映画『ダンケルク』に静かに号泣した

本日は、2017年10月7日土曜日である。

ずっと更新できなかった。

福山市立大学都市経営学部の紀要『都市経営』10号には、ちゃんと論文状作文を提出できた。

その後遺症で、ノルディックウォーキング散歩も再開できない。

いつまでもへばっていては、戦地の兵隊さんに申し訳ないと思い、クリストファー・ノーラン(1970-)の新作『ダンケルク』(Dunkirk)を観に行ってきた。

私にとっては、日本兵のみなさまは、南の島々で、まだ戦っておられるのだ。

あの『ダークナイトライジング』(The Dark Knight Rises,2012))や『インターステラ』(Interstellar, 2014)の監督のノーランさんの新作です。

やっぱり、amazonプライムで観てちゃいかんでしょ。

不思議なことに、1940年5月27日から6月4日にかけての英軍(と仏軍)のダンケルク撤退作戦( Dunkirk Evacuation)について、私は知らなかった。

私は、これでも戦記物は読んでる方なのに。

この作戦について現代の英国人も知らない人が多いそーだ。

だから、ノーランさんはこの映画を作りたかったそうだ。

作ってくださり、ありがとう。

「ダンケルク・スピリット」を教えてくださり、ありがとう。

攻撃よりも撤退は難しい。

粘り強く最後までやれることをやる。

ノルマンディー上陸作戦は有名だけど、こちらは負け戦の中の撤退だったから、あまり知られていないのだろうか?

しかし、負け戦のときに、人間の本性が輝く。

ノルマンディー上陸作戦は、最前線はアメリカ兵ではなく、ポーランド兵だったのに、『プライベート・ライアン』( Saving Private Ryan, 1998) なんか作っちゃって、ハリウッド映画って、ほんと洗脳装置だわん。

でも、『ダンケルク』は、今までの戦争映画と違う。

ものすごい英雄が活躍するわけじゃない。

勧善懲悪でスカッとするわけでもない。

映画だから、物語だから、多少のご都合主義的展開はあるけれども、極力リアルに描かれている人間と状況。

映画を観ながら、私は、声を立てずに泣いていた。

ドイツ軍から袋小路のフランスの港町ダンケルクの海岸に追い詰められた英軍と仏軍の兵士40万人。

40万人!

「35億!」じゃないよ。

間にあるのはドーバー海峡。泳いで渡れる人もいるような近さの英国の岸なのに、ドイツ軍の空爆の下では、なんと遠くに見えることか。

しかし、この海峡を渡らなければ、40万人が戦死するのだ。

絶対に玉砕なんてするか。

日本軍じゃあるまいし。

映画は3つのプロットが組み合わさって進行する。

海岸でじっと撤退のための船を待つ40万人の兵士たちの1週間と、彼らを救うべく英国の港町からダンケルクに向かう遊覧船にとっての1日と、40万人の兵士の撤退を阻止するために激しい空爆をしかけるドイツ軍の爆撃機メーサーシュミットを撃墜すべく奮戦する二機の戦闘機スピットファイヤーにとっての1時間。

映画の場面は、ダンケルク海岸での兵士たちの1週間と、海上の遊覧船の1日と、戦闘機乗りの1時間が交差する。

ダンケルクの海岸は遠浅の砂浜なので駆逐艦のような軍艦が停泊できない。

小舟で沖に乗り出して大きな軍艦に乗るしかない。

もしくは、沖まで長く建設された桟橋から乗船するしかない。

ドイツ軍の爆撃機は容赦なく、その桟橋を防波堤を空襲する。

大勢の英軍兵士を乗せた駆逐艦も巡洋艦も爆撃する。

やっと乗船できた軍艦で、従軍看護婦から紅茶とジャム付きパンを支給されて安堵しても、ドイツの潜水艦Uボートから発射された魚雷で、軍艦は撃沈される。

艦内で溺死する英国兵。破損した軍艦から流出する重油に引火した炎の中で死んでいく英国兵士。

それでも、海をいくしか生きる道はない。おびただしい数の兵士たちは海岸で乗船を待つしかない。

ドイツ軍の空爆で亡くなった兵士の死体は砂浜に埋めて、死体から水筒や靴や軍服を剥ぎ取って生き抜くしかない。

排便はその辺の砂浜で。

トイレットペーパーはないので、ドイツ軍が空からばら撒いた「捕虜のススメ」のチラシを使用する。

撤退作戦始まって、英国海軍は民間の船を徴用する。英国中の民間船は、小舟も含めてダンケルクをめざす。その数850以上。

一方、ダンケルクの海岸では、なかなか進まない撤退のために兵士の疲労も極限だ。

数日後、ドーバー海峡におびただしい民間船の姿が現れる。

英国の各地からやってきた船だ。

ダンケルクの海岸で待つ兵士たちは喜ぶ。

孤立して死を待つのみの殺伐とした彼らの心に希望が生まれる。

同胞が救出に来てくれた。

聖ジョージの旗(イングランドの国旗。ユニオンジャックとは違う)を船の先頭に掲げながら。

白地に赤い十字の旗ね。

聖ジョージは、英国島にキリスト教を初めて伝播して、殉教した人ね。

ともかく、小舟だって必要なのだ。沖に停泊した軍艦に兵士を運ぶために。

遊覧船だって、予想以上に人間を乗せることができる。

遊覧船ぐらいならば、ドーバー海峡を行って帰ってくることができる。

たとえ戦死するにしたって、自分の国を、自分の同胞を信じることができれば、納得して死ぬことができるじゃないか。

祖国からも見捨てられ、誰からも知られずに南のジャングルで餓死することに比較すれば。

孤軍奮闘、ドイツの戦闘機と戦ったスピットファイヤーの一機は海に不時着して、遊覧船に救出される。

もう一機は燃料が切れるまで、ドイツの爆撃機メーサーシュミットを撃墜し、ダンケルクのドイツ軍占領地側の砂浜に不時着する。

そこで英軍の誇る戦闘機スピットファイヤーを燃やす。ドイツ軍にスピットファイヤーの構造を知らせないために。

ドイツ軍の捕虜になっても生き抜くんだ。

生き抜いていれば、また戦うことができる。

捕虜になるより自決せよと教える日本軍とは違うぞ。

捕虜になると、ベラベラペラペラと軍の機密をしゃべる日本兵と違うぞ。

このダンケルク撤退戦は、英国軍にとっても仏軍にとっても損害は甚大だった。

しかし、精鋭の兵士30万人以上は救うことができた。

生き残った兵士たちは、また連合軍の戦力になった。

この撤退戦は、その後の連合軍を勝利に導くための貴重な人材を残すことができたという意味で、決して負け戦の処理じゃなかった。

勝利への撤退もある。

やっとの思いで、英国の岸辺についた兵士たち。

人々は、撤退の敗残兵には冷たいだろうと予測する兵士たちの心は重い。

しかし、英国の市民たちは、英雄の帰還のように、彼らを歓迎し、彼らの帰還を祝福した。

老若男女すべての英国市民たちが、彼らの勇気を讃えた。

生き残らなきゃ。

生き残るために耐えた人々に栄光あれ。

当時のドイツ軍の強さは、とんでもなかった。

世界中がドイツ第三帝国に飲み込まれそうだった。

日本なんか、「バスに乗り遅れるな!」とドイツと同盟を結んだ。

オッチョコチョイ!!

日本は昔から軽薄。

しかし、英国は負けなかった。

巧妙にアメリカを戦場に引きずり込み、戦い抜いた。

ダンケルクの精神を忘れるな。

諦めたらダメだ。粘り強くやれるだけのことをするんだ。兵士も市民も男も女も老いも若きも。

映画が終わり、長いクレジットがスクリーンに映し出されている間中、私は音をたてずに拍手していた。

ずっと拍手していた。

クレジットが終わりかけになった頃に、やっと私は大きく音をたてて拍手した。

誰も私の拍手に合わせてくれなかったけれども。

『シン・ゴジラ』とは反応が違うな……

それでも、いいんだ。

苦しいときは思い出そう。

このダンケルク撤退作戦を。

この映画の詳しいガイドブックみたいなものも読んでみよう。

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メイキング版写真集もある。CGに頼ってないからさあ、この映画。

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ねえ、日本にも、こういう話はないの?

キスカ撤退戦をもう一度映画化してよ。

まあ、こっちの撤退戦は5200名だけどさ。

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amazonプライムビデオで見てね!

これも、すっごくいいですよ!!

アスぺが足りない—-映画『コンサルタント』の人間観

本日は2017年9月14日木曜日である。

昨晩、2016年に発表されたアメリカ映画『コンサルタント』The Accountant を、Amazonビデオで399円出して視聴した。

年会費3900円のプライム会員だと、比較的古くて、比較的どうでもいい映画は無料で観れるが、新作とか、問題作で受賞したとか、人気があったとかだと48時間有効レンタル料金がかかる。

映画館に行けばシニア料金1100円だけど、半年から1年待てば、48時間以内なら何度でも、高くても500円で観れるからいいか……

と思って、クリストファー・ノーラン監督の新作『ダンケルク』も観に行かない初秋だ。

どうせ『シン・ゴジラ』のような映画には会えないから、amazonビデオでいいんだ……

と、私は引きこもりがちな前期高齢者の映画大好き人間である。

ところで、The Accountantは「会計士」の意味だけれども、邦題は「コンサルタント」だ。

コンサルタントなんて、日本語的にはいかにも胡散臭いけれども、原題のaccountantは、いかにも地味で堅実だ。

その田舎町の地味な中年の会計士のクリスチャン・ウルフが、実は天才で、会計士としても無茶苦茶に有能な実業家であり、巨額の利益を福祉施設に寄付していて、下劣悪辣非道卑劣なマフィアや悪徳企業家たちを清掃する殺し屋であるという設定の映画だ。

アメリカの必殺仕事人みたいなもんかな。

会計士のウルフを演じるのが、ベン・アフレック(Ben Affleck: 1972-)だ。

この映画は、ベン・アフレックの最大の当たり役だろう。

ぴったりだ!

