私が買って良かったもの(17) ノルディックウォーキングのポール

本日は、2017年9月24日日曜日である。

お彼岸のお墓まいりにも行かず、10月2日締め切りの論文も書けるかどうかわからない初秋だ。

イスラエルのことBlogに書きたいのに、時間も体力もない。

今は、論文なのよん。

私が前に勤めていた福山市立大学の都市経営学部の紀要『都市経営』は、退職者も論文を提出できる。

審査もないんで、提出すれば掲載されて活字になって、CiNiiで検索すれば、誰でもアクセスできて、ダウンロードできるのだ。

素晴らしいでしょ。

この点については、福山市立大学の都市経営学部にほんとに感謝してる。

できることなら、延々と毎年、論文を提出したい。

ともかく、まずは10月2日までに書かなくちゃ。

書けるかどうか、ヒヤヒヤしてる。

カネにもならんし、義務でもないし、誰も読まないし、本代がかかるだけだし、進歩もないし、だけど書いて活字にしてもらいたい論文状作文。

この気持ち、自分でもわからん。

ところで、今日の私が買って良かったものとして、あらためてお勧めしたいのは、ノルディックウォーキングのポールだ!!

2012年以来、私はプチ身体障害者である。

骨盤の歪みで右脚が3センチほど短くて、歩行困難で、1キロも歩けば脚は痛いわ、腰は痛いわ、疲れでひどく消耗する。

股関節の可動域を広げればいいったって、両脚を広げるだけで痛い。

開脚できません!!

しこも踏めません!!

痛いのを我慢して毎日股関節を柔軟にさせる運動できるような根気は、私にはないのねん。

そんな根気があるのならば、こんな人生は送ってこなかったのねん。

努力って、ほんとはできない気質なのねん。

運動も体操も大嫌いなのねん。

スポーツは見るのもするのも興味ないのねん。

でも、この状態でいると、ますます歩行困難になるよねん。

車椅子がないと移動できない状態になるのは、かなわんわ。

人様の時間や労力を使わせてもらえないと生活できない状態になるのは、かなわんわ。

走ったりジャンプしたり、大阪府立登美丘高校のダンス部TDCさんみたいにカッコよく踊ったりはできなくても、このまんまプチ障害者状態を維持したい。

ということで、例の舌はがし啓蒙運動のリーダーの平井幸祐氏の勧め(歩けなくなりますよという脅し)もあり、最近の私は、ほぼ毎日、雨天でなければ、ノルディックウォーキングのポールを使って散歩している。

6月24日に大阪は岡崎治療院のセミナールームで開催されたノルディックウォーキング講習会にお誘いくださり、ノルディックウォーキングを知る機会を提供してくださった平井幸祐氏には、感謝申し上げます。

ありがとうございます〜〜

舌はがしと平井氏に出会わせてくださった、福山は「歯科室むつてっせん」院長の松永心子先生に感謝申し上げます。

ありがとうございます〜〜

おふたりとも、これからも有益な情報と「脅し」をよろしくお願いいたします。

ノルディックウォーキング散歩といっても、今はせいぜい、30分から長くても45分くらいの散歩だけれども、いずれは1時間半ぐらい歩けるといいなあ。

できればね。

ノルディックウォーキングの講習会で、ノルディックウォーキングのポールを購入したものの、たまの外出時に使用するだけであり、真夏に外を歩く気にはなれなかった。

でも、最近は手放せない。

ポールを利用すると、歪な身体でも真っ直ぐに歩ける。

それが嬉しい。

杖も頼りになるけれども、身体が歪んで疲労が大きいのよん。

でも、2本のポールだと、背筋を伸ばして歩ける。

腕も背筋も使うので、全身運動になる。

少しでも毎日歩いていると、身体が不自由ながらも、楽に動く。

私は無職だから、家事ができて、食材の買い出しをできるぐらいの外出力があればいいんだからさ。

死ぬまで、それが自力でできれば、いいんだからさ。

やっぱり、頭も身体も日常に使わないとね。

ともかく、昼下がりのご近所さんを、初秋の秋風に吹かれて、タラタラ歩いていると楽しい。

これからの季節は、もっともっと気持ちが良くなるだろうなあ。

冬の空の下を毛糸のショールを首にグルグル巻きながらノルディックウォーキング散歩なんて、いいじゃないの。

せいぜいが、ご近所さんをウロチョロ歩くだけだけれども、ご近所さんといっても、ほんとはよく知らないので、「こんなお店があるのかあ……」とか、「センスのいい建築だなあ……」とか、思いながら歩くのは楽しい。

やっぱり、歩かないと町は制覇できないね。

歩いたところは、勝手に私のテリトリーとする。

ノルディックウォーキングのポールがなかったら、散歩も楽しめなかったろう。

2012年以来、ほんとに私は運動不足だった。

歩けば、脚が痛くなり、腰が痛くなり、背中が痛くなって、疲労困憊だったから。

福山市立大学のキャンパスが小さくて狭かったから、何とか仕事ができた。

あれが桃山学院大学のように、教室間の距離もあるような職場ならば、研究室から相当に歩かねばいけないところに教室があるのならば、私はもっと早く退職せざるをえなかったろう。

いやあ……プチ身体障害者になっても仕事ができるようにとの計らいで、私は福山市立大学に移るように導かれたのかもね。

きっと、そうだわん。

何でも自分に都合よく考える私。

ノルディックウォーキングのポールは、私のようなプチ身体障害者ばかりでなく、本格的障害者にも有効らしい。

車椅子だった人でも、ノルディックウォーキングのポールを使って自力で歩けるようになったという話を聞いたが、病気による麻痺ではなく、ただの筋力の低下による歩行困難ならば、ポールを使えば大丈夫だ!

メディカポールなんか、いいんじゃないかな。

ときどき、非常に身体を苦しそうに曲げて歩くかなり高齢の女性を見かけると、「ノルディックウオーキングのポールを、お使いになると楽になるかもしれませんよ!」と話しかけたくなる。

杖をついて散歩をする高齢の男性には、「ノルディックウオーキングのポールを使う方がスイスイ歩けますよ!」と話しかけたくなる。

大阪なら、それもありなのだけれども、名古屋つーのは、他人に声がかけづらいところでねえ……

自分が頻繁に使うようになって、ほんと、私はノルディックウオーキングのポールのすごさに感心している。

2012年の秋以来、初めてだ!まっすぐに身体が左右に揺れることなく、右脚を引きずることなく歩けるようになった!ノルディックウオーキングのポールを使って!!

今のところ、ご近所さんを散歩していても、同族の方に出会えないのが、ちょっと残念だ。

ノルディックウオーキングのポールを使って歩いている人には出会いたい。

会って挨拶したい。

互いのポールのブランドなんかをチェックしたい。

同じマンションの住人の女性数名からは、ポールについて、質問を受けたことはある。

そういうときは、しっかりと説明して宣伝する。

私は、ノルディックウオーキングの啓蒙活動をするぞ。

歩く広告塔になるぞ。

こんな便利なものだもん。

私のようなプチ身体障害者にとっては、ほんとうにありがたい。

先日も、隣の奥さんから、「それって、ノル……なんとかって言うんですよね」と質問された。

隣の奥さんは、元体育の先生である。

週に1回、老人施設に行き、体操の指導をなさっている。

ところが、入居者の高齢者の方々が、どんどん元気が無くなっていく。

自分で何かする気力が消えて行くように見える。

施設は問題が起きるのが嫌なので、入居者の高齢者が自由に行動することを嫌がる。

何でもかんでも従業員がして、入居者はぼんやり無為に日を過ごす。

最初は元気で明るかった人が、ボンヤリとした無気力な老人になる。

何とかならないものだろうか……と思うのですが、と隣の奥さんは、悩ましげに語る。

まあ、施設ってのは、そーいうもんよ。

刑務所みたいなもんよ。

ああいう高齢者施設って、自治体からの補助金が出るので建設されるのだろうけれども、そんなの今の内だ。

いつまでも老人施設に金など出せないよ、国も自治体も。

高齢者に使う税金の余裕はないよ。

高齢者を過剰に無駄にケアして、寝たきりにしている余裕はなくなるよ。

否が応でも、高齢者に自分のことは自分でやってもらうしかなくなる。

介護士のなり手もいなくなるよ、人口減で。

麻痺しているわけでもないのに、車椅子に乗せちゃいけない。

寝たきりにしたほうが管理が楽だから、寝たきりにさせるのだろうけれど、老人を寝たきりにさせて儲けようなんてことは、近いうちに、できなくなるよ。

税金は、これから国防にも使わねばならない。

人口減の日本を正常に稼働させるためのインフラ整備にも使わねばならない。

ぶっちゃけて言えば、何も生産しないで生きて食って排泄しているだけの人間に税金を投下している余裕はないのだよ。

って、本当のこと言っちゃいけない?

