ゴシップ

本日は、2017年7月20日木曜日である。

昨日、今日と、旧友や昔の教え子と話す機会があった。

ごく自然に、共通して知っている人々に関するゴシップをいくつか聞いた。

メアリー・マッカーシー(Mary McCarthy: 1912-89)という1950年代や60年代にアメリカの文壇で活躍した左派系女性作家がいる。ニューヨーク知識人(The New York Intellectuals)のひとりだ。


女性の政治哲学者のハンナ・アーレント(Hannah Arendt: 1906-75)と親交が深い作家で、若い頃は美貌で知られた作家でもある。

アーレントとマッカーシーの書簡集も出版されている。

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マッカーシーの出世作は、映画化もされた『グループ』(The Group, 1969)である。

名門ヴァッサー大学を1933年に卒業したエリート女性たちのその後の人生を描いた小説だ。

この小説に描かれている「アメリカの新しい女性」たちは、今読めばなんも新しくないけれども。

ただの俗物の自意識過剰の神経過敏なお嬢ちゃんたちが騒いでいるだけの話だけれども。

もちろん、同時代の日本女性とは比較できない。

1920年代から30年代にかけてのアメリカの上層中産階級や上層階級のエリート女性たちの風俗の活写が面白い小説だ。

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メアリー・マッカーシーは、「小説というのはゴシップである」と言った。

だから、小説は読まれるのだ、と。

それはそうだね。

『源氏物語』なんて、巨大な皇室ゴシップだもんな。

Blogだってゴシップみたいなもんだ。

かつて英米文学研究者であった私は、この作家のことも調べていたので、彼女の母校のニューヨーク郊外にあるヴァッサー大学というリベラルアーツの名門大学(アメリカ最初の女子大学、今は共学)に行ったこともある。

そのヴァッサー大学に行って、ヴァッサー大学の威容に圧倒された私はメアリー・マッカシー研究を諦めた。


「こんなすごいお嬢さん大学にいた人間の書いたものを研究しても、しょうがないな」と納得したから。

いやあ……欧米の名門大学を見ると……日本の大学なんて寺子屋だよね。

寺子屋のわりには、頑張っているのかもね。

マッカーシー研究を諦めて、それから半年して出会ったのがアイン・ランドだった。ソ連から移民して英語を学び苦労して「アメリカの国民作家」になったユダヤ人女性の書くものならば、私にも理解できるだろうと思った。

それはさておき、どーも、世の中はわけのわからない方向に行っている。

私が、旧友やかつての教え子から聞いた噂話を以下に列挙する。

(ゴシップ聞き書き始め)

<ゴシップ1>

30代終わりころの女性が、ストーカー行為で訴えられた。訴えた相手は、かつて彼女と見合いをした12歳年上のバツ2の大病院勤務の医師だった。その縁談は彼女からお断りして月日も経っていた。なのに、急に弁護士をたてての訴状であった。彼女は仰天した。

身に覚えのないことであったので、まず警察に相談した。すると、自分がストーカーされていると思い込み、妄想で事件を構成して記述し、被害届を出す類の人間は少なくないと警察から知らされた。しかも、そういう妄想の持ち主に「医師」は多いのだそーだ。

警察によると、医師はチヤホヤ周囲から立てられてばかりきたので、縁談でも断られると異常に法外にショックを受けて、おかしくなるそうである。

もともと記憶力がものすごいアスペルガー症候群だから医師になれた医師が多いので、発達障害が嵩じて、精神に異常をきたす医師は多いそうである。

弁護士も仕事がないので、わけのわからん妄想だと思っても、着手金30万円を即金で出されたら、訴状くらい作成する。着手金100万円出されたら、何でもやるんだそーだ。

<ゴシップ 2>

40代半ばの女性が、近所に住む60代の女性からの苦情を弁護士を通じて文書で受けた。その60代夫人の70代ご主人を彼女が誘惑しているから、彼女の夫にいっさい接近するなという内容の文書だった。

その40代半ばの女性は、たまたま近所の高齢女性の夫と挨拶して立ち話をしたことはあるが、個人的に親しいことはいっさいない。

その後も、弁護士を通じて狂った内容の文書が届いたので、彼女は近所の方々のお宅を回って事情を話した。何か不穏なことが起きた場合に備えて。

これも、仕事のない弁護士が関与している事件である。

法科大学院設立ブームが、1990年代末期から2000年代始めにかけて起きたが、今では多くの法科大学院が学生募集を停止している。

日本がアメリカみたいな訴訟社会になるわけはないので、多くの弁護士など不要ではあるが、ならば、かつてなら事件にもならない事例を商売にする見識のない弁護士も増えてきたようだ。

<ゴシップ 3>

私と教え子の共通の知り合いの弟さんは、医師であるが、最初の結婚相手がミス・ナンタラの称号を誇る美女であった。ところが、その美女には結婚前からつきあっている男性がいて、結婚後もその関係が続いていた。

それを知った医師は、離婚をしたが、医業が忙しくて興信所に妻の調査を依頼もできず、不倫の証拠が提出できなかったので、家庭裁判所は、親権も妻に渡し、慰謝料も妻に払うように医師に命じた。

その医師は、慰謝料を払った末に、高い養育費を払い続け子どもに面会できない。

<ゴシップ 4>

同じ医師の後日談。美人に懲りて、その後、彼はすっごいブスと再婚した。ところが、そのブスが性格もすっごいブスだった。

婚家先のお姑さんが、彼女を、うっかりして彼女の息子(医師)の前妻の名前で呼んだら、一晩中泣いてヒステリックに嘆いた。

それに疲れて医師は母親を怒鳴りつけたが、母親の失敗でも何でもない言い間違いを理由に、そのブス後妻は、いっさい婚家先の家族と会わないそーだ。

まったく、細胞のすみずみまでブスである。ブスだから気立てがいいというのは都市伝説である。

<ゴシップ 5>

「ママ友」とランチを共にしているらしき複数の30代や40代ぐらいの女性グループの姿は、昼日中のイタリアン・レストランやフレンチ・レストランでよく見かける。

私の昔の教え子の女性は非常に多才で友人知人も多い。で、ある「ママ友グループ」から「合コン」のセッティングを依頼された。

彼女は「子どもが3人いる母親が何を考えとるんじゃ!」と思い断った。

しかし、その「ママ友グループ」は、どこかから調達して、男子大学生グループと「合コン」を繰り返し、今やママ友たちの悩みは、ラインでメイルしても既読になっているのに、大学生から返事がないことだそーだ。

<ゴシップ 6>

年下の大学教員の友人の話によると、友人の勤務先でセクハラ事件が起きた。20代の女性の助手(共同研究室雑用係り)が、学内のハラスメント委員会に50代の男性教員を訴えた。しつこく夕食やデイトに誘うということであった。

学内のセクハラ委員会の調査が始まった。男性教員は、セクハラではない恋愛関係のもつれだと主張したが、無視された。で、男性教員は大学当局から強く訓戒を受けた。以後、被害者にいっさい近寄ってはいけないと命じられた。

事はそれだけではすまなかった。被害者の助手の女性が、学内で加害者の男性教員に会うとパニックになるので、何とかしろと大学に訴えた。

で、男性教員は 被害者の助手さんが働いているビルには入ってはいけないことになり、かつ配置転換を受けた。

キャンパス内のエレベーター内で、その男性教員に出くわすと、女性が過呼吸になり気分が悪くなるということで、エレベーターは必ず向かって右側のエレベーターに男性は乗るように規定された。

その後、助手さんは伸び伸びと勤務しているそーだ。

(ゴシップ聞き書き終わり)

