西鋭夫氏の「日本近代史講義」賛

本日は2016年5月25日水曜日である。

唐突に言うけどさあ、「幻想から目を覚ます」って辛い。

政治にせよ、歴史にせよ、政治思想にせよ、学問にせよ、マスコミや企業や行政にせよ、グチャグチャいろいろやっているけれども、ほんとうは、カネと暴力で世界は動いている。

政府なんて、国民から税金だけ収奪する、国会議員と官僚の利益分配制度よ。

税金を収奪するには、あんまり国民が意気消沈しても弱体化しても困るんで、気まぐれのように、教育制度とか税制とか福祉制度とか医療制度をいじくっているだけよ。

実際は、何万人国民が死んでもどうということはない。税収だけが問題よ。

民主主義とか主権在民とか、そんなもん「言葉」だけで実体はないよ。

綺麗事言っているのは、女と子どもと男のオバサンと去勢された草食青年だけでさ、非力無力な人間ばっかりよ。

歴史の教科書とか歴史物語読んで、事実を知ったつもりでいるような脳タリンは、事実なんて知らない方が幸せだから、騙されやすい愚民のまんまでいるしかないよ。

そりゃあさあ、「世界はカネと暴力で動いている」わけではないという事例は、文学作品とかのフィクションにおいては、いろいろ提示されてきた。

あ~た、ぶっちゃけて言えば、文学作品なんて、言葉を連ねるしかできることがない人間が、言葉を拾うしか能がない人間に提供する「貧しい娯楽品」「カネのかからない時間つぶしの現実逃避の道具」よ。

もっと、ぶっちゃけていえば、知能が低い人間が、自分より知能が低い人間に押し付ける自己欺瞞的慰めよ。

そういうのだって「プラシーボ効果」はあるよ。

であるからして、その点においては、人間はすごい。

偽薬のプラシーボでも、空元気が出ればいい。空元気だって元気のうち。何とか生きていける。

努力努力とか言われたって、努力しなければできないってこと自体が、資質がない証拠だ。まあ、努力しなかったら、もっとひどい状況になるから、努力しないよりはましということであって、努力したからといって収穫があるとは限らない。

ということで、覚醒以後の私は、「そんなこと、どうでもいいことだけどね・・・」と思いつつ、きちんと生きている真似をしているだけである。

法律守っていればいいんでしょ~~税金を払っていればいいんでしょ~~あとは好きにさせていただきます・・・こーいう欺瞞の社会に関与する気はありません・・・ということで、自分の趣味の世界に閉じこもっている。

それでも、リビドーつうもんが人間にはあるから、その出先を求めて、こーいうblogに字を並べているんよ。

つくづくダメな人間よ、私は。

でもさ加害性はないからね。もう学生にも何も言わないし。放置でいいのだ。他人は救えないのだ。

そーいう何事にもしらけていて面白いことなど一切ない最近の私が凝っているのは、スタンフォード大学フーヴァー研究所の西鋭夫(にし・としお:1941-)氏の講演映像の視聴である。

だから、西鋭夫氏の講義がどれくらいに面白いかわかるでしょ?

YouTubeで公開されているような無料の短い映像じゃなくて、ちゃんとカネ払って、講義配信サーヴィスで視聴しないと、その面白さはわからないよ。

幕末明治から現在に至るまでの日本の近代史(の嘘を曝け出す)講義シリーズを全部視聴しようと思うと10万円以上かかる。

ためしに第1巻を19,800円支払って視聴したら、すっごく面白かった。

「だからなんだよ、しょうもな・・・」とだいたいの事象に関しては、心の中で毒づく私であるが、これはすっごく面白かった。

映像だから、膨大な参考文献リストは出てこないけれども、それは氏の博士論文が出版されたものであるところのUnconditional Democracy: Education and Politics in Occupied Japan,1945-1952(Hoover Institute Press,1982)に掲載されている。

西氏はいい加減な陰謀論専門言論人ではない。資料の裏付けがある。アメリカの国立公文書図書館に保存されていて数十年後に公開される文書などの第一次資料にあたっている。事実を丹念に追っている。

きちんとした研究者としての基礎の上に、放言する。

そこが面白い。

この講義シリーズならば、10万円出してもいいと思った。定価では20万円以上するらしいけれどね。まあ、値段なんて何が適正価格だかわからないし。

http://www.prideandhistory.jp/

この映像講義シリーズを販売している大阪の「ダイレクト出版」は、この映像講義販売のために、ネット広告を打ち上げまくっている。

だから、「うさん臭い」と思われがちだ。

まあ、うさん臭くてもいいじゃないの。

効果のない化粧品セット代よりは、「成功企業セミナー」の参加費よりは、絶対にはるかにcost performanceは高い。

西鋭夫氏は、あの『圀破れてマッカーサー』(中央公論社、1998/中公文庫、2005)や『日米魂力戦』(中央公論新社、2003)の著者だ。

『圀破れてマッカーサー』は、1982年に出版された前述のUnconditional Democracy: Education and Politics in Occupied Japan,1945-1952(Hoover Institute Press)に簡易状日本語版である。