いやいや、もう、憲法改正と尊厳死法制化は、なるたけ早くクリアすべき日本の宿題よ。

まあ、今の安部政権が提案している類の憲法改正はアホらしいが。

ということで、ノルディックウオーキングのポールを使って、高齢者にはなるたけ自力で動いて歩いてもらうしかない時代が来ているのだよ。

だから、奥さん、今のうちにノルディックウオーキング指導員の資格をお取りになるといいですよ、と私は隣の奥さんに熱心に熱心に勧めた。

みなさま、ゆめゆめ、老後は誰かの介護を受けて……なんて、軟弱な予定はたてませんように。

もともと、動物たるもの、自力で動けなくなったら死ぬんだからね!

昔の遊牧民族は、歩けなくなったら移動する共同体から置き去りにされて死ぬんだからね!

動けなくなっても、食わせてもらって、お尻を拭いてもらおうなんて、厚かましいことは思わないようにね!

自分で動いて動いて動いて動いて動いて、力尽きて死ぬことに、人間の栄光があるんだからね!

Die emptyよん。

さてさて、ノルディックウォーキングのポールばかりでなく、これからも、いろいろ健康上有益な道具が開発されることでしょう。

そういう情報もどんどん漁っていこうと思う私でありました。

元自衛隊幹部の方が語る北朝鮮問題

本日は2017年9月20日水曜日である。

昨日の19日火曜日は大阪は梅田の阪急グランドビルの19階にある「関西文化サロン」に行った。

この「関西文化サロン」というのは、東京は銀座にある交詢社(福澤諭吉が設立した倶楽部)の関西版ということで、長く関西の、特に大阪の文化人や企業経営者の会員制の社交の場として知られてきた。

施設としては、会議室やラウンジやレストランがある。

きちんとしたコース料理をいただくこともできるし、ラウンジで、アラカルトで料理や飲み物を注文できる。会員ならキープしていたボトルのお酒を楽しみつつ歓談できる。

しかし、会員の高齢化などで、残念ながら2017年9月いっぱいでサロンは閉鎖される。

会員への入会費返還もすでに終了しているそーだ。

私の前の前の勤務先の桃山学院大学は、かつてはこのサロンの法人会員で、研修教授会など、このサロンで開催されたそーだ。

といっても、私が桃山学院大学に赴任した1996年には、すでに法人会員ではなかった。教授の何人かが会員であっただけだ。

個人入会費何十万円(交詢社は入会費50万円だそーだが、それより安いそーだ)で、年会費10万円(これは交詢社も同じ)くらいだからな、育ちのいい坊ちゃんが大学教授になった時代は過ぎて、奨学金で勉強して、自前では文献は購入せず、科研費でしか買わないという類のサラリーマン・プロレタリアート教員が多くなってくると、なかなかね……

ということであるが、幸いにも、桃山学院大学の研究プロジェクトのひとつ「21世紀の安全保障を考える」プロジェクトのメンバーが会員ということで、私も数回ほど、この「関西文化サロン」に行ったことがある。

会員制ってのは、いいよね。

不特定多数が出入りするところは、非常識な変な人間が混じるから、不快なことも起きるからね。

名古屋には、こういう会員制クラブのまともなんがあるのかなあ。

厚化粧のお姉さんたちが品のないオッサンの相手するクラブしかないかもね〜〜

「関西文化サロン」は、銀座の交詢社ほどには、ドレスコードもうるさくない。男性はネクタイとジャケット着用という決まりはない。

で、昨日は午後5時から、「21世紀の安全保障を考える」の研究会のプチ講演会が、「関西文化サロン」で開催された。

講師は、元空将の尾上定正(おうえ・さだまさ:1958-)氏である。

空将は、英語で言えば、Generalだからね〜〜将軍だからね〜〜

わざわざ千葉からレクチャーに来てくださった。ありがとうございます。

尾上氏は、「21世紀の安全保障を考える」プロジェクトの代表である桃山学院大学法学部教授の松村昌廣氏とは、ハーバード大学大学院留学当時から旧知の仲である。

その貴重なご縁で、「21世紀の安全保障を考える」プロジェクトは、自衛隊視察、基地や駐屯地訪問については、随分と尾上氏にお世話になってきた。

尾上氏のおかげで、このプロジェクトといいますか小さな研究会は、航空幕僚監部や入間基地に那覇基地、三沢基地、青森県内分屯地、小松基地、石垣島分屯地などを見学させていただいてきた。

この世の中は、「誰を知っているか」ということが大事なんですよね〜〜〜

おかげで、今年8月には私も滋賀県の今津駐屯地の戦車部隊を見学させていただいたのであった!

本物の戦車に乗せていただくことができたのであった!

尾上氏は防衛大学校卒で組織管理運営を専攻なさった。

卒業後に入隊した航空自衛隊では航空機整備の工学系仕事を担当なさった。

exchange officer system(将校交換制度)で、アメリカはイリノイの空軍基地で、米兵に航空機整備について英語で教えていらした。。

さらに、尾上氏は、「航空自衛隊で最初にハーバード大学ケネディ・スクール留学生に選ばれて」修士号を取得なさった方でもある。

すごいね。第1号だ。

ワシントン DCにあるNational War Collegeでも修士号を取得なさっておられる。

これだけの優秀な方なので、航空自衛隊千歳基地司令、航空自衛隊幹部学校長、統合幕僚監部広報官、統合幕僚監部防衛計画長、航空自衛隊北部航空方面隊司令、航空自衛隊補給本部長を歴任なさった。

2017年8月に退官なさり、今は千歳市文化大使をお勤めである。

数ヶ月後は某企業の顧問に就任なさる予定である(と書いていいんかな)。

自衛隊幹部の退職後の再就職先は、防衛産業顧問、保険会社顧問、企業の危機管理部門顧問が多いそうである。

なるほど。

尾上氏は、本来なら私などお目にかかって直接にお話できる機会など持てるはずのない、絵に描いたような自衛隊エリートである。

自衛隊でも、まだまだ少数の国際派である。

松村昌廣氏によると、「尾上氏は自衛隊の幹部のタイプとしては例外的である。あの方を自衛隊幹部の平均と思ってはいけない。防衛省も自衛隊幹部も官僚だから、閉鎖的な視野の狭いタイプが少なくないのが残念である」そーだ。

やっぱり……

で、昨日は、この尾上氏が「トランプ政権の対北朝鮮政策」についてレクチャーしてくださった。

立場上公開できないこともあるが、公開できる範囲でということで、お話していただけた。

尾上氏のレクチャーは4部構成だった。

(1)北朝鮮の核ミサイルの評価

(2) 北朝鮮の核・ミサイル開発と各国の思惑

(3)アメリカの選択肢と評価

(4) 日本のするべき事

ここでは、上記の(2)から(4)についてのレクチャー内容の要点のみを、フジモリ式にまとめて、ポイントフォームで紹介する。

(以下、尾上氏のレクチャー要点紹介始め)

(1) 北朝鮮の金正恩の目的は「現在の体制維持をアメリカに保障させること」であるが、核兵器を廃棄する気は全くない。そんなことしたら、アメリカに殺される。イラクのフセインのごとく、リビアのカダフィのごとく。

(2) 北朝鮮の核弾頭搭載ICBM(大陸間弾道ミサイル)は、宇宙から大気圏に再突入技術未完成ではあるが、来年中には完成予定であり、この保有宣言がなされると、アメリカとしては「外交交渉の機会の窓」が閉ざされる。

(3)国際社会は、随分と北朝鮮に譲歩してきたが、それはことごとく裏目に出てきた。

(4)北朝鮮はNPT(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons 核不拡散条約)を遵守せずに、核兵器開発を極秘に開始。1994年にはIAEA(国際原子力機関)から脱退宣言をして使用済み核燃料からのプルトニウム抽出強行。

(5)1995年には、アメリは、KEDO(Korean Peninsula Energy Developmemt Organization 朝鮮半島エネルギー開発機構)を設立して、日本と韓国の無償費用負担で、核拡散の恐れの低い軽水炉2機と完成までの重油燃料を提供することによって、北朝鮮が保有する黒鉛減速型炉と核兵器開発計画を放棄させようとした。

(6)六者(6カ国)協議が中国を議長国にして、北朝鮮とアメリカと日本と韓国とロシアで、2003年8月に始まった。北朝鮮のすべての核兵器と既存の核計画の放棄、米朝日朝の関係正常化、北朝鮮に対する経済エネルギー支援、北東アジアの平和と安定を目標とした。

(7) しかし2003年1月に北朝鮮はNPT脱退宣言。2006年10月に北朝鮮は地下核実験強行。

(8)それ以降、現状維持が各国の一致した国益だった。

ロシアは緩衝地帯が必要。

中国は北朝鮮を刺激せずに配下に置きたい。北朝鮮には地政学的価値がある。北朝鮮崩壊の時は難民がなだれ込んでくるので難儀だし、北京も北朝鮮のミサイルの射程内であるのだから。

韓国は、文大統領は北朝鮮との対話路線。ほんとは南北統一したいが問題山積。

日本は核武装なしで北朝鮮に対処できないので手も足も出ない。

アメリカは極東にややこしい事態を抱えていられない。

(9)しかし、アメリカのこれまでの戦略的忍耐Strategic Patience政策は完全に失敗してきた。金正恩の驚異的な核実験・弾道ミサイル開発により、アメリカ本土への核脅威が現実化した。