私は、呆れた。

今の世の中は、こうなっているのか。

医者は妄想によって動く精神異常になりやすいのか。

弁護士は、常識的に考えず、良識をもって依頼人を説得せずに、クルクルパーの訴状を作成するのか。

いまどきの女性は、結婚後も婚前の恋人と付き合い続けるのか。

神経過敏に婚家先の家族を罵るのか。

いい年した母親たちが合コンか。

セクハラされたら、「それってセクハラですよーーー!!」と大声で言えば済むことだ。

怒鳴りつければすむことだ。

延々と「犠牲者面」するほどに、今の女性は、自意識過剰の神経過敏なのか。

ひ弱なわりには、えらく厚かましいではないか。

せっかく豊かな社会になり、女性差別もおおっぴらにはできない時代になったのに、こんな程度なのか。

私には、まったく理解できない類の人間が、今の日本では増えてきているようである。

今日もタクシーの運転手さんに聞いた。

私は、せっかちなので、午後3時にタクシーの予約をすると、2時50分にはマンションの玄関先でタクシーを待つ。

新幹線も、必ず乗車予定列車発車時刻の最低30分前にはホームに立っている。

しかし、運転手さんの話によると、午後3時に予約して、いつまでたっても乗らず、運転手さんを待たせて、午後3時20分くらいに乗り込み、「急いでちょーだい」という客は少なくないそーだ。

JR名古屋駅まで、どうやっても30分はかかるのに、「新幹線に間に合わないから10分で行ってちょーだい」と言うそうだ。

その理不尽な常習犯客の仕事は、「弁護士」や「医者」が圧倒的に多いそーだ。

それも、「中年の女性の弁護士」に多いそーだ。

あれあれ。

なんか、そんな女性で国会議員やってる人がいましたね。

うーむ。

ゴシップから透けて見える日本が心配だ。

医師や弁護士が壊れているのか……

女性が壊れているのか……

男がアホでも、女の「霊性」spiritualityで日本は支えられてきたんだという説もある。

確かに、お父ちゃん馬鹿でも、お母ちゃんが健気で聡明で、子どもがぐれずに育つという例は かつては多かったのかもしれない。

その最後の綱の女性まで壊れてきているのだろうか。

まあ、いつまでも、駄目男のセイフティネットなんて女もやっていられないのかもしれない。

婚家先の家族のお守りなんか、やっていられないかもしれない。

婚家の相続財産は欲しくとも。

せめて子どものセイフティネットはやってください。

脳足りん男子大学生と合コンするのは自由だけれども、ちゃんと、栄養バランスのとれた夕食は、お子さん(とご主人)に作ってさしあげてください。

快楽主義と神経過敏は啓蒙思想の成れの果て

本日は、2017年7月19日水曜日である。

先日、The Wall Street Journalの日本語版を読んでたら、以下のようなニュースを見た。

http://jp.wsj.com/articles/SB10387820417957044660204583266973099959046

アメリカで、ゲームをやるために仕事辞めて引きこもって親と同居する若い男性が増えているという記事である。

この記事の最後は、同じくゲーマーが多い日本では、そういう現象がないとか書いてある。

いやいや、日本でも類似現象はある。

私のゼミ生のひとりは、ガキの頃からゲームばかりで、大学生になったら、世界中のゲーム愛好家といっしょに戦争ゲームに興じ、自分は司令官として作戦指令をしてた。

指令も簡単な英語でなんとかなるそうである。

インターネットでつながりながら世界中のゲームオタクと情報交換。

それでも、彼は単位はちゃんと取って、複数のコンピューターを駆使して、ゲームをしながら、卒論も書いた。

テーマは、Cyber Warsとかの新しい戦争形態についてだった。

趣味を卒論にしたんだな。

で、就活はいっさいしなかった。

family businessを受け継ぐとか言ってたけれど、よく知らない。

貴族でも財閥の御曹司でもないのに、自分の食い扶持すら稼がずにゲームに夢中になっているという生き方は、この世界の文明の到達点として、当然にありうる。

今の世界の先進国の人間観や社会観は、18世紀の啓蒙思想を基にしているので、だいたいが以下のようなものだ。

 人間は、生まれながらにして法(神?)のもとに平等である。

生まれながらに自由と生命を守り、幸福を追求する権利がある。

この権利は誰からも奪われない!

好きなことして生きていいのだ!

国家は、個人のそれらの諸権利を保障するためにある!

それらに権利を犯す政府は取り替えられるべきだ!

こんなこと言うとぶっ飛ばされるが、この近代市民革命を生んだ啓蒙思想って、なんという世迷言であろうか。

世迷言というか、非現実的だ。

人間は、法のもとでも神のもとでも平等じゃない。

貨幣のもとでも平等じゃない。

成金が1億円払っても、入会できない特権的クラブもある。

自由や生命が守られる権利も、幸福を追求する権利も、そういう「言葉」があるだけのことだ。

ましてや、そんなものを守ってくれる政府なんて存在しない。

政府は為政者と国会議員と国家公務員のためにある。

ほんとはね。

一応、そういう建前で政府が運営されています〜〜〜というだけのことだ。

高校生なら騙されても、いくらなんでも30歳過ぎて、そんなこと信じていたら白痴だ。

建前と現実を混同させるのはガキの頭だ。

しかし、一応、法律には人間の権利を守るべきと明記されているので、カネと暇をかけて裁判闘争すれば、建前を言い募る方が勝つ。

セクハラされたら、女性の人権が侵されたことになるので、訴える。女性が勝つ。

これは実に素晴らしいことだ。

が、ただ、それだけのことだ。

勝ったとしても、死刑どころか懲役にもできず、せいぜい数十万円の賠償金しかとれない。

セクハラをする男は延々と生産される。殺しても殺しても生まれてくる。

セクハラだと女性が思えばセクハラなんで、セクハラのタネは尽きない。

神経過敏な女性からすれば、「痩せたね〜〜」と言われてもセクハラだ。

汚ったない顔で歩いている男は、存在そのものがセクハラだ。

私が、何を言いたいかと言えば、現行の文明社会は、「あなたは好きに生きていいのよ。その権利は守られるから」という建前で成立しているということは、当然に、好きに生きるという快楽主義が肯定され、快楽主義は快不快にこだわることなんで、どうしても神経過敏になり、そーいう神経過敏が肯定されるってことだ。

そういう社会では、当然に、「ゲームがやりたいから仕事しないで親に食わせてもらう成人男性」が生産されるってことだ。

「ゲームがやりたいから仕事しないで親に食わせてもらう成人男性」というのは、人類が作り上げてきた文明の結果なんよ。

アメリカの若い人とか、ヨーロッパの若い人って、エネルギーないもんなあ〜

先進国で気楽に快適に育てられたので、幻想の中で生きていて、貧乏人のくせに、王子様か王女様のつもりだ。

その程度の若い凡人たちが、好きに生きよと言われたら、快楽に走るに決まってる。

発明とかイノヴェイションなんてしやしないよ。

ゲームに夢中になる。

家を出て外に行けば、不快な現実ばかりだ。

ゲームの世界みたいに、サッと結果は出ない。

ゲームのキャラクターみたいに現実の他人はカッコ良くないし、消せない。

すっごく不快になる。

「現実はそういうもんでしょ。いちいち傷ついているあんたが悪い。あんたのことなんか世界は知らない。鈍感に無視するのも生きる技術だ」なんて、誰も言ってくれない。

言ってくれる人がいても、意味わかんない。

で、ゲームやるために仕事を辞めて引きこもる。

親の家に同居すれば、住居費と食費はタダで、(当分は)生きていくことができる。

「現実逃避しているだけだ!」とか「働かざるもの食うべからず」とか「自分の食い扶持ぐらい稼げない人間はクズだ」とか、今時は、親も言わない。

ましてや教師や他人は言わない。そんな親切はない。

親も、啓蒙思想が生んだ快楽主義と神経過敏を、人間の権利=人権と教えられてきたから、子どもに言えない。

「成人のあんたを食わせる義務はないから、出て行って」と言えない。

あとは野となれ山となれ白骨死体となれ、と子どもを捨てることができる根性のある親ならば、そういう類の子どもには育たない。

まともな親ならば、学校で綺麗事を教えられて脳をやられかけている子どもに言うべきだ。

「現実の世の中はダブル・スタンダードで動いている。人権人権と言っていても、そんなものは現実には存在しない。絵に描いた餅である。自分のことは自分で守るべく全力で生きよ。権威者はすべて疑え。社会も国家も学校も裁判所も病院もすべて疑え。誰の信者にもなるな。ただし、こういうことを世間で口に出してはいけない。言ってもわからない人々に言うだけ時間の無駄である」と。

