#715 2/25/2026 先日の誕生日にもうタガを外していいと自分に許可を出した

kayokofujimori のアバター投稿者:

本日は2026年2月25日水曜日です。

今日のBlogは短いです。

明日に再入院です。まだスーツケースにパッキングしていません。

入院も6回目ですからね〜〜感慨ないね〜〜

あって、たまるか。入院も学校と同じで緩い刑務所だ。

どういうわけか、明日は午前9時に病院にチェックインしないといけないです。午後はいろんな検査だそうです。

何の検査ですかねえ。病院もマメに稼がないといけないんだよね。

あれだけの数の検査技師さんに労働を与えねば。

看護師さんは必要でも、医師も検査技師もAIでできるようになるけどね。

Medbedメドベッドも一般化すれば、病院自体が無用になるかもね。

しかし、それは早くても2050年くらいのことかなあ。

それはさておき、2月の初め頃に私は73歳になりました。

73歳よおおおお!

信じられん。心はいつでも、この世の悪に恐怖する18歳の乙女!

きもいわ。

で、もういいかなああ〜〜と思いました。

何がいいかって言うと、73歳になったから、もう自分の思考とか意識のタガを外していいと思ったのです。

「箍(たが)を外す」とは、規律や束縛、緊張から解放されて、羽目を外したり、制御不能になることを意味します。

桶の周りを締め付けている「箍」を外すと板がバラバラになることに由来します。

緊張が緩んで自制心がなくなる、または秩序が保てなくなるという否定的な意味で使われます。

私は、高校生の頃からタガをしっかり締めて生きてきました。

自分が馬鹿だと知っていたので、若い頃から、なるたけ現実的に物事を見て、理知的に判断できるように努力してきました。

ファンタジー脳になりやすい自分を自覚していたので、夢見る夢子さんにならないように自分を油断なく見張っていました。

自分で自分に嘘をつくのも許しませんでした。

恋愛や結婚に憧れることはありませんでした。

女性を不幸にするのは、つまらん男との恋愛や性交や結婚です。

つまらん男でも時間潰しになる娯楽だと思えるほど、私は優秀でも余裕があるわけでもありませんでした。

私は自分のことを傷つきやすく繊細だと思っていましたので、自分を傷つける可能性のあることは断固として回避してきました。

友人関係も広げる気はありませんでした。

人間はつきあうのが難しいです。

人間の心はあてにならないです。自分の心を見張っていれば、コロコロ変わるのが心だと気づかざるをえませんでしたし。

だから、何につけても他人をあてにしませんでした。

この他人の中には肉親も含まれています。

だから、私は人間嫌いの傾向はありますが、恨んでいる人間はいません。嫌いな人間はいても、憎んだ人間はいません。

不快な人間には何人も遭遇しましたが、関係ないといえば関係ない人々です。

前提として人間関係に期待することが少なかったので、裏切られた経験も特にないのです。

まあ「この人ならこの程度でしょ」という感じでした。

だから、人脈を広げることにも興味がありませんでした。

そういうことは優秀な余裕のある「人間が好きな人間」がすることだと思いました。

私は自分にできることをして、経済的に自立し続けるだけで精一杯だと思いました。

それでも、あらかじめ無い能力でも、絞り出せば少しは出てくるのですから、その繰り返しによりジワジワと能力も高めて生きていこうと思いました。

賃金労働は私のような怠惰で無能な人間を鍛える機能があります。

努力せざるをえない状況に置いてくれます。

怠惰で馬鹿な人間ほど働くべきです。

毎日辞めたいなああ〜〜と思いつつ、職場にしがみついていると、いろんなことがわかります。考えます。感じます。

労働は貴重な学習機会です。

40歳くらいでFIREなんて、気が知れません。

40代50代なんて、働き盛りの学習盛りです。

ドタバタ苦労して、ナンボの世代です。

資産ができたって働くのがいいです。

さて、私は2017年に64歳で退職しました。

65歳から年金生活者となりました。

年金というのは、過去の自分の労働に対する賃金の部分的後払いです。

ハッキリ言って、賃金労働せずに食っていけることは、素晴らしいです。

いつ起きても寝てもいい生活って天国です。

しょうもない上司や同僚の顔を見ないで済むのは、実に快適です。

とはいえ、ずっと自己抑制、自律、自制、現実主義的思考と姿勢で生きてきた私のありようは、タガを緩めない生き方は、年金生活者になっても変わりませんでした。

長年の習慣ですからね、50年は続いた習慣です。その習慣がしばらく続くのは仕方ないです。

慣性の法則?みたいなもんです。

で、先日73歳。

そろそろ、いいな。

ここまで生き延びてきたんだ。あとは好きにするぞおおおおおお!