西鋭夫氏は、アメリカにおいては日米関係史、敗戦後占領史、日本近代史に関する代表的研究者である。

『日米魂力戦』によると、この方はなんとCIAからリクルートされたそうだ。

あ、『日米魂力戦』はね、すでに絶版だ。古書だと20万円近くの値段がついている。そんなカネ出さずに読みたい人は、ひたすら検索してください。PDFファイルは入手できるから。

西鋭夫氏は、アメリカに帰化すればCIAから高給で雇用されるという申し出を受けたそうだ。

が、西鋭夫氏は日本人でいることを望み、外国の諜報機関に利用活用されることを選ばなかった。

西鋭夫氏の著作に注目した「ダイレクト出版」の代表取締役の小川忠洋(1976-)氏は、西氏の日本近代史に関する博覧強記と、通説を覆す「新しい歴史」に感銘した。

ついには、2015年にフーヴァー研究所に、日本の近代史を研究する講座を作った。つまり、フーヴァー研究所でずっと西鋭夫氏が講義できるように寄付をした。

まだお若いのに立派だ!

いわゆる「寄付講座」だね。

endowed chairですね。

endowed courses in universitiesだね。

アメリカの大学では、誰かの名前を冠した講座があるけれども、それは誰かが大学に大金を寄付して、その金を基金とした運用利益で講座が運営されていますよ、ということだ。

日本の大学や研究機関でも、こーいう「寄付講座」はある。企業とか法人の名前が冠されていることが多いけれども。

講座制もあれば、学科目制もある。

「講座」を設置して、必要な教員(教授、准教授、助教)を置く場合もあるし、「学科目」を設置して、その科目を教えるのにふさわしい教員を置く場合もある。

スタンフォード大学のフーヴァー研究所に開設された寄付講座は、学科目制らしい。

いいなああ~~!!

お金持ちになって、寄付して、広めるべき優れた見識を持つ研究者に教育研究の機会を提供する。

カッコいいなあ~~~!!

では、いったいどんなことを西氏は講義しているのか???

私は、この映像講義で知ったことの一部を、Facebookで紹介しているというか、「横流し」している。

もちろん、西氏の講義内容とかぶるような著作を発表してきた方々も多い。私自身が、この西氏の講義を楽しめるのは、そのような方々の仕事に先に教えられていたからだ。

ただ、「一次資料にあたっている」という研究者の基本については、西氏の言論の方が、はるかに信頼できる。

たとえば、西氏は、現在のHSBC(香港上海銀行)東京支店のウエッブサイト(http://www.about.hsbc.co.jp/ja-jp/hsbc-in-japan)をチェックして、そこに、この英国の銀行が、明治維新政府が貨幣紙幣を整備するときに手伝ったと言う記述を見つける。

そこからさまざまな資料にあたる。

で、以下の事実を掴む。

例の長州ファイブにしろ、薩摩藩の19人にしろ、留学なんて徳川幕府から派遣された人間以外は禁じられた時代に英国に留学した。

彼らの渡航資金や留学資金はどこから出たんだろ。藩の中でも留学したのは下級武士の子弟ばかりだったのに。

薩長の徳川幕府との戦争の武器、弾薬、大砲、洋服の軍服等の代金は、どうしたんだろ。

もし、英国側の誰かが融通してくれたのならば、返済しないといけない。

返済は、金と銀でなければいけない。紙幣なんて紙切れでしかない。

で、薩長明治維新政府は当時は横浜にあった「香港上海銀行」に相談した(英国の指導で相談させられた)。日本の通貨をどうすればいいか相談した。だから、そのことは、今の香港上海銀行のウェッブサイトにも示唆されている。

香港上海銀行HSBCというのは、阿片戦争以後の中国支配の出先機関として英国によって作られた銀行だ。

で、トマス・グラバーさんが貨幣の鋳造機械を英国から仕入れてくれた。それが大阪の造幣局の始まり。

そこで鋳造されたのが、1オンス(31.1グラム)の20円金貨。10円金貨も5円金貨も1円金貨も鋳造された。大阪造幣局の局長は長州ファイブの5人が変わりばんこに勤めた。

日本伝統の大判小判じゃないのよね。1オンスの金貨だ。今だと16万円くらいだね。

これらの金貨は、日本国内では流通しなかった。みな英国との貿易の代金として英国に流出した。決算銀行は横浜正金銀行(これは敗戦後マッカーサーによって閉じられた。その代わりにできたのが、東京銀行)。