(10)日本とかみたいな同盟国へならいざしらず、アメリカは、グアム、サイパン、ハワイを含むアメリカ本土への核の脅威は許容できない。

(11)このまま北朝鮮の核保有を容認すると、イランも核開発を主張するだろうし、ブラジルも主張し、じゃあ、うちも……と、どんどん核を持ちたがる国が増えて、核ドミノが起きる。アメリカが北朝鮮の核保有を認めて同盟国の日本を危機に晒して平気ならば、日本も考えざるをえなくて、日米同盟の危機となる。

(12) 「北朝鮮の核兵器使用による軍事行動を阻止する」ことと「北朝鮮の核開発、弾道ミサイル開発を放棄させる」ことと、「北朝鮮の金正恩政権を倒し民主的体制へ変換させる」ことと「朝鮮半島の完全な非核化を達成する」ことが、国際社会の共通の目的に見えて、各国の思惑がそれぞれにあり、対北朝鮮政策への足並みは揃わない。

(13)とりあえず、アメリカの選択肢は今のところ3つである。現状維持か暫定合意か軍事行動か。

(14)現状維持の場合、石油の全面禁輸等の措置がなければ北朝鮮の核ミサイルは早晩に完成する。よって、トランプ大統領は、これは採用しない。

(15)暫定合意は、北朝鮮のさらなる核実験・ミサイル発射の凍結と引き換えに、米韓軍事演習縮小し、金正恩体制の承認を受諾し、軍事行動を回避すること。佐藤優氏の見立てはそうである。

ただし、凍結の保証や確認は困難である。秘密裏に技術向上を図る可能性は大きい。

特にパキスタンやイランと協力するだろう。

そうなると、イスラエルは黙っていない。イランはイスラエルを地上から消滅させると宣言したのだから。この暫定合意はイスラエルが難色を示す。

(16)軍事行動をアメリカが採るのは、中国の介入を回避する取引が成立すればできる。そのためのトランプ大統領の11月訪中(ついでに訪日)であろう。10月に中国で共産党大会が終わるまでは、中国は決定できないから、11月。

(17)中国の「許可」が出れば、アメリカは奇襲的に核施設やミサイル保管庫への精密先制攻撃をする可能性が高い(ピンポイントでタングステンの100メートル棒を宇宙から発射して地下まで貫通させて基地と保管庫壊滅の「神の杖作戦」?)。

(18)この場合、第一撃の目標破壊見積もりが重要となる。

(19)北朝鮮の反撃を局限するために、北朝鮮のソウルを射程に置く火砲等を制圧する必要もある。

(20) 斬首作戦の可能性も残っているが、正恩だけでなく側近も処分しないといけない。

(日本の小説でも、自衛隊の特殊部隊が、日本初の女性首相の密命を受けて北朝鮮に潜入して、北朝鮮の非核化を遂げようと奮戦するのがあるね)

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(21) 日本は、日本として、日本の安全保障上アメリカに要求したいことをアメリカに要求すべきである。米中だけ、米と北朝鮮だけ、日本の頭越しの交渉で決められることに抵抗すること。西太平洋は中国に任すというような取引が米中間になされたら、日本は中国の属国になるだけである。主体的に日本の国益に立脚して、アメリカに要求すべきである。

(22) 日本政府は国民に事情を説明すべきである。そうすることによって、日本国内の調整を図る。法制化すべき点は法制化する。手続き上必要な手続きは早急にする。法の枠組みがないと、各省庁は動けない。自衛隊も動けない。

(23) 日本政府は、北朝鮮からのミサイル攻撃の危機を冷静に国民に伝え、ミサイルごとの対処法を国民ひとりひとりに周知させる。

(24)北朝鮮からミサイルで攻撃されてもミサイル防衛システムMDで対処すればいいという意見があるが、飛んでくるミサイルを撃ち落とせる確率は、ぶっちゃけ2割以下である。無理。

(25) 防衛費予算は5兆円にも満たない。お金も人材も武器も足りない。国内の防衛産業はすべて民間企業であり、予算縮小のために、民間企業の防衛産業部門も縮小しつつある。しかし、国産兵器のメインテナンスは民間企業の防衛産業部門が担ってきたのであるから、民間企業の防衛産業部門技術者に予備役自衛官の資格を出して、人材確保しないと、国産武器の維持管理もできなくなる。

(26)医療費を含めた社会福祉予算は35兆円であることに比較すると、安全保障の国防予算が5兆円にも満たないことは異常である。

(27) 政権要人に軍事状況のブリーフィングが始まったのは、日本版NSC(National Security Council)ができた2013年からであり、それまではいっさいなかった。まあ、日本政府は「日米合同委員会」の司令通りに動いていればよかったし。

(28)そのようなブリーフィングがなくても、かつては戦争経験のある政治家が多くて、皮膚感覚で国防のことを考えることができた。

(29)今の50代や60代の政治家には、ほとんど軍事問題を考える経験も素養もセンスもなく、また国防問題では票にならないので、政治家の仕事は選挙で勝つことしかないというのが実態であり、安全保障問題は関心を持たれてこなかった。だから、尾上氏が呼ばれてレクチャーする場が設定されることも多くはなかった。

(30) というわけで、ここまで北朝鮮問題は切迫しているのに、日本は政府も国民もリアリティを感じていない。自衛隊の訓練にしても、匍匐前進していると、太平洋戦争での実戦体験者に言わせると、「これだとみんな死にます」類のものである。しかし、上の判断、政治的判断が的確であれば、自衛隊は変わることができるし、有事に十分に対処できる。問題は上である。政治である。

(以上、尾上氏のレクチャー要点終わり)

うーん、内も外も大変な日本です。

日本国内の理解が、国会議員やメディアを始めとして、こうもうすらボンヤリと他人事ならば、いっそ一度くらいテポドンでもノドンでも、日本国内に飛んで来て墜ちて、被害が出た方がいいのかしらね。

パニックになるだろうけれど、「あああああーーー現実だ!!」と、いくら鈍い日本人でも目が覚めるかもね。

松村昌廣氏は、最近、The Japan Timesに寄稿し、「アメリカは日本とnuclear sharingすべきではないか?」と問題提起なさった。

https://www.japantimes.co.jp/opinion/2017/09/17/commentary/japan-commentary/time-nuclear-sharing-japan-drawing-near/#.WcJEltFcWf3

みなさま、もう終わったんです。

ボンヤリと平和ボケしていられる時代は。

どうしましょうか。

こんなこと書くと、ぶっ飛ばされるでしょうが、私は、いつ死んでも不思議ではない還暦を過ぎた状態で今の危機の時代を過ごせる幸運に感謝します。

これ、若くてさ、やりたいこといっぱいでさ、守るべき幼い子どもを抱えていてさ、そーいう状態で、今の危機の時代に生きているのは、とんでもないことだ。

無知蒙昧だからこそ、平気でいられるような状況だ。

以下の基本的なことについて、私自身は答えられるか?

憲法改正する?

私は改正すべきだと思う。

9条の2項を削除するべきだと思う。

2項は、戦力の保持を認めていない。いっさいの交戦権を認めていない。

はああ?

交戦権を認めていない憲法?

自衛隊を正規軍と位置づけてない憲法?

無茶苦茶だ。

もちろん、有事の際の指揮系統と対処について、きちんとマニュアル化する!

核武装について、するにしてもしないにしても、アメリカにnuclear sharing を求めるにせよ、しないにせよ、核武装の可能性について冷静に考える!

で、決断する。

Mutual Assured Destruction 相互確証破壊

まさにMADで狂っているけれど、核攻撃したら自国も破壊されることは確実なんで核は持っていても使えないということが、冷戦時からの「平和」の基盤だった。

第二次世界大戦末期の日米みたいに、この「相互確証破壊」が成立しない場合は、核攻撃される。

で、今の日本の問題のひとつは、米と北朝鮮間に「相互確証破壊」が成立したら、何が起きてもアメリカは北朝鮮を攻撃しないから、そうなると日本はアメリカの核の傘には入れなくなるので、日本は自前の核武装をしないといけなくなりますね、ってことだ。

どうしますか?

昨晩は、午後9時で私は、尾上氏に御礼を申し上げて、プロジェクトのメンバーに「バイバイ、またね」と挨拶して、梅田からタクシーで新大阪まで行き、新幹線で名古屋に帰ってきた。

平和な平和な梅田の賑わいと、新大阪駅の賑わいだった。

来年の初秋には、この北朝鮮問題はどのようになっているだろうか?

日本はどうなっているだろうか?

副島隆彦氏は、2018年4月にアメリカは北朝鮮の核施設を攻撃するであろうと予言しておられる。

第二次朝鮮戦争は、もっと早くに始まるであろうという意見もある。

国連でトランプさんは、アメリカは北朝鮮をtotally destroyする可能性ありと明言した。

その前に、アメリカが未曾有の大自然災害が襲い、そんなことやってられなくなるという予言もある。

うーん、これ、クレヨンしんちゃんに言わせると、「お股がスッ〜〜とする」状況だぞ。

(備考)

http://tanakanews.com/170920korea.htm

世界情勢解説配信サービスの田中 宇(さかい)さんによると、プーチンが北朝鮮を通過し韓国や日本に天然ガスを送るパイプを敷設することで、北朝鮮が外貨を稼げるようにして、今の問題を解決することを提案しているそーだ。

事実だといいなあ!上手くいくといいなあ!