ベン・アフレックって、1990年代の若い頃はハンサムなだけだったけど、中年になってきて良くなった。

イランのホメイニさんの革命の時にテヘランのアメリカ大使館員をカナダに逃すCIAのエージェント役を演じた『アルゴ』あたりから、すっごくカッコ良くなってきた。

でも、The Accountantは、もっといいな。

リバータリアン風味の、共和党の男風味の、野暮ったいアメリカのオッサン風味が加わって、すっごく渋くなった。

いいわああ〜〜♬♬♬

マット・デイモン(Matt Damon: 1970-)もいいんだけど、彼はいつまでたっても「とっちゃん坊や」のリベラル民主党風味が抜けなくてさ。

と言いつつ、どっちも好きだ!!

なのに、ふたりが脚本書いて、オスカーを受賞したGood Will Huntingは見てないけど。

ひどいね。

話が逸れてる。もとに戻す。

ベンという名前は、Benjaminの略だな。

Benjaminは、ヘブライ語で「末っ子」って意味だ。

ということは、彼はユダヤ系かな。

そういえば、イスラエルにいそうな顔立ちにも見える。

調べてみたら、スコットランド系らしい。

それはさておき、この映画The Accountantは、きっとシリーズ化される!

マット・デイモンの「ジェイソン・ボーン」シリーズみたいに。

密かにベン・アフレックのファンであり、彼を見守ってきたつもりの私としては非常に非常に嬉しい!!

このThe Accountantは、単なるアメリカ版必殺仕事人じゃない。

この映画は、アメリカのアクション映画において、初めて自閉症のアスペルガー症候群の人間を英雄として描いた。

陸軍軍人の長男としてクリスチャン・ウルフは生まれた。

母は、長男を施設に入れて見守りたい。

しかし、軍人の父は、長男を特別扱いせずに、徹底的に鍛える。次男とともに、過酷な訓練を課す。

クリスチャン(以後クリス)が、自閉症であることで虐められると、虐めた悪童どもを自力で制裁できるまで、 父は容赦しない。

理不尽に苛められたら、絶対に復讐するんである。

父は、長男が「かわいそうな障害者」「誰かに守ってもらわなければならない障害者」であることを絶対に許さなかった。

軍人の父は息子が「犠牲者」になることを絶対に認めなかった。

しかし、その父のやり方に母は抵抗して、母は息子たちを置いて家を出てしまう。

離婚して息子たちを妻が引き取ることを、夫は断固拒否したから、しかたなかった。

母がいなくなったことは、クリスにとって非常なトラウマとなったが、それを乗り越えるしかなかった。

おかげで、アスペルガー症候群のクリスは、父の鍛錬のすえに、非常に優秀な天才的に頭脳明晰でタフな軍人となった。

しかし、再婚した母の葬式に陸軍大佐の父とともに参列したクリスは、哀しみのために抑制が効かず、動揺して怖がった保安官に撃たれるが、その銃弾を受け止めたのは、クリスの父親だった。

クリスの父は、彼なりにクリスを愛していたのだ。

息子を過酷に鍛えたが、障害者といえども人間は弱くてはダメなんだ、強くなるしかない、それは日々の鍛錬で可能になるという父の信念のおかげで、クリスは有能な社会人になれたのだ。

しかし、この事件のためにクリスは刑務所に入る。

そこで、マフィアや悪徳企業の資金をロンダリングして入獄している老会計士と出会う。

さて、それから……

と、ネタバレはここまでにしておく。

このThe Accountantという映画は非常に面白いんで、お見逃しなく!

まあ、この映画に関する否定的評価はいっぱいいある。

アメリカでは駄作映画に提供されるThe Rotten Tomatoe Awardを受けてしかるべき映画だと評された。

「腐ったトマト賞」だ。

スクリーンに腐ったトマトを投げつけられてもしかたない映画ってことだ。

リベラル的にいえば、アスペルガー症候群の人々に、「障害者だからって甘ったれるんじゃねーよ」と言っている映画ということで、差別的な映画だ。

アスペルガー症候群とか自閉症に対する誤解や無理解を増長させかねない映画だ。

もしくは、逆差別的に、アスペルガー症候群と診断されるくらいの天才的な記憶力や頭脳明晰さがない人間なんて、類人猿みたいなもんだぞと言いかねない映画だ。

アメリカ映画におけるヒーローも、ここまで来たか。

これぐらいにスペックが高くないと、アメリカではもう主人公としては認められないのかという感じだ。

主人公のクリスは、毎晩ある訓練をする。

肌触りに過敏で、大きな物音や強い光に激しく反応して不安にかられて騒ぐアスペルガー症候群の症状を軽減するべく、足を棒で強く摩擦し、時には棒で足を叩き、時間が来ると大きな音を立てるようタイマーを設定し、光を調節しておく。

苦手なことを克服するために、苦手なことを自分に課す逆療法だ。

私には、生まれて初めて露出狂の痴漢に遭遇した時の、その痴漢の顔を度々思い出して記憶に刻みつけ、今度会ったら、あいつ絶対に刺してやる!とナイフをいつもバッグに入れていた時期があった。18歳の時から数年間が、そうだった。

あれは痴漢への恐怖を超える私なりの逆療法だった。

ある種のアメリカ人は、特に共和党系、リバータリアン系アメリカ人は、犠牲者としての自分を絶対に受容しない。

銃規制など、するはずない。

殺されるならば殺すほうを選ぶ。

当然である。

アスペルガーだろうが、身体障害者だろうが、他人に馬鹿にされ足蹴にされ憐れまれるくらいなら、憎まれ恐れられるくらいに強くなれ!!

運命なんてない! 自分で自分の人生を構築せい!

というメッセージを、この映画The Accountantは発している。

いかにもアメリカらしい近代主義全開の映画だ。

進歩主義のスーパーマン志向の映画だ。

まあ、「21世紀のカルヴィニストになりつつある」なんて書きつつも、そういうアメリカ人の精神の在りようが嫌いじゃないんだよね、私はさ、やっぱり。

そうそう簡単には、近代主義の妄想の輝きからは解放されないんよね。

ところで、私がいた日本の大学の世界には、こういう言葉がある。

「アスペが足りない」

意味わかりますか?

アスペルガー症候群というのは、尋常ならざる記憶力とか、尋常ならざる集中力とか、尋常ならざる探究心とか、優れた研究者に必要な資質が無駄にあるんで、大学教員には比較的多い。

ただし、非常識で幼稚で社会性がなく、コミュニケイション能力がない。

他人への想像力がない。

だから、大学行政に関わる業務ができないので、講義も独りよがりで、一方的で、その意味では世間知らずの無能である。

しかし、研究者の世界は、学問業績が全てである。

人格とか社会性は二の次だ。

常識的で社会性に富み、世間的にはまともであるが、学問業績がない大学教員は馬鹿にするのが大学という世界である。

その馬鹿にするときの言い方が、「彼(彼女)は、アスペが足りない」なのだ。

実際のところは、ほとんどの大学教員はアスペが足りない。

そこまでの学問業績を出せる研究者は少ない。

またアスペが足りているようでも、ただのオタクであり、学問業績など実質的にはないような研究者もいる。

明らかにアスペルガー症候群で、読んだ本はすべて暗記できるが、だから何?みたいな人々もいる。

さらにひどいのは、アスペも足りないし、他の能力もないというケースだ。

ほんとは、このタイプが1番多い。

実際には、何もない非常に凡庸な人間が多数派であるのは、どこの社会でも同じだ。

もちろん、私も、その他大勢の凡庸な多数派のひとりであった。

「アスペが足りない」のは、かつての私の劣等感のひとつであった。

しかし、アスペルガー症候群的に頭脳明晰なスーパーマンは、映画の世界だからカッコいいのだ。

ベン・アフレックが演じるので、クリスチャン・ウルフはカッコいいのだ。

アスペルガー症候群の無敵のヒーローは、真夜中のiPadによる映画鑑賞の孤独な快楽の時間を疾走する妄想だ。

アスペの足りない類人猿的人間のままに平凡でも十分に幸せで楽しいよんと、今の私は思っている。

クレヨンしんちゃんに教えられる

本日は2017年8月28日月曜日である。

今は香港のローカルタイムで午後9時半だ。

午前1時発イスラエルのテレアビブ空港までの便に乗るまで暇だ。

本を読む気もしないので、Blogを書く。

香港国際空港って広いね。

脚の不具合さえなければ隅々まで歩いて見物するのに。

中部セントレア空港も香港国際空港も、空港に人はいっぱい。

支那人って元気いいな。

よく食ってるわ〜〜〜

傍若無人だわ〜〜〜

中華人民共和国という国家が分裂しても、支那人は永遠に元気だわ〜〜〜

それはさておき、今日は、「クレヨンしんちゃん」のアニメ映画版って、すごいねということを書く。

TV放送版は見たことないので判断がつかない。

私の年齢で「クレヨンしんちゃん」観てるはずはないんでさ。

観てたら、頭おかしいよ。

でも、たまたまどーいう理由でだか忘れてしまったけれども、「クレヨンしんちゃん」の映画版ををamazonビデオで視聴して感心した。

最初に見たのは1999年の作品で、懐かしの「丹波哲郎」が出ていた。

びっくりした!!

