尾道!恐るべし!

本日は2017年5月25日木曜日だ。

昨日の講演会は無事に終えることができた。

主催してくださった「びんご経済レポート」社の方々にはお世話になりました〜

ありがとうございました!!

会場の尾道市立中央図書館というのが、また良かった。

いまどきの公立図書館って、公務員さんが運営していないんだってね。

民間企業が委託されて運営管理しているそーだ。

この尾道市立中央図書館も、啓文社という尾道に本社のある大きな書店と、NTTデータという企業が、協力して運営管理している。

いろいろなセミナーも開催している。

最近は、子どものためのコンピュータープログラミング教室も開催している。

このコンピュータープログラミング教室は、父母の方々にも好評だそーだ。

映画鑑賞会もある。

図書館は午後9時まで開館である。

これは、公務員さん運営時代ではありえない。

自習室では、制服姿の高校生がいっぱい勉強していた。

頑張れ!受験勉強!!

今の努力が人生を決めるぞ!!

私みたいに、サボっちゃダメだぞ!!

私の講演会も、尾道市立中央図書館の管理運営を任されている啓文社さんやNTTデータさんも後援してくださったのだ。

講演会が始まる前の時間、興味津々の私は、啓文社の管理職の方やNTTデータの管理職の方に、根掘り葉堀り、質問させていただいた。

民間企業というのは、合理化には非常に努力している。

投資するカネなく生産性を上げるには、人間が動くしかない。知恵を出すしかない。

これは、私が聴講させていただいている三重大学大学院工学部開講科目「生産管理論特論」において、渡邊明先生がおっしゃった言葉である。

ということで、公立図書館の管理運営コストは、民間企業委託以後は、抑えられている。

だけど、サーヴィスは向上している。

確かに、行ってみると、公立図書館っぽくない。

空気が緩くない。スタッフもテキパキしてる。

うーむ、すごい。

公立図書館の管理運営を民間に委託することには非常な反対も多いそうである。

ライブラリアンが低賃金で長時間勤務させられるとか、いろいろ。

しかしまあ……コストが低くなることは大きいことだからなあ……

この流れは、止まらないだろうなあ……

下の写真は、講演会の開始前の会場である。

あいにくと、24日は雨が降っていて、かつ尾道では、いくつかの会合が開催されていたそうである。

青年会議所とか、医師会とか、それぞれに講演会があり、私の講演会に来てくださる方々は少ないかもしれないと、前もってお聞きしていた。

でも30人ほどの方が来てくださった。

「びんご経済レポート」のスタッフの方々が、いろいろお声をかけて下さったのであろう。

無名の私の講演会に30名の方々が集まるなんて、ありえないもの。

ありがたいことである。

尾道在住のFacebook友だちの方々とか、広島銀行の方々とか、尾道で一番の伝統的進学校の同窓生ネットワーク の方々が来てくださった。

大人の方々の前で話すのはいい。

綺麗事を言わないですむからなあ。

一応、私の話は退屈ではなく、好評をいただいたようだ。

ホッとした。

しばらく人前で話していないから大丈夫かなと思ったけれども、何とかできた。

動画撮影していただいたので、後日、このBlogで公開してしまうぞ。

その折には、お気が向いたら視聴してやってくださいまし。

いやあ〜〜尾道って、面白いところだ!!

尾道は初めてではない。

2012年の1月にウロチョロ日帰りだけど歩き回って楽しんだ。

あの頃は、まだ健脚だった。

脚がおかしくなったのは、2012年の秋からだった。

尾道は、映画の『転校生』や『時を駆ける少女』の舞台だからね、ロープウェイで千光寺まで昇り、そこから眺めた尾道水道や瀬戸内海の多島美よ!!


しかし、あらためて来ると、もっとおもろい!!

空襲にあっていないので、戦前からの街の雰囲気が残されていて、独特の情緒がある。

福山も人々が穏やかで時間の流れ方がゆったりしていた。

しかし、尾道は、さらに深く古き良き日本の雰囲気を残している。

下の写真は、JR尾道駅の近くにある洋食レストラン「もぐら亭」である。

1957年以来尾道の文化人に愛されてきたレストランである。

講演会後に、「びんご経済ジャーナル」の代表の二宮 恵氏に、このお店でご馳走していただいた。

ありがとうございます〜〜美味しかったあ!!

さすが、尾道を牽引する人々が集うレストランである。

大都市のそのへんのレストランでは、考えられない会話がかわされる。

「市長のお兄さんがね……」とか。

「9月の仮装大会に知事も参加するから……」とか。

「薪能があるからご招待するわ……」とか。

うーん……「タキギノウ」………

観世流……

私は、これでもお能は好きなんである。

DVDセットも持っているんである。

歌舞伎よりも、今はお能なんである、私的には。

そういう会話をかわしている方々は、いかにも上品で教養がありそうな60代半ば過ぎの女性たちだ。

お洒落である。身につけているブローチやスカーフのセンスがいい!