アスぺが足りない—-映画『コンサルタント』の人間観

本日は2017年9月14日木曜日である。

昨晩、2016年に発表されたアメリカ映画『コンサルタント』The Accountant を、Amazonビデオで399円出して視聴した。

年会費3900円のプライム会員だと、比較的古くて、比較的どうでもいい映画は無料で観れるが、新作とか、問題作で受賞したとか、人気があったとかだと48時間有効レンタル料金がかかる。

映画館に行けばシニア料金1100円だけど、半年から1年待てば、48時間以内なら何度でも、高くても500円で観れるからいいか……

と思って、クリストファー・ノーラン監督の新作『ダンケルク』も観に行かない初秋だ。

どうせ『シン・ゴジラ』のような映画には会えないから、amazonビデオでいいんだ……

と、私は引きこもりがちな前期高齢者の映画大好き人間である。

ところで、The Accountantは「会計士」の意味だけれども、邦題は「コンサルタント」だ。

コンサルタントなんて、日本語的にはいかにも胡散臭いけれども、原題のaccountantは、いかにも地味で堅実だ。

その田舎町の地味な中年の会計士のクリスチャン・ウルフが、実は天才で、会計士としても無茶苦茶に有能な実業家であり、巨額の利益を福祉施設に寄付していて、下劣悪辣非道卑劣なマフィアや悪徳企業家たちを清掃する殺し屋であるという設定の映画だ。

アメリカの必殺仕事人みたいなもんかな。

会計士のウルフを演じるのが、ベン・アフレック(Ben Affleck: 1972-)だ。

この映画は、ベン・アフレックの最大の当たり役だろう。

ぴったりだ!

ベン・アフレックって、1990年代の若い頃はハンサムなだけだったけど、中年になってきて良くなった。

イランのホメイニさんの革命の時にテヘランのアメリカ大使館員をカナダに逃すCIAのエージェント役を演じた『アルゴ』あたりから、すっごくカッコ良くなってきた。

でも、The Accountantは、もっといいな。

リバータリアン風味の、共和党の男風味の、野暮ったいアメリカのオッサン風味が加わって、すっごく渋くなった。

いいわああ〜〜♬♬♬

マット・デイモン(Matt Damon: 1970-)もいいんだけど、彼はいつまでたっても「とっちゃん坊や」のリベラル民主党風味が抜けなくてさ。

と言いつつ、どっちも好きだ!!

なのに、ふたりが脚本書いて、オスカーを受賞したGood Will Huntingは見てないけど。

ひどいね。

話が逸れてる。もとに戻す。

ベンという名前は、Benjaminの略だな。

Benjaminは、ヘブライ語で「末っ子」って意味だ。

ということは、彼はユダヤ系かな。

そういえば、イスラエルにいそうな顔立ちにも見える。

調べてみたら、スコットランド系らしい。

それはさておき、この映画The Accountantは、きっとシリーズ化される!

マット・デイモンの「ジェイソン・ボーン」シリーズみたいに。

密かにベン・アフレックのファンであり、彼を見守ってきたつもりの私としては非常に非常に嬉しい!!

このThe Accountantは、単なるアメリカ版必殺仕事人じゃない。

この映画は、アメリカのアクション映画において、初めて自閉症のアスペルガー症候群の人間を英雄として描いた。

陸軍軍人の長男としてクリスチャン・ウルフは生まれた。

母は、長男を施設に入れて見守りたい。

しかし、軍人の父は、長男を特別扱いせずに、徹底的に鍛える。次男とともに、過酷な訓練を課す。

クリスチャン(以後クリス)が、自閉症であることで虐められると、虐めた悪童どもを自力で制裁できるまで、 父は容赦しない。

理不尽に苛められたら、絶対に復讐するんである。

父は、長男が「かわいそうな障害者」「誰かに守ってもらわなければならない障害者」であることを絶対に許さなかった。

軍人の父は息子が「犠牲者」になることを絶対に認めなかった。

しかし、その父のやり方に母は抵抗して、母は息子たちを置いて家を出てしまう。

離婚して息子たちを妻が引き取ることを、夫は断固拒否したから、しかたなかった。

母がいなくなったことは、クリスにとって非常なトラウマとなったが、それを乗り越えるしかなかった。

おかげで、アスペルガー症候群のクリスは、父の鍛錬のすえに、非常に優秀な天才的に頭脳明晰でタフな軍人となった。

しかし、再婚した母の葬式に陸軍大佐の父とともに参列したクリスは、哀しみのために抑制が効かず、動揺して怖がった保安官に撃たれるが、その銃弾を受け止めたのは、クリスの父親だった。

クリスの父は、彼なりにクリスを愛していたのだ。

息子を過酷に鍛えたが、障害者といえども人間は弱くてはダメなんだ、強くなるしかない、それは日々の鍛錬で可能になるという父の信念のおかげで、クリスは有能な社会人になれたのだ。

しかし、この事件のためにクリスは刑務所に入る。

そこで、マフィアや悪徳企業の資金をロンダリングして入獄している老会計士と出会う。

さて、それから……

と、ネタバレはここまでにしておく。

このThe Accountantという映画は非常に面白いんで、お見逃しなく!

まあ、この映画に関する否定的評価はいっぱいいある。

アメリカでは駄作映画に提供されるThe Rotten Tomatoe Awardを受けてしかるべき映画だと評された。

「腐ったトマト賞」だ。

スクリーンに腐ったトマトを投げつけられてもしかたない映画ってことだ。

リベラル的にいえば、アスペルガー症候群の人々に、「障害者だからって甘ったれるんじゃねーよ」と言っている映画ということで、差別的な映画だ。

アスペルガー症候群とか自閉症に対する誤解や無理解を増長させかねない映画だ。

もしくは、逆差別的に、アスペルガー症候群と診断されるくらいの天才的な記憶力や頭脳明晰さがない人間なんて、類人猿みたいなもんだぞと言いかねない映画だ。

アメリカ映画におけるヒーローも、ここまで来たか。

これぐらいにスペックが高くないと、アメリカではもう主人公としては認められないのかという感じだ。

主人公のクリスは、毎晩ある訓練をする。

肌触りに過敏で、大きな物音や強い光に激しく反応して不安にかられて騒ぐアスペルガー症候群の症状を軽減するべく、足を棒で強く摩擦し、時には棒で足を叩き、時間が来ると大きな音を立てるようタイマーを設定し、光を調節しておく。

苦手なことを克服するために、苦手なことを自分に課す逆療法だ。

私には、生まれて初めて露出狂の痴漢に遭遇した時の、その痴漢の顔を度々思い出して記憶に刻みつけ、今度会ったら、あいつ絶対に刺してやる!とナイフをいつもバッグに入れていた時期があった。18歳の時から数年間が、そうだった。

あれは痴漢への恐怖を超える私なりの逆療法だった。

ある種のアメリカ人は、特に共和党系、リバータリアン系アメリカ人は、犠牲者としての自分を絶対に受容しない。

銃規制など、するはずない。

殺されるならば殺すほうを選ぶ。

当然である。

アスペルガーだろうが、身体障害者だろうが、他人に馬鹿にされ足蹴にされ憐れまれるくらいなら、憎まれ恐れられるくらいに強くなれ!!

運命なんてない! 自分で自分の人生を構築せい!

というメッセージを、この映画The Accountantは発している。

いかにもアメリカらしい近代主義全開の映画だ。

進歩主義のスーパーマン志向の映画だ。

まあ、「21世紀のカルヴィニストになりつつある」なんて書きつつも、そういうアメリカ人の精神の在りようが嫌いじゃないんだよね、私はさ、やっぱり。

そうそう簡単には、近代主義の妄想の輝きからは解放されないんよね。

ところで、私がいた日本の大学の世界には、こういう言葉がある。

「アスペが足りない」

意味わかりますか?

アスペルガー症候群というのは、尋常ならざる記憶力とか、尋常ならざる集中力とか、尋常ならざる探究心とか、優れた研究者に必要な資質が無駄にあるんで、大学教員には比較的多い。

ただし、非常識で幼稚で社会性がなく、コミュニケイション能力がない。

他人への想像力がない。

だから、大学行政に関わる業務ができないので、講義も独りよがりで、一方的で、その意味では世間知らずの無能である。

しかし、研究者の世界は、学問業績が全てである。

人格とか社会性は二の次だ。

常識的で社会性に富み、世間的にはまともであるが、学問業績がない大学教員は馬鹿にするのが大学という世界である。

その馬鹿にするときの言い方が、「彼(彼女)は、アスペが足りない」なのだ。

実際のところは、ほとんどの大学教員はアスペが足りない。

そこまでの学問業績を出せる研究者は少ない。

またアスペが足りているようでも、ただのオタクであり、学問業績など実質的にはないような研究者もいる。

明らかにアスペルガー症候群で、読んだ本はすべて暗記できるが、だから何?みたいな人々もいる。

さらにひどいのは、アスペも足りないし、他の能力もないというケースだ。

ほんとは、このタイプが1番多い。

実際には、何もない非常に凡庸な人間が多数派であるのは、どこの社会でも同じだ。

もちろん、私も、その他大勢の凡庸な多数派のひとりであった。

「アスペが足りない」のは、かつての私の劣等感のひとつであった。

しかし、アスペルガー症候群的に頭脳明晰なスーパーマンは、映画の世界だからカッコいいのだ。

ベン・アフレックが演じるので、クリスチャン・ウルフはカッコいいのだ。

アスペルガー症候群の無敵のヒーローは、真夜中のiPadによる映画鑑賞の孤独な快楽の時間を疾走する妄想だ。

アスペの足りない類人猿的人間のままに平凡でも十分に幸せで楽しいよんと、今の私は思っている。

ヨルダン・イスラエル旅行 (2) 必見!ペトラ遺跡!

