本日は2021年10月2日土曜日です。
不調の土曜日です。
10月になってから我が家のベランダ菜園のピーマンが元気です。普通は夏の盛りにいっぱい実をつけるはずなのに。
今朝の収穫です。

このピーマンは今日の夕食にいただきました。
アサヒ軽金属工業のスペースパンで、丸焼きです。

今日のような平和で静かな秋の日は、ついつい過ぎたことを思い出してしまいます。
10月というのは、私にとってはちょっとしたトラウマです。
2018年の10月14日に夫が緊急入院した日だからです。腸閉塞で大腸癌ステージ3でした。末期癌のステージ4に近い3でした。
腹腔鏡手術で20センチくらい腸を切除して、1ヶ月後くらいから抗がん剤治療。半年間。
副作用がきつかった。
翌年2019年9月は、初期の腎臓癌の手術でした。一台3億5000万円維持費ひと月3000万円の人工知能のダビンチ手術。
手術が終わって退院すると、知多半島の温泉に行ったものでした。
大病後の夫が海を静かに眺める姿に、不安を感じたり。
家族に病人がいると、ハラハラするものですね。

思えば、2003年9月には、夫は痔瘻(じろう)の手術を受けてるので、なんかお尻付近が弱いのかもね。
今は高血圧で降圧剤を飲んでます。ずっと、降圧剤は認知症になりやすいと抵抗してたのですが、職場の定期健康診断で最高血圧200まで行き、やいのやいのと職場から言われて、やむなく内科医へ。
まあ、肉体は物だから経年劣化するよね。
しかたないよ。
私自身の病歴を思い出してみる。
病歴といいますか、不調歴ですね。だいたい病院に行ったら負けと思ってるんで、めったに病院に行かないです。
(1) 子どもの頃に名古屋大学病院で脊髄カリエスと間違えられた。ともかく身体の弱いガキだった。親には申し訳なかった。
(2) 中学時代は息するのが苦しかった。放置。息自体はできるのだし。
(3) 大学院生時代から33歳くらいまでは、円形脱毛症。これはストレス。学会発表があるたびに、どこか禿げてた。
円形脱毛症って、最初は痒いのね。その痒さを掻きむしってると、ある日500円玉の大きさにハゲができてることに気づくのね。
(4) 同時に大学院生時代から30代はずっと気管支が弱くて、咳が多かった。
ひどい気管支炎を放置してたので、その影をレントゲン写真で結核と間違えられた。
私は「風立ちぬ」になるんかしらと不安になったけど、再検査でただの気管支炎の跡と判明して、サナトリウムに行かずにすんだ。
(5) 1990年37歳から花粉症。春になるとアトピー症状。ひどい花粉症は58歳ぐらいまで続き、薬の副作用にも苦しんだ。手が震えちゃうんよ。
2005年52歳くらいから、努めて鼻呼吸にしたら、症状は軽減した。
今は、発作もキツくなくなった。疲れていると花粉症の症状は今でもきつくなる。
2011年の春には、ブワッとキツくなった。理由は3.11です。東電原子力発電所の事故にはビビった。
花粉症と精神は強く結びついています。
(6) 1993年40歳ごろに、「虚血性心筋障害の疑いがある」と職場の定期健康診断で言われる。心臓がぎゅうううとつかまれるような痛みや、息切れ、息苦しさはあったけど、放置。忙しくて気にしていられなかった。
今でも心臓が痛い時はあります。疲れるとてきめん。
(7) 1997年あたりから、疲れると耳の下がぷっくり膨らむようになった。耳下腺炎。放置。
両耳の下がほんとにぷっくり膨らむと、すっごい不細工になるんですよ。
小太りでこぶとりオバサン?
でも、いつのまにか耳下腺炎症状が出なくなっていた。
(8)花粉症のアトピーで目をかきむしり、右目の水晶体に傷がついて、白内障になった。2007年にそれに気がついて手術。人工レンズになる。
(9)2012年秋から股関節に異常を感じ、2013年夏から杖がないと歩くのが難儀になる。整形外科医には行ってない。治せないのだから、病院に行ってもしかたない。人工関節にするなんて、やーだね。
(10)2015年62歳の時に、「非アルコール性脂肪性肝炎」NASHと診断された。まあ、最後の職場におけるストレスによる暴食過食のせいですね。
最後の職場があった広島県福山市には美味しい飲食店が多かったんですよ〜
また行きたいな。
(11) 2019年に夫の腎臓癌手術のあとに、左目の白内障の手術を受ける。これ両目ともに人工レンズ。
でもって、この病歴の間に、歯痛、便秘、痔、インフルエンザ、普通の風邪が、繰り返されるのね。
こうやってみると、私の「病歴」も、そこそこありますね。
とはいえ、大病の経験はなく、ありがたいです。
私は免疫系や気管支系が弱そう。心臓もあんまり強くなさそう。
肝臓は、母も妹も弱いから、遺伝ですね。
スピリッチュアル的には肝臓ってのは、怒りっぽい人がなるらしい。
肝臓は毒素の排出器官だから、心の毒素も排出するのかな?
母や妹や私の場合は、そのとおりですね。3人ともわがままで、思い通りにならないと怒る傾向が大きいですね。忍耐の美徳なしね。
私の場合は、最後の職場では労働条件の悪さに怒ってばかりでしたから、はい。
そのストレスで過食。ケーキをホールごと全部食べちゃったり。よく糖尿病にならなかったものだ。
変形股関節は、40歳ぐらいから痛かったのに、忙しくて放置してたのが、悪化で、これは自業自得だ。
あまりに、自分の身体を邪険に扱ってきた罰だ。自分の身体に感謝してこなかったことの罰だ。
感謝するどころか、デブで短足で動きにくいから憎んでたぐらい。
それじゃあ、私の身体さんも拗ねるよね。
かわいそうだったですね、私の身体。
みなさま、ちゃんと、ご自分の身体に感謝しましょうね。
ものすごい精巧で繊細な機械ですよ、身体って。
大事にしなくちゃ。
と思いつつ、何でも忘れてしまう私は、今日も身体に悪いことしてます。
というわけで、今日は、まっこと秋の静かな土曜日だったので、自分がたどってきた病気の道に想いをはせてみました。
病気ってのも、人生という旅の道連れですねえ。