64歳になっても風格も教養も品もセンスもなんもない私は、感心して眺めるだけだ。

おもろいわーーああいう女性たちって。

尾道は、かつては北前船が運ぶ物産の集積地であったところだ。

(この図は、https://n-story.jp/topic/35/page1 から拝借しました〜〜)

多くの蔵が瀬戸内海沿いに建てられていたところだ。

その富の集積が、時代を経て、ああいう女性たちを生んだのだろう。

尾道、恐るべし。

日本のあちこちに、戦災にあわずに戦前からの伝統や人間関係や文化を伝える「京都」が、ひっそりと生きている。

尾道は、そういう京都的街のひとつだ。

こっそりまた来訪して、あのもぐら亭でオムライスいただくべ。

バニラアイスに熱いエスプレッソぶっかけて、いただくべ。

2017年4月28日から30日までの上海印象記

本日は、2017年5月4日木曜日である。

4月30日、上海からは、夜遅くに自宅に帰ってきて、それから、ずっとへばっている。

5月2日火曜日の三重大学工学部大学院渡邊明先生ご担当の「生産管理論特論1」第4回ご講義の聴講にも行けなかった。

5月4日本日に同志社大学で開催されるThe Ayn Rand Institute会長のYaron Brook氏の講演会にも行けない。

たった2泊3日の上海旅行なのに、くたびれた。

もともとが福山から帰る前から帰ってからも、ずっと体調不良なのに上海に行ったのが間違いであったか。

その後、東アジア情勢は小康を得ているので、良かった。

まあ、深刻な軍事衝突に見せて、金正恩さんとトランプさんとプーチンさんと習近平さんの世界に向けた八百長大芝居らしいけれど。

みなさま、今のうちですよ、東アジア諸国に旅行に行くのは。

八百長にせよ、一応なんか実際にやらかさないと落とし所がないですからね。

例の落合莞爾氏によると、北朝鮮問題にしろ、シリア問題にしろ、ここまで大きくなると、金正恩さんもアサドさんも、いずれは表舞台から引かざるをえない。

そうなるけど、それは偽装死だそーだ。

金正恩さんが死んだことになって表舞台から消え、金正男さんの息子さんが金王朝を継いで、北朝鮮は非核化して、韓国には北朝鮮よりの政権ができて、韓国はいよいよ一層に無国籍企業が跋扈する経済特区というか租界化して、朝鮮半島は一国二制度体制で行くそーだ。

偽装死ねえ…

南北朝時代の後醍醐天皇の御子の大塔宮護良親王が死んだことになって、実はヨーロッパに渡り、西の皇統を支えたごとく。

西郷隆盛が西南の役で自害せずに、ヨーロッパに渡り、大日本帝国憲法を作るための各国の憲法を調査したごとく。

幕末徳川幕府の頭腦であり理系工学系の傑物であった小栗忠順(おぐりただまさ:1827-68) は、官軍に斬首されたのではなく、フィラデルフィアに渡り、アメリカの通貨制度を整えたごとく。

って、これは全部、落合莞爾史観ですからね!

そんなこと言われたら、フセインさんもカダフィさんも、ヒトラーも偽装死かなと思っちゃうよ。


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臨死体験のプロみたいな「あの世飛行士」の方によると、織田信長は本能寺で死んでいなくて、長男の信雄(のぶかつ)と明智光秀といっしょにヨーロッパに渡り、イタリアで修道士になり、枢機卿までになったそーだ。
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これを読んだ時は、そんなアホな……と思ったけれども、ありえるかもね。

落合莞爾史観的に見ると、この世界は、マニ教ウバイド・ワンワールドと覇道一神教イエズス会共産主義との闘争であり、ワンワールドの東の皇統である日本から多くの歴史的人物が偽装死してヨーロッパに渡っているそうだからな。

信長は、東の皇統の指令でバチカンに潜り込みイエズス会の動きを諜報していたのかもね。

と、落合莞爾史観の面白さにはまってしまった最近の私。

ところで、本日は、上海で見たこと感じたことを箇条書きにする。

でないと私は忘れてしまうから。ほんとに病的に忘れる。ほんとは病気かもしれない。

浦東地区の金融街の超高層ビルについては、前回にすでに書いたので、省いた。

(上海ミニ旅 覚え書き始め)

(1) エアラインは中国南方航空。中国のエアラインだから、サーヴィスはあかんやろと思っていたら、以外にもCAさんも感じが良く親切でマナーが良く、かつ美人。機内食はエコノミークラスとして普通の水準。美味しいはずはないが、食えればいい。

(2) 上海の浦東(プードン)空港は新しく綺麗で清潔で広い。広過ぎる。トイレも綺麗。イミグレイションに行くまでが時間がかかる!