64歳の人間の鑑賞に耐えるんだもの!!

それから、何本か1990年代のものから最近のものまで視聴してみた。

良くできてる!!

面白い!!

子ども向きとは思えないほどに、凝ってる!!

もう、「春日部防衛隊ファイヤー!!」と64歳で連呼する日々。

もう、野原しんのすけ一家は、気分的には私の親戚だ。

しんちゃんは立派だ!

友だちを大事にし、家族を大事にして、自分自身も好き勝手に生きてる!!

人生の達人だ!!

特に特に感心したのが、2016年発表の「クレヨンしんちゃん 爆睡! ユメミワールド大突撃」だ。

しんちゃんが住む街の住民たちが同じ悪夢を観るようになってしまった。

変な大きな魚が夢の中に出現して飲み込まれそうになるという怖い夢だ。

どのトイレのドアを開けても、トイレが汚くて用を足せないという夢の方が怖いと思うけどねえ。

ネタバレを書いてしまうけれども、要するに、幼い娘が毎晩の悪夢で眠れないので、父親の科学者が、住民の楽しい夢のエネルギーを吸って、そのエネルギーを娘に与えて娘を守っている。

住民の楽しい幸福な夢のエネルギーを吸い込んでしまうので、住民には悪夢しか残らない。

住民から夢のエネルギーを吸い尽くすと、その父と娘は引っ越して、別の街の住民たちの夢のエネルギーを奪う。

そうやって父娘はさすらっている、という設定だ。

それに気がついたクレヨンしんちゃんたち「春日部防衛隊」の幼稚園児たちは、楽しい幸福な夢を奪還するべく戦うという物語だ。

他人の夢のエネルギーに寄生しなくてはならない父娘を救うべく奮戦するのは、「春日部防衛隊」だけではない。

しんちゃんの両親も、子どもの心に帰り夢見るエネルギーを増大させて頑張るのだ。

しんちゃんの妹の赤ちゃんの「ひまわり」ちゃんも、飼い犬(ペットじゃないよ、あくまでも飼い犬)のシロも頑張る。

いやあ〜〜〜感動。

簡単に言えば、この「クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミワールド 大突撃」は、 夢見る心に関する寓話だ。

「夢見る心を忘れると、人生は殺伐とした暗い虚しいものになりますよ、夢見るのなんて無料 なんだから、いい夢を見なさいよ、いいヴィジョンを持ちなさいよ」と教えてくれる寓話だ。

いやあ、64歳ともなると、夢なんかないじゃないの。

幻想なんか壊れて久しいし。

胸が踊るなんてことはないんよ。

なんもトキメカないんよ。

食えば太るし、眠ってもすぐに目が醒めるし、何を着ても似合わんし、何を読んでも、「これは真実ではなく、多くの解釈のひとつでしかない……」とか疑うし。

空港に来ても、飛行機に乗っても、異国の空港を行き来する各国の人々を眺めても、だから何?だ。

何をわざわざ、私はイスラエルに行くんだ?

そりゃ、すごいことなんよ。

日本の無職のババアが香港国際空港でiPad使ってBlog記事を書いてるなんてさ。

この1文でサラッと書いていることを可能にするには、どんだけのインフラが整備されていることか。

どんだけの多くの人々の長年の努力の蓄積があったことか。

すごいことだよね。

平凡な64歳の日本人の女が、香港の空港の椅子に座って、フリーWiFiを使って、iPadにダウンロードしたBlogアプリに入力して、アップしようとしているなんて。

なに、これ!?!?

江戸時代の人間なら想像もつかないようなBrave the New Worldだぞ!!

今や世界は、すでに第三次世界大戦が始まっているとか、9月にアメリカが北朝鮮を攻撃する(副島隆彦氏の来年の4月だろう説もある)とか、欧州は荒廃しつつあるとか、いろいろ各地で不穏なのに、この空港では、そんなこと知らんわとばかりに、人々は移動している。

東へ西へ。

このことだけでも、すごい奇跡だ。

その奇跡の真ん中に私はいる。

なのに、いまひとつ感動していない私。

現実的に生きなきゃと思うあまりに、長年の間に夢見る心を忘れた私。

未来を思うエネルギーをなくしている私。

未来に参加しようと思うエネルギーをなくしている私。

5年後、10年後の自分自身を考えるエネルギーをなくしている私。

あのねえ、ババアにだって未来はあるのだよ。

死ぬまで、良き未来を夢見て生きることが生きる糧になるのだよ。

過去なんて思い返しても退屈なんだよ。

起きてしまったことは退屈だよ。

やっぱ、何が起きるかわからないから面白いのだから。

そして、何が起きるかわからないような未来を迎え撃つエネルギーこそ、ヴィジョンを持っているからこそ生まれる。

こういう人生を生きるんだ! というヴィジョンを持っているからこそ、闘える。

そーいう大事なことを、「クレヨンしんちゃん」に教えられた私。

今何時だ?

搭乗時間まで、あと1時間半か。

どんなに馬鹿馬鹿しくても、アホでも、夢見る心を忘れると、人間は萎縮を始める。

細胞がひからび始める。

搭乗時間まで、妄想にふけろう。むふふ。

以下に、特に私が感心した「クレヨンしんちゃん」映画版を紹介しておきます。ご覧になっていない方々は、騙されたと思って、ご覧ください。

もう、この「戦国大合戦」なんて泣いちゃった。

「クレヨンしんちゃん」制作陣のみなさま、ありがとうございます!!

永遠の幼稚園児、男の中の男の「しんちゃん」アニメを、これからも作り続けて楽しませ教えてください!!

「ゴジラ展」に行った

本日は、2017年7月21日金曜日である。

暑い。

暑いけど、午後遅くに「ゴジラ展」に行った。

名古屋博物館で、7月15日から9月3日ぐらいまで開催されているんである。

一般の入場料は1300円である。

前に、名古屋博物館で「マリー・アントワネット展」というのが開催されていたが、あれはshitであった。

shitの10乗であった。

せいぜい入場料300円がふさわしいものであった。

今回の「ゴジラ展」は、一応は1100円出す値うちはあった。

あと200円分惜しい!

まず、入り口から。

おおおお〜〜〜高まる期待。


入り口の横に、大昔の名古屋市の街角のミニチュアがあった。

こんなにヘボくなかったぞ、いくらなんでも。


このミニチュアの奥に立つと、街をぶっ壊すゴジラになれます。

黄色いゴジラもいます。


日本の街にもランクがある。

ちゃんと、ゴジラ様が襲来してぶっ壊してくれる街はいいんである。

東京は、何度もゴジラに破壊された。

さすがは、東京である。世界のTokyoである。

名古屋にだって来たことあるよ。

1964年昭和39年にゴジラ様は、名古屋に来てくださった。

三重県四日市市のコンビナート破壊のついでに、名古屋にもお立ち寄りになった。

でもって、モスラ様と死闘を繰り返した。

あのインファント島のザ・ピーナッツが「モスラや!モスラ〜〜〜〜♬♬」と歌ったのであった。

彼女たちは、声を合わせて「卵を返してください!」と言ったのであった。

遠い目。

ん? 違ったっけ?


ゴジラ様は、名古屋のテレビ塔もぶっ壊してくださった。

私は、子ども心に非常にワクワクした。

私が小学校4年生か5年生の時である。


展示物は、映画のコンセプトとなるデザイン画とか絵コンテみたいなもの。

あと、映画ポスターいっぱい。

ゴジラと戦う自衛隊の武器のミニチュアもあった。

残念ながら、ほとんどの展示物は撮影禁止である。

が、少数ではあるが、撮影可の展示物もある。


いつのゴジラかなあ?