本日は2017年9月13日水曜日である。

ペトラ遺跡は、世界遺産である。

「新・世界七不思議」のひとつである。

映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のクライマックス=キリストの聖杯をめぐる攻防戦の舞台である。

映画『トランスフォーマー 2 』でも、「ヨルダンのペトラ山」が戦いの舞台となる。

とんでもない遺跡である。

http://www.visitpetra.jo/

ほんとに、すごいすごいスケールの石の遺跡群である。

圧倒されるよ、呆れるよ、自分の目で見ると。

すみません。正直言って、日本の世界遺産なんて、あってもなくても私は哀しくない。

しかし、このペトラ遺跡をISISが破壊したら、私の怒りの念で、ISISと、この組織の黒幕のネオコン軍産複合体を静かに静かに呪い殺すでありましょう。

言うまでもないが人類の最初の文明は、中東地域を流れるチグリス川やユーフラテス川流域で生まれた。

なんでだか、この古代中東にいたある種の人々は高度な灌漑技術や土木技術を持っていて、砂漠を緑化できた。

おそらく、ここらあたりに火星人だか宇宙人が飛来したのであろう。

でないと灌漑技術や土木技術や測量や天文学が、突如ここで花開くはずないっしょ。

その人々は、はるばると、地中海に比較的近いペトラあたりにも来たに違いない。

ペトラはギリシア語で「石」の意味で、ここらあたりは古代から砂岩の岩山がいっぱいの地域だった。

ペトラは標高1000メートルであり、気候は比較的凌ぎやすい。

ペトラの北あたりで、1万年前の新石器時代の集落が発掘されている。

で、紀元前6世紀あたりから、古代アラブ人の一派らしき「 ナバタイ人」が、ペトラに定住したらしい。

「ナバタイ人」とはセム語で「水を掘る人」という意味であり、砂漠で井戸を探し掘る技術に長けていた。

水道管や水路やダムを造る技術を知っていたナバタイ人こそ、あの地に降り立った火星人だか宇宙人の直系の末裔だったのだろう。

このナバタイ人が、天然の砂岩を掘り、岩肌をくりぬき、街路や建築物を造り、壮大壮麗な石の都市ペトラを築き上げた。

で、このペトラは、中国やインドやアラビア南部とエジプトと、シリア、ギリシャにローマを結ぶ大中継地点になった。

絹や香辛料などの貿易路の中継点となった。

要するにシルクロードの大いなる一部なんよ、ペトラは。

どうだ、すごいでしょ〜〜

って、私が自慢してどうする。

と自慢したくなるのは、ひょっとしたら、過去世で、私はペトラに住んでいたのかもね!

私の好みよ、ペトラって!

ここだけの話、火星人というのは日本人によく似ているそうだよ。

ほら、火星に前方後円墳みたいなのがあるそうではないの。

日本人の祖先は火星人なんじゃないの。

火星とペトラの砂漠って似てるんじゃないの。

つまり、べトラを造った人々の祖先は、日本人の祖先と同じなんじゃないの?

だから、私はペトラに魅かれるのかもよ。

それはさておいて、しかし、この壮麗な石の都市も、ユダヤ王国に攻撃されたり、ローマ帝国に併合されたり、363年には大地震に襲われて壊滅した。

6世紀末ぐらいから、遊牧民族のベドウィンぐらいしか住まなくなった。

7世紀にはイスラム教徒が来て、12世紀には十字軍が砦を造ったけれども(エルサレムが比較的近いからね)、それ以降は世界史からは忘れ去られた。

それが再発見されたのは1812年だった。シリアのダマスカスからエジプトのカイロに行く途中のスイス人探検家が、古代の石の都のことを聞きつけ、好奇心にかられてペトラまでやって来て、その遺跡を確認した。

ペトラの岩の都が世界史に再登場!

ということで、今やペトラ遺跡は石油の出ないヨルダンの最重要観光資源として外貨を稼いでいるのです。

私が加わったパックツアーは、8月29日と30日を、このペトラ遺跡入り口に建てられた「ペトラ・ゲストハウス」という屋号のホテルを宿泊所とした。

一帯は、みなペトラ遺跡目当ての観光客用ホテルと土産物屋とレストランだ。雰囲気は、日本の高原の温泉街だ。非常にネイティヴ風味がある。

下の写真は、8月30日の早朝のホテルの屋外レストランだ。

ここに映ってる、扉がピンクの客室は高級な別館のほう。

私らが宿泊したのは、普通のビルの客室で、レストランも屋内のフロント前のバイキング専用スペースです。

ところで、この朝、私は困った。

不具合のある右脚が痛くて、30日のハイライトであるべトラ遺跡中心街路踏破ができない。せいぜい5キロぐらいの道である。でも、私は歩くのは2キロが限度だ。

ペトラ遺跡は全部が発掘されていないが、発掘されている部分だけでも見るには最低3日や4日はかかる。5キロなんて、そのさわりでしかない。

諦めてホテルからペトラを眺めているだけでは辛いので、私と夫は、ツアーの方々とは別に、馬車を利用することにした。

で、ヨルダン人の英語ガイドさんに観光馬車の交渉をお願いした。

ガイドさんも馬車の業者も仲良しの観光業仲間なので、最初の交渉はガイドさんを通じてした方がいい。

昼食のレストランまで行って、昼食後午後1時に迎えに来てもらって、遺跡入り口まで戻るということで、60ドル。先払い。

チップは別だ。チップは馬車の御者の若い男性に渡すのではなく、元締めみたいなデブのオッサンに渡すよう言われた。

御者の若者はジーンズだけれども、元締めのオッサンはアラブの民族衣装だ。もろ、こーいう感じ。

赤と白のギンガムチェックみたいな大きな布をかぶって、黒い輪っかで留めている。

イスラム教徒もいろいろらしいが、ヨルダンはスンニ派(スンナ派)である。

サウジアラビアと同じ。

イランはシーア派。

ともかく、私と夫は、御者と同じ座席に座って、いざ馬車はペトラ遺跡を行く。

ヨルダン人ガイドさんに交渉をお願いするときにチップ10ドルをさりげなく渡したので、ちゃんとガイドさんが、写真を撮ってくれました。

チップをさりげなくドサクサ紛れに自然に敬意と感謝を表現しつつ渡すことができるようになるのに、普通の日本人は何年もかかるよ。

そこから先は、非常に楽しい馬車のドライブ。

これは、ローマ帝国に併合されたときに造られた劇場。

段々は座席ですね〜 円形舞台は、この写真からは見えませんが。

30分ほど馬車に乗り、あっというまに、レストランに着いてしまった。まだ午前10時前だ。

そこらに突っ立っていると、驢馬に乗ってペトラ山頂上近くのエド・ディルEd Deilという神殿( 紀元後はキリスト教の修道院Monastery)まで行けるよ、と客引きがひっきりなしだ。

遊牧民族のベドウィンは、ヨルダン政府により、ペトラ遺跡での観光業を許可されている。

15歳だと言う少年が達者な英語で、脚が悪くてもMonasteryに行けるよ、驢馬に乗っていけばいいって、安全だし安いよ、大丈夫だと何度も言う。

うううう……乗りたい! 驢馬に乗って行きたい!

しかし、「危ない!デブが驢馬に乗ったら驢馬がかわいそうだ」と夫が言うので諦めた。

こうなれば、私たちのツアー団体が午後12時にランチの予約をしているCrown Plaza系が経営している大きなレストランに入って、そこの屋外テーブルで待つしかない。

オレンジジュース1杯10ドル。高いわ……

でも、ほんとにオレンジ搾りたてのジュースだ。

風が非常に非常に気持ち良い。

しあわせ。

待つこと1時間半以上が経過して、旅のお仲間の方々が到着。

ランチです。

みなさん、炎天下を歩いていらしたので、かなりお疲れのようです。

でもタフです。

みなさんは、ランチ後は、950段の石段を登り、「修道院」に行く予定です。

1番お元気で健脚なのが78歳のご夫婦です……

ランチは美味しい。

ヨルダン料理は日本人の口にわりと合うのではないかなあ。

さて、午後1時に約束の馬車がレストラン前に来ました。

私たちだけは、先にホテルに帰らせていただく。

だいたいが、私は海外だろうが国内だろうが、旅先でもすぐにくたびれて、ホテルの部屋でへばっているのが常の根性なしである。

馬車の御者の若者は、私のかわりにiPadを使って写真を撮ってくれた。

Are you happy? Came from Japan?