(3)イミグレイションはブースがたくさんあるのに、半分しか開いてなくて時間がかかった。スタッフの愛想は良くもないが悪くもない。

2005年や2006年のロシアは、スタッフがひとりしかいなくて、ニコリともせずで、それよりはマシだった。顔写真を撮影された。アメリカみたいに指紋撮影はなかった。

(4)イミグレイションに設置されているTVでは、「中国の発展と繁栄のために貢献するスタッフたち!!」と英語字幕のついた自画自賛動画がずっと放映されていた。こういう空港は初めて。

これは、スタッフに対してキチンと働け!サボるな!と言うのが目的の放送かな? きちんと働くのが当たり前の日本で、こういう「社内放送」はない。

(5)空港の到着出口では、多くの出迎えの人々の中に、Kayoko Fujimoriと書いた紙をもった中国人中年男性が待ちくたびれたように立っていた。日本で前もってインターネットで送迎セダン車をチャーターしてあったから。タクシーを待つのがいやだったんで。料金は370元。日本円で6000円弱。https://www.veltra.com/jp/

(6)空港からホテルまでは約50分くらい。景色はロシアとアメリカいっしょにしたような大きい風景。大規模な高層ビルがいっぱい。でっかいマンションというか、住宅らしい。窓から突き出された棒に洗濯物が留められているし、日本式にベランダに布団がかけられている部屋もある。

が、総じて、ベランダはガラス窓で覆われていて、サンルームのようになっている。

(7) ホテルはThe Westin Bund Center in Shanghaiにした。黄浦江沿いの外灘(ワイタン)地区にあるし、ネットで調べたら、英語で事が足りると書いてあったから、ここにした。スタッフは、みないい感じだった。もちろん、 日本のサーヴィス業の水準を外国で求めてはいけない。

(8) ホテルの隣にPacific Cafeというカフェがあって、ホテルとは関係ない店であるが、ここの店員さんも英語が話せる。マナーは普通。中には中国人風に無礼で、釣銭をごまかす奴もいる。上海の繁華街や観光地で働く若い人たちは、だいたい英語が通じる。特にカフェとか西洋風レストランならば確実に通じる。

(9) 黄浦江沿いの、向かいの金融街の高層ビルが立ち並ぶ浦東地区を望める外灘プロムナードは人気スポットであり、特にその夜景は有名。私はくたびれて夜の外出はできなかった。

(10)ホテルの5階にある水晶ナンタラという中華料理店は非常に美味しかった。2日目の夜は疲れていたので、夕食はルーム・サーヴィスにしたけれど、これも美味しかった。

(11)ホテルの設備はいい。トイレにウオッシュレットはついてなかった(当然かな)。湯沸かしのティファールは置いてあるけれど、ティファールが使えるコンセントがティファールが置いてある場所にない。バスルームにドライヤーは置いてあるけれど、ドライヤーが使えるコンセントはない。ホテルのドアにチェーンとかその類のものがない。ホテルのドアに訪問者をチェックできる覗き窓みたいな装置がない。どこかトンチンカンで間が抜けてる感じ。

(12) 翌日29日は浦東地区の金融街の超高層ビルの風景とThe Shanghai World Financial Centerの展望台から現代上海の大きな風景を楽しんだあとは、浦東地区と黄浦地区を隔てる黄浦江に造られたトンネルを通過。ロープウェイのゴンドラみたいな乗り物に乗って「光のトンネル」を通過。3分ほどの短さだが、楽しい。

(13)光のトンネルを通過して外に出れば、そこは外灘。プロムナードには観光客がいっぱい。家族連れがいっぱい。平和な休日の光景。中国は、しばらく「ひとりっ子政策」だったので、両親と子ども1人の組み合わせが多く、子どもはほんとに慈しんで可愛がられているようだ。反対に、成人したひとり息子さんが、お母さんやお父さんを気遣いながら歩く姿もある。中国の家族は仲睦まじく、情が濃い感じである。

(14)上海の観光地で最も人気があるのは、豫園。よえん。ユーユアン。400年前の豪商が作った豪壮な屋敷と庭園が今は国家財産となり入場料を稼ぐ観光施設になっている。いかにも中国風建築であり、庭園であり、面白い。

この屋敷と庭園の周りに、豫園風建物の店やレストランが立ち並ぶ。伊勢神宮の「おかげ横丁」の上海版だ。いつもものすごい人出であるそーだ。ただでさえ、人口の多い上海のものすごく混雑している豫園の風景は、中国の活力を感じさせる。人間の数が多いというのは、それだけですごいものであるなあ。圧力が違う。

(15)この豫園で1番人気のあるレストランは、小籠包で有名な南翔饅頭店である。店の中も店の外もズラズラと席待ちの客の行列ができている。最低1時間は待たねばいけないそうである。毎日そうであるそーだ。私の場合は、日本語ガイドの中国人女性が、この店のマネージャーの友人なので、予約もなしに、他の客を無視して、3階の席をゲットできた。そういうことは中国では普通のことであるらしい。


この南翔饅頭店の支店は日本にもある。名古屋にでさえあるそーだ。売り物の小籠包は美味しかった。日本の小籠包より皮が厚い。

このレストランはいかにも中国である。客もスタッフも声が大きく騒がしい。現代中国の一般ピープルの活気溢れる空間であった。

(16) 5月1日がメーデーで労働者の革命を成し遂げた共産党政権下の中国では祝日である。だから、4月29日土曜日から三連休なので、29日も30日も上海はすごい人出であった。30日は、ホテルをチェックアウトして、スーツケースをホテルに預けた。それから、上海博物館に行くつもりだったが、この人出の真ん中に入ってみたいと思い、南京東路を抜け、人民広場まで歩くことにした。やはり、歩かないと街はわからない。南京東路は毎日が歩行者天国である。