まあ、親が死んだら、「人権教」のNPOとか福祉団体が役所に掛け合ってくれて、生活保護給付金が受け取れるようにしてくれるから、引きこもり無職のゲーム中毒男も、なんとか餓死はしないですむよ。

いい時代だね〜〜

しょうもないわ……

現代は、もう確信犯的に快楽主義と神経過敏で、ギャアギャアと「私の好きにさせろ〜〜私を傷つけるな〜〜」と言い立てる奴の勝ちだ。

人権思想の根源は啓蒙思想でさ、

啓蒙思想の根源はキリスト教だけどさ。

ということは、今の社会の腐った軟弱さの元凶はキリスト教なんだ。

キリスト教が、実は神経過敏な快楽主義の変形だってことは、すでに19世紀にニーチェが言っている。

あ、キリスト教というビジネスと、イエス・キリストは別物だということは、念のために書いておこう。

あのわけのわからんお経と葬式仏教と釈迦が別物であるように。

もし、あなたが現実から逃げずに無駄に神経過敏にならずに、健康に健全に生き生きと適度に野蛮に生きたいのならば、キリスト教を「弱い意気地なしの言い訳弁護教」であり、啓蒙思想も人権も社会主義も共産主義も、キリスト教の別派だと洞察したニーチェを読むといいわよん。

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ま……

やっぱり、西洋文明の終わりも近いんかね。

いよいよ健全に野蛮なアジアの時代だ〜〜〜〜!!

 舌はがし 続編

本日は 、2017年7月16日日曜日である。

今日は、このBlogに6月4日に書いた「舌はがし」について、さらに書く。

ど素人の私が、知っている範囲内についてのみ書く。

舌はがしの舌は、「した」と読まないでね。「ぜつ」と読んでちょーらい。

「舌はがし」啓蒙活動に従事しておられる方々は、啓蒙活動リーダー平井幸祐氏( 福岡の七星スパルタ鍼灸院院長  http://nanahoshi89.wixsite.com/nanahoshi-hp )をはじめとして、みなさんが、そう発音なさる。

ぜつはがし。ぜ・つ・は・が・し。

Understood?

「舌はがし」が、どうして必要であるか、もう一度確認する。

人間の身体を貫くのは1本の管である。

肛門から舌までの管である。

以下の動画は、前にも紹介した、歯科医の山下真有美氏による舌の重要性に関するものである。

この舌が、上口蓋にぴったりとくっついていると、肛門からの管が内臓を支え、脳を支えるんである。

この「上口蓋に舌がぴったりついている」という状態は、言うのは簡単だが、容易じゃない。

舌の先端が上の歯の裏にあたってる程度の状態じゃない。

舌のオモテ面がぺたりと、舌の奥から舌の先端までぺたりと上口蓋にくっついている状態が正しい。

下の写真のように。

モデルは、「舌はがし」啓蒙活動リーダーの平井幸祐氏である。

ちゃんと、あとで、まともなご近影を紹介させていただく。


どうでしょうか。

みなさま、こうなっていますか?

こうなっていれば、肛門から舌に渡る管が内臓を支え脳を支えることができる。まっすぐに。

ところが、いろいろな理由で、大方の人間の舌は、上口蓋にぺたりとくっついていない。

上の歯の裏にあたるどころか、下の歯の裏にベタリと落ち込んでる。

これを低位舌(ていいぜつ)と言う。

低位舌は、物を飲み込む力が弱くなること=嚥下困難になる。

低位舌は、歯と歯があたるし、歯を食いしばる、歯ぎしりしやすくなる。

舌を歯が噛みやすくなり痛い。口内炎の原因になる。

低位舌は口腔内健康のために悪いことばかり引き起こす。

そもそも低位舌は、身体を貫く管が、しっかり伸びていないということを意味する。

先端がグジャグジャになってるということだ。

そうなると、舌に支えられるべき脳も、内臓もグジャグジャ。

舌に支えられている顔もグジャグジャ。

不細工とは、ブスとは、低位舌の派生物である。

「舌はがし」とは、低位舌を矯正し、舌全体を上口蓋にぺたりとくっつける施術である。

ほとんどの人の舌は低位舌であり、「あいうべ」体操で幾分は改良するが、ほんとうの改良にはならない。

なんとなれば、舌が奥舌まで口蓋の下部分に癒着しているからだ。

この癒着をはがすことが、「舌はがし」なんである。

自分でできる舌はがし運動もある。

これも、前述の山下真有美医師によるものである。

山下真有美医師は、お若くて綺麗な方なんであるが、平気ですごい顔を作る。突き抜けてるな。

では、どうやって、舌の下口蓋への癒着をはがすのか?

以下は、福山が誇る「歯科室むつてっせん」( http://mutsutessen.com/  )院長の松永心子先生から私が受けた施術プロセスである。

(1) 何事もはがすには温めておくのがいい。冷たく固まっているとはがし難い。で、まず、眼とお腹部分にお灸をして全身を温める。

このお灸は便利である。肌に直接にしなくていい。

考案者は、大阪府にある「あきほ鍼灸院」( http://akiho-shinq.com/ )の院長の秋保良子氏である。特許申請中である。

(2) お灸により、冷えた身体が温まったところで、いよいよ舌はがしである。大方の人間の口はよく開かない。口腔内が縮こまっている。まずは口腔内を広げることが肝心。

自分でもできる。こんな感じで。

以下の写真は、歯科医の山下真由美氏のFacebook投稿写真からパクリました。すみません。

と言ってもわからんね。

下の動画をご覧ください。

以下の動画は、6月24日土曜日に新大阪駅近くの例の「甲州武田流整体術」で知られる岡崎治療院(  http://ok-zk.com/ )で、午後7時から開催された「舌はがし勉強会」での秋保良子氏のデモンストレーション動画である。

音声が聞き取りにくいかもしれませんが、こんな感じで口腔内を広げます。

それ以外についてのお話も非常に面白いので視聴なさってください。

この秋保氏も、若くお綺麗な方であるが、平気ですごい顔を作るし、平気ですごい話をなさる。この方も突き抜けているな。

撮影者は、平井幸祐氏である。

この動画において秋保氏が見せてくださる「口腔内広げ運動」によって、舌がかなり自由になる。

この段階を経てこそ、舌を奥舌から先端まで上口蓋にぺたりとつけることができるようになる。

ただし、私は、この口腔内広げも、「歯科室むつてっせん」の松永心子院長にしていただいた。

痛いです〜♬♬

(3) しかし、もっと痛いのが、下口蓋に癒着している舌を、下口蓋からはがす作業である。手袋をはめた指で、ゆっくりと強く、舌の裏側を押すんである。

セッセと、しかし、しっかりと押すんである。押すと、じょじょに舌が下口蓋から離れて、スッキリする。

別に強力セメンダインで舌と下口蓋はくっついているんじゃないからさあ。

刺激を与えれば離れる。

しかし、これが、痛いんである!!

げええええ〜〜と痛い。

私は、5月26日に初めて松永心子先生に舌はがしをしていただいたときは、息が止まるかと思った。

唾液が喉のところに溜まって苦しかった。

その唾液を飲み込めば楽になるのに、ちゃんと鼻で呼吸していれば苦しくないのに、馬鹿な私は「死ぬ〜〜」と思って、必死で松永心子先生の手を制止したんである。

そんな制止は構わず、グイグイと舌の裏側を押すサディスト松永心子先生。

この初回があったおかげで、2回目舌はがしを受けた6月3日の時は、ああまでは痛くなかった。

2回目施術は、元祖舌はがし啓蒙活動リーダーの平井幸祐氏によるものであったが、最初ほどには痛くなかった。

1番最初の舌はがし体験を、平井氏の施術によって受けた松永心子先生と、「歯科室むつてっせん」の歯科衛生士の小井川氏は、タオルを絞って泣いたそうである。

平井氏は、5歳から黒田藩傳武田流合気之術を汲む双真合気柔術を学んだそーだ。

13歳から、圓心流据物斬剣法を学んだそーである。

高校3年間は合気会の合気道を学び、馬術は神奈川県大会に入賞。

サムライですな。

自衛隊の少年工科学校では、ロケット弾発射法とか火薬処理に爆発物処理まで学んだ。

だからビルの爆破もできる資格までお持ちである。

それから、鍼灸師養成の短大に入った方である。

???

