アホは貯運すべし

運というのも、実は何なのか、よくわからない。

それでも、思う。人間はアホでもいい、運さえあれば……と。

あらためて、そう思わされたのが、宮城県石巻市の大川小学校裁判の判決を知った時だ。

亡くなった74名の生徒のうち23名の生徒の親御さんたちが粘り強く真実を追求し、石巻市と宮城県を訴えた結果が、やっと出た。

5年経って、やっと一審判決が出た。

実は、教員たちと地域の代表のような人物が、「山に逃げるべきだ」対「山に逃げて生徒が怪我したら責任を問われる。津波はここまでは来ない」と40分も言い合っていたという。

地震があって、校舎から校庭に避難(?)して、生徒たちは教員たちがヤイノヤイノと言いあっているのを虚しく待っていたという。

「ここにいたら危ない。みんな死んじゃう」と山に逃げた生徒も数人いた。しかし、教員は彼らを捕まえ、校庭に引き戻したという。

結局、山ではない方向に生徒を誘導して、津波に襲われて74人の子どもが亡くなった。

教員の死亡者は、教頭を含めて10名。

校長は娘の中学の卒業式に出席のため不在だった。

(???中学の卒業式なんかに父親が行くか? どんだけ暇?宮城県の習慣なの?)

つまり、2011年3月11日に起きた災害が、人災でもあったことが判明した。

5年と7ヶ月以上も経過して。

で、仙台の地裁は石巻市と宮城県に14億3000万円の損害賠償を命じた。

訴訟を起こした親御さんたちは、「金めあてに、死んだ人たちに鞭打つようなことして……」と地元では非難されたに違いない。

自然災害なんだから、誰が悪いわけでもないのに……と非難されたに違いない。

でも、他の小学校は、同じ自然災害に襲われても、生徒たちを無事に保護できた。

こういう事態になったのは、大川小学校だけだ。

おかしいでしょ、それはやっぱり。

きっと亡くなった子どもたちの霊が親御さんを動かしたのだねえ……

運が悪かったって?

いや、そこなのよ、私が言いたいことは。

確かに運が悪かった。

想定外のことだったし。

想定外のことに対処できる頭だったら教師にはならないのかもしれない。

それはそうなのよ。

それはそうとしてもね、しかしね、他人の子どもを預かる立場の人間は、断固として自分を運がいい状態にしておかないといけない。

不測の事態が起きた時、防ぎようがない事態に見舞われた時、なんとか子どもたちが守られるためには、頼りになるのは運しかない

運が良ければ、ふいに打開策がひらめいたり、天啓のように他人の言葉がヒントになったりする。

運が良ければ守護されて助けてもらえるんよ。

まあ、学校の先生になるような人たちは、素直にお勉強してきた人たちであり、真面目なんだけど、すっごく頭が柔らかいというタイプじゃない。

文部科学省や教育委員会とかの強烈に硬直した役所の指令通りに動かざるをえないから、すっごく頭が柔らかいと、かえってまずい。

だから、そのお勉強はできるが、硬い悪い頭で、危急の時に子どもたち守りたいと思うのならば、アホでも子どもたちを守ろうと思うのならば、もう運に頼るしかない。

自分の判断とか頭の程度を過信せずに、謙虚に天の声をいただくしかない。

で、天の声をいただいたら、それをキッチリ実行しないといけない。

怒鳴ってもいい、暴れてもいい、天の声を実践しないといけない。

教師は、そういうことを常に意識していなければならない。

私みたいないい加減な人間でも、学生を引率してゼミ旅行なんかで海外に行く時は、ほんとビクビクと緊張していた。

出国する前に、あらゆる事態をお勉強もできないし硬くて悪い頭で精一杯に想像する。

こういうこともありえる、ああいうこともありえる……そのときどうするか…いろいろ妄想する。

覚悟が定まったら、神社に正式参拝。

前の勤務先は大阪府にあったので、まずは住吉大社に参拝。

名古屋の熱田神宮にも参拝。

目的地に行ったら、目的地の地霊や神様に媚び売りまくり、チップ出しまくり。

引率者の私の運がいい状態を私が保つためには、なけなしの運を消費しないように、あえて損をしまくる。

私さえ損していれば、学生はみんな無事に帰ることができる!と断固として思い込む。

めでたく無事に帰国したあとには、神社にお礼参り。

あまりにビクビクといろいろ想定し備えることに私は疲れて、2005年を最後に学生の海外引率はやめた。

そのとき、「老いたな……」と思いましたです。

教師としては、もうあかんかも……と思いましたです。

それでも生活のために教師を辞めることはできなかった、この10年よ。

ともかく、人さまの子どもを預かるというのは、ほんとうに疲れることなんである。

心を砕くことなんである。

今の勤務先では、「ここのコンピューター・ルームに変質者が包丁持って乱入したら、私が刺されているうちに、学生が逃げるしかないな……この教室のドアは2箇所あるけど、1箇所はなにゆえかいつもロックされている……ということは学生が逃げるときは1箇所のドアに集中するわけだ……混乱必至だな……ほんとに、この大学は危機管理がなってないわ……誰でも入れる構造だしな……」とか考えながら、授業してる。

ありがたいことに、身体を張って学生を逃すような事態に出会うことはなかった。

ラッキーであった。

(とはいえ、まだ5ヶ月は教師だからなあ……油断はできない)

でも、ラッキーであるために、私は私なりにできることをしてきた。

おそらく、大川小学校の先生たちは、子どもたちを守りたい気持ちはいっぱいにあったのだけれども、運が足りなかったのだろう。

言い換えれば、運が足りないという自覚がなかったのであろう。

運が足りないという自覚があったのならば、自分の運は使わずに、いざというときのために貯金ならぬ貯運をしておいていたろうから。

いざという時とは、ああいう事態よ。想定外の地震と津波。

教師というのは、いざという時のために、子どもたちが守られるために、自分は何を差し出すか、何を諦めるか、いつも想像しておかないといけない。

同時に、自分の非力無能を補ってくれる大きな力を意識する習慣も保持しておかねばならない。

善意だけじゃ務まらんのよ、他人の子どもを預かる立場というのは。

こういうことは教育学部で教えてもらえるようなもんじゃない。

教育実習で学ぶものでもない。

教育委員会とか文部科学省の小役人たちには絶対にわからない心のありようだ。

小役人はどうでもいい。御託並べてりゃいい。

でも、現場の教師は、この心のありようを持っていないと、危ない。

いや、ほんと教師の方々は、他人のお子さんを預かる立場の方々は、アホでもいいです、アホでいいですから、運だけは良くあってください。良くしてください。

大学というデイケアセンターの哀愁

私は、ニーチェが好きなぐらいなんで、生きていく意欲がない人間は、生きていかなくていいだろうと思っている。

そういう人間は、生きていく意欲や意志の強い人間に足蹴にされ踏み台にされるか、捨て置かれていいと思っている。

生きていく意欲はないけど、運が良くて親兄弟に世話になって生きていけるのならば、それでいい。

誰にも頼れないなら、市役所に行って生活保護を申請して生活費を給付されるなら、それはそれでいい。

誰にも頼れないし、生活保護の申請するのも面倒くさいならば、どうぞ野たれ死ぬなり何なりお好きにどうぞ、と思ってる。

生きていく意欲がない人間をお世話して励ます義務など私にはないし社会にもない、と思っている。

そーいう考え方の私が、福山市立大学に赴任して不思議だったのが、デイケアセンターみたいな学生へのケアぶりだ。

不登校の欠席日数が多い学生がいると、ゼミの担当教員や教務委員が集まって、話し合う。

対策を考える。

なんで?