(17) 南京東路には、お店の呼び込みでチラシを渡そうとする人も多い。カフェで休んでいると、小銭ちょーだいと紙コップ持った乞食さんが接近してくる。老女の乞食さんもいるし、男の子を車椅子に乗せている中年女性の乞食さんもいる。あの男の子はほんとは健常者なんじゃないか、ほんとは。小銭をお渡しして離れていただく。

(18) カフェで休んでいると、どこからともなくやって来るのは、乞食さんたちだけではない。靴磨きさんも来る。勝手に靴にクリームをつける。Where did you come from? と発音のいい英語を話す靴磨きの押し売りさんである。この方からは逃げた。

下の写真で、イタリア人らしき観光客の靴を磨いておられる白いキャップをかぶった方が、そうです。

(19) 上海では、疲れると、ベンチばかりでなく、デパートやオフィス前の花壇の縁に腰をかけている人々が多い。脚の悪い私も、歩いては腰かけ、歩いては腰かけ、歩いては腰かけた。腰かけることができる場所には腰かける。これはいい習慣である。腰かけながら、街を行く人々、建物を眺めるのは楽しい。

(20) 上海では、老若男女みな好きな格好で堂々と街を歩いている。流行というものがない。若い人たちは、特に若い男性は、比較的決まり切ったファッションをしているが、女性は好き勝手である。ブスもブサイクも堂々と歩いている。デブが比較的少ない。化粧はしていないスッピン女性が多い。私が中国語で話しかけられたり、道を尋ねられたのは、スッピンだからなのであろう。

(21)子どもは、特に女の子は、レースみたいなお姫様ルックが多い。ひとりっ子で大事にされていることが、よくわかる。ブスでも自信を持って歩いているのは、ひとりっ子で小さい時から大事にチヤホヤされたからではないか。気後れなく人懐っこい。ブスでもすっごく愛嬌があり、伸び伸びして明るくチャーミングである。

(22) 南京東路を通過し、左に曲がって人民広場をめざし、そこにある上海博物館に行こうと思ったけど、私の脚が痛くなったので、しかたなく福州路という古い道に入る。そこに古い京劇の劇場があるんで、京劇でも見ようかと思ったけど、開始時間が午後1時半で、これでは空港に戻る時間に遅れるので、京劇見物は諦める。いかにも昔からある風情の劇場がいい。写真撮るの忘れた。残念。

(23) 福州路沿いには、書店が多い。8階建ての書店もある。学校も多い。古い建物が残っているのが面白い。

(24) 上の写真の黄色い自転車は上海の公設レンタル自転車。観光用レンタル自転車としても使えるが、上海市民が街角の駐輪場に置いてある黄色い自転車の先端のQRコードをスマホでパシッと写して、乗っている。で、乗ったら、テキトーにテキトーな場所に乗り捨てている。スマホで写してなんかすればレンタル料金を払ったことになるらしい。Line Payみたいなもんかな。

(25)上海のあちこちに、「公安」と書かれたゼッケンをつけた男性が立っている。「公安」とは中国語で「警察」のこと。パトカーも巡回している。日本の公安警察は、中国語で言うと「警察の警察」かな?

(26) 上海の街角にある中華レストランの値段は1セットで10元とか、高くともセットで20元で安い!! ホテルの中華レストランだと一品が安くとも90元くらいだけど。しかし、地元の人間でないと入れそうもないし、疑い深いがお腹が壊れるのも嫌だった。で、外から覗くだけにしておいた。

(27)30日のランチは、黒板に英語のメニュが書いてある西洋風レストランで食べた。外のテーブルで上品な白人の高齢女性が食べていて、私が黒板の文字を読んでると、Very good here! と言ったから。その白人の高齢女性は、おそらくアメリカ人。アメリカ人の高齢女性はよく1人で海外旅行してる。独立心高い。そこは、smoked beefが売り物のお店で、河南路沿いにある。黄浦江の南を走る大きな道路沿いである。お客は、みな欧米人だった。中国人店員もみな英語が達者だった。

あの人たちも、何を食べていいか困って、西洋風レストランに入ったんだろうなあ。

(28) 上海の人たちは、西洋人みたいにペットボトルの水は持たずに、透明の水筒に大きめのお茶の葉1枚入れた水を入れて持っている。

豫園で入ったお茶専門店の巧みなデモンストレーションで教えてもらったが、お茶の葉は何度も何度もお湯やお水を注いで飲むそーだ。1週間ぐらい保つそーだ。最後は、色の変わったお茶の葉を食べるそーだ。私も、夫用に高血圧にいい普洱茶(プーアルチャ)の白いのと、私には肝臓にいい一葉茶を購入した。1230元。

(29) 上のお茶のお店の日本人観光客向けデモンストレーション写真に写っている蛙の置物について。蛙は、中国では縁起のいい生き物だそーだ。お湯をかけると黄金色に変わる。急須は紫砂(シンシャ)製でないと、お茶はいい味が出ないそうである。

中国のお茶って、固められたものもある。下の写真の塔とか看板とか、これみなお茶である。おもろい。

(30) 帰りの空港まで予約した車が来る時間の午後3時が近づいたので、初日28日に入ったPacific CafeでMaccha Late の冷たいのを飲む。「抹茶ラテ」のことだ。21元。安くないね。抹茶ラテって、 日本発?アメリカ発?