と、いろいろ話しかけてくれた。馬もよく御して道の悪いところを巧みに進む。

仕事熱心である。真面目ないい子じゃ。

ベドウィンの物売りの6歳くらいの男の子がしつこく私に食い下がると、追い払ってくれた。

物売りの子どもたちは根性がある。

ちょっと怒鳴られたくらいでは引き下がらない。

手に絵葉書を持って、「マダム、買っておくれよ、10ドル!」と必死である。

この子たち、どこで英語を習うのだろう?

このペトラ遺跡の英語版パンフレットには、「遺跡内で、児童虐待や動物虐待を見かけたらVisitors’ Centerに御通報ください」と、小さな文字で書いてあった。

なるほどね、欧米基準で見ると、馬車の馬も、驢馬も、駱駝も、しっかり虐待されている。

子どもたちも、しっかりこき使われていた。

30分ほどガタガタ激しく揺れる馬車に揺られて、遺跡の入り口に帰って来た。

どこからともなく、あの馬車の元締めのアラブ服のオッサン再出現。

オッサンの目の前で、馬車の御者の若者に、「これは、あなたのだからね」と言って大枚20ドルチップを出したら、若者は「マネージャーにもチップ出してよ!」と目で強く強く私に訴えかける。

わかってるって! でないとあなたのチップが、このオッサンに取り上げられるんでしょ?

世の中そーいうもんよね。ピンハネね。

マネージャーのアラブ服のオッサンにも同額の大枚20ドルを渡す。

オッサン満足げだった。

なんと、数時間後の夕食の時に、ヨルダン人英語ガイドさんに、このことが筒抜けであるとわかった。

夕食の時に、「おかげで楽しかったです。馬車業者さへの交渉ありがとうね」と私が言ったら、「ふたりとも、たくさんチップいただいたと喜んでいました。あなたがそうしてくれて僕は嬉しい。みんなも嬉しい。Win-win gameね」とガイドさんが答えた。

「みんな、あなたのおかげです。これは、私の夫から」と、私は大枚20ドルのチップをさらにガイドさんに渡す。

これで、明日、イスラエルに行くまでのバスの中で、ガイドさんのすぐ後ろの座席に座り込んで、このガイドさんに根掘り葉掘り、ヨルダン事情を質問できる。

ガイドさんは首都アンマンの出身で、かなり欧米化されている。

英語がアメリカ英語風だったので、「アメリカにいたことある?」と質問したら、「アメリカもイギリスも行ったことないけど、お客さんがアメリカ人が多いから、影響されてアメリカ英語になったかも」と言っていた。

ガイドさんや、バスの運転手さんへのチップは、ツアーを企画してる会社も払っているけれども、観光客さんも、礼儀正しく少しは出しましょう。

ヨルダンにせよ、アラブ世界は、部族社会であるからして、誰がボスであるのか、誰の顔を立てないといけないか、ハッキリしている。

人様のプライドと面子を大事にしなければいけない。

礼はハッキリ言わねばいけない。

厚意には報いなければいけない。

ほんとは、人間社会はそういうものだよね。

アラブの人間関係は、江戸時代や戦前の日本人のそれだと思えば、間違いがない。

さて、馬車から降りて、ちょっと周囲の景色を楽しみ、ホテルの部屋に戻ったら、タオルがこうなっていた。

部屋に入るときにすれちがったハウスキーピングの男性の愛想がすっごくすっごく良かった。

私は、朝にチップに大枚10ドルとともに、英語で「Thank you! バスルームにトラブルあります。配管がおかしいです。排水が機能してません。修理してちょーらい」と書いたメモを部屋に置いておいた。

確かに、ゴミが詰まっていたバスルームの排水口は綺麗に掃除がされていた。

でも、バスタブの排水の問題は同じだった。

まあ、排水の問題は、ハウスキーパーがすぐに対処できる問題じゃあないよな。

ま、しかたないかな。

ヨルダンでは、普通は女性の仕事のようなホテルのハウスキーパーも男性が勤める。

概して働いているのは男性である。

レストランもウエイターはいても、ウエイトレスは見かけない。

いるとしたら、経営者の娘って感じだ。

雇われているのではなく見張ってる感じだ。

やはり、女性は家庭にいるのが一般的イスラム教徒の習慣のようである。

いや、アラブ人の傾向かなあ。

ところで、私がチップを払い過ぎだと思いますか?

カネというのは、こういうときのためにあるんだよ!!

チップ出す気がない人間は、海外に観光旅行なんかしない方がいいよ。

じょじょに日が暮れて行くペトラ。

ホテルのロビーにはヨルダン王室の方々の写真が飾られている。御真影だね。

元王様と現王様と皇太子の写真が。

国王の写真は、ヨルダンの街中のあちこちに飾られている。タイみたいだな。

ガイドさんいわく、「うちの王様はよく働く。いつも海外に行って、ヨルダンの売り込みしてる。アメリカの大学を出てるから英語がよくできるんで、いいビジネスマンだ。うちの空軍はすごいけれど、アメリカの戦闘機とか、王様がアメリカと話をつけて、もらってくるんだ」そーである。

ほんまかいな。

ヨルダンの国王は、名実ともに、The Head of the Stateであるそーだ。

この日のバイキングの夕食には、「海苔巻き」が出た。

グジャグジャに柔らかい海苔巻きであったが、酢飯ではなかったが、そこそこ美味しかった。

白身魚の天ぷらも出た。ただし、表示はFish Temboraであった。

テンプラとテンボラ。PとBの音は破裂音でよく似ているからね。

日本人団体客へのサービスであるね。

日本人宿泊客はそこそこ多いらしくて、馬車の業者もホテルの人も、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」ぐらいは言える。

ヨルダン人の対日感情は悪くはなさそうだ。

そういえば、9月10日に河野太郎外務大臣がヨルダン宮殿でランチをご馳走になったとか。

異例の破格のもてなしだそーである。

日本政府がヨルダンのテロ対策に10億円無償資金提供するとかで。

そりゃ、ランチぐらいご馳走してくれるわさ。

河野太郎外相は、ペトラ遺跡をご覧になったであろうか。

このペトラ遺跡は多くの日本人に見てもらいたい。

いやあーーほんとにビックリするから。

素晴らしいから。

ヨルダンの砂漠も心を魅了するれども、ペトラ遺跡の石の都も最高だ。

ペトラの夜景は美しかった。

できれば、あそこに数日間は滞在して、ペトラ遺跡を堪能したかった。

そのためには、私は脚をなんとかしないとなあ……

痛む右脚を引きずりつつ、かばいつつ、明日はイスラエルだ……とスーツケースに荷物を入れる8月30日の夜でありました。

21世紀のカルヴィニスト

本日は、2017年9月12日火曜日である。

ヨルダン・イスラエル旅行の(2) を書くつもりが、変なこと書きます。

カルヴィニストというのは、Calvinistであり、カルヴィニズムCalvinismを信じる人間のことだ。

カルヴィニズムというのは、キリスト教の考え方の1つで、「人間の運命も救済も全知全能の神が決めている」という考え方だ。

16世紀のスイス人神学者のジョン・カルヴァンが提唱した考え方だ。

別に奇異でも何でもない発想だ。

もし、全知全能の神がいて、人間が神の僕(しもべ)ならば、人間の人生の全ては神に決定され予定されているのは当然だ。

キリスト教では、新約聖書に書かれているように、死んでも、いつか選ばれた人間だけは救済され復活し、永遠の神の国で生きるということになっている。

この「救済」も神が選び決定するのも当然だ。

人間に自由意志なんてないのだからさ。何をしても、あらかじめ神が決めているなら、そうでしょう。

自由に選んでいるつもりで、見えない力(神)に導かれているわけでさ。

だから、カルヴィニズムは決定論とも予定説とも呼ばれる。

本気で本気で神を信じるならば、こーいう発想になる。

旧約聖書的発想であるという意味において、キリスト教の先祖返りみたいな発想だ。

本気で神を信じていた中世ヨーロッパ世界は、とりあえず停滞の時代だった。

そりゃそーよ。全ては神が決めてるから今の環境があるのならば、その環境を受け入れてただただ運命に従順に生きていくのが人間なんだからさ。

改善も改革も革命も維新もない。環境への不満は、それは神への反逆になるんよ。

だから誰も環境を変えない。

アホか、神がいるのかわからんでしょーーいるかいないかわからん神のことは置いといて、改善できることは改善しましょ、というのが、ぶっちゃけて言えば近代精神だ。

人間には理性があるんだから、理性の行使によっていい社会を構築しましょというのが、西洋近代啓蒙思想の肝だ。

この近代精神の本質は、啓蒙思想の本質は、ほんとは無神論だ。もしくは不可知論だ。

いるかいないか証明できない存在のことは、とりあえず論議するのはやめましょうという立場だ。

ともかく、この社会に起きることは、すべて人間に責任があるんだから、人間が何とかしましょ、何とかできるように頑張りましょう〜〜というのが、18世紀以来の近代主義者だ。

私は、アイン・ランドを愛するぐらいなので、ずっと近代主義者であった。

しかし、10年くらい前から、私の中で、じょじょに「西洋近代啓蒙思想なるものへの疑惑」が生まれてきた。

常に常に改良改善って面倒くさいよね〜〜〜別にこのまんまでもいいんじゃないの〜〜

どう変えても大差ないことも多いし……変革とか改革って、ただの空騒ぎに終わることが多いし……

小賢しくいろいろいじくっても、前の方がマシだったってことになるんじゃないか……

と思うことが多くなってきた。

そう思うようになったのは、自分の人生を振り返ってみると、自分で選んで構築してきたとは思えないからだ。

自分が全く「近代」やっていなかったと、気がついてしまったからだ。

よく考えたわけではなく、行き当たりばったりでしてきたことが、何となく上手くいっただけのことだと気がついてしまったからだ。

自分が食べてこれたのは、能力があったからでもなく、努力したからでもなく、単なる幸運だったからだと気がついてしまったからだ。

運だけ良かったと、気がついてしまったからだ。

運って何?