放置でいいでしょ。

来たくないなら放置でいいよ。

授業が面白くない?

じゃあ、よその大学の授業に潜り込んで聞いてくればいい。

大差なく面白くないよ、そんなもん。

怠惰の言い訳をいくら言い募っても現実は変わらないよ。

単位履修状況が悪い学生の保護者には、今はどこの大学でも成績を通知する。

福山市立大学では、該当の成績不良学生に「保護者に通知していいですね?」と確認して、彼や彼女からOKが出ないと、保護者に成績不良を通知しない。

なんで?

問答無用で、保護者に知らせて何が悪いのか?

福山市立大学は公立大学だ。

税金で運営されている。

授業料を学生は払ってはいるが、彼らや彼女たちは税金で学んでいるのだ。

税金で学ぶという特権的立場にいながら、不登校だの、単位取得困難だの、甘ったれるな !ふざけるな!

ましてや、そんな学生をいちいちケアするなんて、なんで?

本日も同僚から私にメイルが来た。

私の4年生ゼミの男子学生が、その同僚担当の科目に4回連続して休んでいるので、「ご指導をお願いします」という文面だった。

知らんわ。

この男子学生は4年になってから、ゼミには全く出席していない。

メイルしても電話しても、返答はない。

じゃあ、もう知らんよ。

あなたの人生なんだから、あなたの好きなようにすればいい。

好きにした結果を引き受けて生きるならば、それでいい。

親切そうに、あなたの家庭や生活の状況を聞いても、私にできることはない。

「ああ〜それは大変ねえ!でも頑張ってね〜」ぐらいは言えるけれども、言ってどうなるんだ。

と思って放置してる私は無責任で冷たい教師であるのだろうか?

まあ、デイケアセンターの介護士としては失格なんだろうなあ。

大学が、こーいう状態になったのは、クレイマーが多くて、最悪な場合は裁判沙汰になるから、ちゃんと大学はそれなりに対処しました!という証拠固めが必要となったからだ。

ちゃんと、何月何日には電話して、メイルして、親御さんにはこういう手紙を出しまして、そのデータは保存されていますんで、教師や大学には落ち度はありません、と暗に主張するために、大学のウエッブサイトには、ちゃんと「指導記録」みたいなファイルもある。

本気で学生の心配しているわけじゃない。

本気で心配しても、しょせんは他人の人生だからさ、何かできるわけでもない。

まあ、この世の問題は、ほとんどが金銭で解決できるけれども、金銭なんて教師に一番縁がない。

だから、何の助けにもなりません。

それでも「問題」が起きて「新聞沙汰」なんかになると非常にうざいので、「問題」が起きても、やれるだけのことは大学はやりましたんで……という証拠を記録として残すために、問題学生のための会議をし、問題学生に対する対処を、大学のウエッブサイトにデータ保存しておく。

すべて形式で保身です。

あたりまえだ。

人間が好きで人間の成長を見守るのが好きで……なんて人間は、大学の教員にならない。

そーいうタイプの人間は、保育士か義務教育の教員になる。

自分で好き勝手に「学問という趣味」で遊んでいたいのが本音の大学教員が、18歳にもなって投票権もあるような人間の心配なんか本気でできるはずがない。

学問という趣味を共有している学生相手ならば話せることもある。

しかし、趣味を共有できない学生については、サッサと単位取ってサッサと卒業してちょーらいが、本音だ。

学生がいない大学、授業と会議がない大学というのが、理想の大学なんであるよ、大学教員にとっては。

しかし、最近は、そのただでさえ少ない「学問という趣味を共有できる」学生に遭遇することもなくなってきたんじゃないかなあ。

そーいう人間に育てるのが大学でしょーと言われてもなあ、18歳くらいだと、もうほぼ出来上がっているんじゃないの?読書習慣も思考力も文章力も。

大学というのは、特に大衆大学というのは、若い人々の時間潰しを提供しケアするデイケアセンターなんだよね。

学校というのは、通いの緩い刑務所だというのは私の持論だ。

ほんとの刑務所でも、いろんなスキルを学ぶからね。家具製造とか縫製とか。

そのなかでも、日本の大学というのは、特に文系の大学というのは、先々食ってゆくためのスキル習得も特にしなくてもいい、お遊びできる最高に緩い刑務所ということで、デイケアセンターなんよ。

お風呂はないけど、シャワーはあるよ。

そのデイケアセンター出所後のことは、もう知ったことではないのよね。

私は、そういう場所で働き食って来た。

はっきり言って、無意味な半生であった。

意義のない労働に従事してきた。

それでも生活費を稼げてきたのだから、ありがたいことであった。

いろいろあったね。

ともかく、これからも、生きていく意欲のみを頼りに、生きて行こう。

沖田修一監督の作品に描かれる緩い日本人庶民は真のリバータリアン?

この週末、amazonビデオで沖田修一(1977-)監督の『キツツキと雨』(2012)とか『南極料理人』(2009)とか『モヒカン故郷に帰る』(2016)を観た。

どれも、とても面白かった。私にとっては新鮮だった。

何が新鮮かというと、ほんとに地方の普通の日本人の庶民の暮らしの細部がリアルに描かれていたから。

その細部が醸し出すユーモアと微かな哀感と幸福感。

うわあ。

こういう才能があるんだ!

うわあ。

確かに、私たち庶民の人生って、こういうもんだなあ。

うわあ。

これは発見! めっけもんだ!

庶民を主人公にした映画というのは多い。

だけれども、「庶民の哀感を描く映画」というのも、木下恵介監督の映画のごとく、小津安二郎監督の映画のごとく、あくまでも作り物の映画であって、どこか水彩画のような風景画のような趣であった。

あそこに描かれていたのは、浮世絵みたいな近代日本であった。

ともあれ、私は、ある時期くらいから日本映画は見なくなった。

観るとしても、黒澤明とか溝口健二とか、庶民の日常を描くのではなく、歴史系物語系映画であった。

20代から60代にわたる40年間ほどを私は洋画、つまりアメリカ映画ばかり観てきた。

映画というのは、私にとっては、すでにしてアメリカ映画がデファクトになっていた。

ところが、夏に『シン・ゴジラ』に出会って以来、それまでの私としては異例なほどに、映画館に通った。

でもって、映画館では予告編というのを何本も何本も紹介する。

で、私が思ったのは、「えええ?こんなに日本映画って多く作られているの?」ということだった。

それから、シネコンに上映作品と上映時間が掲示されるデジタルボードがあるでしょう。

あれ見てると、日本映画も多い。

で、けっこう客が入っている。

ここは日本なんだから日本映画が多いのは当たり前のはずだけれども、私にとっては意外だった。

日本映画なんて、つまらんのに、誰が観るんだ?という気分だった。

予告を観ても、なんかくっだらない感じの恋愛映画とか、けち臭い感じの犯罪映画とか、どうでもいい感じの家族もの映画の感じだった。

なんか相変わらず「箱庭」だなああ……

最近の日本人は「字幕」というものをサッと読みつつ映画を鑑賞するということができなくなっている人々が多いらしい。

洋画も「吹き替え版」というのが「字幕版」と同時に上映されている。

俳優は声も命なんで、吹き替え版なんて無意味だろう〜〜

ということで、洋画も吹き替え版で観てるようでは、退屈なテーマの小さい日本映画が受けているようでは、ダメですね〜〜というのが私の姿勢だった。

上から目線?