隣の席では、中国人のゲイらしき2人組の若い男性が、延々と話し込んでいた。おしゃれでカッコつけた若者たちであった。

(31) 上海の街には、漢方のお店は多いが、いわゆる西洋の薬屋さん、Pharmacyがない。漢方のお店は大きい店舗で人がいっぱい。中国の医学部には、漢方医学部があると聞いたが、なるほど!

(32) 上海には、英語の子ども向けスクールの大きな広告が多い。ホテルやレストランの若い人の英語力から見ると、観光都市の上海では、英語ができないと働きクチがない感じだ。

(33) 上海を走る自動車は、やはりドイツ車が多い感じだ。自動車は信号無視。歩行者も信号無視。だけど事故が特別に多いわけではない。もともとがルール無視のドライバーが多いので、油断せずに運転するからとガイドさんが言っていた。かえって、日本ではルールを守る人が多いので、ルール破りに弱いというか、想定せずに油断してるというか。

(34) 上海や北京の大気汚染はひどいと聞いていたが、私がいる間は特にそうとは感じなかった。ただ、空港から送迎の車の運転手さんも、2日目にお世話になったガイドさんも咳をしていた。やはり、気管支に悪い状態なのだろうか。

(35) 上海の浦東空港は死ぬほど広い。さすが万里の長城の国である。ただでさえ広く、土地は全部が国有地だから、「成田闘争」もないので、いくらでも土地は使える。だから、空港は死ぬほど広い。

ホテルに 迎えに来た車から空港で国際線のターミナルに降ろされ、荷物をスキャンされて空港の建物に入ったが 、それからが難儀だった。

日航や中国東方航空のカウンターはあったが、中国南方航空のカウンターがない。なんでないの?とスタッフに英語で聞いたら、ここにはないよという答え。

予約した空港までの車の運転手さんも、私も、浦東空港の国際線はターミナルが2つあることを知らなかった。私が調べておかなかった。

空港のインフォメーションの女性に英語で質問。下に降りてバスでターミナル2に行けと言った。下に降りても別のターミナル行きのバスがどこから出るかわからない。そこにいる女性スタッフに英語で聞いたら、上に行って、あそこの通路を行けと言った。

上に行って、その通路を行ったら遠い遠い。遠い遠い。どこまで歩いても 、私が乗る中国南方空港にチェックインできるターミナル2にたどり着けない。

やっとターミナル2に着くと、何度も何度も荷物をスキャンされる。やっとやっと国際線のカウンターが並んでいる場所に行って電子掲示板を見たら、中国南方航空のカウンターはDにある。しかし、Dに行ってもない。

Eに行ってもない。そこの男性スタッフに英語で質問したら、China Southern Airline?と首を傾げてる。数秒考えて、あそこだと指をさされて、Dの隅っこのカウンターに行き、やっとチェックインできた。

さっさと搭乗口ゲートに行こうとしたら、階段を何階も降りた先。何これ?

ゲートからはバスに乗って飛行機まで行って、タラップを昇らねば座席につけない。

ということで、脚の悪い私にとっては非常にハードな状況が展開された。

ということで、上海に行くときは、浦東空港を使うときは、ターミナルに気をつけてください。

(36) 最後に気になったことは、浦東空港の国際線の英語表示についてだ。そこには、International & Hongkong, Macau, Taiwan とあった。

「国際、および香港、マカオ、台湾」ってさあ。

香港とマカオはわかるけど。台湾ってさあ。台湾は別の国だろ。

台湾=中華民国の人が見たら、嫌な気持ちになるだろうなあ。

(上海ミニ旅 覚え書き終わり)

