こんな講義してます(その15 最終回)アメリカ人はなぜ陰謀論が好き?

本日は、2016年2月23日火曜日だ。

今日の動画は、2015年度「アメリカ文化論」の最後の講義の、これまた最後の11分である。

2016年2月8日月曜日に開講されたものだ。

全15回の講義が終わったときは、本当にホッとした。嬉しかった。

夏以来、ずっと長く続く異常なほどの疲労感と欝っぽさに悩まされた。11月に病院に行ったら、「非アルコール性脂肪性肝炎」と診断された。それからは、ともかく4学期を無事に終わらせることだけが目標となった。

11月、12月、1月、2月と忙しかった。

とはいえ、4学期は私にとっては唯一の講義科目「アメリカ文化論」が開講される。だから、私にとっては4学期は、非常にハードではあっても幸福な学期である。

その他の学期は、ゼミ以外は、アウトソーシングのe-learningの英語やTOEIC訓練用のクラスのインターネット式学期末試験作成とかの仕事なんで、非常につまらないからね。

その特に今年度はハードだった4学期も終わった。よかった、よかった。

この日の2015年度開講「アメリカ文化論」最後の日の私には解放感があふれていた。

この場を借りて、「アメリカ文化論」の撮影と動画作成にお力をお貸しくださった同僚の「渡邊明教授」に、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

私は、やっと最近、動画の保存方法を知ったぐらいのネット難民だ。だから、自分のBlogに講義の1部をアップロードするための作業なんてできない。

渡邊明先生のおかげで、このBlogにおいて自分の講義内容を紹介することができた。

ほんとうにありがとうございました。

私も、ビデオカメラで撮影して、自分で動画をアップする方法を覚えます。いつまでも面倒くさがっていてはいけないですね。

渡邊明先生は三重大学名誉教授で、かつ埼玉大学名誉教授である。

であるからして、「福山市立大学名誉教授」の称号なんか要らないそうである。

だよねえ、そりゃ。

去年度、民間機関(というより外務省の外郭団体かな?)からいらした方が退職なさるとき、名誉教授として推薦する話が出た。開学以来、大学に大いに貢献なさった方である。誰もが快く感謝の心を持って、その方を名誉教授として推薦すると私は思っていた。

ところが、数人の同僚から非常に陰湿な形で邪魔された!

他人が名誉教授になっても、自分は何も損しない。なのに、やっきとなって邪魔した同僚が数人いた。

あれは、いったい何だったのですかねえ・・?

不思議な出来事であった。

不思議な人々である。

渡邊明先生が大学院の完成年度を待たず1年早く退職なさるのも、無理はない。

福山市立大学に来て以来、いろいろと奇妙な風景や人々をさんざんご覧になったのだから、無理もない。

渡邊明先生は、退職後は、某大企業から委託された研究に従事なさる。別の企業から社外取締役のお話もあるそうである。70歳にして、誰もが知る大企業から5年間の委託研究を依頼されるとは。すごいですね~~♪♪

調査研究を依頼しておいて、交通費も支給しないような福山市とは大違いに、予算もきちんとついた委託研究である。

渡邊明先生のお忙しい日々は、まだまだ続く。どうか、おからだを大切に、一層のご活躍をお願いいたします。

2011年4月以来、本当にお世話になりました。いろいろ教えていただきました。渡邊明先生は、私にとっては還暦近くに出会った恩師のような方です。

ところで、しかし、私は本日、自分の講義全15回分の動画の保存作業をしながら思ったね。

私のしゃべり方は実にガサツだ。

荒っぽい。

なんで?別に怒っているわけでもないのに。

これでは、うちの大学にわりかし多く棲息している「優しい怯えやすい気の小さあい学生さん」たちにとってはストレスフルだったかもね。

面白がってくれる学生さんも多かったけれど、なんかびっくりしてる学生さんも多かったもんね。

ほかの同僚たちは、よっぽど上品に優雅に講義しているんだろうなあ。バレリーナのごとく。ほほほ……

福山市立大学での最後となる2016年度の「アメリカ文化論」は、今までのように月曜日と木曜日開講ではない。木曜日の4限と5限の連続開講となる。私の健康上の理由で、そうさせていただく。

そうなると受講生の数も少なくなる。だから、別の講義方法に挑戦したい。

もっと受講生さんたちの参加を促進できるような講義方法に。

今度こそ、悔いのないように。

ということで、私の講義紹介のBlogをお読みくださり、15編の映像を視聴してくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました!

特に、Facebookでいただくみなさまのコメントを読むことは、非常に疲れていた私の慰めになってくれました。ありがとうございました!