なんか、わけのわからないキャリアです。そーいうレオナルド・ダヴィンチというか、多種な分野を制覇してきた、わけのわからない方が平井氏である。

ゆえに、舌はがしの施術は、さぞかし気合(?)が入っていたことでありましょう。

下の写真は、美青年時代の平井氏である。

次の写真は、現在の「謎の人物」になった平井氏ご近影である。

平井氏ご自身のリクエストにより、あえて公開いたします。

他意も悪意も、私にはありません。

いやあ……舌はがし初体験が、松永心子先生でよかったですわ。

私は、タオル絞って泣きたくない。

お産かよ。

(4) 以上のごとく数回の舌はがし施術を受ければ、自分の指でお風呂の中などで、舌の裏側を押せばいい。手袋をはめて鏡の前でしてもいい。これを習慣にする。

(5) そうすると、ついには、舌が奥舌から先端までぴったりと上口蓋につくようになる。そうなると、脳も内臓も支えられる!体調が良くなる。

というわけです。

Understood?

現在の私の舌の状態は、奥舌から先端までぴったりと上口蓋に舌がついてはいない。

せいぜいが先端部ぐらいが上口蓋についているようになっただけである。

舌の推進力は、まだまだ弱い。

まだまだ道は遠い。

夜明けは遠い。

しかし、このような状態の私でも、以下のような効果を感じている。

(1) 歯と歯があたったり、歯を食いしばることがなくなってきた。歯と歯があたると、すっごく嫌な気分になるので。歯と歯はあたっちゃダメなんですよ、歯学的には。

(2) 舌が上口蓋についている状態だと自然に鼻呼吸になる。起床したときに、喉が痛い状態がなくなった。つまり、睡眠中に口開けて口呼吸しなくなったのだ。

(3) 舌が上口蓋についていると、唇の両端=口角が自然に上を向く。かすかに微笑んでいるような感じになる。唇が「への字」にならない。

これは大発見だった!

よく、口をへの字にすると、オッパイも下がりますよと言われる。

聞いたことない?

いや、そう言われるんよ。

オッパイが垂れないように、唇の口角は上げているように!って。

私自身は、今更オッパイなんかいくら垂れ下がっても困らんのであるが、唇がへの字になるというのは、低位舌であるということだったのだ!

低位舌なら、内臓も下がる。脳も支えられず、鼻呼吸によって、脳に酸素も行かない。

低位舌は、内臓にも悪いし、脳に酸素も行かず頭も悪くなるし、口がへの字になり不細工になり、オッパイも下がるのだ!!

これだけは、はっきり言える!!

美しくありたいのならば、男女問わず、低位舌を矯正し、舌はがしをするべきだ。

そうすると、顔つきが変わるんである。

これには証拠がある。

大阪府泉佐野市の「石田歯科クリニック」( http://is-shika.com/izumisano/newpage48.htm )の院長の石田亮人(いしだ・りょうと)氏は、「顎顔面口腔育成研究会」理事でもあるが、舌はがしbefore & after の被施術者の写真記録を蓄積しておられる。

副院長の三谷絵里氏ともども、舌はがしの研究をしておられるのは、舌の動き、舌の位置がいかに口腔内衛生のみならず、全身の健康に影響があるか認識しておられるからである。

6月24日の「舌はがし勉強会」では、そのデータの一部をパワーポイント資料で出席者に見せてくださった。

これが、ビックリだった!!

ほんとに、薄らボンヤリブス顔の少女が、キリッと利発そうな美少女になる。

どうしようもなく緩んだデブ顔の男子中学生が、凛々しい少年になる。

激変である!!

美容整形手術なんか無用だ。

舌を上げればいいのだ!!

たとえば、どうしようもなく低位舌の高齢者も、その舌がくっつくような入れ歯を作って口腔内にセットすると、やはり良い変化があるのだ!!

舌が上口蓋についていることには、かくも明瞭な効果がある!!

実は、私も実例を知っている。

ある時から、「歯科室むつてっせん」の松永心子院長と小井川歯科衛生士の顔つきが明らかに変化した。

急におふたりとも若返り、目がぱっちりと、生き生きした表情になられたのである。お肌もスッキリ前より綺麗になられたのである。ほんと。

「あれええ〜〜何かあったのですかあ?」と質問したら、「舌はがし」を受けたとおっしゃった。

おおおおお〜〜それは、それは〜〜〜

は?

何それ?

ということで、それが、私が「舌はがし」なるものに大いに関心を持った端緒だった。

冒頭の動画で紹介した山下真有美医師は、神戸の歯科医院「りりあ堂」( http://ok-zk.com/ ) の院長でらっしゃる。

現在、山下真有美医師は、口腔内医学のテーマとして、「舌はがし」を研究しておられる。

その研究の一部を、6月24日の「舌はがし勉強会」で、パワーポイント資料で披露してくださった。

歯科学など全くわからない私にはチンプンカンプンであったが。

他の出席者は歯科医さんが多かったので、みなさん納得しておられた。

学術的なものなので、知的所有権があるから、その動画をここで公開はしない。

ほんとに、他人の研究をパクる奴は多いからね。

山下真有美医師は、次のようにおっしゃった。

医学論文にして、「舌はがし」の重要性が既成既存医学の分野できちんと認識され、広まれば、日本人の健康増大に貢献できる。

健康ばかりじゃない。日本人を美しくすることができる!

歯科医が日本を改良できる!

お金もかからないし、日本の医療財政を圧迫しない。

私は、山下真有美医師による歯科医の立場から貢献できる日本改造計画に感動した

ともあれ、舌はがしに興味のある方々!!

まずは、インターネット検索してみてください。

ここで紹介した方々は、すでに、招聘されて、あちこちで講習会や勉強会を開催しておられます。

ああ……

2017年に私が出会った幸運はいろいろあるが、その大きな幸運のひとつは、この「舌はがし」広め啓蒙活動について知ったことだ!!

舌はがしは、21世紀の日本人を救うと思うよん。

日本人の劣化を止めるのよん。

日本人を美しくすると思うよん。

日本人の口元から、への字が消えるよん。

日本女性のオッパイが、ツンと上を向くのよん。

日本人の舌の推進力が日本の推進力になるのよん。

超訳アイン・ランド『水源』連載ブログを開始しました

本日は2017年7月14日金曜日である。

暑い。暑い。暑いとよ。

愛知県はゲリラ豪雨で、あちこちで冠水浸水。

大地震よりマシだ。

ミサイル攻撃よりマシだ。

禊いでもらっているのでありましょうか、数々の人間の罪を。

気象兵器HAARPって、ゲリラ豪雨も操作できるの?

ところで、本日、私は新しいブログを立ち上げた。

「超訳アイン・ランド作『水源』」というブログ。

訳者よりご挨拶—『水源』の超訳連載ブログを始めます!

まだ立ち上げたばかりなんで、不備が多い。

ネット難民といいますかIT文盲なんで、カッコいいBlogが作れない。

おいおい、もっと見れるものにしますです。

なんで、こーいう「超訳Blog」を立ち上げたのか?

一昨年に、アイン・ランドに影響を与えたニーチェに関する論文を書く前に、いろんなニーチェ本を読み、以下の本も読んだ。

ニーチェ作、適菜収(てきな・おさむ)訳 『キリスト教は邪教です!』だ。

現代語訳『アンチクリスト』だ。

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この快著については、副島隆彦氏も絶賛しておられる。

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ニーチェ作、適菜収(てきな・おさむ)訳 『キリスト教は邪教です!』を読んだ2015年夏から、私は思ってきた。

私も、アイン・ランドの『水源』 の「現代語訳」ならぬ「超訳」をしたい!