人間の努力や思惑や資質とは関係なく、運が良ければ結果として上手くいく。

運というのは、理不尽でデタラメで気紛れで不条理だ。

つまり運は人間の外部にある。

人間が決定できない。

運とは、神みたいなものだ。

たまたま私は 運という神に似た何かに救済されただけだ。

感謝感謝だ。

しかし……なんで、私は運が良いのか?

それに値するとは思えない馬鹿なのに。

そう思うようになって、私はどんどん近代主義者ではなくなりつつあるところだった。

その私の傾向が、とうとう、今回のヨルダン・イスラエル旅行によって、強化されてしまった。

前々から私の中に生まれていた「西洋近代啓蒙思想なるものへの疑惑」が決定的になってしまった。

ヨルダンの砂漠を見つめながら、私は思った。

世界ってすごい。

こんな広大な砂漠がある。

人間が一生かかっても、この砂漠のことは把握できないんだろう。

毎日毎日この砂漠を眺めているだけで人生が過ぎていっても、いい。

それはそれでいい。

この砂漠に生きる人々が、アメリカ人みたいに生きる方が幸福とは言えない。

顔だけ出してあとは衣装で包んで素肌をさらさないイスラム教徒の女性が抑圧されているとも言えない。

こーいう衣装の方が面倒くさくなくていい。シンプルでいい。

同じ伝統や習慣や慣習がずっと続くのが悪いわけじゃない。

イスラム教のことは知らないので、イスラム教徒の発想がカルヴィニズムのように予定論であるか決定論であるかは、私にはわからない。

でも、ともかく自分たちが生きる砂漠を支配する絶対的な神がおられるのだから、その神の掟を守って生きていけばいいんだ、神に全てを委ねて、グジャグジャ余分なこと考えることは無意味だ、と思っている姿勢は、カルヴィニズムに近い。

そのシンプルさ、大いなるものへの疑いのない従順さ。

ヨーロッパからは消えたカルヴィニズム的心性が、現代の21世紀の中東には残っているのではないか。

これを後進性とか野蛮とか遅れているとか言えないのではないか。

人間って、結局は、わけのわからない大いなるものに左右され、でもそれを受け容れて、ただただ生きていくだけでいいんじゃないのか。

欧米世界になんか関わらない方が、このアラブの人たちは幸福だったんじゃないのか。

ジープで砂漠を走らなくたって、駱駝でいいじゃないか。

驢馬に揺られてでいいじゃないか。

・・・・・・・・・

まさか!

私が反近代主義者になるなんて!

今の私は、いわば「21世紀のカルヴィニスト」だ。

最近も、自分のこういう傾向を意識させられる事が起きた。

それは、私が読んでる某神道系霊能者のBlogに書かれていることに関することだった。

そのBlogには、どうにも奇妙なことが書かれていた。

人名ははっきり書かれていないのだけれども、今の首相の安倍さんか小池百合子さんか小泉進次郎さんが、総理大臣であれば、日本の未来は大丈夫で国体も守られるみたいなことが書かれてあった。

はあああ?

普通ならば、この霊能者ってダメだね〜〜〜アメリカのネオコンの回し者かね〜〜〜で終わりだけれども、私は以下のように考えたのだ。

これは、どういう意味かな?

この3人が政治家として優れているという意味だろうか?

それは考えられない。

それとも、他の人間よりはマシという意味だろうか?

それはありえる。

それとも、この3人は運が強いから、その運の強さで、この3人のすることは結果的に日本にプラスになるってことだろうか?

それなら、もっとありえる。

安倍さんは私が出た大学の偏差値より低い偏差値の大学をパッとしない成績で出て総理大臣になったもんな。

運はすこぶる強いだろう。

小池さんも運は強そうだ。

進ちゃんは、偏差値すっごく低い大学出て、親のコネでアメリカの名門大学の大学院に入り、アメリカで有数のシンクタンクの研究員になった。

強運である。

トップに立つ人間は、運だけは強くないと困る。

アホでも無知でも幼稚でも嘘つきでも卑怯でも売国奴でも運は強くないと困る。

戦後日本の繁栄を思うと、昭和天皇は類稀なる強運の方であったと思う。

普通ならば、あの方は戦犯として処刑されても不思議ではなかった。

運が強いというのは、その人間の言動が、たまたま良い状況を招いたという結果論的なものだ。

すっごく優秀で善意でも結果が悪いなら運が良いとは言えない。あくまでも結果だ。

大英帝国の礎を築いたと言われるエリザベス1世は運だけは強かった。

本人は英邁でも何でもなかった。

臆病で優柔不断で何も決断判断できなかった。

ただ状況が彼女に都合よく変化しただけだ。結果として。

つまり、そういう意味で、あの霊能者は安倍さんや小池さんや進ちゃんを肯定してるのかなあ?

本人たちの政治家としての資質はどうでもよくて、運だけはいいから、ということなのかなあ?

そうなると、選挙なんて無意味だな。

本物の霊能者に運の強い人間を選ばせりゃいいわけでさ。

と、ここまで考えて、私はギョッとした。

自分が西洋近代啓蒙思想の根幹たる個人の理性の発露による議会制民主主義を否定するようなことを思ったことに。

しかし、「21世紀のカルヴィニスト」になった自分のありように、変な解放感を感じている私なんである。

あ、写真の月は、ヨルダンの夜の空にあった月です。

ヨルダン・イスラエル旅行 (1) 魅惑の砂漠

本日は2017年9月11日月曜日である。

ずっと更新できなかった。

9月3日にヨルダン・イスラエル旅行から帰って、ボンヤリしていた。

時差ボケもあったけれども、想定外にヨルダン・イスラエル旅行が刺激的だったので、呆然としていたのだ!!

まさか、中東に魅了されるとは!!

異国の風物は、どこのものでも刺激的ではあるけれども、実際に自分の目で見たヨルダンの砂漠は心に沁みた。イスラエルの首都エルサレムは美しかった。

64歳で脳をやられる旅を経験した。

こんなのは生まれて初めてだ。

iPadの壁紙をヨルダンの砂漠にした。

あの砂漠を見てしまったら、もうほんと、細かいことはどうでもいいわ……の気分になる。

欧米なんか中東に比較したら、ものすっごく退屈だぞ。

やっぱり、人類文明の発祥の地は、あそこよね!!

あと数回ぐらい中東を旅できたら死んでもいいわ。

であるからして、しばらくヨルダン・イスラエル旅行について、ここでは書く。

この旅行は個人旅行じゃなかった。

アラビア語は「シュクラン」(ありがとう)しか知らないし、ヘブライ語は「シャローム」しか知らない。

だから、個人旅行は最初から諦めた。団体旅行なんて21歳の初めてのアメリカ旅行以来だったんじゃないか。

いろいろ調べて、「クラブ・ツーリズム」という「近畿ツーリスト」の子会社が企画したビジネスクラスの4泊7日間のツアーにネットで申し込んだ。

ビジネスクラス利用でも、キャセイ・パシフィック航空利用で比較的費用が安かった。いろいろ合計して旅費は1名42万円くらいだった。これ日航とかANAとか使ったら70万円くらいかかるよ。冗談じゃないわ。

どうせ日本からイスラエルに直通のエアラインはないのだ。乗り継ぎの待ち時間が長くたって、ビジネスクラスならラウンジ利用できるので、そこのソファで寝ていればいいのだ。

私の体力や脚の不具合を考えれば長い旅行は無理なので、4泊7日でいいのだ。

ビジネスクラス利用でヨルダン・イスラエル旅行なら、勘違いしたうるさい馬鹿は参加しないだろうから、添乗員つきツアーでも、うざくないだろうと思った。

予想通り、参加者は13名だけで、平均年齢66歳の海外旅行に慣れた方々ばかりで、マナーも良かったし、教養のある方々ばかりであった。

添乗員の30代半ばの女性も非常に優秀でタフで忍耐強い方であった。

現地のヨルダン人の英語ガイドさんも、イスラエルの日本人ガイドさんも優秀で有能だった。

ちゃんと選べば、ああいう質の良い団体旅行はいいものですね。

全部お膳立てしてあるしね。気楽だわ〜〜

海外旅行で困るのは、トイレの確保だ。団体旅行だと、 まめに「おトイレ休憩」あります。あれ助かるわあ〜〜

もうゼミ生引率してのニューヨーク旅行なんかだと、前もってトイレの場所を確認しておかないと歩き回れないもんね。ここのホテルのトイレ、ここの大学内のトイレ、この博物館のトイレって。