(注意)映像のなかで、「黙示録」について旧約聖書に書かれてあると口走っていますが、もちろん言い間違いです。アホです。新約聖書の終わりです。すみません。

 

こんな講義してます(その14)権力者共同謀議・陰謀論あれこれ

本日は、2016年2月20日土曜日だ。

やっと4学期が終わり、自宅療養のために名古屋に帰ってきた。

まだ採点も成績報告も全部すませたわけではないけれども、ホッとしてる。

安堵し過ぎて、脳が緩みすぎてるのが怖い。

本日の動画は長い!30分くらいはある。

2016年2月4日開講の第14回「アメリカ文化論」の一部である。

アメリカにおける権力者共同謀議・陰謀論の隆盛についてが、テーマである。まずは、陰謀の定義と、陰謀論の定義から始まった。

1997年に発表された映画『陰謀のセオリー』(Conspiracy Theory)の一部も見せた。

この映画は、全体としてはアホっぽいできだけれども、冒頭のタクシー運転手の主人公の「陰謀偏執狂」ぶりが面白い。タクシーに乗る客に、彼は「世界を動かし支配する陰謀」の数々について啓蒙活動をしてる。メル・ギブソンが演じてますね~~

まあ、この「陰謀論」は裏がとりようがないので、つまり学問的にどうこう言うには資料不足なんで、私の「アメリカ文化論」のオマケみたいな位置づけだ。

うちの学生さんは真面目だから、こーいうこと話すとまずいかなと思ったけれども、都市経営学部の学生さんは、そこまで頭が硬くなかったんでよかった。

とはいえ、「陰謀論」がテーマだから、男子学生の食いつきはいいが、女子学生の食いつきは今ひとつであった。

女子学生は、現実的に日常的に役にたつ知識や技能でないと食いついてこない傾向がある。どうでもいいことには関心を示さない。

アホみたいな、荒唐無稽的な、なんの実益もなさそうなことを面白がれるのは男子学生に多い。

脳がおかしいからね、男の子は。

女子学生でも、そういうタイプは比較的少数ではあるが、存在する。

その種の女子学生たちは、私の心の友よん。

ところで、この動画の中で言及してる「ボーイ・スカウト」の起源については、副島隆彦氏の言論以外に根拠はない。

調べたって、「公式見解」しか見つけられないよ。

戦争孤児になった男の子は、軍隊にくっついて、兵士の雑用してメシ食わせてもらうけど、地雷のあるところを先に歩かせたり、消耗品の斥候要員(敵地偵察の斥候は帰ってこないことが多い)として使えるんで、「ガキは使える」とわかったんで、じゃあ戦災孤児にならなくても前もって少年たちを訓練しておくと、お国のためにいいんじゃないのということで、Be Preparedということで、結成されたのがBoy Scout Associationだ。

ということは、「ボーイ・スカウト」に関する公式説明には書かれていない。

でもまあ、戦災孤児の男の子の使い道から始まった・・・という説は事実だと思う。

少年兵は使える。いくらでも残酷になれる。簡単に洗脳される。ロボットだもん。ジハードでも、そうでしょ。

戦災孤児の男の子は軍隊のパシリとして生き延びる。

戦災孤児の女の子は、どうやって生き延びる?

売春婦か女中さんですね。

「ボーイ・スカウト」についてにしろ何にしろ、そーいう裏の取れない学問的根拠のないことを講義中に言っていいのか?

たまには、いいんだよ。

私なんか、1993年に当時の勤務先のfaculty exchangeで派遣されたアメリカの南部の名門女子大で、出鱈目を講義してきた。

「日本の宗教」について話してくれと依頼されて、そこの宗教学の時間に「神道」Shintoismについて話した。「鳥居は女性の膣の入り口です~~本殿は子宮の比喩です~~鳥居から本殿までの道は産道の比喩です~~つまり、神社は女性の身体です~~」と出鱈目を言っておいた。

いいんだよ。あたらずとも遠からずだから。そんなようなもんだろ。

動画に映ってる私の髪に一部禿げ状の円形があるが、これは禿げてるわけじゃない。

忙しくて美容院に行く時間がなかったんで、白髪が見えてるだけです。

 

こんな講義してます(その13)アメリカの結社文化から日本人が学べること

本日は、2016年2月14日日曜日である。

ヴァレンタイン・デイーだそうだ。知らんわ、そんなもん。

いよいよ、明日の試験2科目が終われば、長かった4学期も終わる。

先週の2月10日と11日の休日に開催された「2015年度福山市立大学都市経営学部都市経営学科卒業研究発表大会」というのも無事にすんだ。

最初は、「2015年度卒業研究論文要旨集」の作成なんか、時間の無駄だろ、この忙しいのに・・・と思ったけれども、できあがってみると、嬉しい。

「福山市立大学都市経営学部卒業研究発表大会」も、卒論指導でさえ面倒なのに、発表かよ~~~プレゼンテイション指導もしないとあかんのかよ~~~と思ったけれども、やってみると、おもろい。