これは、我らのシン・ゴジラ。

ただし、第3形態品川君だね。

シン・ゴジラ第4形態鎌倉君は、もっとカッコよかった。


これは、東京駅丸の内で、ゴジラ第4形態に破壊されたやつのミニチュア。

あの健気にもゴジラに特攻攻撃をする在来線無人爆弾列車のミニチュアは、なかった。

嬉しいのは、「特撮体験できますコーナー」である。

あらぬ方向を見てポーズをとると、ゴジラと戦っているように見える。

まったく、関係ない方向を指差すと、モニターには、ゴジラを指差している私が映る。

楽しい。

背景に写っているのは、名古屋城である。

「モスラ対ゴジラ」において、名古屋城はズタズタにぶっ壊された。

楽しい。

ショップも楽しい。

「ゴジラトランクス」まで売っていた。

誰が買うんだ、そんなもん……

と思ったが、福山市立大学で私のゼミ生だった男性は広島の「ゴジラ展」で購入したそうである。

彼女の趣味かねえ。


私が購入したのは、「ゴジラあられ」である。

2つで、1500円くらいだったかな。

高い。

「食用竹炭」入りである。

ゴジラ色を表現するために黒い竹炭含有である。

国産もち米100%使用。

渡邊明先生によると、竹炭入り食品は、排泄物の臭いを軽減するそうである。

ならば、介護で排泄物のお世話をする介護者の方々のことを考えて、被介護者の食するものは、すべて竹炭を入れればいいのではないかと考えた人もいたそうである。

しかし、竹炭を入れると何でもかんでも黒くなる。

卵焼きも真っ黒。

トマトスープも真っ黒。

茶碗蒸しも真っ黒。

お豆腐も真っ黒。

バニラアイスクリームも真っ黒。

真っ黒の食べ物では、あまりに味気ない。

ということで、実用化にいたっていないそうである。

何の話か。

このあられ、もったいなくて、まだ食していない。

たとえ不味くとも、私のゴジラ愛が減ることはないが。

三重県は津市にある「野田あられ」より、美味いはずはないな。

あそこの「ごぼうあられ」と「黒胡椒あられ」と「エビサラダあられ」は最高だ。

金曜日の午後であるが、会場は老若男女賑わっていた。

週末は人出が凄いかもしれない。

みんなに愛されるゴジラ。

戦後日本最大のアイドル。

なんと、外国人来訪者もいた。

最近の名古屋も、街を歩いていると、中国語や韓国語が聞こえるのは珍しくないが、言葉が中国語でも韓国語でもなかったなあ。

平和な日本の夏の昼下がりであった。

が、どこか、「嵐の前の静けさ」を感じさせる夏の昼下がりであった。

熱され燻された空気に、不穏さを感じる夏の昼下がりであった。

なんか、この感じ2001年の8月の終わりにバンクーバーで感じた不穏さに似ている。

あれから数週間後の9月11日に、ニューヨークのワールド・トレイド・センターが崩落した。

あれから世界が変わった。

未来を恐れてもしかたない。

今の幸福に感謝しよう。

SF映画『メッセージ』は既成概念を静かに破壊する

本日は2017年5月30日火曜日である。

26日土曜日のお昼過ぎに尾道&福山から名古屋に帰ってきた。

土曜日の夜は、くたびれてスッキリしなかった。

だから、レイトショーで映画を観に行った。

『メッセージ』というSF映画だ。原題はArrivalだ。

非常に非常に非常に良かった!!

地味ではあるが、これも傑作だ!

静かにではあるが、脳が無茶苦茶に刺激された。

認識が広がる高揚を感じた。

アメリカでアカデミー賞にノミネートされたが、音響賞だけもらったそーだ。

いやあ、この映画がアカデミー賞を受賞できるほど、人類はまだそこまで賢くないわ。

よく、こんな映画を作れたなあ!と感心した。

原作も読んでみた。

「あなたの人生の物語」Story of Your Lifeだ。

中国系アメリカ人のテッド・チャン(Ted Chiang: 1967-) が書いた。

彼の短編集『あなたの人生の物語』(Stories of Your Life and Others)に含まれた同じタイトルの短編小説が原作である。

ほかの短編も面白いよ。

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原作を読んで、またビックリ!

この短い小説から、あれだけの映画作品をよく作ったものだ!!

凄い。凄い。すさまじい想像力だ。

映画と原作は、かなり違います。

コンセプトは同じですが。

映画は、一応は娯楽作品にしないと稼げないしね。

わかりやすくしないといけないしね。

あの原作を、あれだけ理解しやすく、しかも視覚的に表現した映画『メッセージ』は、哲学的思考とエンターテインメントの融合の成功例だ。

この映画は、フラッシュバックという技法をフラッシュフォーワードという技法にもした……

むふふふ……

ここで勘のいい人は、わかっちゃうな。

あらすじは書きません。

まあ、簡単に言えば……

未知の物体が地球上に出現して、その物体には生物が乗っていて、その生物とコミュニケーションをとるために人類が試行錯誤して、やっと意思の疎通ができるようになって、彼ら(か、彼女か知らんが)が地球に来た目的を知るという話だ。

今までのSF映画ってさ、最初から宇宙人が地球語を話したでしょ。

もしくは、テレパシーで語りかけてくるとかさ。

そういう設定はデタラメだよね。

地球人中心主義よ。

御都合主義ね。

あくまでも、地球人の認識の枠内で物語が展開する。

映画『メッセージ』においては、その地球外生物の言語体系は、人類のそれとは全く違う。

たとえば、人類の言語には、言葉の配列に規則性がある。

これが文法だ。

時制がある言語もあれば、時制のない中国語のような言語もある。

そんな中国語でも、過去を示す言葉や未来を示す言葉がある。

何かを記述するときに、人類のどの言語も時間の進行どおりに説明する。

時系列に記述する。

因果関係を示して記述する。

リニアに説明する。

ところが、映画『メッセージ』に登場する地球外生物「ペトラポッド」(7つの脚という意味)の表意言語には、ほんとうに時制がない。

ほんとうに時制がないというより、時間意識がない。

過去も未来も現在もない。

同時に進行しているのだ、過去も現在も未来も。

発声言語もあるが、主として「ペトラポッド」の言語は表意言語である。

形の違いで意味の違いを示す。

漢字みたいなもんね。

ただし、文字というより、書道の墨の染みみたいな形の組み合わせで表現する。

この黒い染みの形の差異で、意味が変わる。

原作において、上のような「ペトラポッド語」が表現されているわけではない。

このような図象を考案したのは、映画制作陣である。

すごいわ〜〜〜

中国のカリグラフィ(書道)からヒントを得たそーだ。

ともかく、主人公のほとんどの人類の言語を理解できる言語学者の女性は、ペトラポッド語を解明し、ペトラポッド人たちと意志の伝達に成功する。

で、彼ら(雌雄の概念も地球にしかないのかも)が地球に来た目的を知る。

そんなことはわからない諸外国の中には、ペトラポッドに軍事攻撃をしかけようとする大国もあった……

ヒロインは、どうやって、その大国の司令官にペトラポッド総攻撃を中止させるのか?

ここらあたりが、映画のクライマックスである。

ここは書かないぞ〜〜♬♬

映画を観に行ってちょんまげ。

その方法は、ヒロインがペトラポッド語を理解し、その認識法を受容できたからこそ、実行できた。

ヒロインは、人類の既成の認識法とは別の認識力を得た。

それは、物事を全体に丸ごとに見ること。

悲劇も喜劇も同じだ。

そのまま受容すること。

未来に起きることを知っていながら、現在を生きること。

過去は完結した安定的なものではない。

現在によって解釈が変わるもの。

だから未来も変わる。

過去も未来も現在によって変わる。

ペトラポッドたちは、自分たちの未来を知っていた。

自分たちが滅びることを知っていた。

しかし、地球の人類の手を借りれば、自分たちが生き延びる可能性もあるとも知っていた。

だから、その3000年先のために、地球人に自分たちの言語を教えに地球に来た。

3000年後に、地球人とペトラポッド人が意志の疎通ができるように。

それが完了したとき、ペトラポッド人たちの乗り物は消える。

次元の彼方に消える。

後日に、ヒロインは、ペトラポッド語の解明により、「宇宙共通の言語」Universal Languageを作る偉業を成し遂げる。

ネタバレしちゃって、すみません。

こういう展開は映画版だけです。

原作は、もっと静かに展開する。

この作者は、日系英国人作家のカズオ・イシグロに影響を受けているかもしれないなあ……

それはさておき……

この映画の、原作の要点は、そーいうことではない。

地球人と地球外生物の異文化コミュニケーションなんかがテーマじゃない。

認識法にはいろいろあるってことだから。

時間は、フィクションってことだから。

時間は、地球人に支配的な認識法が生み出した錯覚だから。

すべては、今ここにあるんだから。

よく失敗した人生などないと言われる。

すべてに意味と恩寵があるという説がある。

反対に、どんな人生も死に向かうのだから負け戦だという説もある。

どっちでもいいんじゃないの。

どっちみち、私たちが持てるのは、今というこの瞬間しかないのだから。

すぐに消えていく この今しか。

今が幸せならば、過去が肯定され、未来が祝福される。

予言された時点で、予言内容は実現しないという説がある。

人々の意識が 予言内容に干渉して、変わってしまうそーだ。

そうか。

今のあなたの意識が世界を変えるわけだ。

世界の未来を変え、歴史を書き換えるわけだ。

 『シン・ゴジラ』の戦車隊と閣僚たちへの疑問今頃

本日は、2017年2月12日日曜日だ。

終わった〜〜とのんびりしている場合ではない。

なのに、くたびれきって学期末試験答案の採点も放置だ。

アイン・ランドの『水源』を読んで「もう小説は読まんでいいわ。これは私の最終小説」と思ったように、『シン・ゴジラ』を観てから、私から映画鑑賞の悦びは奪われた。

『シン・ゴジラ』を8回観た私からすれば、もうあとの映画はどーでもいいのだよ。

が、昨日にamazonビデオでレンタル料390円ぐらい払って観たドイツ映画の『帰ってきたヒトラー』は、面白かったです。

原作も面白かったよ。

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ドイツって、メルケルさんの「難民100万人受け入れます〜〜」発言に見るように、非現実的な理想主義が跋扈しやすい国柄だ。

そのドイツが、ヒトラーがワープして現代ドイツに出現し、イスラム教徒やアフリカ人を嫌がる国民の声を拾ってテレビで大人気を博したり、動物愛護精神なんか蹴っ飛ばす映画を作ったとは。

おもろい。

さすがの優等生いい子ぶりっ子ドイツ人も我慢できなくなってきたか……

ドイツ人庶民も理想主義や人権思想に疲れているんね……

難民や移民が国内に入ってき嬉しいのは、難民や移民を低賃金で使いたい経営者だけだもんなあ。

メルケルさんのようなエリートは日常の生活の中で移民や難民とつきあわないけれども、庶民はね異文化と付き合わなければいけないから、難儀よ。

異文化コミュニケーションなんて、口で言うのは簡単だけど、うざいもんだ。

ところで、本日は、ずっと気にはなってたけれども、ここに書かなかった『シン・ゴジラ』に関する疑問2点について書く。

なんで今まで書かなかったかといえば、まあ瑣末といえば瑣末なことだったからだ。

でも、考えてみると瑣末じゃないぞ……と思うようになった。

ということで。

まず疑問の1

「タバ作戦」で、自衛隊がゴジラを迎え撃つシーンがあるでしょう。

鎌倉に上陸したゴジラは川崎を抜け、武蔵小杉を抜け、東京都に侵入寸前。

それを阻止せんと、陸上自衛隊の戦車部隊が多摩川河川敷に陣を張った。

そこで私は不思議に思った。

住宅や商業用ビルがいっぱい建っている地域の中を、あの戦車隊はどうやって、自衛隊の基地からこの河川敷にたどり着けたのか?