まとめてみる。

上海に限って言えば、観光地なんで、反日的扱いは受けない。

中国的大雑把さを楽しめば、気持ち良く旅ができる。

上海に限って言えば、アメリカに似ているし、ロシアにも似ているが、アメリカやロシアにある哀愁は、まったく感じられない。

中国人というのは、非常に即物的であるようだ。

躊躇いとか、迷いとか持たずに、欲望にストレートに素直であり、余分なことは考えないようだ。

他人のことは見ていない。

自分と家族の人生をストレートに大事にして前進する。

実は、すでに中国バブルは崩壊しているらしい。

中国の外貨準備高は急速に減っている。

中国企業がヨーロッパの会社を買収しようとしても、その資金がキャッシュで用意できない。

中国人による外国への資金流出も止まらない。

しかし、庶民にもわかる程度のあからさまな経済危機の段階には、まだ至っっていない。

上海に限って言えば、まことに平和である。

ミンスキー・モーメントはまだ到来していないようだ。

バブルが崩壊しても、明確な経済危機になるまでに何年間かのタイムラグがある。

そのラグが終わり本格的にあからさまに経済危機が起きる瞬間がミンスキー・モーメントだ。

そのミンスキー・モーメントまでのタイムラグの真っ最中が2017年の春らしい。

とは言え、上海の活気のシャワーを浴びると、経済危機が中国を襲うとか信じられない気がする。

また、中国が日本を侵略するなんてありえない気がする。

栄えている国が、もっともっと栄えようとしている国が、「デフレ貧乏な国」を侵略してもしかたないと思える。

上海人は「北京なんてど田舎知らんわ」の姿勢であり、世界の上海の住民として、日本なんか全く興味ないようだ。

中国のCCTVを眺めていても、コマーシャルは中国の繁栄を知らせるものばかりだ。

ユーラシア大陸に鉄道を張り巡らせる「一帯一路」政策のコマーシャルも多い。

上海を見る限り、中国の膨張と繁栄は嫌が応もなく続いていくように思える。

南沙諸島の暴挙は、人民解放軍の勝手な行動であって、中国政府の総意ではないように思える。

だって、あんなに甘やかされた若者たちに戦争なんてできないよ。

しかし、あれだけの人々の胃袋を十分に満たすだけではなく、エネルギーの吐き出し口を、どうやって用意するんだろう、あの国は。

習近平さん、大変だな。

上海に来た!

本日は、2017年4月29日土曜日である。

昨日の28日から上海に来ている。

東アジア情勢が緊迫しているので、外務省から近隣諸国への渡航禁止命令が出ないうちに、中国に行こうと思ったので、来た。

脚の具合もあるし、体調も悪いんで、2泊3日という短い旅だ。

だから明日は帰る。

短い海外旅行ってのも年取るといいよ。

荷物も少ないし、上海なら飛行機に乗っていてもすぐに着く。

上海つーのは、戸籍上人口は2500万だけど、ほんとは3000万人ぐらいいる大都市だ。大港町だ。

上海の中心地は、黄河の支流の黄浦河をはさんで、黄浦地区と浦東地区に分かれる。

黄浦地区には、観光客向けホテルがいっぱいで、阿片戦争敗北以来入り込んだ英国が建てた壮麗な建築物が立ち並ぶ外灘(ワイタン)がある。

浦東(プードン)は、40年前は田圃ばかりだったが、今や中国随一の金融センターだ。

いわゆる上海のThe Wall Streetだね。 Cityだね。

でも、マンハッタンや、テムズ川のロンドンより、浦東地区ははるかにはるかに広い。

マンハッタンも仰天するような超高層ビルが広い広い広いぺったんこの土地に、ニョキニョキと建てられている。

全部が銀行や証券会社だ。

こんなにも中国は投資されているし、投資しているんかね。

現代的な超高層ビル群の風景が大好物の私は、本日の午前中は興奮してしまった。

下の写真は、外灘プロムナードから見た浦東地区。

1番高いビルは、世界最高の632メートルの高さを誇る上海タワー。まさしくバベルの塔だ。

ただし、中身がまだできていない。

この現代のバベルの塔の左下に、センヌキみたいな形のビルがあるでしょう。

これが、The Shanghai World Financial Center  だ!

474メートルあり、ここのObservatory展望台が必見だ!

日本の日立のエレベーターで高速で100階まで昇ると、そこから展望台に行ける。

床の一部がガラス張りで下の風景が見える。

怖い!怖いよ!脚がすくむよ!

しかし、その展望台から見える現代上海の眺望は素晴らしい!!

どこまで行っても、ビルビルビルビル。

瀟洒な住宅地も広がっている。

この金融センタービルよりも有名なのが、東方明珠だ。テレビ塔だ。赤い玉ねぎみたいな展望台の形で有名だ。

ここの展望台の床が、そもそもガラス張りで有名だけれども、ここはいつもすさまじい混雑らしい。

特に、本日の29日から中国でも三連休で、人出がものすごい。

もう人でいっぱい。

どこから湧いて出てくるんだと思わせるくらいに人がいっぱいいっぱいいっぱい。

3時間も炎天下で待っていられないので、中国人女性の日本語ガイドさんの薦めで、私はThe Shanghai Financial Centerに行った。

いやあ〜〜良かった良かった良かった!!

「AIIBの本部は、上海にあるんですか?」とガイドさんに聞いたら、AIIBと言ってもわからないみたいだった。

やっぱ、中国語できないと、ダメだな。

「アジアインフラ投資銀行」って、中国語でなんて言うんだ?

やっぱり、来て自分の目で見てみないとあかんよね。

Seeing is believingだ。

上海すごい。

上海を蠢めく人間の数がすごい。

これだけの人間を食わせなくてはいけないのだ、中国政府は。

これだけの人間に幻想を与え、働かせなくてはいけないのだ、中国政府は。

ローマ帝国の時代から、帝国の人民に「パンとサーカス」を与えることが為政者の仕事だ。

13億の人間に与えるパンとサーカス。

強権発動で非民主的で人権なんか蹴飛ばして、中国は前進せねばならない。

ゼンチン!ゼンチン!ゼンチン!

チアンジン! チアンジン! チアンジン!