と。

版権に抵触はしないんですよ。

『水源』も『肩をすくめるアトラス』も、外国での翻訳版の権利をアイン・ランドの遺稿管理機構The Ayn Rand Instituteは持っていない。

だから、『肩をすくめるアトラス』訳者の脇坂あゆみさんは、ご自分で出版社を立ち上げ改訳文庫版を出版なさった。

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超訳を発表することに法的問題はないのでありますよ。

自由にできるんですよ。

で、私は、『水源』について、もっと大胆に訳文を書き換え読みやすくし、私的には枝葉末節と思われる部分はカットする。

風景描写で分かりづらい部分とか、饒舌に過ぎると思われる部分はカットする。

もちろん、こんな行為は作者のアイン・ランドに対して冒涜的かもしれない。

ランドは、『肩をすくめるアトラス』を出版する前に、編集者が「長過ぎるからカットしよう」という提案を蹴飛ばした。

「聖書をカットできないでしょ?」と言って。

いや、聖書だってカットしていいんよ。

聖書も長いが、『水源』翻訳本二段組1000ページ以上も長い。

抄訳という手もあるが、それならば「あらすじ」だけ読んでおけばいいだろう。

以下の開店休業中の「藤森かよこの日本アイン・ランド研究会」の「作品紹介」のところをクリックすれば良いですよ。

http://www.aynrand2001japan.com/index1.html

2004年にビジネス社から出版していただいたものの電子ブック版を作るために、改定改訳はした。

そのデジタル原稿はビジネス社に、2015年6月に送った。

しかし、「訳者解説」原稿を私はまだ送っていない。

改訳版電子ブック版販売については、急ぐことはない。

まだまだ、日本人にはアイン・ランドは無理だ。

今の中学生くらいから下の世代には期待できるかもしれないが。

でもまあ、当分はダメだろうなあ。

だから、私は出版社に催促もお願いもしていない。

ニーチェの言うところの「奴隷道徳」跋扈の日本では、まだまだ。

ずっと無理かもしれない。

でも、日本人の人口の2割の人間はアイン・ランドの精神を生きないと、あかんよ。

だから、種は撒いておく。

そのためにも、読みやすい超訳をしようと思った。

思っても、勤務先での仕事はくたびれたし、肝臓を悪くもした。

ランドに関する研究書も書きたいのに、書き上げていない。

アリストテレスのアイン・ランドへの影響を調べる仕事が、まだ残っている。

ほんとに、仕事が遅い私だ。

でも、このスロースペースが私の実態で真実ならば、それを私は受け容れて、コツコツやるしかない。

ともかく、超訳作業にしろ、研究書作成にしろ、退職後にしようと思った。

福山市立大学勤務時代も、私はヘトヘトのヨレヨレであったので。

で、めでたく退職した。

それから100日ちょっとが経過した。

そろそろ始めないと。

実質的にガンガンと書き仕事できるのは、あと10年ぐらいだろう。

緩いエッセイの類なら、90歳になろうが100歳になろうが書けるであろうけれども。

というわけで、やっとアイン・ランド研究者らしい態勢に入ります。

お気が向いたら、「超訳アイン・ランド作『水源』」Blog の方も覗いてやってください。

この「超訳Blog」は、ほぼ毎日更新します。

連載新聞小説のノリで、更新する。

この100日あまり、無職のプー太郎ならぬプー子として、のんびり生きた。

専業主婦の真似事もした。

すっごく幸せだった。

生まれてから1番気楽で幸せだった。

毎日、間食しながら読み散らかして楽しかった。

好きに食べたいものを作って過食してデブった。

ああ、また忙しくなる。

でも、自分がほんとうにしたいことができる最後のチャンスだもの。

Die empty!

もう空っぽだよ……もう何も出ないよ、やるだけやったから死ぬね……

と言えるような黄金の日々を創ろう!

って……またヘトヘトヨレヨレになりたいのか、私は……

現金が消える時代は自由も消える?

本日は、2017年7月9日日曜日である(ほんとは翌日の10日です)。

今日の日曜日は福山に行く日であった。

福山が誇る「歯科室むつてっせん」(http://mutsutessen.com/)に定期的に口腔内チェックをしていただく日であった。

本日は、福岡の「七星スパルタ鍼灸院」(http://nanahoshi89.wixsite.com/nanahoshi-hp)院長の平井幸祐氏による「舌はがし」施術出張デモンストレーションも「むつてっせん」で開かれる日でもあった。

だから、私は、歯のクリーニングとともに、再び「舌はがし」もしていただくつもりであった。

が!昨日の名古屋の猛暑の中、私は外出せざるをえなくて、プチ熱中症になってしまった。

吐き気がするほどの湿気に暑さだった。

う〜〜夏は嫌いだ。

ただでさえ、悪い頭が夏はもっとさらに悪くなる。

ということで、今日は福山に行けず、名古屋の自宅でぶーたれていた。

夕方くらいまで気分が悪かった。

なんと、「むつてっせん」の院長の松永心子氏は、平井幸祐氏に美容鍼までしていただいたようである。

む……ドサクサまぎれに、私もしていただきたかった。

美容鍼いいですよ!

「むつてっせん」は奇妙な歯科医院だ……舌もはがすし、美容鍼まで体験できる!

ところで!

昨日、私は非常に遅ればせながら、スマホを購入した。

長年使用してきたガラパゴス携帯のFomaを、iPhone 7 Plusに機種変更した。

こんなもん買いに外出したから、脳足りんの熱中症になっちゃったのだ。

前もって、希望の機種もお店に行く時間もネットで予約して行った。

にも関わらず、Docomo ショップでは手続きに2時間もかかってしまった。

可愛らしい女性の店員さんは、何事もよくわかっていない前期高齢者寸前のオバハン相手に大変であったとお察しします。すみません。

Docomoショップは久しぶりに行った。手続きが、すっかりIT化されていた。署名もみなタブレットに書くスタイルであった。

いろいろ売りつけるのも、さり気なく巧妙になっていた。

ついつい、スマホケースもシリコンのディスプレイカバーも買ってしまったぜい。

デニムのケース。渋いっしょ。

こんなんでも2900円とかするんだよね〜〜

ほんとうは、スマホに機種を変える必要性はなかった。

ガラ携とiPad数台併用で不便はないんよ。

勤務時代は移動も多かったから、新幹線の中でもインターネットできるスマホを持っている方が便利だった。

なのに、なんで、無職になってから、わざわざスマホにしたのか?

その理由は、どう考えても、どうも、この世界を牛耳る人々は、現金を無くしたいと考えているようであるな……と、思うようになったからだ。

ならば、慣れておかねば……と思うようになったからだ。

70歳になってからだと、まごつくでしょ。

電子マネー決済が一層に多くなるだろうから、そういう作業をスマホで済ませることが普通になるのであろうから、やっぱ、そういう事態に慣れておこうと急に思ったからだ。

銀行の口座間送金とか振り込みなどはネットで済ますようになってから久しい。

クレジットカードも1980年代あたりから一般的になって、久しい。

買い物したら即時に、口座から代金が引き落とされるデビットカードも一般的になった。

私も、amazonや楽天の買い物はデビットカードだ。

昔はクレジットカードの請求書は紙で郵送されてきたが、今はe-statementだ。

デビットカードの使用記録はメイルで知らされるし、使用額は引き落とし口座をネットでチェックすればいい。

コンビニでも、新幹線のホームの売店でも、Readerに携帯やカードをかざして支払いをすませている人々をよく見るようになった。

駅の乗車券売り場のカウンター前で行列して、係員にジタバタ行き先を言ってるのは、中高年であって、若い人は並ばずに改札口でなんかピッと置いている。

私も、新幹線はネット予約して、EX-IC カードを置くだけだ。

あれよあれよという間に、現金を使わなくなってきている。

私は、財布の中をまさぐって小銭というかコインを探して支払うが、そーいう時間のかかることをしている人々が、どんどん減っている感じだ。

今の銀行って、現金についてうるさい。ATM による送金は10万円までだ。去年度の住民税を福山市に払いこむときだって、窓口で、何枚も書類書けと言われて、ID提示させられて、面倒くさい。

自分のカネをどこに送金しようが自由でしょーー!!

