

面倒くさいでしょ。

若い頃は、珍しくデートに誘われても、面倒くさいのでお断りした。

デートとやらをしても、面白いと感じることができなかったのだ。

話をしてても退屈を感じてしまうのだ。

相手に合わせて、聴き上手になることなんて簡単にできる。

他人は全て情報の塊だから、聴いていて無駄だってことは全くない。

だから、他人から見れば、わりと社交的に見えたかもしれないが、私自身は努力してそうしていた。

あんまり偏屈なのも、まずいよなと思って。

仕事ならできる。それは仕事であり、義務であり、報酬が出るから。

しかし、私的な個人的な人間関係において、なんで努力して我慢しなきゃならんのよ。

漫画でも読んでる方がラクでいいじゃないの。

しかし、今から思うと、この怠惰が身を守ったかもしれない。

振り返っても、私は人間関係で大きな失敗はなかった。

裏切られて落ち込んだということもない。

ああ、こいつは裏切るなと、最初から承知の上で関わっていたから。

ああ、こいつは卑しいなと、最初から承知の上で関わっていたから。

ああ、やっぱりまた当たっちゃったね、という感じだ。

はっきりと相手から迷惑をかけられたら、静かに断絶できるので、トラブルがあると、ありがたいくらいだ。

怠惰だから、喧嘩はしない。

会議で言うべきことは言ったけれども、喧嘩はしたことない。

面倒くさい。そこまで他人に興味がない。愛はあっても興味はない。

会議で言うべきことを言ったのは、そうしないと、しょうもないことを押しつけられるから。

相手がおとなしくて何も抵抗しないと見ると、なんでも言うし、なんでもする卑劣な人間は少なくない。

ほんとよん。

でも、彼らや彼女たちのことは、最初に会ったときから、アウトだと思っていて用心していたので、大きく傷つくことはなかった。

小さい嫌がらせは多かったけれど。

まあ、教師って職業人には気の小さい奴が多いからね。

それでも私は怠惰なので、だいたいのことはスルーした。

だから、そういうわけで、私は、自分から人を信じて裏切られたことはない。

ずっと長く淡くおつきあいがあるのは、根本的には、打算も策略もなんもない、良きにつけ悪しきにつけ、ありのままで生きている人たちだ。

いわゆる優秀な人もいれば、凡庸な人もいるけれども、共通点は自分ではないフリはしない人たちだ。

その意味で、非常にシンプルな人々だ。非常にストレートな人々だ。言うことにあまり嘘がない人々だ。

大学院に入って、学会なるものに入って、「なんちゃって大学の先生」になって、気がついたことは、世の中には、無駄にややこしい人が多いということだった。

呼吸するように嘘をつく。脅かされてもいないのに自分を守るだけのために嘘をつく。

裏表の激しさ。巧言令色少ないかな仁のサンプルばかり。

頭の使い方が歪んでいる。嫉妬深いのは、常に他人と自分を比較して優劣を確かめているからだ。

他人より長く学問してきたはずなのに、無茶苦茶に洗脳されていて、思考が硬直化している。

学問すればするほど、頭が悪くなるのかもしれない。

別の発想ができなくなるのかもしれない。

基本的に杓子定規で、貧乏くさい。

計算ばかりしてるのに、大きく騙されている。

他愛がないほど、接する人を、社会的地位や学歴や背景で序列化する。

「こいつら、ほんとに腐ってるなあ」と、いつも私はあきれていた。

ああいう人間集団の中に長くいたことで、私自身、その毒気にあてられ、疲れたことは多々あったけれども、非常に大きく傷ついたことがなかったのは、もともと人間関係を広げることに怠惰であったおかげだ。

単に生活費と住宅ローン返済のために働いているだけの場所で、他のことは知らんがな、である。

だから、職場は4回替えた。

なるたけシンプルにマイペースで賃金労働する場所を求めた。

ここにいると集団的邪気に感染するから、職場を変えようと思ったら、変えることができた。

ラッキーだった。

シンプルにマイペースに働きたかったが、最後の職場の選択ははっきり間違えた。田舎を甘く見ていた。不覚だった。

しかし、できれば50代で引きこもりたかったけれども、引きこもり高齢期ならば、年金受給額が少しでも多い方がいいということで、勤務歴(年金払込期間)を伸ばすために、勤務していた6年間だったので、いいのだ。その目的は果たすことができたから。

ということで、怠惰は身を守ることもある、というお話でした。

そうか、怠惰って、自分の中で優先順位をつけて、一番大事なことだけはするけれど、ほかのことは、もうどうでもいいわと決める覚悟に近いかな。

まあ、そんなご大層なことでもない。

やりたくないことは、なるたけしない。

ただ、それだけのことかな。

https://shushi.marvellous-labo.com/asahikawa/shomei/

2件のコメント

  1. 朝と今とで二回読ませて頂いておりますが納得です。
    旦那さん優しい方ですね。
    外出するくらいなら料理は面倒くさくない なるほど。
    そういえば私の妻も
    「作るのは面倒だけど外出するのも面倒だな~」
    と言われる事があります。
    藤森さんのテキト-に作った料理でこの料理なら私は大歓迎です。
    料理に関しては怠惰ではないのでは・・・
    人間関係・・・
    最近、特に面倒になってきました。

    いいね: 1人

    1. yuubishoutenさま

      コメントありがとうございます。2度もお読みくださり、ありがとうございます。

      はい、夫は私の人生の唯一の大当たりです。結婚した時は、あんまり期待してなかったんですが、想定外でした。

      いやあ、怠惰ですよ、私は。料理は本日はさぼりましたよ。

      人間関係は、無理なくご縁が続くのがいいですね。いつも会って努力して継続なんて、異業種勉強会じゃないんだから。

      いいね: 1人

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