どっちやねん。

中国語(プートンファ)の発音は難しい。

浦東空港から上海の中心地の外灘にあるホテルまで乗った自動車(ネットで予約してチャーターしておいた)の車窓から見えた街の風景は、ロシアとアメリカを足したような大陸風。

建物は、やたら大きくて高い。

大きさでまずは圧倒するという姿勢が、おもろい。

何につけても、尋常ではない大きさ、広さを誇るのが、中国の観光地であり、中国のありようだ。

その底は浅いが、巨大なる虚仮威しのハッタリ全開が、おもろい。

いやあーーもう、すごい。

中国の脅威にびびる人々に、副島隆彦氏は講演でこうおっしゃった。

「中国を怖がり嫌う前に、まずは行って見てくることです。自分の目で見てきなさい」と。

で、やっと私は見に来た。

すごい。

圧倒された。

トンチンカンな点は多々ある。

しかし、中国はガンガンガンガン前進中だ。

たとえ、虚仮威しのハッタリであろうと、ああいう大きな景観を作った中華人民共和国はすごい。

私は、マンハッタンでも、トロントでも、サンフランシスコでも、チャイナタウンが好きだけれども、上海はみんなチャイナタウンだ。

おもろい。

散々だった瀬戸内海感謝お別れのミニ旅

本日は2017年2月28日火曜日だ。

本日は絶食しておとなしくしている。

転居に必要な事務手続きだけ電話でしまくっている。

一昨日の26日に桃山学院大学の大学院で教えた人が沖縄から福山に遊びに来てくれた。

で、夕食を福山が誇るミシュラン店&名店「なかくし」さんでご一緒した。

翌日の27日は、観光タクシー使っての「しまなみ海道と尾道」ミニ旅に出かけた。

出発は朝の10時で、午後5時から6時の間に福山に戻ってくる予定のミニ旅。

私も名古屋に戻ったら、瀬戸内海の多島美を楽しむことなどできなくなる。

良い機会だから、「瀬戸内海感謝お別れのミニ旅」やろうと思った。

瀬戸内海の豊かな海の幸には、ほんと慰めてもらったもんね〜〜

お刺身ね〜〜牡蠣ね〜〜サワラのタタキね〜〜タタキはカツオじゃなくてサワラね〜〜♫♫

ところがだ!

瀬戸内海に浮かぶ多くの島々をつなぐ橋や凪いだ瀬戸内海を眺め、因島に建てられている(生島出身の)ナントカという有名画家の美術館に行き、大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に参拝し、来島海峡大橋を見下ろせる亀老(きろう)山展望台に行き、瀬戸内海の絶景を堪能したところまでは良かった。

そこまでは、実に良かった。

教え子さんとも話が弾んだ。

なのに、亀老山展望台から尾道に向かう(つまり福山に戻る方向ね)ときに、私は吐き気を催してしまった。

何度もタクシーに止まってもらい、側溝に嘔吐した。

なんだ、なんだ、どうしたのか!?

サービスエリアではトイレに籠城して嘔吐しまくった。

大山祇神社前のお店でランチに食した価格2000円ちょっとした「特上海鮮丼」を全部吐いた。

特上海鮮丼でっせ……特上よおお〜〜〜

なんか、やたら味付けが濃いなあ……と思わせる海鮮丼であった……

あれは素材が古いのを誤魔化すためであったらしい……

あ、例の有名店ではないですからね!

そこは、もうズラリと客が外に並んでいた。

台湾人のお客さんが多かったようだ。

ところで、新鮮ではなかった特上海鮮丼……

私も、教え子さんと同じ「鯛釜飯セット」にしておくべきであった。

あれ美味しそうだったわ……

とにもかくにも、吐き気と全身の倦怠感と胃の痛みで、尾道に行くのはもう無理となった。

そのまま福山の自宅のあるマンションまで直行してもらうことになった。

全部吐いたと思ったら、まだ駄目で、自宅マンションの花壇にも吐いた。

帰宅してからも午後9時過ぎくらいまで苦しかった。

お白湯一杯飲む気になれなかった。

なんで、こーいうことになるの!?

せっかく教え子さんが沖縄から来てくれたんよ。

楽しんでもらいたかったよ!

私だって転居や研究室の退去でドタバタ忙しい中を、ちょっと気分転換で旅情を味わいたかったんよ!

なのに、なんで嘔吐だ!!

サルトルかよ!!

教え子さんも、尾道行きが楽しみで、原田知世の「時をかける少女」のDVD見てきて予習してきたのに。

時をおおおおお〜〜〜かける少女おおおおお〜〜〜愛は輝く船えええ〜〜♫♫

なのに、かつての教師はゲーゲー吐いてる。

元気の良かったセンセイも還暦過ぎて疲れたババアになってる。

しかもゲロ吐いてる……

なんやねん……

観光タクシーの運転手さんにも申し訳なかった。

しかし、教え子さんも、運転手さんも嫌な顔せずに付き合ってくれた。

せっかくの「瀬戸内海感謝お別れのミニ旅」は、散々の状態で終わった。

まず、引っ越し作業でくたびれていたんだろうなあ。

そこに、新鮮度の落ちる「特上海鮮丼」を食した。

そして、標高300メートル超える亀老山展望台に登った。

この展望台つーのが、手抜きでさあ。

隈ナントカという名前の有名建築家が設計した「建築に見えない建築」だそーだが、ただただ上がり辛い鉄骨だかスチールだけで作られた階段でできてるだけ。

身体障害者や私みたいに脚の悪い人間のことなんか何も考えていない巨大なジャングルジムみたいな展望台。

そりゃ、標高300メートル超える山の頂上から見える瀬戸内海と瀬戸内海に浮かぶ島々ですからねえ、絶景に決まってる。

それはもう〜〜〜絶景。絶景絶景絶景絶景絶景絶景絶景絶景絶景!!