とは行かない。

税金や社会保険料は、クレジットカードやデビットカードで払えないの?

払えるのかな? ダメ?

ともかく、銀行が現金について顧客の自由さを抑圧し始めている。

これは、どーいうことかなあ。

これって、やっぱり、意図的に、物としての現金=貨幣を介在させない方向に、社会が誘導されているよねえ?

偶然ではないよ、これは。

スマホの普及の速さは、単なる自然現象じゃない。

周到に用意されている。

誰によって?

知りませんがな。

現金が消えてデジタルの数字のやりとりで支払いがなされるならば、偽札造りは防げる。

外国のお札って、冗談みたいにオモチャ風だもんな。紙幣偽造って容易なんだろうなあ。

現金が消えると、デジタルの数字のやりとりの記録をチェックするだけでいいので税務署はラク。

脱税できる余地がなくなる。

いわゆる「アングラマネー」がなくなる。

極道さんたちが麻薬とか人身売買するときは、電子マネーもクレジットカードも使わずに、「現ナマ」ですね。

日本における極道さん世界で還流する資金は9兆円規模だそーだが、記録を残さないので、税務署は把握できない。ざまみろ。いやいや……

テロリストさんたちが武器を購入するときも、記録を残さないために、身元を明らかにしないために 現金主義らしい。

ゴルゴ13のような暗殺者に謝礼を渡す時も現金だ。

「邪魔な奴の処理代」なんて税控除されないしなあ。

脱税する気なら、銀行にお金は預けず 、タンス預金か、自宅の隠れ部屋の金庫に入れておいて、支払いはすべて現金にするのに限る。

子分さんたちに渡したお金も、現金ならば税務署に捕捉されないので、贈与税はかからない。

最近 急に暴力団関係に対する警察の姿勢が厳しくなったのは、「アングラマネー」潰しらしい。

やはり、事態は現金を消す世界へと向かっている。

銀行を介在させない記録に残らない現金が消える世界は、つまらない。

すべてが当局にはガラス張りの管理が容易な世界は、息苦しい。

タックスヘイブンに預ければ、ばれない?

スイス銀行だって、いくら顧客の守秘義務があっても、銃で脅されれば、口座にいくらあるかは簡単にバラす(と思う)。

現金が消える世界は便利だけれども、自由な商行為への圧迫だ。

たとえば、金地金の売買が禁止されても、こっそりと友人知人に金を売って現金をもらうということはできる。

でも、現金が消えてしまう世界では、これが無理になる。

たとえば、一応は非合法の売買春のような商行為への支払いを、クレジットカードやデビットカードでできないでしょー。現金だからこそ、できる。

風俗店での支払いだって、やはり現金でないと雰囲気が出ないのではないか。

チップとか寸志というのは、やはり現金でしょう。

現金が消えると、チップや寸志のような良き慣習はどうなるのか?

「よくやってくださったわね。気持ちだけでも差し上げたいわ。オタクの口座番号を教えてくださらない?」と言って出せるものであろうか寸志を。

もしくは、現金の寸志の代わりに、QUOカードを渡せばいいのだろうか。もしくはSuicaカードとか。

そそくさとドサクサに紛れて渡すから寸志でありポチ袋なんだぞ。
お年玉は、どうなるのか!

「ナントカちゃん!オバちゃんに口座番号教えて!スマホのアプリですぐに送ったげるわ!」と言うのだろうか。

それはさておき、今の世界は、科学技術の発展とともに、便利さと同時に管理統制が行き渡る方向に進んでいる。

スマホという小さな箱を通して管理され、スマホによって時間潰しの方法もあてがわれて生きる人類。

私も、そんな何者かに飼育されるデジタル畜群のひとりになっちゃった……

現金が消える時代は、便利ではあるけれども、自由も消えるなあ。

そういう世界に移行しつつあることの意味を、プチ熱中症の後遺症でグダグダしつつ考えながらも、脳がもんじゃ焼きになっていて、結局はスマホに遊んでもらった日曜日であった。

(備考)

この拙文を読んで下さったFacebook友だちの方から、以下の記事を教えていただきました。ありがとうございます〜〜!

中国のキャッシュレス社会のすごさをレポートした記事です。

面白いです!!

http://diamond.jp/articles/-/134622?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

やはり食うことを選ぶ

本日は、2017年7月5日水曜日である。

無職のプー太郎ならぬプー子暮らしも約100日である。

時間があるので、いろいろ読み漁っていると、世の中にはどちらが正しいかわからない問題が山積である。

地震大国の日本に原子力発電所なんて狂気の沙汰である!どんなに防御策をこうじても駄目だ!脱原発だ!

という意見がある。

一方、原発を稼働しなくなってから日本のエネルギーの安全保障は脅かされている。エネルギー輸入で国家財政は圧迫を受けている。再生可能エネルギーは開発中でコストが高く実用化への道は遠いから、原発稼働させるべきだ!原発という科学技術をもっと発展させることも重要だ!

という意見もある。

こういう意見もある。

日本の国債発行高=日本政府の借金(日本国民の借金じゃない!)は、ついに日本のGDPの2倍である!これ以上借金はできない!IMFから管理されるぞ〜〜緊縮財政だ〜〜プライマリーバランスだ〜〜増税だ〜〜増税だ〜〜!!

一方、こういう意見もある。

家計や企業経営と国家財政は違う!日本の国債は円建てで、購入しているのは日本人がほとんどだから、問題ない。なんとなれば、政府は円を発行できる。国債の償還ができないなんてことは起きない。緊縮財政とかいって、国しかできないインフラ整備補強や教育福祉への予算を削り、国家経済を萎縮させたら、デフレーションが長引き、国民生活は困窮する!!

少子高齢化問題の対策にも意見は別れる。

移民を受け容れるしかない!

いや、それは安全保障上問題だ!労働力不足は人工知能で補えるように産業構造を変えるべきだ !

もうねえ……

どちらが正しいかわからないよ……

で、このような対立する見解の中に、「人間は不食をめざすべきか、食うのを楽しむべきか」という問題がある。

「人間は食わなくても生きていける……食わないと死ぬというのは、思い込みである……」

こういう見解を私が知ったのは、2005年くらいだった。

その後、私は、不食とか少食に関する本を随分と読んだ。

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少食が健康にいいし、脳にもいいし、若返りにもいい……

1日1食でいい。3食は過食で万病の元……

断食すると、ほとんどの病気は治る……

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ほんとうに現在の世界中で、食べずに生きることを実践している人々が増えている……

人間は食べ物を摂取しなくても、空気や太陽光などから生きるためのエネルギーを得ることができる……

光合成人間か……

もちろん、こういう「不食、少食のすすめ」に真っ向から反対する意見もある。

代表は、かの有名なる「高須クリニック」院長の高須克弥氏だ。

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私が「人間は食わんでもいいし、食うのは旧人類で新人類は食わんでもよくなる」説を知って、はや12年が経過した。

で、12年後の私の結論は何か?