そうやって、長州ファイブは、自分たちの「借金」を返済したんだね……日本の金銀は、そうやって流出しました・・・

ね、面白いでしょ。

世界はカネと暴力(軍事)で動かされている。

ということで、特にこれといってしたいこともないけれども、この世界と歴史の真実を知ることだけには欲望が残っているという類の方々にお勧めします。

http://www.prideandhistory.jp/

西先生、ありがとうございます。

西先生の講義を販売してくださっている「ダイレクト出版」さん、ありがとうございます。

面白い貴重な情報は、無料では手に入りませんよ。

無料のネット情報なんか、知らなくてもどうということはないクズが多いしなあ・・・

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韓国連続TVドラマは30代前半の若さ

本日は、2016年5月4日水曜日である。

今日は、「韓国テレビ連続ドラマ」について書く。

病気が判明してから、私は、しばし徹底的にサボって遊ぶことに決めたのだ。生活費獲得労働も最低限のことしかしないのだ。

私の場合、「遊ぶ」っていうのは、「物語」に耽溺するってことだ。

小説しかり。漫画読みしかり。映画しかり。テレビ連続ドラマしかり。今はGYAO!みたいに無料で視聴できる映像配信サーヴィスもある。韓国のPandoraみたいに前に放映された日本の連続ドラマを無料で公開しているサイトもある。

ただし数回分視聴して、すっごく気に入った韓国ドラマなんかだと20回分購入して視聴してしまうが。「アラン使道伝」と「運命のように君を愛している」は、そうやって観てしまった。

聞くところによると、韓国の連続TVドラマは、コマーシャルなしで1時間か45分ぶっ通しで、週に2回放映で20回で完結が普通だそうである。ドラマ作りに気合がはいってる。

ただし、アメリカのamazonに年に99ドル出して登録して、映画やアメリカの連続ドラマを見まくるまではしない。英語の聴き取りに必死になってしまって、「お遊び」にならない。

1953年2月1日は日本で初めてテレビ放送が始まった日である。その数日後に、私は生まれた。だから、私がテレビドラマとかの映像物語漬けになるのは、私の運命である。

ということで、去年の秋から日本や韓国やアメリカの連続ドラマを見まくっている。

で、あらためて気がついた。

日本と韓国とアメリカの連続テレビドラマを見ていて、物語力(物語によって視聴者を励まし教える力)に「感動する」のは韓国製が一番。

脚本の悪魔的面白さ、複雑な人間性に関する洞察や分析力の悪魔的鋭さや、俳優たちの悪魔的演技力に感嘆するのは、アメリカ製が一番。

アメリカのテレビ連続番組やハリウッド映画から学び、日本の状況に移植してリアルなドラマを形成する換骨奪胎(かんこつだったい)力、応用力については、日本が一番。特に日本が誇る文学である「漫画」を原作としたものは、すごい!!

無茶苦茶に単純化して言えば、韓国ドラマは、精神年齢30歳代前半である。若々しい30代前半である。

一方、アメリカのドラマの精神年齢は、いっさいの幻想を捨てたリアリズムに徹しようとする50代後半から60代である。日本の場合は、すれっからしになりかけているがまだまだ甘ったれた幻想を持っている浅はかな40代である。

今日は日本やアメリカの話はしない。韓国のドラマの話に限定。

30代前半という年齢は、勉強とか情報がある程度は蓄積されているし、技術力もそこそこ身についている。

同時に、30代前半というのは、「社会はどうあるべきか」「人間はどう生きるべきか」という理想を「ほんとうに」追求し始める年齢だ。

もっと若いと、社会の中で居場所を確保する闘争で忙しい。しかし、30歳を過ぎれば、その居場所獲得のための闘争のあらかたが終わり、もっと上位の段階に至る。

やっと、ほんとうの意味で「自分が社会の中で何ができるんだろうか?」と本気で考え始めるのが30代の前半だ。普通は、職業的使命感を持つようになるのは、この年代からだ。

韓国の連続テレビドラマの面白さは、この30代前半のまっとうな人間が持つ「若々しい真摯さ」にある。

韓国の連続テレビドラマには、どんなエンターテインメントにしろ、「人間はいかに生きるべきか」とか、「社会はどうあるべきか」という哲学がある。

韓国の連続テレビドラマには、「あるべき姿から逸脱して罪を犯した人間は裁かれねばならない。それ相応の償いをしなければならない」という因果応報的世界観がある。

韓国の連続テレビドラマには、「人の上に立つ人間には、それだけの責任と道徳性が要求される」という倫理観が強い。

だから、韓国の連続テレビドラマには、「復讐」のモチーフが多い。

なんで、復讐するかと言えば、「こんな人間は許せない!!」とか「こーいうことが起きる世の中はおかしい!!」とか「理不尽が通用してはいけない!!」という怒りがあるからだ。