65歳あたりの細胞は全部入れ替わった(はずの)73歳。

生活は普通に堅実な年金生活者。

外見は静かな引きこもりで、時々お散歩の高齢者。

でも、思考と意識は、さらにさらに無茶苦茶に自由自在にすることにしました。

根拠も現実的状況も無視です。

客観性?そんなこと、もういいのです。

酔生夢死でいいのです。

彗星無私でいいのです。

夢を見て生きることにしたのです。

で、今後の予定を書き出してみました。

現実を無視して、勝手に実現させることを列挙してみました。

どんな予定かって?

アホな予定ばかりです。

いいじゃん、アホでも。

ひとつでも実現したら、ここで書きます。

楽しいわん。

夢見るって楽しいわねん。

若い女の子がキャピキャピと生き生きと可愛いのは、脳足りんで夢ばかり見てるからなのねん。

そういう若い女の子は、現実に足を掬われて、だんだんに嫌味で意地の悪い嫉妬深いオバハンになっていくのねん。

自分の夢が実現しなかったのは他人のせいだという他責主義になっていくのねん。

自分の人生の不如意を他人を責めて済ませている程度にしか、自分の人生を本気で大切にしてこなかったから他人を責めるのねん。

その他人の中には、この世での支配的仮定dominant assumptionとか、メディアによる洗脳とか、教育機関とか、世間の空気も含まれているのねん。

そんなものが、あなたの人生に責任を持つはずがない。

まだ神社で祈っている方がマシだ。金もかからん。

宗教カルトはお勧めしません。壺を買わされるだけです。便壺にもならん。

やたら立派な仏壇なんかも要りません。カルトの新聞なんか読んでも余計に馬鹿になります。

私は、人生での必要単位は、ほぼほぼ取得したもんね。

大学の卒業要件最低単位数は124単位です。

今の私は120単位くらいは取得していると思う。

未修得単位は、実習としての死の単位4単位くらいだ。

生前墓は建てた。実家の墓の隣に建てた。

遺書も書いた。加入してる民間の保険とか口座番号とかクレジットカードとかを記録した終活ノートも作ってある。

老後に住む賃貸料なしの狭い持ち家みたいなもんも所有してる。

年金制度破綻しても、国家経済破綻しても、なんとか食っていけるぐらいの準備はしてる。

魔除けもしてる。トルコのナザールボンジュウだぞおおお〜〜

トルコ製でないと効果ないよ。中国製ではダメよん。

私は誰よりも自分自身を大事にして自分を愛してきたので、自分のサバイバルのためにできることはしてきた。

あ、ガスや電気が使えない時のためのイワタニの卓上コンロとガスボンベを新調しないとな。前に準備しておいたものは使用期限が切れてると思う。

トイレが使えない時のためのトイレ椅子とか、そこに敷く袋や排泄物ー凝固材に消臭袋も用意してるし、オガクズいっぱい入ったバケツも、それをかき混ぜるスコップもあるよ。オガクズに大便を入れておくと分解されて臭いも消えるんだってさ。

転倒防止のために背の高い家具には「つっかえ棒」をしている。アイリスオオヤマ製ね。

いつでも来い、大地震に経済破綻!

富士山噴火もなんのその!

いやいや、来ないで来ないで。

水洗トイレと肛門洗浄機つき便器のない生活はいや。

エアコンのない生活はいや。

富士山噴火してネット通販の要の物流が止まると困る。

何の話か。

そうそう、できることはやったから、あとは思考と意識のタガを外すだけって話です。

タガを外すのは、これまでの堅実な努力ときちんと自分を愛し大事にしてきたことへの自分自身からの自分へのご褒美だ!

ほほほ。

あ、まだ確定申告してないわ……去年、今年と、本も出してないから収入もないんだけどさ…

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