やはり、食わんといかんでしょ、人間は。

そーいう結論に達した私なりの理由は、以下のとおりだ。

(1) 少食や断食を提唱していた代表的医師であった甲田光雄氏が、予想外に早くお亡くなりになった。その理由は医業というハードワークのせいだったかもしれないけれど、ひょっとしたら、栄養失調だったのかも……

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(2) 不食や少食や断食を提唱している人々が、私から見ると、あんまり幸せそうに見えない。1日1食だと若く見えるというが、60代は60代だよ。美魔女も美魔男もいないよ。年相応だよ。

(3) 食わんでも人間が生きていけるとするのならば、なんで「歯」があるんだ? 物質としての人類には咀嚼のための歯がある。ということは食うことは、物質的存在としての人類の運命である。

(4) よしんば、大食が健康にも脳にも悪いとしても、食べ物を美味しく食べることは、快楽である。快楽あってこその人間の生ではないか。禁欲なんか、しょうもない。

(5) 食材を美味しくするという料理技術は人類の宝だ。主要な文化でもある。私は、料理の上手い人を尊敬する。

こういう結論に至ったのは、無職になって、ゆっくり料理する時間ができたからだろうなあ。

賃金労働していた時は、忙しくてくたびれて料理できず、テキトーに済ませていた。

「どうせ食べない方が健康にも脳にもいいんだから、食べなくていいんだ」と。

が、そんないい加減な日々が3日も続くと、猛烈に心に飢えが生じた。

真夜中に起き上がり、発作的にお米を洗って、ご飯を炊いて全部をおにぎりにして、大食いした。

仕事を済ませると、タクシー呼んで、お気に入りのイタリアンレストランに行って、大食いした。

ロールケーキ1本を買ってきて、丸々食ったりした。

ポテトチップス3袋を一気食いした。

通販でカステラ注文して、届いたら1本を丸々食べた。

ざまみろ。

デブるはずだぜ。

でも、後悔はない。

確かに、食べていない方がデスクワークは捗る。集中できる。

でも、必ず反動があった。

だって、論文を書いてるときの甘いものは最高なのよねん……

今は、毎朝、「夕ご飯どうしようかなあ〜〜」と、冷蔵庫を開けて考える。

これとあれ作ろう。これが賞味期限近いから、これを使おうとか、考える。

冷凍してある食材の自然解凍を朝から始める。

この食材で簡単に美味しく作れるものはどんなのがあるかなあ?と、iPadで検索する。

凝ったものじゃなくても、きちんと作って美味しく食べれば満足する。

イライラしたりしない。

やっぱり、「食べる」ことって大事だなあ……と、あらためて思う。

食べることにこだわるのが、旧人類でもいいよ。

今更、新人類にならんでもいいよ。

「シン・ゴジラ」みたいに空気を吸い込むだけで、酸素や窒素を身体維持に必要な栄養素に還元できる身体にならんでいいよ。

ゴジラは歯並びが強烈に悪くてさ、噛み合わせが悪いから、咀嚼できないから、食うことを諦めて、光合成生物に進化したんだろう。

私は、歯があるんで、食います!!

大食いで短命でもいいよ。

ここまで生きてこれたのだから、上等だ。

ということで、最近に読んで面白かった料理本を最後に紹介する。

かの海老蔵さんのお母さんの堀越希実子氏の『成田屋の食卓』だ。

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成田屋さんは、團十郎さんはすでに亡くなったし、後継の長男さん海老蔵さんのお嫁さんが亡くなっちゃったし、この長男さんは、またいろいろ問題起こしそうだし、お孫さんは幼いし。

私と同世代の、この堀越希実子さんは隠居などしていられません。

私は、特に成田屋さんのファンではないですが、同世代のよしみで、この堀越希実子さんを応援させていただきます!

今日の夕食のメニューのひとつは、「成田屋のポテトサラダ」にする。

美容鍼突撃人体実験レポート  (3)

本日は、2017年7月3日月曜日である。

昨日の2日日曜日に、美容鍼第3回目を受けてきた。

ご存知、「こもの鍼灸院」( http://nagoya-biyouhari.com/ ) である。

日曜日の午前中であったので、結構お客さんが多かった。

中年の男性客ともすれ違ったし、待合室には数人の女性のお客さんがいた。

本日も、48本の鍼を打っていただき、鍼に通電10分間。

ビリビリと電気人間10分間後にブザーが鳴る。

鍼を抜いたあとは、頭皮や首回りマッサージで、30分。

またも、鍼治療中の姿を、「新屋 翼」院長にiPadを渡して撮影していただく。

すみません。

迷惑な客だ。

痛そうな顔してますが、痛くないです。

やはり、何回していただいても、鍼でありますから、針!なんで、私がビビっているだけです。

3回施術していただいて、効果がはっきりしているのは、皮膚が柔らかくなったことだ。

触ると、モッチモッチです。

ほほほ。

しかし、「ジジイの筋肉と、ババアのモッチモチの肌なんか使い道ない」

と夫に言われた。

くそ。

夫の辛辣で正直な言葉を、家庭内野党の健全な批判として受容する私。

あくまでも私こそが、与党で政権担当者である。

私は政権担当者の覚悟を持って、野党の罵倒に耐える。

「こもの鍼灸院」の栄町は久屋大通りというロケーションからして、美容鍼を求めるお客さんは若い女性が多い。

綺麗であることが就労条件であるようなビジネスの方々が多いかもしれない。

waiting roomにおられる若い女性は、なんとなく、そのへんのおねえさんではない垢抜けた感じがする。

が、私が思うに、こーいう美容鍼は還暦過ぎのフツーの女性こそ受けたほうがいいんじゃないか。

勉強とか適度の運動とか情報摂取とか社会との関わりは、若い時より高齢になってこそ より一層に必要なものだ。

外に出るためには自分自身の外見のメインテナンスも必要だ。

高齢者の数はドンドン増えている。

高齢者こそ、外見に気を配らねばならない。

でないと、街の風景がくすむ。

枯れ木も山の賑わいである。小綺麗な枯れ木でいようよ。

日本のジジイは、世の中を舐めているし、自分を突き放して見ることが苦手だ。

汚く老けるがままに平気で街を歩いている。

あの厚かましさ無神経さには感心する。

男は外見じゃないって?

おまえらに美しい内面があるのか??

チャンチャラおかしいわ!!

外見くらい気をつけろ!!

話を戻す。

美容鍼は、塗たくるだけのエステより、いいと思う。

化粧品って添加物の塊みたいなもんでしょ。

私は、顔を洗うのも水でパシャパシャだ。お風呂でも石鹸ほとんど使わない。

シャンプーは洗髪数回に1度の割合しか使用しない。あとは湯シャンだ。

それくらいに、添加物の塊に生身の皮膚を晒すのは私はイヤだ。

ましてや、皮膚の切開など。

美容整形手術は、歴史が浅いから、手術後の影響に関するデータが、まだまだ蓄積されていないのではないの。

生体を切開するって、やはり細胞を傷つけるんだから、影響がないわけはない。

私なんて、2007年夏に受けた右目の白内障手術後は、半年以上もまともに読書に集中できず、音楽ばかり聴いていた。

目の水晶体を取り出して人工レンズに取り替えただけでも、そうなった。

くも膜下出血手術前までは非常に頭の回る大学教員であったのに、術後は口数が無駄に多いだけの、講演を聴いても途中で居眠りする類のオバハンになった実例も見た。

手術って、影響力が大きいと思う。

ほんとに手の施しようがないブスであって、放置すると社会的存在が危ぶまれるからとか、モサドの諜報員として暗躍するからとか、偽装死して別人で生きて行くからとか、高須クリニックの院長さんのように身をもって美容整形手術の威力を宣伝広告するからとか以外の理由では、手術はしない方がいいんじゃないか。

美容鍼というのは、いい鍼灸師さんの施術であれば、皮膚の美容としては、いい方法だと思う。

この「こもの鍼灸院」で面白いのは、院長の「新屋 翼」氏のお話である。

プロの鍼灸師である新屋院長にとって残念であることは、「鍼灸というものは標準化が遅れている」ということである。

標準化が遅れているとは、どういうことか?