私は上から目線に決まってる。

ところが、10月22日土曜日に福山駅前のシネマモードという映画館で開催されたShort Movie Party 2016に行って、私の心に日本映画に対する変化が生まれた。

このシネマモードという映画館は福山で唯一、映画文化のためにいろいろな企画を提供している映画館である。俳優とか監督が舞台挨拶に来る映画館である。

このシネマモードのディレクターの岩本さんという方は、福山の良質の映画愛好者たちの要となる人物である。

私は、お姿をお見かけするだけで、ご挨拶したこともないけれども。

あーた、福山だからって馬鹿にしちゃいけないんよ!!

文化人も知識人も芸術家もいるんだからね!!

馬鹿っぽいのは、福山市役所だけなんだからね!!

Short Movie Party 2016においては、地元福山のアマチュア映画監督たちの短編映画14本が披露された。

福山大学や、我が福山市立大学の学生の自主制作映画も披露された。

今は、スマホやiPadでも映画は制作できるそうだ。

『シン・ゴジラ』でも蒲田にゴジラが侵入して逃げ惑う人々とか、タバ作戦の戦車部隊の戦闘シーンとかは、スマホで撮影されたらしいよ。

imovieとかいうソフトがあれば、編集もアフレコもできるそうだ。音楽も入れられるそうだ。

デジタル化が進んで、映画制作の本数はすっごく伸びているそうだ。

日本映画だけでも年間700本は制作されているそうだ。

700本というのは、プロの映画監督の作品ですよ。

アマチュアの作品を入れたら、いかほどの作品が作られていることか。

そのShort Movie Party 2016の全14作品の中でも、福山市立大学の学生たちの作品は、Best 3 に入る佳作だったよ、ほんと。

映像が映画になっていた。

映像が映画に見えるって、稀有なことだ。

俳優も福山市立大学の学生ばかりであったけれども、「演技が自然に見えるような高度な演技」であった。

感心した。脚本もカメラも監督も俳優も、うちの学生だ。

監督は教育学部の美人女子学生だ。すごい。

ひょっとしたら、福山市立大学はプロの女性映画監督を生むかもしれない。

確かに「才能」というものを感じさせる作品だった。

それはさておいて、そのShort Movie Party 2016 という催しのゲストで呼ばれて14作品の講評をしたのが、「沖田修一」監督だった。

その前に、この監督の短編映画も3本上映された。

私は、それまでこの監督については知らなかった。

だいたいが日本映画はほとんど見ないんだから、最近の日本映画の監督について知るはずない。

で、私は驚いたんよ。

その監督の「緩さ」に。

普通は、プロの映画監督として、こういうアマチュア映画作品のショーに招待されたら、ひとつひとつの作品のいいところを強調しつつ指摘して、ちょっと建設的な意見を提供する。こうしたら、もっといいですね!的コメントをする。

ところが、この沖田修一監督は、非常にテキトーであった。

が、非常に温かかった。

怠惰とか不真面目というのではない。

仕事だから地方に来ました〜〜これも営業です〜〜という感じでもない。

「別にいいんじゃない〜?映画が好きなら好きなように作ればああ?」のノリであった。

評価しない。

点数つけるみたいなことしない。

勝ち負けなんか明示しない。

批判しない。

テキトーに肯定的感想を緩く言うだけ。

別に批判してもしかたないしね。

プロの映画監督になれる人間は、ほっておいてもなる。

プロの映画監督になれない人に、「あなたはプロにはなれません」と言う必要ない。

グジャグジャ賢しらにものを言う必要はない。

結果は出るものだよ。

それにプロの映画監督になれなくてもいい。

自分の人生をちゃんと走り続ければ歩き続ければいい。

私は、実物のナマのプロの「映画監督」を観るというのは、初めてではなかったけれども、その「緩さ」は意外だった。

「映画監督」というのは、作家や漫画家とは違う。

前提として集団作業の親方が「映画監督」だ。

だから、集団作業がうまく進行するように、集団の成員がみな気持ちよく仕事できるようにするのも、監督の仕事なんだろう。

だから、こーいう「緩さ」の方が、柔よく剛を制すのだろう。

撮影現場をピリピリ緊張させて、スタッフを怒鳴りつけるやり方は、理不尽がデフォルトであった昔の日本ならば通用したけれども、今の若い人ばかりの日本では通用しないだろう。