先輩たちの発表を聴いた3年生たちにとっては大いに刺激になったようだ。なかには2年生も聴いていた。

うちの4年ゼミ生も、「耳で聴いてわかる発表」をするために、何度もパワーポイント資料を作成し直してた。発表の練習もしてた。

まあ、いろいろ問題はあるにしても、練習の時より堂々と発表していたので、私は嬉しかった。

今の子は本番にこそ力を発揮する。思わぬ気丈な面を見せてくれる。嬉しい。

発表後の質問にサッと4人や5人の手が挙がった。

勝った。

と、その瞬間、私は思った。

口頭発表は、発表後に質問が多く出たら、いちおう成功だ。

学会の発表と同じだ。

内容が伝わらない発表には質問しようがないもんな。

私も、50代半ばまでは、学会発表や学会のシンポジウムの講師を何度もやり、発表後に質問が多かったときは「勝った!!」と思ったものだった。

で、ほとんどの場合、勝った。

シンポジウムで、東大英文科の教授より質問が私に集中した時は、「ざまあみろ、税金でしょうもない文学研究なんかしやあがって・・・」と思ったものだった。すみません。

久しぶりに思い出しちゃったなああ~~あの頃のファイトを。

しかし!!!

「織田信長暗殺真相の仮説研究」を発表するはずだった男子学生が逃亡した。発表しなかった。

許せん。

なぜだ!!!???

他ゼミでは、一挙に4人の男子学生が卒論発表から逃亡したそうだ。

許せん。

遠足は、自宅に帰るまでが遠足だ。

同じく、「卒業研究」は、紙媒体で提出し、口頭発表し、電子データを大学のウエッブサイトに提出して、やっと「卒業研究」だ。

ところで、本日の動画は、2016年2月1日開講第13回「アメリカ文化論」の「結社」のまとめの回の講義の一部である。

いろいろいろいろ時代ごとのアメリカの結社の数々を紹介して、最後に話した数分の動画である。

私は、「結社」というものへの憧れを小学生時代から持っていた。

ただし、ガキの頃は、「結社」なんて言葉は知らなかった。

フリーメイソンリーもイルミナティも義和団もなんも知らなかった。

ただ、信頼できる友だちの秘密グループが欲しかった。

こっそり10人くらいのグループを結成し、ルールを作り、共通の手帳なんか密かに隠し持っちゃって、情報交換しあい、秘密の合図があり、入会者は厳しく選別する。そのグループは生涯続くんだ・・・

もちろん、私の願望は実現しなかった。

やはり、「結社」は目的や志を同じくしないと形成も維持もできない。

小学生の仲良し女の子のグループなんかじゃ、どうしようもない。

私は、今でも「結社」に憧れている。

ガキの頃に無自覚に「結社」に憧れた日々から50年以上が経過した。

今の私には、勝手に「これは私の結社だ」と思っている「人間集団」が、少なくともふたつ存在する。

これは大切にする。

まあ、私の心の中にしかない結社ではあるけれども、私のガキの頃の願望は実現したんだ。

死ぬまでに、あと3つの結社を作り関与したい。

Virtual associationsでもいいからさ。

こんな講義してます(その12)アメリカの結社のついでに、日本とフリーメイソンリーについて話した

本日は、2016年2月11日木曜日。ちょうど午前12時になったところだ。

本日は建国記念日の休日だけど、仕事あるよ。

卒業研究発表会がある。夕方からは、4年生ゼミと3年生ゼミの合同コンパがある。

で、明日の12日とあさっての15日が学期末試験だ。

それで、やっと長く長くしんどかった4学期が終わる。

なにしろ、気分はすでに勤務先を退職しているので、きついんだよね。いろいろ。

ところで、今日の映像は、2016年1月28日開講第12回「アメリカ文化論」の一部だ。

第12回「アメリカ文化論」においては、「アメリカは結社社会だよ」の2回目で、植民地時代から19世紀末期ぐらいまでのアメリカの結社について紹介した。

「メイ・フラワー・ソサエティ」(Mayflower Society)とか、「自由の息子たち」(Sons of Liberty)とか、ご存知「フリー・メイソンリー」(Freemasonry)とか、「ボストン・ブラーミン」(Boston Brahmin)と総称されるボストンの社交クラブや、ドイツ系の非暴力平和主義のキリスト教系宗教結社であるメノナイト(Mennonites)の一派アーミッシュ(Amish)について紹介した。

最後にハリウッド映画でアーミッシュを初めて取り上げた映画『刑事ジョン・ブック』(The Witness)の冒頭部分を見せた。

この映像で言っていることは、「フリーメイソンと日本の明治維新は関係が深いんだよ」という話だ。

この話のネタ本はいくつかある。

書くの面倒くさいですから、テキトーに調べてください。

もう眠いから寝ます。

こんな講義してます(その11)アメリカの大学のクラブと日本の大学のクラブは違う!