鍼灸の歴史が始まって以来、個人の鍼灸師のセンスや技量は、その個人一代で途切れがちであった。

知る人ぞ知るの名鍼灸師は、実践で忙しく、自分のノウハウなど書き残さない。

弟子が、そのような名鍼灸師の師匠から技法や知見を受け継いでも、どうしても、そのまま継承はされない。

ノウハウを書き残しても、それは文字だけのことであって、具体的な技術はやってみないとわからない。

いわば、施術者個人のセンスや資質がモノを言う職人芸なのだ、鍼灸は。

整体という分野もそーである。

しかも、鍼灸にしろ、整体にしろ、被施術者(患者さん、お客さん)の個体差が甚だしい。

効果が出るのも出ないのも、被施術者次第という要素も大きい。

標準化が遅れているというのは、この意味である。

それに加えて、鍼灸師になるタイプの人間というのが、非常にマイペースで、自分の道を極めたいタイプということがある。

社畜になれない。既成の組織の中で生きて行くのが苦手の人間ばかりである。

さらに厄介なことは、人のために何かしてあげたいと思うタイプの人間が圧倒的に多いことだ。

だから、自分の施術の対価として金銭を得ることに、ある種の抵抗を感じやすいのが、鍼灸師でもある。

つまり変人奇人の善人が、この業界に入りやすい。

と、「こもの鍼灸院」の新屋院長は、あけすけにおっしゃる。

やはり福岡の「七星スパルタ鍼灸院」(http://nanahoshi89.wixsite.com/nanahoshi-hp )という奇妙な名称の鍼灸院の院長であり、「舌はがし」啓蒙活動のリーダーの天才というか変人奇人の平井幸祐氏が私に推薦した方だけのことはある。

この新屋翼院長も、そうとうに変わっている。

ともかく、予防医学や健康維持のための分野として、鍼灸も整体も、学べば誰でもある程度の効果が見込める施術ができるという「体系」として出来上がっていないと、新屋院長はおっしゃる。

「体系」とは権威が与えられたある特定の分野の知識の総体である。

しかし、鍼灸にしろ、整体にしろ、そのような形式的知識の体系ではなく、暗黙知に依存している。

だから、鍼灸にしろ整体にしろ、それらに従事する人間の多くが、自分の知識と技術の対価として正当に受け取るべき金銭について、自信をもって、「これだけの報酬が必要である」と言えない。

形式的知識の権威づけられた総体でありそこねているがゆえに、ビジネスとして成熟できない鍼灸業界。

だからこそ、日本における鍼灸業界の縮小が起きているらしい。

鍼灸師養成系専門学校が、学生募集を停止するケースも出てきた。

このままでは、伝統的な東洋医学の鍼灸業界や整体技術が継承されなくなるかもしれない。

「こもの鍼灸院」の新屋院長は、このような業界インサイダー話を平気でしてくださる。

なるほど……

私は、渡邊明先生ご担当の三重大学大学院工学部の「生産管理論特論1」で聴講させていただいたことの一部を思い出した。

20世紀のアメリカでは、工場の生産性を上げるために、テイラーという工学者は、熟練工の動作を徹底的に細分化した。

ひとつの製品をひとりの熟練工が製造する過程を7800に分けて検証した。

熟練工の一連の作業を細分化して、その細分化された一工程の作業だけならば、非熟練工でもできる。

急激に流入する英語も話せない移民たちをサッサと労働力にするために、彼らが熟練工になるのを待っていられない。賃金も抑えたい。

だから、細分化された断片化された作業を分業にして、それだけ非熟練工にさせて、その作業をつないでいけば、熟練工の成果と同じ質の成果が得られるのではないか?

熟練工はプライド高くて賃金も高くて気まぐれだけど、非熟練工に分業の単純作業をさせれば、賃金は抑制できると同時に、労働者の補充は容易だし……

これが、かの有名な「テイラーの科学的管理法」である。

アメリカ経営学の基礎の基礎である!

で、これを自動車産業に応用したのが、ヘンリー・フォードだった。

このBlogの「三重大学工学部大学院「生産管理論特論1」第3回講義(2) テイラーの科学的管理法 」を読んでね!!

https://aynrandassociates.com/2017/05/07/%e4%b8%89%e9%87%8d%e5%a4%a7%e5%ad%a6%e5%b7%a5%e5%ad%a6%e9%83%a8%e5%a4%a7%e5%ad%a6%e9%99%a2%e3%80%8c%e7%94%9f%e7%94%a3%e7%ae%a1%e7%90%86%e8%ab%96%e7%89%b9%e8%ab%961%e3%80%8d%e7%ac%ac3%e5%9b%9e%e8%ac%9b/

しかし!

この種の「熟練の移転」は、鍼灸や整体の世界では無理だ。

頭だけこの人、肩だけこの人、背中の筋肉ほぐしにはこの人ってわけにはいかない。

分業が無理。

サルでもできる単純作業を集めれば、才能と技術のある鍼灸師と同じ質の作業になるというわけにはいかない。

鍼灸や整体は、ひとりの施術者がトータルに達成しなくてはいけない。

ここが、難しいよね。

ビジネスとしての問題はどうか?

「学問分野」「専門分野」として権威づけられるからこそ、ビジネスとして成立するということは、確かに言える。

西洋医学の場合だって、ほんとうは、根拠が希薄かもしれない。

西洋医学という学問体系はできているが、体系ができているからといって、真理とは言えない。

ある時代の思考の枠組みの中におさまった知識の総体であるだけなのかもしれない。

ほんとうは、人間の身体の仕組みについて無知なままであるかもしれない。

西洋医学の医者も個人差は大きい。

国家試験を受かったといっても、とんでもない殺人医師もいるだろうし、一方、God’s Handと呼ばれる名医もいる。

ほんとうは、西洋医学の分野も暗黙知に依存している。

ただ、西洋医学には権威が与えられている。

既成学問分野として権威を与えられている。

ほんとは、裸の王様だけど、すごい豪華なガウンを羽織っている(かもしれない)。

その権威をありがたがる患者は病院の奴隷となり、人体実験材料にされ、医療費を払い、保険適用外のわけのわからん殺人的抗癌剤に大金を出す。

何を私が言いたいかといえば、体系ができて美味いビジネスになるということは、大きな詐欺なのだ、ということだ。

鍼灸という分野は、整体の分野も、知る人ぞ知るの分野であるからこそ、「自由」が担保されている。

既成の権威というお役所的なものが関与してこないからこそ、「自由」が担保されている。

効果のある施術を受けたい非施術者にとっては、権威なんて要らない。

そんなものは、歌舞伎町のLove on the board という出会い系バーに通う文部科学省官僚にぶら下げさせておけばいい。

現行の医学に不信感を持っているからこそ、客は鍼灸院や整体院に行く。

そーいう客は、口コミで質の良い施術者に関する情報が伝わる情報ゲリラ戦に参入する。

健康保険が効く治療なら何でもいい、安くつく治療なら何でもいいというタイプは、権威に騙され殺される(と思う)。

まともに生きてきた人間ならば知っている。

安かろう悪かろうだ。

タダより高いものはない。

そういう人々は、対価を払って良質のサーヴィスを受けたい。

心ある志ある鍼灸師さんや整体師さんたちは、互いに効果的な施術に関する情報を交換し、データを蓄積し、どんどん社会に発信すべきだ。

良質のサーヴィスを求めている人々に届くように。

あくまでもゲリラ戦でね。

でないと、役人がすぐにシャシャリ出てくるよん。

税務署もうるさいわよん。

そのようなゲリラ戦で生き残って行く人たちは、数は多くはないだろう。

どの分野でも質のいいプロは少ないから、当たり前だ。

良質の鍼灸師さんや整体師さんたちには、ゲリラ戦の自由を担保しつつ、ビジネスとしても是非とも生き残っていただきたい。

このような目のお灸方法を考案し、特許申請中の若い女性鍼灸師さんもおられる。

このようなお灸方法を考案なさったのは、秋保良子氏である。

http://akiho-shinq.com/

私は、福山が誇る「歯科室むつてっせん」(http://mutsutessen.com/)で、サーヴィスでしていただいたよ、新式お灸。

これは、その時の写真だ。院長の松永心子先生が撮影してくださった。

目を温めるお灸である。

お腹もこの方法で温めることができるよん。

この業界にも、いろいろNew Waveが起きているようだ。

ということで、私は美容鍼の第4回目も予約したのでありました。