言葉を失う。

絶対に見るべき価値あり!!

(教え子さんです。絶賛婚活中です。41歳です。高収入です。読書と旅が好きな教養人です。育ちいいです!心遣いのできる人です。いいお婿さんになります!20代30代の女性希望!初婚!よろしくお願いします!)

しかし……絶景なのに怖かった……

高所恐怖症だから怖かったんじゃない。

この写真に写っている「来島海峡」(くるしまかいきょう)というのは、海難事故が古代から多くあったところだ。

どんだけの数の船が沈んでいるのかわからない海域だ。

岩礁が多くて船が事故に遭いやすい。

私は、この絶景を眺めているうちに寒気がして心臓が痛くなった。

2月の末とはいえ、穏やかな晴れた日であり、寒くはなかったし、風もなかった。

なのに寒気がした。

あれは、太平洋戦争末期に沖縄の司令軍があった洞窟の小部屋に入ったときに感じた寒気と痛みだ。

その小部屋は、日本軍降伏の1945年昭和20年6月に、5人くらいの将校がたったひとつの手榴弾で集団自決した部屋だった。

たったひとつの手榴弾で5人が即死できるか!!

死ぬまでどれだけ痛み苦しんだろうか……

もしくは、あれは、ひめゆり部隊が野戦看護婦として徴用されて篭っていた洞窟前か塹壕前に立った時に感じた寒気と痛みだ。

もしくは、あれは、自殺の名所の日本海は東尋坊に立った時の寒気と痛みだ。

桃山学院大学のセミナーハウスがあった和歌山県白浜の絶壁近くに立った時の寒気と痛みだ。

もしくは、京都の念仏寺で感じた寒気と痛みだ。

つまり、不成仏霊がウジャウジャいる類のところで私が感じる寒気と痛みだ。

うわああ〜〜〜

来島海峡の海の上には、標高300メートルあたりにも、海難事故で浮かばれない霊がウジャウジャ。

うわああ〜〜〜

私の亡き母は霊が見える体質だったけれども、私は断じて見えない。

見えてたまるか。怖いわ。

でも、寒気とか心臓の痛みとかはあるんですね〜〜〜

ベランダなんかで寒気感じると怒鳴って追い払って終わりなんだけれども。

夏でも私はハイネック。ハイネックでない場合は首にショールを巻く。

デコルテを晒すなんて、とんでもない。

霊は首の後ろから入ってくるんよ。

欧米の女性の正装ってデコルテ晒すドレスでしょ。

だから西洋人女性はエロス過剰気味なんじゃ。

色情霊に首からガンガン入り込まれるんじゃ。

しかし、来島海峡大橋をはるか見下ろす亀老山展望台にいた不成仏霊は1柱や2柱ではなかったぞ。

ということで、私の一見食中毒風嘔吐は、疲労と、あまり新鮮ではなかったナマモノと、霊障のせいであったらしい。

Facebook友だちの若い看護師さんによると、私は胃腸が丈夫だったからこそ、胃がノロウイルスっぽいナマモノを受け付けず吐くことができたのだそーだ。

ほんとにノロウイルスだと、嘔吐と下痢の中で死ぬケースがあるそーだ。

上から下からゲーゲー吐いて死ぬそーだ。

難儀やわ。

看護師さんにとっては、そういう患者さんの死後の掃除が大変だそーである。

嘔吐と下痢だもんなあ……

大量のカレーライスを床にぶちまけたのを掃除することを想像するだけでも心が萎えるわ……

だから、私の場合は、大難が小難になったと言えるらしい。

嘔吐だけで済んだ。

嘔吐と下痢で死ぬはめにならなかった。

おお、これも、来島海峡大橋を見下ろす亀老山展望台に来る前に、大三島の大山祇神社で「神恩感謝」のご祈祷を挙げていただいたからであろうか。

月曜日だったので、参拝客もほとんどいなくて、清浄な神気に満ち満ちていた大山祇神社であった!

私が嘔吐しただけで済んだのは、「こいつ、ノロウイルスで死ぬとかわいそーだから、早いとこ嘔吐させちゃえ」という大山祇の神様のご加護だったのでしょうか。

私ときたら、恩ある瀬戸内海の島々と海に感謝するつもりが、島々のあちこちの側溝を嘔吐で汚してしまってきた。

感謝するどころか、汚してきてしまった。

申し訳ないです。

ほんと申し訳ないです。

犬が縄張りにオシッコするのと同じで、この際、しまなみ海道は私の吐瀉物により私のテリトリーとなった……

ということに強引にさせていただき、あらためて感謝の旅をさせていただこう。

ご縁は続くよ、どこまでも。