あのタイガーなる戦車は相当にでっかいのではないか?

私は陸上自衛隊の総合火力演習つーものを、富士の御殿場まで見に行ったことがある。

今の戦車というものは、非常にでっかい。

あの戦車が自由自在に移動できるような幅の広い道路があるのか?

自衛隊の基地から戦車隊が移動できるように、日本の道路は橋は作られているのか?

国道ならば大丈夫なのか?

ちょっと狭い道に入ったら、戦車に備え付けの砲台に火焔砲は道路脇の建物をなぎ倒してしまうのではないか?

ひょっとしたら、あの戦車隊は、巨大な軍用機で数台ずつ、あの河川敷に運ばれたのか?

と、ずうううーーーと心の隅っこで気にしていたら!

この元アメリカ陸軍大尉で、今は危機管理コンサルタントの飯柴智亮氏の『金の切れ目で日本から本当に米軍はいなくなる」(講談社)を、去年の秋に読んでたら!

「日本の自衛隊に戦車隊は無用。専守防衛の日本は、外国の領土に侵入しないので、戦闘があるのは、日本の国土の中になる。外国やテロリストの軍隊が日本国土に侵入したときのみとなる。でも、日本の国土は戦車が自由自在に動けるような広さがない。戦車隊持ってても無駄。売っちゃえ」

というような事が書いてあったとよ!

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やっぱり〜〜!!!

自衛隊の戦車隊は狭い日本の国土では移動すらできないんだ!!

人家をぶっ潰さないと移動できんよ、あんなでっかいものは。

消防車よりでっかいよ。

やっぱり〜〜!!!

ならば、『シン・ゴジラ』の「タバ作戦」のタイガー戦車隊は、どうやって多摩川の河川敷に並ぶことができたんじゃ。

私の疑問は尽きないの。

もうひとつの疑問について。

『シン・ゴジラ』で、閣僚たちが乗り込んだヘリコプターがゴジラの吐き出した火焔に焼かれて爆発したでしょ。

主たる閣僚が全員死亡したでしょ。

あのときも不思議だったんよね。

なんで、閣僚がほぼ全員で同じヘリコプター乗るんだ?

全員が乗るヘリコプターが墜落したら、国家の機能が停止するでしょ。

ふつうは、安全保障上は、バラバラで避難するでしょ。

アメリカで、大統領と副大統領(上院議長でもある)と下院議長と国務長官と防衛長官と、あともろもろのcabinet membersが、同じ飛行機で移動するって、ありえない んじゃないか。

先日も、安倍首相と稲田防衛大臣が、同じ専用機に同乗してたのは変だと、畏友で元同僚の国際安全保障学者の松村昌廣氏がfacebookに書いてた。

首相と防衛大臣が同時に死亡という状況に備えて、要職にある公人はバラバラで移動するのが国際政治の常識らしいよ。

やっぱり〜〜〜!!!

一般人でも、お子さんのいる(用心深い)ご夫婦は飛行機に同乗しないと聞いたことある。

事故があったら、子どもは両親を亡くし孤児になる。

そのリスクを考えて、夫と妻は敢えて別の飛行機に乗る。

わかるわ〜〜〜

これぞ危機管理。

で、私は思った。

ありがたいことに平和が72年も続いてきたので、やっぱり日本人は呆けてる んだ。

非常に想像力がある映画作家でも、戦車隊が移動できるスペースが日本にあるかどうかまで考えることはできなかった(わかっていても目をつぶったのかも)。

政治家の家で生まれて育った首相でも、のん気に防衛大臣と同じ飛行機に乗る。

のん気過ぎるわ。

平和が続いたという最高の恩寵は、恩寵だけでは終わらない。

戦争の代償もあるが、平和の代償もある。

頭が悪くなるという代償が。

 

(追記)

首相はじめ閣僚が同じヘリコプターに乗ったのは、Facebook友だちの岡山在住の女性によると、「日本の閣僚は誰でも勤まる。首相の代わりは誰でもできる」という意味が込められているんだそーです。なるほど……

これもFacebook友だちの方からの情報ですが、日本の幹線道路は戦車対応だそーです。つまり、戦車隊を基地から動かすために、他の車両は通行止めにしたんでしょうね〜〜〜

 

『ゴジラ』の起源は田河水泡『のらくろ』だった!?

本日は、2016年12月12日月曜日だった。

本日はくたびれはてて、ついでに歯痛と眩暈でへばっていた。

歯が痛いつーのは、何ともならんなああ……

昨日は 名古屋で大学院時代の指導教授だったアメリカ人神父、御歳78歳の恩師を囲む会に出席するために、ほんとに久しぶりに母校の南山大学(Catholic University of Nagoya)に出かけた。

南山大学は、ドイツのカトリック修道会の神言会設立である。アジア侵略の尖兵だったイエズス会とは関係ない。

南山大学の同窓会事務局は、名誉教授対象に年に1度か2度ほど、「ダレソレ先生を囲む会」を開催している。

同窓会事務局によると、大学の会報で会についてアナウンスしても、ほんの少数しか卒業生が集まらない名誉教授もいる。

しかし、私の恩師のドイツ系アメリカ人神父を囲む会は、最多数の45名ほどの卒業生が東京や九州から集まった。

まあ、この神父さんは、お若い頃はハリウッド映画俳優顔負けの美男子だった。ほんと。

ついでに神父らしく実に温厚な方だ。ゆえに女子学生の 人気は高かった。

「囲む会」の出席者も、見事にほとんどオバハンばかりであった。

私のようなオバアサンも数名はいたな。

この神父さんのアメリカ文学のゼミに延べ8年間(修士3年&博士4年&研究生1年)ずっと出席していたおかげで、私はなんとか英語を聴くことや話すことに慣れた。外国語は話すよりも聴き取りが1番苦労する。

この神父さんは、アメリカ南部なまりの彼のゼミでの聴き取りや議論ができずに悩んでいる大学院の後輩に対して、「あのフジモリでさえ、最初はまるっきり英語はダメだったから、あんたも大丈夫。心配ない」と励ましていたそーだ。

で、あの、えらそーに大きな声で酷い英語をしゃべり散らかして恥知らずのフジモリでも、そんなもんだったのかと、後輩たちは大いに安堵したそーである。

昔から、私はろくでもないサンプルであった。


(やっぱ若作りしても、私は63歳だよなあ……神父さんは、相変わらず格好にこだわらない方である)

それはさておき、南山大学は私の名古屋の住居と徒歩15分か20分しか離れていない。そんなにご近所でも、行かないもんだ。

南山大学のキャンパスは、フランク・ロイド・ライトの弟子だったアントン・レイモンド設計なんで、美しい。レイモンド亡き後は、レイモンドの日本人弟子の事務所が設計建築にずっと関与している。

「ハウステンボスか桃山学院大学か」というほど、私の前の勤務先の桃山学院大学のキャンパスも美しい。しかし、南山大学のキャンパスは格別だ。ほんとよん。


(今は就職支援センターらしいけど、昔は大学院生研究棟だった。若き日の私の棲息場だった)

ところで、昨日、私は「大発見」をした!