政治や経済や社会は、はっきり言って今だって「理不尽なる戦国時代」だ。セクハラにパワハラにモラハラは当然が世界の実相だ。

でも、平和が続いた普通の日本人社会では、もうそんな「理不尽さ」は通用しない。

緩い優しさを保持したまま何かを達成することもできるはずだ。

それが、ほんとうは人類の進化だ。

私は、この「緩さいっぱい」の沖田修一監督のありように「進化した人類」を感じた。

だから、沖田修一監督の作品をまずは観てみようと思った。

で、観た。3本。

特に感心したのが、『キツツキと雨』とか『モヒカン故郷に帰る』だ。

主人公たちの住居など、田舎だろうが都会だろうが、ゴチャゴチャ物が置かれていて、片付いてなくて、住居というより「寝ぐら」だ。

こーいう「寝ぐら」に趣味なんてものはない。

悪趣味は、まだ趣味のうちだ。ライフスタイルだ。

でも、その「寝ぐら」には、テレビだってパソコンだって仏壇だってベッドだってソファだってちゃんとある。

真に快適な場所なのだ、「寝ぐら」というのは。

その「寝ぐら」丸出しのゴチャゴチャした暮らしの中で、登場人物が食事する姿も、またむき出しにリアルだ。

お行儀とかマナーとか関係なく、喰らう。

添加物いっぱいのウインナーを味付け海苔で丸めて、ご飯の上に乗せて喰らう。

美味ければいいんだよ。

缶詰の鮭フレークの中身をガバッとご飯の上に乗せて喰らう。

口を茶碗に持って行って、背中丸めて喰らう。

おかずが不味ければ何も言わずに各種の「ふりかけ」をご飯の上にかけて喰らう。

それでいいんよ。

いわゆるイケメンやアイドルの若い俳優さんが、気取りもカッコつけもなく、飯を喰らう。

物がゴチャゴチャ置かれた居間の冴えないソファの上で、いぎたなく眠りこける。

いわゆるイケメンやアイドルの軽薄さが消えて、演技力も何もない俳優から、現代日本に棲息する庶民の若い日本人の健気さが滲み出す。

すごい。

映画には、特別なスペシャルな異常な事件が起きるわけではない。

家出していた息子は母親の三回忌の法事の前日には帰ってきて黙って部屋を片付け掃除して、父親の喪服を出しておく。

癌の末期の呆けちゃった父親をテキトーに世話する家族たちのテンションの低い日常の描写。

緩いんだけど、ちゃんと生きてる。

ちゃんと自力で生きている。

平凡以下っぽい片付かない人生をそのまんま受け止めて、時にドタバタしつつも、毎日のご飯を美味しく食べて生きて行く。

うわああ〜〜

こーいう映画って、アホみたいに見えて稀有だよ〜〜〜

『シン・ゴジラ』もいいけどさ、ああいう大きなテーマは超最高だけどさ、

『キツツキと雨』も『モヒカン故郷に帰る』も、すっごくいい。

世界は戦国時代だ。理不尽と暴力と陰謀が渦巻いている。

でも、庶民の暮らしは、こうよね。

経済破綻だろうが、預金封鎖だろうが、第三次世界大戦だろうが、天変地異だろうが、庶民の暮らしは、こういうもんよ。

草の根の庶民って、こういうもんよ。

誰の責任にもせずに、自分の人生を引き受けて受け容れて生きる。

ほんとうのリバータリアンは、もともとがリバータリアンだから、リバータリアニズムなんて意識もしないのかも。

沖田修一監督は、実はほんとのリバータリアンかもね〜〜

あの「緩さ」は、ただもんじゃない!!

神は細部に宿る『シン・ゴジラ』

『シン・ゴジラ』を観た方々は、すでにお気づきになったでしょう。

あの映画の神道的想像力は、「ヤシオリ作戦」や「アメノハバキリ部隊」だけに現れていない。

『シン・ゴジラ』の神道的想像力は細部に宿っている。

あの映画には、首相官邸がよく舞台として使われている。

だから、総理執務室も出てくる。

内閣官房長官執務室も出てくる。

内閣官房副長官(政務担当)室も出てくる。

それらの執務室のデスクの背後のカウンターには、みな「天照皇大神」のお札が立てかけられている。

大河内総理執務室のデスクの背後のカウンターの「天照皇大神」のお札は、数回ほど画面に出たが、微妙に位置が移動していた。

総理大臣はゴジラ騒ぎの最中にお札を手にしてお祈りでもしたのかな。

日本をお守りくださいって祈ったのかな。

それとも、小道具の記録係の人の記憶の混乱から生じたのかな。

こういうことは、わりとある。

コップに水が半分くらいしかはいってないのがテーブルの上に置いてあったのに、次の場面では、その水がコップに8割ぐらい入ってるとか。

ベッドサイドのテーブルに置かれた物が変わってるとか。

私は、そーいう細かいところを見るのが好きだ。

1972年に放映されていた『木枯らし紋次郎』なんて、チャンバラやってる田んぼの向こうに鉄塔が映ってた。

ゴジラの熱戦攻撃で総理とともに亡くなった官房長官執務室のデスク背後のカウンターは一度しか場面に出なかったので、「天照皇大神」のお札の位置は移動せず。

矢口蘭堂こと内閣官房副長官の執務室は数度出てきたけれど、こちらもお札の移動はなかった。

ただし、蘭堂さんは、「天照皇大神」のお札だけではなく、なんか別のお札も並べて飾ってた。

おそらく選出県の地元の氏神様のお札なんかな。

ネット検索してみると、蘭堂さんは「山口県」選出である。

ここで、「なんだ安倍さんかよ」とか「田布施システムかよ」と突っ込んではいけない。

山口県というのは、総監督・編集・脚本の庵野秀明氏の出身地なのだ。

山口県で由緒正しい神社ってどこなんかな?

「周防一の宮玉祖神社」かな。

「松陰神社」ってのもあるらしいが。

ああいうテロリストの神社ではないような気がする。

ともかく、無造作にさり気なく主要登場人物の執務室には神札が飾られている。

「神棚」はない。

当然だ。

日本は政教分離なんだから、公職に就いている人間の公職のオフィスに神棚は置けない。

でも、神札ならいいんかな。

これ、実際の議員会館の国会議員のオフィスなんかにも、「天照皇大神」とか地元の氏神様のお札が飾られているのだろうか?

『シン・ゴジラ』の神道的なるものへの嗜好は、他にもドサクサに紛れて見つけられる。

第二形態ゴジラの「蒲田くん」が、進化して直立して「品川くん」になったとき。

あのとき、人々が避難した先は「品川神社」だ。

1187年(文治3年)建立の神社。

御祭神は、素戔鳴尊(スサノオノミコト)と、天比理乃ナンタラという神様と、宇賀乃ナンタラという神様。

東海七福神のひとつで大黒天も祀ってるそーだ。

ゴジラ第四形態の「鎌倉くん」を迎え撃つ自衛隊戦車部隊が陣を張ったのが多摩川河川敷で、作戦部隊の本部が設置されたのが、「多摩浅間神社」だ。

タマセンゲンジンジャね。

ほら、あの「タバ作戦」の。

多摩川をはさんで、ゴジラを自衛隊の戦車タイガーが攻撃する作戦。

ほら、あのピエール瀧扮する西郷タバ戦闘団長が、作戦失敗したときに、部下に言うでしょう。

「気落ち不要!攻撃ばかりが華じゃない」って。

あの台詞すっごく良かったですねえ!

気落ち不要!!

あの「多摩浅間神社」は、東京都大田区田園調布にあるんだって。

デンエンチョーフだよ。

多摩浅間神社は、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)をお祭りしてる。

創建は鎌倉時代初期らしい。

「タバ作戦」は、なんで「タバ作戦」なんだろ?

多摩川の古い古い呼び方は「タバ」だったそうだ。

なんだ、それ。

なんちゅうオタクな……

あの神社は是非とも行かねば。

「聖地巡礼」せねば。

そういえば、鎌倉って、庵野秀明氏と奥様の安野モヨコ氏が家を買ったとこだよね。

ということは、この大田区とかにも庵野氏は住んでらしたのかな?

品川にも、住んでらしたのかな?

なんで、また今頃になって『シン・ゴジラ』かだって?

昨日10月20日は午後7時から、福山駅近くの映画館で『シン・ゴジラ』の「激音上映」というのがあったんよ。

「発声可能上映」というのは聞いたことある。

でも、「激音上映」というのは聞いたことない。

激音だから、すごい高性能のスピーカー使って、音が生々しくすごいんじゃないかな?

ゴジラの足音なんかが凄いんじゃないかな?