本日は、2016年2月7日日曜日だ。

満身創痍気味だった2015年度の4学期も、2月15日に終わる。

そしたら、自宅療養に入れる。嬉しいなああ~~

本日の紹介動画は、2016年1月26日開講第11回「アメリカ文化論」の一部だ。

アメリカは結社(associations)社会だよ~~という話の第1回目だ。

アメリカ映画を観ていると、「クラブに泊まる」とか「クラブで食事しましょう」とかいう台詞が出てくる。

この「クラブ」というのは、「ナイトクラブ」のクラブじゃないし、大学の「サッカークラブ」のクラブでもない。

アメリカの大学には、ギリシア語のアルファベットを冠した男子クラブ「フラタナティ」(fraternity)と女子クラブの「ソロリティ」(sorority)がある。

Gleek letter associationですね〜〜

大学にあるそれぞれのフラタナティとソロリティは、他の大学の同じ名を冠したフラタナティやソロリティと全米ネットワークを作っている。それは生涯続くネットワークだ。

フラタナティやソロリティの成員は、彼らや彼女たちだけの「クラブ・ハウス」で寝泊りする。それは、一般学生の学寮(dormitory)とは違う。

この全米ネットワークを持つフラタナティとソロリティこそが、アメリカの大学の「クラブ」だ。

「ボストン・ブラーミン」と一括して呼ばれる高級住宅地のクラブもあるけれど、ここでは、まずは大学のクラブの話。

ともかく、このクラブは誰もが入会できるようなもんじゃない。

有名フラタナティやソロリティは、成員を選ぶ。

WASPであるかどうか、家柄、容姿などが入会基準になる。

ユダヤ系や、カトリック系(アイルランド系、イタリア系、東欧系など)や、アフリカ系やアジア系は入会できないフラタナティやソロリティがある。

これらのフラタナティやソロリティは、アメリカ主要都市に成員のためのホテルやレストランを持っている。ゴルフ場も持っている。

アメリカ映画に出てくる「クラブに泊まる」とか「クラブで食事」というのは、そーいうフラタナティやソロリティに入会できた人間が言える言葉だ。

アメリカの「エリート」とは、そういう人々のことだ。

エール大学のSkull and Bonesみたいに、唯一のフラタナティも存在するが。この結社は、アメリカの歴代大統領を何人も輩出している。歴代のCIA 長官を務めているのも、この結社のメンバーだ。

みなさん、ロバート・デ・ニーロ監督のThe Good Shepherd(2006)って映画をご覧になったことがありますか?あそこで描かれているエール大学内結社、特権的社交クラブが、Skull and Bonesだ。

「結社」社会アメリカの導入として、私は、まず、アメリカの大学のクラブは、日本の大学のクラブとは大違いであることを話す。

私は、学位を取得するようなまともな留学はしたことない。日本の大学でさえ嫌なのに、アメリカの大学なんか冗談じゃない。

そこまで文学研究に情熱なかった。英語力もない。勉強なんかしたくもなかった。

だけれども、アメリカの映画を観ていて、なんか気がついたんだよね、アメリカが「クラブ社会」であることに。ひいては、「結社社会」であることに。

アメリカの映画こそが、私の大学であったね!

アメリカの学園ドラマや学園映画の中には、フラタナティやソロリティに入会できなかった学生たちの「恨み節」みたいなものがある。

1970年代のAnimal HouseとかThe Groupとか。

The Group(1969)は、1933年に名門女子大学ヴァッサー大学(マンハッタンを北上した町にある)を卒業したソロリティ仲間の人生模様を描いたメアリー・マッカシーの小説の映画化だ。

彼女自身は、ニューヨーク知識人と呼ばれる左翼系文化人だけど、もっとも認められた作品は、「ブルジョワのお嬢さん大学のソロリティ仲間の生態」を描いたものだったという皮肉。

80年代のThe Revenge of the Nerdsは、どのフラタナティにも入れなかったマイノリティの学生たち(日本人留学生も含む)が、自分たちのフラタナティ結成のために苦闘する喜劇だ。強烈に面白いよ、特に最初の『ナーズの復讐』は。

ほんとは、この『ナーズの復讐』を学生に見せたいのだけれども、80年代のアメリカ映画というのは、エネルギーがすごくて、シモネタ満載、悪ふざけ満開だから、うちの学生さんたちには無理かもしれないと思って、見せるのはやめた。

真面目というかなんというか、冗談が通じない・・・・