質のいいツアー旅行なら、添乗員さんやガイドさんがいろいろ教えてくださるんで『地球の歩き方』を熟読せんでもいいし。

ということで、フジモリも老化劣化して、パック旅行に参加して人様頼りの旅をするようになってしまったとよ。

まず、最初はイスラエルは地中海沿いのテレアビヴ市のベングリオン空港での入国審査。

8月28日に日本出国して、29日にイスラエル入国。

この空港の雰囲気はアメリカの南部の空港と似てた。

イスラエル人の雰囲気は、フレンドリーではないけどまっとうな先進国のヒトって感じ。

イスラエルでは、入国のスタンプをパスポートにポンと押さない。

こーいう「ブルーカード」と呼ばれる紙片を渡される。

イスラエル入国の記録がパスポートにあると、イランとかサウジアラビアとかのその他中近東諸国では入国拒否されるから。

イスラエルに入国したら、大型バスに乗り込んで、ひたすらヨルダン国境まで向かう。

このツアーの最初の2泊はヨルダンで。

中東のパリと呼ばれるヨルダンの首都アンマンには行かないツアーだ。

イスラエル国内も日本車が随分と走っていた。トヨタ、三菱、マツダ、イスズに、ダイハツ、ニッサン。

イスラエルとヨルダンの国境は三箇所ある。

そのうちのひとつの国境で、ヨルダン入国審査。

正確には、ヨルダン・ハシェミット王国。北海道くらいの大きさで人口は2016年度で950万くらい。

最近のISIS騒ぎで、ヨルダンにもシリアから難民が入って、人口が膨れ上がった。

これは、いずれ問題が大きくなるかもね。

国際連盟によるイギリスの委任統治領だったんで、英語がある程度は通じるけど、母語はアラビア語で、1946年に独立して、立憲君主制国家になった。

でも、国民の半数は、中東戦争でイスラエルに占領された地区から難民として流入した人々か、その子孫。

ヨルダンは、今の王様のお妃さまが才色兼備で有名ですね。

ヨルダンの王室と日本の皇室も仲がいい。

1953年に今上天皇が皇太子時代に、昭和天皇の代理で、英国のエリザベス女王の即位式に出席した。でも、第二次世界大戦終結から8年しか経ってなかったので、日本の皇太子に対して冷たくて、座る席がひどかった。

そしたら、今の王様のおじいさんだかお父さんだかのヨルダン国王が明仁皇太子に親切に声をかけて、ご自分の隣の席に案内してくださった。その親切を嬉しく思った明仁皇太子は、その後ヨルダン王室に特別な親愛を感じるようになった。

という説がありますね。

ヨルダンの国王は、英米相手に戦った日本に畏敬の念を持っておられたのかもね。

私だって、すごいわ〜〜と感心してるもんな、日本の先人たちに。

ほんと、あいつらの傲慢さに、よくぞ日本は挑んだ!!

なんちゃって……

それはさておき、唐突に話は変わるが、2017年7月の始めに、国境で、イスラエル人とヨルダン人が衝突した。

イスラエルへの感情は良くないようだ。

イスラエルからヨルダンに入ると、イングランドからスコットランドに入るみたいに景色が変わる。

景色が貧乏になる。 いや、ほんと。

私たちの団体は、テレアビヴのベングリオン空港から乗ったバスを降りて、スーツケースも全部出して、入国審査終わったら、ヨルダンのバスに乗り込んだ。

暑い! 陽射しがすごい!

ヨルダンに入ったら砂漠の中の一本道。

うわあ〜〜〜見渡す限り砂漠。

ヨルダンの国土の80%が砂漠だそーだ。

まさに、旧約聖書の世界だ〜〜〜すごい〜〜〜

バスは、第1の観光地のネボ山に向かう。Mount Neboね。

モーゼが死んだとされる山だ。ヨルダン中部にある。

モーゼは、紀元前15世紀か13世紀あたりで(すっごい大雑把ですね)、120歳で亡くなったということになっている。

旧約聖書には、そう書いてある。

だから、ここは原始キリスト教の信者が、エルサレムから巡礼に行く聖地なんである。

標高680メートルくらいの山だ。800メートルという説もある。

山のてっぺんに教会が建っている。

4世紀末にモーゼの昇天を記念して建てられた教会だ。

宗派はフランシスコ修道会。

ユダヤ教のシナゴーグじゃない。

モーゼが持っていた杖つーのもある。

蛇をあしらった十字架の形をしている。

モーゼの身長は、少なくとも2メートルはないと、この杖は持てないだろう。

ほんとうは、荒野をさまよったモーゼの青銅の蛇状の杖と、イエス・キリストの十字架を象徴したモニュメントだ。

教会の中は、こうなってる。

古代のモザイク壁画がいっぱいあって、研究調査中。

お墓も発掘されている。

ここらあたりで、すでに、私は砂漠の風景に脳が侵され始めた。

なんという魅惑!

なんという崇高の美か!

この砂漠の向こうに見えるのは、あの「死海」であり、ヨルダン川である。

イエス・キリストや預言者ヨハネが洗礼を受けた川じゃ。洗礼って禊やね、要するに。

もっと晴れていたら、死海の向こうにエルサレムも見えるのさ。

ネボ山の次は、おトイレ休憩を兼ねたモザイク制作工房訪問ついでの土産物屋さん。

こういう場所でトイレ使用する場合には、トイレ入り口に立ってる人に1ドル渡す。

現地ガイドさんの顔を立てるためにも、なんか買うべきよん。

別にリベートもらってるとかそういうことではなく、友だちの店に連れて行くなんて、当たり前のことなんだからさ。ロシアでもどこでもそうだよ。

お互いに助けあって生きるのよん。観光客は、ちゃんとカモになるべき。

私が買ったのは、蓋がモザイク画のアクセサリーいれみたいな一辺が15センチくらいの箱。150ドル。時計とか指輪とか放り込んでおけるよ。

店員だか店主の娘さんだか知らないが、すっごい美人(ヨルダンの女性にブスはいないが)が、他に買うともっと安くなるよ、ヴァージンオリーブオイルの化粧品はどうですか?とか英語で話しかけてくる。

ああいう美人相手にグジャグジャしゃべっていたかったけれども、休憩時間はすぐに終わる。

次の目的地は、マダバだ。Madabaだ。首都のアンマンから南へ30キロだけど、ネボ山からは数時間かかった。

多くの古い教会が残り、モザイクで有名な街だ。

私が参加した団体の目当ては、古い時代のパレスチナのモザイク地図が遺る聖ジョージ教会だ。ギリシア正教の教会だ。

ヨルダンとかアラブというと、みんなイスラム教徒のような気がするが、キリスト教徒のアラブ人も多い。

ここで見たモザイクでできた紀元6世紀頃のパレスチナ地図というのが面白い。もともとは21メートルx 7メートルの大きさだだったけれども、今は13X5メートルしか残っていない。

真ん中にエルサレムで、エルサレム周辺のほとんどの重要都市と地形が描かれているのだけれども、どうも同じ地図の中に時代がずれたものが描かれている感じ。

日本人なら安土桃山時代を描いた絵の中に奈良時代のものは描き込まないだろう。

でも、このパレスチナ地図には、古代から6世紀にいたって存在した街がみな同一平面上に描かれているようだった。

歴史感覚が違うんだね、ヨルダンの人々は。

時間感覚と言うべきか。

紀元前も紀元後も現代も同時にリアルに感じているんじゃないか、ヨルダンの人々は。

「永遠の相のもとに」生きている? とも、ちょっと違うなあ。

古代と現代が共存している感じ。

そんな不思議な街が、マダバだった。

さて、バスは、8月29日の宿泊所のペトラ遺跡のホテルへ向かう。

ヨルダンの比較的北部のマダバから、ヨルダンの比較的南部にあるペトラまでは、バスで4時間くらいかかる。

日も暮れてきた。

ヨルダンの街は横断幕が好き。

これは、ロシアなんかもそうだね。

ホテルに到着時間は午後8時頃。

バイキングの夕食をすませて、一行は、中部セントレア空港を発ってから、初めてベッドで眠るのです。

ううう〜〜〜くたびれた。

ホテルは高級ホテルだけど、バスルームの配管がぶっ壊れてる。

排水がうまくできない。

バスタブに湯を溜めて、使用して、バスタブの栓を抜いて、水を流すと、バスルームが浸水します。

バスタブに溜めた湯は使用しても放置。ゆっくりゆっくり排水。

トイレの水が正常に流れれば良しとしましょう、中東だもん。

爆睡の8月29日の晩でした。