と思って、仕事が終わってからテキトーに胡桃パンを3個食ってから、映画館に行った。

映画館に行ったら、意外にもお客さんが多かった。

駅前の映画館は私もたまに行くが、こんなにお客さんがいるのは珍しい。

けっこうな人気作品でもお客さん10人くらいって、ザラだもの。

みな、福山駅近辺ではなく、駐車場の広いシネコン系に行くから。

お客さんの年齢層は中年が多い。

若くても30代最初くらい。

大学生らしいのはいなかった。

ああ、いた。

私の4年生ゼミ生がいた。

イラクの復興支援でバグダッドに派遣されて、休職して行こうと思ったら退職することになってしまった優秀な女性の同僚のゼミ生で、3学期から私のゼミに流入してきた3人の男子学生のひとりが、いた。

彼は、「太平洋戦争期の青少年雑誌のジェンダー研究」が卒論のテーマだ。もう1人の学生のテーマは「人工知能による人間総失業時代の到来」について。もう1人は、「新しい戦争形態」についてだ。すべて私の好きなテーマだわん。

それはさておき、8回目『シン・ゴジラ』は、やはり良かった。

よくぞ、こんな凄い作品を作ることができたなあ……とあらためて感心した。

「終」の字がスクリーンに映し出されたとき、やっぱり私は拍手した。

そしたら、他の観客の方々も盛大に拍手した!!!

長い長い拍手に包まれた『シン・ゴジラ』。

いやああ……幸せな120分でした。

でも不思議だったのは、なんも「激音」ではなかったこと。

普通の上映だったこと。

????

「激音上映」というのは、「発声可能上映」のことだと、facebook友だちの方に教えてもらった。

なんだあ……

だったら大騒ぎしたのに。

観客のみなさん、誰も大声なんかあげていなかった。

コスプレもしていなかった。

知らなかった……

ところでですねえ、私が毎日読んでる(毎日更新されてるから)某神道系霊能者のBlogにですねえ、

『シン・ゴジラ』のことを予言映画だと書いておられた。

あの映画は、偶然に製作されたように見えて、神意によって生み出された国策(国魂)映画だと書いておられた。

駿河湾を震源とする地震が起きたら、東京湾からの水が東京都内の河川に流れ込み、川が氾濫する可能性があるって。

川が氾濫して自動車が押し流されて凶器になるって。

予言は教えてくれているのだから、想定して、それに備えておけば最悪の事態は回避できるって。

おろおろと不安と心配を抱えつつ、それでも淡々と状況を受け入れつつ備えて歩き続ける姿勢が大事らしいです。

そういえば、本日10月21日午後2時頃かな、福山にも地震があった。

震度4。

鳥取は震度6。

午後9時くらいでも、かすかな余震を感じる。

うーん、日本列島の地龍さんは、中国地方と山陰地方をお散歩しているようだ。

目に見えないゴジラさんは地下にもぐり、どこに移動しているのか?

「神ゴジラ」は、お怒りだろうなあ……

すみません。だらしのない生き方してます。

「神ゴジラ」に踏み潰されても、しかたないなあ……私は。

日本列島まるごと米軍基地で、かつ国連軍基地!

先日の10月15日に聴きに行った「日本臨床政治学会」のシンポジウムで私が確認できたことは、大雑把に言えば、こうだった。

「一般的日本人には見えないようにされているけれども、日本列島は米軍のアジア戦略と中東戦略の大きな軍事拠点であり最前線である」ということだった。

つまり、日本列島はまるごと米軍基地なんよ。

「植民地」って感じでもない。

でもって、安全保障条約が破棄されても、米軍は帰らなくてもいいんだよ。

法的に日本に留まることができるらしいよ……

だって、米軍は国連軍でもあるから……

どーいうことか?

本日は、シンポジウムの講師のおひとりの清水隆雄氏の「日本の米軍基地の実態」というお話について紹介する。

清水隆雄氏は、国立国会図書館専門調査員だった方である。

国立国会図書館の専門調査員というのは、それぞれ調査研究テーマが決まっている。

清水氏のテーマは 、アメリカの軍事史である。在日米軍やアメリカの軍事研究を任されていらした。

国会議員から問い合わせがあると、即座に資料を揃えて提出するのが専門調査員の仕事である。

国会議員が自分で調べるわけではない。

みな国立国会図書館専門調査員が調べる。

そのための資料集めについては、専門調査員の自由裁量。

国会図書館職員であるのだが、専門調査員のしていることは研究者と同じだ。

国のお金でガンガン勉強できる。資料を買い集めることができる。

だから、途中で大学教員に転身する国立国会図書館専門調査員も少なくない。

スカウトされるわけだ。

清水氏のご著書には、『アメリカン・ソルジャー—米国社会と兵役制度史』(志學社、2012)がある。

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これは私も読ませていただいた。非常に面白かった!

特に「民兵」に関する記述は、私も講義で随分と活用させていただいた。

だから、研究はしたいが、学生を教えたり、大学内雑務が嫌いな人は、国立国会図書館専門調査員になればいいね。

ただし、最終的には国会議員(与党ね)のコネとかないと、そういうポストには就けない。

と、元国会図書館専門調査員で、今は某有名私立大学名誉教授である方にうかがったことがある。

まあ、そういうもんだよね……

(以下、清水隆雄氏のお話内容の「覚え書き」始め)

(1)米軍の基地使用についての法的根拠は、日米安全保障条約や日米地位協定。

(2)その運用については、日本側からは、外務大臣と防衛大臣が出て、アメリカ側からは国務長官と国防長官が出て、2人と2人で決定することになっている。

(3)「日米合同委員会」つーのもある。これに出るのは米軍人にとっては出世コースだってさ。

日本側から出席するのは、外務省北米局長、法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官。

なんで農林水産省が?国土交通省じゃないんだ?

アメリカ側から出席するのは、在日米軍司令部副司令官、在日アメリカ大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米陸軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海軍司令部参謀長、在日米海兵隊基地司令部参謀長。

この「日米合同委員会」つーのには35の分科会がある。この委員会は、毎月2回協議してる。会合場所は、ニュー山王米軍センター(広尾のニューサンノー・ホテル)か外務省の指定場所だって。

料亭ではないよね……なんとかシャブシャブでもないよね……

実質的運用は、すべてこの「日米合同委員会」で決める。

毎月2回!!けっこうな頻度だ。新聞に載っていないけれども、大事な会議は開かれているのだ・・・

(4)在日米軍基地の数は、アメリカ国防総省のホームページ2016年10月15日閲覧によると、116基地

陸軍が15。空軍が37。海兵隊48。海軍16。

(5)在日米軍の兵員数はわからない。日本の出入国管理外だから。

兵士ばかりでなく、軍属も家族も旅券やVISAを免除されてる。CIAの諜報関係者も旅券、VISAなしで日本入国可能。

(6)日本側にデータはないけど、アメリカのBase Structure Report(2015) によると、在日米軍の内訳は以下のとおり。

陸軍2,208人。海軍18,344人。空軍11,950人。海兵隊15,935人。合計48,437人。米軍が雇用してる軍属11,548人。ここには日本人従業員は含まれていない。