正義が実現していないことへの怒りが、制作者側にあるからだ。視聴者(物語消費者)も、その怒りを共有している(に違いない)。

たとえば、日本で2008年に放映された「嵐」の大野くん主演の『魔王』http://www.so-netme.co.jp/adtv/DevilEmpress/ってのは、2007年放映の韓国の同じタイトルの連続ドラマのリメイクだ。ただし圧倒的に韓国のオリジナルの方がいい。作りが丁寧で音楽も脚本も俳優も圧倒的に韓国製のほうがいい。

物語内容は、高校内暴力で兄だか弟だかを殺された母子家庭の貧しい少年が成長して、自分の兄弟を殺害し母を自殺に追いやった不良少年たちと、その家族を12年後に破滅させていくというもの。

不良少年グループのリーダー格の少年の父親が大企業を経営する国会議員だか何だかで、その父親の圧力により、その殺人事件は正当防衛となり、不良少年たちは無罪になった。

主人公の貧しい少年は、ひき逃げ事故にあって死んだ友人と入れ替わり、名前を変え、別の人間として成長し、刻苦勉励して弁護士となる。

主人公の冷徹で頭脳明晰な弁護士の復讐は、階級闘争でもあるし、社会悪の是正の闘争でもある。

社会の指導的立場にある人間が財力と権力に任せて、息子の殺人事件を隠蔽(いんぺい)したことへの怒り。その権力者の息子であるところの殺人犯の少年は少年院にも送られず、あろうことかシレッと警察官となり正義の味方をやっているつもりでいることへの怒り。

しかし、殺人をしてしまったお坊ちゃんも、自分の犯したことに苦しみ続けてきたがゆえに、過度に仕事熱心な刑事になっている。お坊ちゃんらしからぬ小汚い格好で職務に邁進している。

ということで、登場人物たちが、真面目に苦しみ、憎み、あるべき社会の姿から遠い現実や、あるべき人間像から遠い自分自身に悩んでいる。

なんと若々しい! なんと理想主義的な! なんと文字通りの「建前」を信用していることか!

ちゃんと、まっとうな人間たちを描いているのが韓国の連続テレビドラマの魅力だ。

『魔王』は現代劇であるが、韓国ドラマは時代劇も質のいい作品が多い。特に、朝鮮時代の李王朝ものがよくドラマ化されている。

韓国の連続テレビドラマの時代考証が無茶苦茶であることは、よく知られている。歴史劇として観てはいけないファンタジーであることは、よく知られている。常識だ。

私が面白いなあと思うのは、そのような時代劇、王宮物に描かれる王様というのが、ちゃんと「民のことを考えた王」であろうと自己との葛藤、臣下との葛藤、王族たちとの葛藤に悩むところだ。

王様が、「善き王様」であろうと悩んでいる。

あたりまえ?

あたりまえですかね?

そんな日本の時代劇なんか私は見たことないぞ。

日本の歴史劇、時代劇において、民のことを考えた政治をしたいと思いつつ、外戚や臣下や王族や正室や側室との軋轢に悩む「ミカド」とか「上様」なんか見たことないぞ、私は。

日本の歴史劇、時代劇において、自分自身に国家の指導者の資質があるのかと悩む「ミカド」とか「上様」なんか見たことないぞ、私は。

つまり、時代考証も歴史も無視したファンタジーだと馬鹿にされる韓国朝鮮王朝もの時代劇にも、「社会はどうあるべきか」とか「指導者はどうあるべきか」とか「人間はどうあるべきか」という問題が描かれているのだ。

なんと若々しい! なんと理想主義的な!なんと文字通りの「建前」を信用していることか!

ナイーヴと言えばナイーヴである。青いと言えば青い。

人間の30歳代前半と言うのは、まだまだナイーヴであり、青くて理想主義的である。

私が、韓国の連続テレビドラマを愛するのは、30代前半の人間が持つ理想主義と若さと青さへの郷愁からだろうか。その真摯なエネルギーに照らされたいからだろうか。

それと、私が、韓国の連続テレビドラマを愛するのは、やっぱり美男美女が勢ぞろいだからだ。整形手術しまくりでいいよ。10年後20年後の後遺症なんか知らんわ。他人の顔だもん。私には関係ない。美しければいいんだよ。

韓国の連続テレビドラマは、若くて青くてロマンチックで理想主義的な30代前半なんだからさ、俳優さんも30代前半でストップしていなければならない。

整形しまくりでいいよ。私は、楽しく鑑賞させていただく。ありがとう、韓国の連続テレビドラマさん。カムサハムニダ~~~!!コマスニダ〜〜!!

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