年度中に退職してイラクに行った同僚から引き継いだ4年生男子学生3名のうちのひとりの卒業論文のテーマが「太平洋戦時下の『少年倶楽部』に表出された男性性」である。

最初から私のゼミ生であれば、こんなややこしいテーマは私は許さない。文献調べて整理したら書けるような類のテーマの方が楽に決まってるから。

だいたい、このテーマならば、太平洋戦時下の『少年倶楽部』だけ調べてもしかたない。

太平洋戦争前と戦後の記事も調べないと困る。比較検証できない。

『少年倶楽部』は1915年くらいに創刊されて、1946年に廃刊された雑誌だ。執筆陣が豪華だ。大正時代には、当時の文学博士とか法学士とか医学博士に理学博士に司法大臣に陸軍大将や陸軍大尉や海軍大尉が寄稿している。

一時期は旧制中学受験雑誌化したが、基本的には立身出世志向のエリートの卵養成少年雑誌だ。 

もしくは、そういうエリートの卵に憧れる少年の雑誌かな。

出版社は、「大日本雄弁会講談社」だ。今の講談社の前身。

佐藤紅緑や佐々木邦やサトーイチローが寄稿するようになったのは、昭和に入ってからだ。

ところが、当該学生は太平洋戦争時期の『少年倶楽部』の記事しか調べていなかった。

アホか、どーするねん。

もうこの時期に及んでは、東京の国立図書館に行って『少年倶楽部』の当時の現物を調べてコピー取ってる時間はない。

どーするねん。

と、私は、ついFacebook で愚痴った。

そしたら、畏友の国際安全保障研究者の松村昌廣氏が、「のらくろ」を読めばいいんじゃないかと提案してくれた。

「のらくろ」とは、1931年から41年まで、この雑誌に連載されていた田河水泡の漫画『のらくろ』のことだ。

孤児の野良犬が陸軍の「猛犬連隊」に入所して、ブルドッグ連隊長に可愛がられて、刻苦勉励し手柄をたて、二等兵から上等兵へ、軍曹から曹長になり、士官学校に入学させてもらって、最終試験に合格し、憧れの将官となり、小隊長 となり、ついには大尉に出世する物語だ。

この漫画は、勝ち戦であった日中戦争時代で終わっている。だから明るい。

この漫画と太平洋戦時下の記事とを比較すれば、なんとかなる。

ゼミ生の卒論は形がつく。

さいわいに復刻版全10巻は古書店で入手できる。8000円から1万円くらいで売ってる。

戦前に箱入りで単行本化されたものが、1970年代に復刻されて結構売れた。

当時は、戦前の『少年倶楽部』を読んで育った人々が、まだ大量に生き残っていたから。

ということで、急遽、私も『のらくろ』全10巻を古書店から取り寄せて読んでみた。

で、大発見!!

すごい発見だ!!

『のらくろ』全集の第5巻『のらくろ小隊長』に「古代の恐竜の生き残り」と戦うというエピソードがあった!

えええええええ?

漫画に描かれた恐竜は、まさしく私が愛するゴジラではないか! 

ゴジラだよおおおおおおおおおお〜〜〜!!

映画『ゴジラ』を監督した円谷英二氏は1901年生まれ。

のらくろ小隊長が恐竜の生き残りの怪獣と戦う漫画が掲載されたのは1935年くらい。昭和10年くらいだ。

円谷英二氏がゴジラを構想したのは、アメリカ映画の『キングコング』を見たからだというのが定説である。

1935年当時34歳の円谷英二氏が『少年倶楽部』の愛読者だったとは思えない。

それでも、1935年に人形アニメ作品『かぐや姫』を発表した新進気鋭の映画人であった円谷英二氏は、同年に瀬野光世氏によって製作されたアニメ『のらくろ二等兵』や『のらくろ一等兵』を見ていたに違いない。見なかったはずはない。

その後に単行本化された『のらくろ小隊長』を読んでいた可能性は大いにある。

戦後の円谷英二氏のゴジラ製作には、『のらくろ』がヒントを与えたのは確実だと思う。

私が知る限り、このことに言及した情報はないけれども、間違いない!

ということで、思いがけずに、私の永遠のアイドルのゴジラの起源に遭遇した12月の夜だった。

しかし……

ほんとに卒論指導はくたびれる。

ゼミ生の卒論製作の伴走は、7人もいるとくたびれる。

それでも、提出日の12月22日まで駆け抜けよう。

歯の痛みなんかに構ってはいられない。

『この世界の片隅に』に描かれる「気立ての良い人々」の気高さ

本日は2016年11月30日水曜日だ。

推薦入試の合否判定の臨時教授会が早く終わったので、3学期末試験の採点をするのもなんかなあ……と思い、福山駅前の「福山シネマモード」に行ってしまった。

午後3時5分から、確か『この世界の片隅に』が上映されるはずだと思い出してしまったから。

監督は片渕須直さん。原作は、こうの史代さんの漫画。音楽はコトリンゴ。

この映画は、すでに非常な評判作だ。

なんと、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』を超える作品だという説もネットで見かけた。

ええ?そうなん?

で、やっと見た。

確かに『君の名は。』を超えてる。

はるかに超えてる。

しかし、『この世界の片隅に』を『シン・ゴジラ』と比較するのは、冒涜的な気がする。

どちらに対しても比較するのは失礼である。

世界観が違いすぎる。

正反対だ。

カトリックとプロテスタントぐらいに違う。

いや、カトリックと無神論ぐらいに違う。

舞台は、戦前戦時敗戦直後の呉市と広島市。

主人公は、広島市内の海苔作りが家業の平凡な家の長女のすず。兄と妹がいる。

すずは、19歳で話したこともない呉市の北條さんの家に嫁ぐ。

どういうわけか、そこの1人息子がすずを見初めたそうだ。

(どこで見初めたか、勘のいい観客ならすぐわかる)

北條さんところは、お父さんは呉軍港に努める軍属。お母さんは足がちょっと悪い。

1人息子で、すずの夫になる人も海軍に勤務しているが、軍人ではない。

この夫には姉がいる。この姉は独身の頃はモガ(モダンガール)で鳴らした近代風女性。

この姉は、広島市の繁華街にある大きな時計店の後継と恋愛結婚して、一男一女をもうけた。

しかし、その後継は早々と亡くなり、姉は後家さん(未亡人のこと)になった。

婚家先の時計店も強制疎開で閉店となり、婚家の両親は孫息子だけ連れて下関に行ってしまったので、姉は娘だけを連れて実家に出戻って来た。

ということで、すずの夫のお姉さんは、けっこうすずに当たりが強い。でも悪気はない。有能でいい人。ツンデレです。今風に言えば。

すずは、早朝から井戸の水汲み、炊事、洗濯、掃除に、畑の世話と休む間も無く家事に追われる。

すずは、苦にもせずにクルクルと不器用ながらもよく働く。

すずが、北條さんの家に嫁いだ頃から、だんだん戦局が厳しくなる。

昭和19年から20年と、呉市はたびたび空襲にあう。

昭和20年の7月の呉空襲はひときわ過酷だった。

すずは、広島市に帰りたくなる……

軍港のある呉は空襲にあうけれども、広島市なら安全だから……

これ以上は、ネタバレになるので書かない。

このアニメを見終わったとき、私は不覚にも涙が出てしかたなかった。

泣いたのは、戦争と庶民の暮らしとか、空襲の中で健気に強く生きる女たちとか、そういう文脈で心を動かされたのではない。

すずの生き方の「混じりっけのない気立ての良さ」に圧倒的な郷愁を感じたからだ。

このような「気立ての良さ」こそ、人間として最も尊い資質であるのに、この資質を豊かに持つことを現代日本人は恥じるようになって久しい。

現代において、「お人好し」は、褒め言葉ではない。

それは「他人に社会に国に騙される頭の悪さ」の同義語になってしまった。

「気立てが良い」のは、ヒロインのすずばかりではない。

登場する人々が、すべて「気立てが良い」。

意地悪な人間は誰も登場しない。

みな善意で単純で正直だ。

素朴な愛情を素直に発揮する。

すずの夫もすずへの愛情を隠したりしない。

照れたり、カッコつけたりするような気の小さい男じゃない。

手練手管とか陰謀とか権謀術数なんかのない世界。

意地が悪いのは、憲兵くらいなもんだ。

その憲兵だって、単純すぎて憎めないアホさ加減だ。

私は、ヒロインのすずの「気立ての良さ」に思い出した。

アナトール・フランスの短編小説「聖母の軽業師」を。

サーカスの薄らボンヤリした軽業師が、毎晩こっそり教会のマリア像に会いに行く。

で、マリア像の前でせっせと軽業をしてる。

「なに、あいつはやってんのかね……」とサーカスの仲間たちは、冷笑してる。

「俺ができることは他に何もないから。マリア様にして差し上げることが他に何もないから」と、その貧しい無知な軽業師は言う。

ある晩、仲間の1人が、軽業師が何をしているか覗いたら、彼は今夜も額に汗を流しながらマリア像の前で跳んだり跳ねたりしている。

ところが、仲間の1人は驚愕する。

台座の上で端正に黙っていた(あたりまえだけど)マリア像が、台座から降りて、軽業師の額の汗を拭っている!!

………

私は、この話が好きだ。

合理性だの主体性だの構築性だの自意識だの、近代的概念のいっさいが欠如した人間の真心。

純粋なる善意。

そのとき自分ができることをすることに躊躇しない大らかさ。

見栄も虚栄もなく他者と対する正直さ。

自分でない人間のふりをしない単純明快さ。

丸裸の真心でマリア像に対する卑しい孤児だった軽業師の気高さよ。

このアニメ『この世界の片隅に』を批判することは容易だ。

戦争を、こーいう風に描いちゃあかんやろ……と思う。

女をこういうふうに描くのは、もう消えてしまった美しいものへの挽歌でしかない……と思う。

だけれども、私の心の奥に憧れが潜んでいる。

地方に生まれ、同じく地方の顔もよく知らない男の元に嫁ぎ、婚家先の家族と暮らしを共にし、家事に明け暮れ、子どもをいっぱい産み育てて、いつしか婚家先の家族に馴染み、義理の両親や兄弟姉妹に信頼され、老人を見送り、近隣地域に根を生やし、働いて働いて死んでゆく女性の生涯というものに。

そのような女の一生など、近代的価値観からすれば、アホみたいだ。

でも、なんと気高い人生だろう。

なんと強靭で勇気に満ちた人生だろう。

「近代的女」や「フェミニスト」が束になってかかっても、このような女性にはかなわない。

ヒロインのすずの声を担当する「のん」という声優さんの発声が、また、その気高い平凡な女性の人生の輝きを、よく表現している。

いやーもう泣かされちゃったなあ!