ここに兵員の家族を含めると、約100,000人の米軍関係者が日本にいると思われる。

(7)米軍の日本国内での移動は、車両については原則自由。「軍務」証明があれば、有料道路の通行料は日本負担。自動車税は免除されてる。この軍務証明は私用にもガンガン乱用されているらしい。

(8)横田基地空域は、関東西部から中部地方東部にかけて、太平洋から日本海まで米軍の排他的管理下にある。日本の民間機は、この空域を回避して飛行する。

日本の空は日本のものじゃない……

(9)日米地位協定の航空特例法により、米軍機は自衛隊機と異なり、航空法の規制は受けない。最低高度規制 も、制限速度も、飛行禁止区域もなし。

あらああ……

(10)極東における国際平和と安全の維持に貢献するという名目があれば、移動は自由。国外も国内でも軍事行動は自由。

あらああ……

(11)米軍は課税されない。米軍兵士が基地外で買物しても消費税は払わなくていいんだよね。

(12)米軍に対する民事の請求権は、米軍によって被害を受けたのが自衛隊やそれ以外の日本の国有財産なら、基本的には日本に請求権はない。

????

(13)民間から米軍に対する請求は法的に馴染まない。日本国政府に請求する。

????

(14)米軍無線局には日本の電波法は適用されない。

ふーん。盗聴も傍受もいいわけだ。

(15)米軍基地内の日本人労働者の時間外労働は、日本の労働基準法関連規定が適用されない。

ふーん。労災の適用外なんかな? 年金は?健康保険は?

(16)交通事故の補償で日本側に過失がなくても、日本政府は賠償金の25%を支払う。

はああ?

(17)米軍基地返還時の原状回復義務はなし。ぶっ壊したまんま帰国してよし。

はああ……

(18)日本は、アメリカの財産の捜索、差し押さえ、検証を行う権利はない。

………

(19)基地内の犯罪は米軍に刑事裁判権あり。基地外の犯罪は、公務であれば米軍に刑事裁判権あり。非公務ならば日本に刑事裁判権があるけれども、基地内に被疑者がもどれば、拘禁権は米軍にあり。

(20)2005年から2013年までの米軍兵士の性犯罪者で、犯罪の詳細が判明した者は244人で、その3分の2は不名誉除隊や罰金の人事処分であった。刑事裁判にかけられなかった。

(21)2016年度に日本が負担する米軍関係経費は以下のとおり。

①在日米軍駐留関係経費  ②防衛省予算(周辺対策、施設借り料、リロケーション、漁業補償) ③防衛省以外(提供普通財産借り上げ)  ④他省庁分(基地交付金) ⑤SACO沖縄基地整備関係経費 ⑥米軍再編関係経費 ⑦特別協定による負担 など、もろもろで9000億円近く。

つまり1兆円か……

「思いやり予算」6500億円どころじゃないね。

日本政府は、2017年度の国防予算を5兆1000億円と計上している。

これは今までで最高額。

在日米軍経費を入れれば、ほんとは、国防費は6兆1000億円なんだな……

(22)実は、驚くべきことだが、安全保障条約が廃止されても、米軍は日本に駐留できる!!

1954年に「国連軍地位協定」が日本政府と国連軍司令部との間にとりきめられた。

これは、朝鮮戦争終了まで戦争への協力を日本がするという協定。

でも、1950年に開始された朝鮮戦争は休戦中であり、法的には終了していない。

国連軍司令部の統一指揮権は米軍の司令官が持っている。ということは、在日米軍は国連軍でもある。

1957年に国連軍司令部は韓国に移動した。

国連軍後方司令部は日本に設置された。

横田、座間、横須賀、佐世保、嘉手納、普天間、ホワイトビーチは、国連軍基地として法的に位置づけられている。

よって、安全保障条約が破棄されても、米軍は国連軍として日本に留まる権利がある。

(以上、清水隆雄氏のお話の「覚え書き」終わり)

みなさま、ここまでくれば、「日本は米軍に好きにされているというより、日本列島そのものが米軍基地なんだ……」という私の苦い感慨をご理解いただけると思います。

こういう事実を知ると、「日本独立!」なんて空想妄想絵空事に思わされる。

こういう状態は、外国人から見れば丸見え。

でも、一般日本人には見えないマトリックス。

あなたも、私も、米軍基地に住んでいるのだよ……

うーん……長い夢から醒めたような気分だ……

で、悪夢のような現実の中に生きている自分に気がつく……

青森を隠すために沖縄は報道される?

10月15日の午後、東京は専修大学の神田キャンパスで「日本臨床政治学会」のシンポジウムというのが開催された。

題目は、「青森県の軍事基地の現状と課題」だった。

複数の発表者の話も、コメンテイターの方々の話も非常に面白かった。

新幹線で3時間40分もかけて福山から東京まで行った甲斐があった。

昔、日本英文学会とかアメリカ文学会の学会に行くと、非常に寂しい空虚な思いで帰宅したものだった。私にとっては、あまりに無意味な発表ばかりでさ。なんで、もっと早く撤退しなかったんだろう・・・

で、本日は、シンポジウム講師のおひとりの青森県の県民新聞と呼ばれる『東奥日報』の編集委員&論説委員の斉藤光政氏から聞いたお話を、ここに書いておく。

斉藤光政氏は、アメリカでは「東アジア随一の軍事基地の専門家ジャーナリスト」として、2011年には国務省に招聘され、アメリカの軍事基地の見学を許可された方である。

「アメリカに洗脳はされませんでした」と、おっしゃっていた。

斉藤氏は、ご著書も多いので、ご興味のある方々はググってください。「早稲田ジャーナリスト大賞」を受賞した『在日米軍最前線』(新人物文庫、2010)もありまする。これは、読むべし!ですよん。

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シンポジウムで聴いた斉藤氏のお話を、以下にポイントフォームで列挙しておく。

私にとっては、知らないことばかりだったので仰天した。

(以下、斉藤光政氏のお話の「覚え書き」始め)

(1) 日本国内の米軍基地(116基地あるらしい)の70%は沖縄。青森は7%のみ。

(2)それでも青森は、米軍基地の規模において日本において沖縄に次いで第2位。陸・海・空の3自衛隊と米軍の4軍(陸軍、海軍、空軍、海兵隊)の基地が集結しているのは、沖縄と青森のみ。

(3)だけど、沖縄基地ほどには、青森の基地についてはメディアは報道しない。

(4)実は、青森の米軍基地こそが、冷戦時は対ソ封じ込め戦略の基点だった。当時の三沢米軍基地の空軍パイロットは、ひたすら核爆弾投下の演習をしていた。投下地点は、ウラジオストックとハバロフスクと中国のどっか。

出撃時には、米軍パイロットは「青酸カリ」を携帯することになっていた。なぜならば、核攻撃をアメリカがソ連にするときは、ソ連からも核攻撃がアメリカ本土やアメリカの同盟国(日本とか)に対してなされるので、帰る基地が消滅するから、青酸カリで自殺することになってた。

核弾頭は米軍施政下の沖縄の嘉手納基地から搬入していた。核爆弾の本体(component)と核弾頭(core)は別だったので、別なら正式のフルな核兵器ではないので、非核3原則に抵触しないというのが、アメリカの解釈というかトリックだった。

(5)2003年のイラク戦争の時は、青森は三沢基地からF16戦闘機がバグダッドに発った。

(6)2007年のアフガン戦争では、秘密爆撃をしたのは、三沢基地発の爆撃機。この年には、三沢基地に統合戦術ステーション(JTAGS:弾道ミサイル情報処理システム)が配備された。

(7)2014年のシリア内戦では、三沢基地発の爆撃機がISIS(イスラム国)を空爆した。

(8) 2001年9.11から、米軍は再編成された。世界のどこでも48時間以内に空爆し、72時間以内に侵攻できるように軍を再編成した。

(9)沖縄は海兵隊出撃基地に特化し、青森三沢基地は対地攻撃に特化。今や、青森県の三沢基地は、世界有数の攻撃基地。

(10)航空自衛隊三沢基地のF2戦闘機は2017年からF35ステルス戦闘機にグレードアップするが、米軍も同じ。自衛隊と米軍は、戦闘機の整備拠点を共有化する。

(11)三沢基地の無人偵察機グローバル・ホークは北朝鮮から東シナ海まで監視。

(12)実は青森は軍事基地の密集地区。北朝鮮のミサイルは、三沢基地をターゲットにしていた。

(13)2016年の8月3日に北朝鮮が発したミサイルのノドンは、秋田沖に着弾したが、ほんとうの目標は、2006年に配備された米陸軍車力通信所Xバンドレーダー(目標を点ではなく形で把握できるレーダーで、弾道ミサイル防衛システムの目標捕捉、弾頭とオトリの区別、追尾、迎撃ミサイルの誘導に利用される)だったかも?

(14)北朝鮮の国家保衛部脱北将校は、「津軽半島のXバンドレーダーは優先攻撃目標だ」とインタビューで語った。

(15)Xバンドレーダーは、THAAD(終末高高度防衛ミサイルTerminal High Attitude Area Defense Missileで、弾道弾迎撃ミサイルシステム)の一部。韓国が2016年7月に導入決定。日本も続く。つまり、韓国と日本は、北朝鮮からのミサイル防衛情報共有。実質的集団的自衛権の先取り。

(16)2006年に津軽半島に配備された米陸軍車力通信所のXバンドレーダーと、2007年に設置された米軍三沢基地のJTAGS統合戦術ステーションと、2010年に設置されたむつ市の航空自衛隊のFPS5ガメラレーダー(日本の防衛省開発の防空用固定式警戒管制レーダー)も、集団的自衛権の先取り。日米一体化の対空防衛システム。

(17)海上自衛隊八戸基地のP3C哨戒機が東シナ海警備を担っている。海上自衛隊大湊基地の護衛艦も派遣されている。青森の米軍基地と自衛隊基地は連携して対中防衛を強化しつつある。

(18)つまり、遠い中東も、北朝鮮と中国、密かにロシアも意識して、青森の米軍基地と自衛隊は連携協力を強化しつつある。米軍が自衛隊基地内に拡散しつつある。

(19)最近は、青森にイギリス軍が派遣され米軍と共同演習をしている。いずれは、ここにオーストラリア軍が加わり、日米英豪軍事同盟が結ばれるのではないか。

(20)三沢基地のある三沢市の人口は4万人。米軍人口は米軍の家族も入れれば1万人。5人に1人はアメリカ人。三沢市内の飲食店においてアメリカ人の客がいるのは普通の風景。街の商店街もアメリカ式。アメリカ人客の出入りをチェックしていれば、米軍の作戦がわかるのではないかと言われるほど。

(21)三沢市の予算の30%は基地関連による収入。基地の従業員1,000人は地元の三沢市民であるが、準公務員扱い。基地交付金もあり、財政的に豊かなので、三沢市の出生率は高い。青森県第1位。2位は、六ケ所村。使用済み核燃料廃棄所の六ケ所。六ケ所村も財政は豊か。当然。

(22)住民の基地反対運動はあまりない。共産党が仕切っている反対運動はあるが、ほとんどの住民は動かず。

(23)沖縄におけるような兵隊の犯罪はない。なぜならば、海兵隊員中心の沖縄と違って、青森の米軍基地はハイテックな防衛システムの空軍中心で、兵士はインテリが多いから。給料も高い。だから犯罪のような割の悪いことはしない。

(24)アメリカの軍人 にとって、三沢基地に配属されることは出世コース。それだけ、青森は沖縄以上に重要な基地。アジア防衛の真の拠点は青森。

(25)ということで、青森の米軍基地(と自衛隊の連携)は、かくも米軍にとって軍事戦略上の要であるので、日本のメディアは報道しない。

(26)おかげで、ますます、青森の軍事関連施設の機密保持はしやすいし、最新兵器を配備しても注目は浴びない。

(27)沖縄の基地問題はいつもいつも日本のメディアが報道する。これは、青森で進行している米軍と自衛隊の一体化を隠蔽するものである。

(以上、斉藤光政氏の「覚え書き」終わり)

みなさま、ここだけは覚えておいてください。

中東に炸裂する米軍機の爆弾は、かつてはイスラム国、今はシリアに落ちる爆弾は、青森の三沢基地発の爆撃機が落としたもの。

途中で給油はどこでするんかな。

インドの米軍基地あたりかな。

だからさあ、イスラム国のテロが日本に起きても理不尽ではないの。

日本は中東の戦乱に無関係ではないの。

対中国、対北朝鮮の防衛の要は、青森の米軍と自衛隊の基地にある超高性能レーダー。

自衛隊と米軍の集団的自衛権の先取り的一体化は、どんどん進行強化中。

自衛隊の中に米軍が入り込み、米軍の足跡が消えてる。

青森こそ、日本の軍事の真の拠点。

いや、世界の軍事の拠点かもしれない。

ところで、冷戦時、アメリカは、対ソ連戦略として、最前線といいますか、「防衛の最北拠点」は青森県を想定していたそーだ。

北海道は最初から防衛範囲外。見捨てるつもりでいたそーだ。

……

いやあ・・・庶民にとっては、メディアで報道されていないと、存在しないのと同じ。

私の中の日本が、別の貌を見せることになったシンポジウムでありました・・・

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上も下もダメ『ジェイソン・ボーン』の孤愁

『ボーン・アイデンティティ』(The Bourne Identity)は、2002年に発表された。

『ボーン・スプレマシー』(The Bourne Supremacy)は、2004年に発表された。

『ボーン・アルティメイタム』(The Bourne Ultimatum)は、2007年に発表された。

以上は「ボーン三部作」と呼ばれ、監督はみなポール・グリーングラス(Paul Greenglass: 1955-)だ。

イギリス生まれのケンブリッジ大学出。

ハリウッド映画でいい作品を作っているのは、外国人監督が多いね〜〜ドイツ人のローランド・エメリッヒ(Roland  Emmerich:1955-)とか、イギリス人のクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan:1970-)とか。