(追記)  声優の「のん」さんは、女優の能年玲奈さんだそーですね。

沖田修一監督の作品に描かれる緩い日本人庶民は真のリバータリアン?

この週末、amazonビデオで沖田修一(1977-)監督の『キツツキと雨』(2012)とか『南極料理人』(2009)とか『モヒカン故郷に帰る』(2016)を観た。

どれも、とても面白かった。私にとっては新鮮だった。

何が新鮮かというと、ほんとに地方の普通の日本人の庶民の暮らしの細部がリアルに描かれていたから。

その細部が醸し出すユーモアと微かな哀感と幸福感。

うわあ。

こういう才能があるんだ!

うわあ。

確かに、私たち庶民の人生って、こういうもんだなあ。

うわあ。

これは発見! めっけもんだ!

庶民を主人公にした映画というのは多い。

だけれども、「庶民の哀感を描く映画」というのも、木下恵介監督の映画のごとく、小津安二郎監督の映画のごとく、あくまでも作り物の映画であって、どこか水彩画のような風景画のような趣であった。

あそこに描かれていたのは、浮世絵みたいな近代日本であった。

ともあれ、私は、ある時期くらいから日本映画は見なくなった。

観るとしても、黒澤明とか溝口健二とか、庶民の日常を描くのではなく、歴史系物語系映画であった。

20代から60代にわたる40年間ほどを私は洋画、つまりアメリカ映画ばかり観てきた。

映画というのは、私にとっては、すでにしてアメリカ映画がデファクトになっていた。

ところが、夏に『シン・ゴジラ』に出会って以来、それまでの私としては異例なほどに、映画館に通った。

でもって、映画館では予告編というのを何本も何本も紹介する。

で、私が思ったのは、「えええ?こんなに日本映画って多く作られているの?」ということだった。

それから、シネコンに上映作品と上映時間が掲示されるデジタルボードがあるでしょう。

あれ見てると、日本映画も多い。

で、けっこう客が入っている。

ここは日本なんだから日本映画が多いのは当たり前のはずだけれども、私にとっては意外だった。

日本映画なんて、つまらんのに、誰が観るんだ?という気分だった。

予告を観ても、なんかくっだらない感じの恋愛映画とか、けち臭い感じの犯罪映画とか、どうでもいい感じの家族もの映画の感じだった。

なんか相変わらず「箱庭」だなああ……

最近の日本人は「字幕」というものをサッと読みつつ映画を鑑賞するということができなくなっている人々が多いらしい。

洋画も「吹き替え版」というのが「字幕版」と同時に上映されている。

俳優は声も命なんで、吹き替え版なんて無意味だろう〜〜

ということで、洋画も吹き替え版で観てるようでは、退屈なテーマの小さい日本映画が受けているようでは、ダメですね〜〜というのが私の姿勢だった。

上から目線?

私は上から目線に決まってる。

ところが、10月22日土曜日に福山駅前のシネマモードという映画館で開催されたShort Movie Party 2016に行って、私の心に日本映画に対する変化が生まれた。

このシネマモードという映画館は福山で唯一、映画文化のためにいろいろな企画を提供している映画館である。俳優とか監督が舞台挨拶に来る映画館である。

このシネマモードのディレクターの岩本さんという方は、福山の良質の映画愛好者たちの要となる人物である。

私は、お姿をお見かけするだけで、ご挨拶したこともないけれども。

あーた、福山だからって馬鹿にしちゃいけないんよ!!

文化人も知識人も芸術家もいるんだからね!!

馬鹿っぽいのは、福山市役所だけなんだからね!!

Short Movie Party 2016においては、地元福山のアマチュア映画監督たちの短編映画14本が披露された。

福山大学や、我が福山市立大学の学生の自主制作映画も披露された。

今は、スマホやiPadでも映画は制作できるそうだ。

『シン・ゴジラ』でも蒲田にゴジラが侵入して逃げ惑う人々とか、タバ作戦の戦車部隊の戦闘シーンとかは、スマホで撮影されたらしいよ。

imovieとかいうソフトがあれば、編集もアフレコもできるそうだ。音楽も入れられるそうだ。

デジタル化が進んで、映画制作の本数はすっごく伸びているそうだ。

日本映画だけでも年間700本は制作されているそうだ。

700本というのは、プロの映画監督の作品ですよ。

アマチュアの作品を入れたら、いかほどの作品が作られていることか。

そのShort Movie Party 2016の全14作品の中でも、福山市立大学の学生たちの作品は、Best 3 に入る佳作だったよ、ほんと。

映像が映画になっていた。

映像が映画に見えるって、稀有なことだ。

俳優も福山市立大学の学生ばかりであったけれども、「演技が自然に見えるような高度な演技」であった。

感心した。脚本もカメラも監督も俳優も、うちの学生だ。

監督は教育学部の美人女子学生だ。すごい。

ひょっとしたら、福山市立大学はプロの女性映画監督を生むかもしれない。

確かに「才能」というものを感じさせる作品だった。

それはさておいて、そのShort Movie Party 2016 という催しのゲストで呼ばれて14作品の講評をしたのが、「沖田修一」監督だった。

その前に、この監督の短編映画も3本上映された。

私は、それまでこの監督については知らなかった。

だいたいが日本映画はほとんど見ないんだから、最近の日本映画の監督について知るはずない。

で、私は驚いたんよ。

その監督の「緩さ」に。

普通は、プロの映画監督として、こういうアマチュア映画作品のショーに招待されたら、ひとつひとつの作品のいいところを強調しつつ指摘して、ちょっと建設的な意見を提供する。こうしたら、もっといいですね!的コメントをする。

ところが、この沖田修一監督は、非常にテキトーであった。

が、非常に温かかった。

怠惰とか不真面目というのではない。

仕事だから地方に来ました〜〜これも営業です〜〜という感じでもない。

「別にいいんじゃない〜?映画が好きなら好きなように作ればああ?」のノリであった。

評価しない。

点数つけるみたいなことしない。

勝ち負けなんか明示しない。

批判しない。

テキトーに肯定的感想を緩く言うだけ。

別に批判してもしかたないしね。

プロの映画監督になれる人間は、ほっておいてもなる。

プロの映画監督になれない人に、「あなたはプロにはなれません」と言う必要ない。

グジャグジャ賢しらにものを言う必要はない。

結果は出るものだよ。

それにプロの映画監督になれなくてもいい。

自分の人生をちゃんと走り続ければ歩き続ければいい。

私は、実物のナマのプロの「映画監督」を観るというのは、初めてではなかったけれども、その「緩さ」は意外だった。

「映画監督」というのは、作家や漫画家とは違う。

前提として集団作業の親方が「映画監督」だ。

だから、集団作業がうまく進行するように、集団の成員がみな気持ちよく仕事できるようにするのも、監督の仕事なんだろう。

だから、こーいう「緩さ」の方が、柔よく剛を制すのだろう。

撮影現場をピリピリ緊張させて、スタッフを怒鳴りつけるやり方は、理不尽がデフォルトであった昔の日本ならば通用したけれども、今の若い人ばかりの日本では通用しないだろう。

政治や経済や社会は、はっきり言って今だって「理不尽なる戦国時代」だ。セクハラにパワハラにモラハラは当然が世界の実相だ。

でも、平和が続いた普通の日本人社会では、もうそんな「理不尽さ」は通用しない。

緩い優しさを保持したまま何かを達成することもできるはずだ。

それが、ほんとうは人類の進化だ。

私は、この「緩さいっぱい」の沖田修一監督のありように「進化した人類」を感じた。

だから、沖田修一監督の作品をまずは観てみようと思った。

で、観た。3本。

特に感心したのが、『キツツキと雨』とか『モヒカン故郷に帰る』だ。

主人公たちの住居など、田舎だろうが都会だろうが、ゴチャゴチャ物が置かれていて、片付いてなくて、住居というより「寝ぐら」だ。

こーいう「寝ぐら」に趣味なんてものはない。

悪趣味は、まだ趣味のうちだ。ライフスタイルだ。

でも、その「寝ぐら」には、テレビだってパソコンだって仏壇だってベッドだってソファだってちゃんとある。

真に快適な場所なのだ、「寝ぐら」というのは。

その「寝ぐら」丸出しのゴチャゴチャした暮らしの中で、登場人物が食事する姿も、またむき出しにリアルだ。

お行儀とかマナーとか関係なく、喰らう。

添加物いっぱいのウインナーを味付け海苔で丸めて、ご飯の上に乗せて喰らう。

美味ければいいんだよ。

缶詰の鮭フレークの中身をガバッとご飯の上に乗せて喰らう。

口を茶碗に持って行って、背中丸めて喰らう。

おかずが不味ければ何も言わずに各種の「ふりかけ」をご飯の上にかけて喰らう。

それでいいんよ。

いわゆるイケメンやアイドルの若い俳優さんが、気取りもカッコつけもなく、飯を喰らう。

物がゴチャゴチャ置かれた居間の冴えないソファの上で、いぎたなく眠りこける。

いわゆるイケメンやアイドルの軽薄さが消えて、演技力も何もない俳優から、現代日本に棲息する庶民の若い日本人の健気さが滲み出す。

すごい。

映画には、特別なスペシャルな異常な事件が起きるわけではない。

家出していた息子は母親の三回忌の法事の前日には帰ってきて黙って部屋を片付け掃除して、父親の喪服を出しておく。

癌の末期の呆けちゃった父親をテキトーに世話する家族たちのテンションの低い日常の描写。

緩いんだけど、ちゃんと生きてる。

ちゃんと自力で生きている。

平凡以下っぽい片付かない人生をそのまんま受け止めて、時にドタバタしつつも、毎日のご飯を美味しく食べて生きて行く。

うわああ〜〜

こーいう映画って、アホみたいに見えて稀有だよ〜〜〜

『シン・ゴジラ』もいいけどさ、ああいう大きなテーマは超最高だけどさ、

『キツツキと雨』も『モヒカン故郷に帰る』も、すっごくいい。

世界は戦国時代だ。理不尽と暴力と陰謀が渦巻いている。

でも、庶民の暮らしは、こうよね。

経済破綻だろうが、預金封鎖だろうが、第三次世界大戦だろうが、天変地異だろうが、庶民の暮らしは、こういうもんよ。

草の根の庶民って、こういうもんよ。

誰の責任にもせずに、自分の人生を引き受けて受け容れて生きる。

ほんとうのリバータリアンは、もともとがリバータリアンだから、リバータリアニズムなんて意識もしないのかも。

沖田修一監督は、実はほんとのリバータリアンかもね〜〜

あの「緩さ」は、ただもんじゃない!!

神は細部に宿る『シン・ゴジラ』

『シン・ゴジラ』を観た方々は、すでにお気づきになったでしょう。

あの映画の神道的想像力は、「ヤシオリ作戦」や「アメノハバキリ部隊」だけに現れていない。

『シン・ゴジラ』の神道的想像力は細部に宿っている。

あの映画には、首相官邸がよく舞台として使われている。

だから、総理執務室も出てくる。

内閣官房長官執務室も出てくる。

内閣官房副長官(政務担当)室も出てくる。

それらの執務室のデスクの背後のカウンターには、みな「天照皇大神」のお札が立てかけられている。

大河内総理執務室のデスクの背後のカウンターの「天照皇大神」のお札は、数回ほど画面に出たが、微妙に位置が移動していた。

総理大臣はゴジラ騒ぎの最中にお札を手にしてお祈りでもしたのかな。

日本をお守りくださいって祈ったのかな。

それとも、小道具の記録係の人の記憶の混乱から生じたのかな。

こういうことは、わりとある。

コップに水が半分くらいしかはいってないのがテーブルの上に置いてあったのに、次の場面では、その水がコップに8割ぐらい入ってるとか。

ベッドサイドのテーブルに置かれた物が変わってるとか。

私は、そーいう細かいところを見るのが好きだ。

1972年に放映されていた『木枯らし紋次郎』なんて、チャンバラやってる田んぼの向こうに鉄塔が映ってた。

ゴジラの熱戦攻撃で総理とともに亡くなった官房長官執務室のデスク背後のカウンターは一度しか場面に出なかったので、「天照皇大神」のお札の位置は移動せず。

矢口蘭堂こと内閣官房副長官の執務室は数度出てきたけれど、こちらもお札の移動はなかった。

ただし、蘭堂さんは、「天照皇大神」のお札だけではなく、なんか別のお札も並べて飾ってた。

おそらく選出県の地元の氏神様のお札なんかな。

ネット検索してみると、蘭堂さんは「山口県」選出である。

ここで、「なんだ安倍さんかよ」とか「田布施システムかよ」と突っ込んではいけない。

山口県というのは、総監督・編集・脚本の庵野秀明氏の出身地なのだ。

山口県で由緒正しい神社ってどこなんかな?

「周防一の宮玉祖神社」かな。

「松陰神社」ってのもあるらしいが。

ああいうテロリストの神社ではないような気がする。

ともかく、無造作にさり気なく主要登場人物の執務室には神札が飾られている。

「神棚」はない。

当然だ。

日本は政教分離なんだから、公職に就いている人間の公職のオフィスに神棚は置けない。

でも、神札ならいいんかな。

これ、実際の議員会館の国会議員のオフィスなんかにも、「天照皇大神」とか地元の氏神様のお札が飾られているのだろうか?

『シン・ゴジラ』の神道的なるものへの嗜好は、他にもドサクサに紛れて見つけられる。

第二形態ゴジラの「蒲田くん」が、進化して直立して「品川くん」になったとき。

あのとき、人々が避難した先は「品川神社」だ。

1187年(文治3年)建立の神社。

御祭神は、素戔鳴尊(スサノオノミコト)と、天比理乃ナンタラという神様と、宇賀乃ナンタラという神様。

東海七福神のひとつで大黒天も祀ってるそーだ。

ゴジラ第四形態の「鎌倉くん」を迎え撃つ自衛隊戦車部隊が陣を張ったのが多摩川河川敷で、作戦部隊の本部が設置されたのが、「多摩浅間神社」だ。

タマセンゲンジンジャね。

ほら、あの「タバ作戦」の。

多摩川をはさんで、ゴジラを自衛隊の戦車タイガーが攻撃する作戦。

ほら、あのピエール瀧扮する西郷タバ戦闘団長が、作戦失敗したときに、部下に言うでしょう。

「気落ち不要!攻撃ばかりが華じゃない」って。

あの台詞すっごく良かったですねえ!

気落ち不要!!

あの「多摩浅間神社」は、東京都大田区田園調布にあるんだって。

デンエンチョーフだよ。

多摩浅間神社は、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)をお祭りしてる。

創建は鎌倉時代初期らしい。

「タバ作戦」は、なんで「タバ作戦」なんだろ?

多摩川の古い古い呼び方は「タバ」だったそうだ。

なんだ、それ。

なんちゅうオタクな……

あの神社は是非とも行かねば。

「聖地巡礼」せねば。

そういえば、鎌倉って、庵野秀明氏と奥様の安野モヨコ氏が家を買ったとこだよね。

ということは、この大田区とかにも庵野氏は住んでらしたのかな?

品川にも、住んでらしたのかな?

なんで、また今頃になって『シン・ゴジラ』かだって?

昨日10月20日は午後7時から、福山駅近くの映画館で『シン・ゴジラ』の「激音上映」というのがあったんよ。

「発声可能上映」というのは聞いたことある。

でも、「激音上映」というのは聞いたことない。

激音だから、すごい高性能のスピーカー使って、音が生々しくすごいんじゃないかな?

ゴジラの足音なんかが凄いんじゃないかな?

と思って、仕事が終わってからテキトーに胡桃パンを3個食ってから、映画館に行った。

映画館に行ったら、意外にもお客さんが多かった。

駅前の映画館は私もたまに行くが、こんなにお客さんがいるのは珍しい。

けっこうな人気作品でもお客さん10人くらいって、ザラだもの。

みな、福山駅近辺ではなく、駐車場の広いシネコン系に行くから。

お客さんの年齢層は中年が多い。

若くても30代最初くらい。

大学生らしいのはいなかった。

ああ、いた。

私の4年生ゼミ生がいた。

イラクの復興支援でバグダッドに派遣されて、休職して行こうと思ったら退職することになってしまった優秀な女性の同僚のゼミ生で、3学期から私のゼミに流入してきた3人の男子学生のひとりが、いた。

彼は、「太平洋戦争期の青少年雑誌のジェンダー研究」が卒論のテーマだ。もう1人の学生のテーマは「人工知能による人間総失業時代の到来」について。もう1人は、「新しい戦争形態」についてだ。すべて私の好きなテーマだわん。

それはさておき、8回目『シン・ゴジラ』は、やはり良かった。

よくぞ、こんな凄い作品を作ることができたなあ……とあらためて感心した。

「終」の字がスクリーンに映し出されたとき、やっぱり私は拍手した。

そしたら、他の観客の方々も盛大に拍手した!!!

長い長い拍手に包まれた『シン・ゴジラ』。

いやああ……幸せな120分でした。

でも不思議だったのは、なんも「激音」ではなかったこと。

普通の上映だったこと。

????

「激音上映」というのは、「発声可能上映」のことだと、facebook友だちの方に教えてもらった。

なんだあ……

だったら大騒ぎしたのに。

観客のみなさん、誰も大声なんかあげていなかった。

コスプレもしていなかった。

知らなかった……

ところでですねえ、私が毎日読んでる(毎日更新されてるから)某神道系霊能者のBlogにですねえ、

『シン・ゴジラ』のことを予言映画だと書いておられた。

あの映画は、偶然に製作されたように見えて、神意によって生み出された国策(国魂)映画だと書いておられた。

駿河湾を震源とする地震が起きたら、東京湾からの水が東京都内の河川に流れ込み、川が氾濫する可能性があるって。

川が氾濫して自動車が押し流されて凶器になるって。

予言は教えてくれているのだから、想定して、それに備えておけば最悪の事態は回避できるって。

おろおろと不安と心配を抱えつつ、それでも淡々と状況を受け入れつつ備えて歩き続ける姿勢が大事らしいです。

そういえば、本日10月21日午後2時頃かな、福山にも地震があった。

震度4。

鳥取は震度6。

午後9時くらいでも、かすかな余震を感じる。

うーん、日本列島の地龍さんは、中国地方と山陰地方をお散歩しているようだ。

目に見えないゴジラさんは地下にもぐり、どこに移動しているのか?

「神ゴジラ」は、お怒りだろうなあ……

すみません。だらしのない生き方してます。

「神ゴジラ」に踏み潰されても、しかたないなあ……私は。