「ボーン三部作」のあとに、2012年に『ボーン・レガシー』( The Bourne Legacy) が発表されてる。

けど、これは監督が違う。

主人公のジェイソン・ボーン(Jason  Bourne)は登場しないです。

2002年頃というのは、世界の事情に疎い私のようなアホ平和ボケ無知日本人ですら、以下のことを知るようになった時期だ。

CIA (アメリカ中央情報局)というのは、アメリカ合衆国の国益のためにならない(とCIAが判断した)政治家や外国の要人を暗殺はするわ、弱みを掴んで操作利用するわ、エージェント(スパイ)を世界中に潜伏させるわ、いろいろやってきた機関であるとか。

CIAの活動資金は税金だけでは足りないので、南米で麻薬のコカインを製造させて、売りさばいてきたとか。

まあ、麻薬売って稼ぐのは、満州の関東軍もやってたし。

親米政権を倒すような政権が属国に出てくると、CIAは、エージェントを使ってクーデターを起こしてきたとか。

インドネシアのスカルノ政権潰しとかさあ。スカルノは、デビ夫人のご主人ですね〜〜〜

いうこと聞かない国を経済的に破綻させるということもしてきた。エコノミック・ヒットマンですね〜〜〜

公的機関の文書は国会図書館に保管され、一定の時間が過ぎれば、必ず公開されることが法的に決まっていて、それはCIAも例外ではないということになっていて、それでばれたのが、日本でも岸信介や読売新聞の正力松太郎が、CIAのエージェントであったという事実。

日本人でさえ、そういうことを知るようになってきたということは、アメリカ人なら、先刻ご承知。

CIAの超一級エージェントで暗殺マシーンだったが、CIAのありように不審を抱き一匹狼になるジェイソン・ボーンの物語は、アクション映画の形をとったCIA風刺批判映画だ。

「ボーン三部作」の面白さは、いろいろある。

記憶を失ってしまったボーンが、自分が何者であるのかを含んだ事実を追求していくプロセスとか、アクションの無茶苦茶に高い水準とか。ボーンが移動していく各国の風景とか。

私にとって、何よりも驚いたのが、CIAがターゲットを定めた時の探索手段のハイテックぶりだった。

CIAという政府の諜報機関による監視体制の凄さだ。

固定電話に携帯電話にインターネットに電子メイルに、ファイル転送に、メッセンジャーに、ビデオ会議にSkypeとか、すべての通信が傍受されている。

傍受された何百億という通信の中に、「ジェイソン・ボーン」という言葉がひとつでもあれば、ボーンの居場所は判明する。

何百億でっせ……

1000億に近いデータ数だろうなあ、きっと。

街角や駅構内の監視カメラが設置されていれば、どんな群衆の中からでもターゲットを見つけ出す。

プライバシーなど実はなんもない。

別にCIAから足抜けしなくたって、もう我々のプライバシーなんて、ないのも同然なんだよね。

その種の情報を教えてくれる映画は、それまでにもあった。

でも、この「ボーン三部作」は、決定的に、もう逃れようのないシステムに閉じ込められている人々を描いて秀逸だった。

「へええ〜〜今の世の中は、こうなっているのかああ〜〜!」と、あの映画はいろいろ教えてくれた。

私は、ボーンを演じるマット・デイモン(Matt Damon: 1970-)のファンだ。

なんでか?

理由はないです。ただ好きなだけです。

どっちかというと普通の平凡なインテリ男性の役が似合うイメージの男優が、意外にもものすごいスパイで暗殺者を演じるというので、期待もせずに観に行った映画が、『ボーン・アイデンティティ』だった。

これが最高だった!!

CIAから追われてユーラシア大陸を股にかける主人公の哀愁と、展開の速度と、アクションの無茶苦茶ぶり。

パスポートはいくつもあって、何ヶ国語も話せて、(コカイン販売によって得られた)活動資金は潤沢で。

CIA 資源を駆使してCIAから逃げるジェイソン・ボーン!!

「ボーン三部作」の最後の『ボーン・アルティメイタム』など、これ以上のアクション映画は作られないんじゃないかなあ!とため息つくような傑作だった。

で、あのジェイソン・ボーンが帰ってきた。

9年ぶりに帰ってきた。

30歳そこそこだったマット・デイモンさんも、渋い中年になってきました〜〜〜♫♫

Mobyの歌う主題歌Extreme Ways とともに〜〜〜♫♫

嬉しいなあ〜〜〜♫♫

いそいそと会いに行くに決まってますがな。

あれから9年。

もう中央アジアの奥地で、身体張ってストリート・ファイトで食っていくしかない状態のボーンです。

この9年間の間に変わったのは、ほんとうにアメリカ政府が「プリズム」(Prism)という盗聴監視システムを展開したということだ。2007年にね。

このプリズムを暴露したのが、エドワード・スノーデン(Edward Snowden:1983-)だった。

彼は、CIAとNSA(国家安全保障局)で働き、通信情報傍受活動に従事していた。

でもって、「いくらなんでも、こんなことやってはいかんだろーー!!」ということで、ジャーナリストに接触し、内部告発した。2013年のことだ。

世界中の大新聞が報道して、各国の要人の電話傍受ばかりでなく、自国の市民生活までコソコソと聴きまくるアメリカ政府による盗聴は人々が知ることとなった。

といっても、だからといって、アメリカ政府はプリズム・システムを破壊などせんよ。

安全保障上は必要なことなんだし。

サイバー戦争の時代だし。

ハッカーは跋扈してるし。

スパイはいっぱいだし。

ところで、スノーデンさんは今どこに?

ロシアに匿われているのかなあ?

それはさておき、21世紀になってから、インターネットによって、IT技術によって、ますますもって世界は緊密に結びつくようになった。

同時に、それらの技術によって、盗聴監視システムによって市民の自由とプライバシーが消えていくことにもなった。

9年ぶりの、(おそらくボーン・シリーズ最終作であろう)新作『ジェイソン・ボーン』の裏テーマは、これなんよ。

民間のソーシャルネットワークからデータを取得することによる、より完璧な監視体制を構築しようとするCIA(と政府とその背後にいる超特権層)のありようがテーマなんよ。

アップルやマイクロソフトや、グーグルやヤフーやフェイスブックは、関与を否定しているが、おそらくこれらの大会社は政府の監視体制に協力している。

映画の中にも、スタンフォード大学出のインド系らしき青年IT実業家で、Deep Dream という世界最大のSNS のCEOが登場する。

このDeep Dream にCIA長官は目をつける。

最初は抵抗していたCEOも暗殺の危機にあい、CIAにDeep Dream のデータ提供を同意する。

これで、CIAは、Deep Dreamを使って、どんな情報操作もできる。

もちろん、ユーザーのデータはダダ漏れだ。

「アラブの春」は、Facebookによって実現されたとか言われたけど、書き込んでたのは、アメリカのエージェントたちだったように。

旧弊な、昔ながらの共同謀議派のCIA 長官のやり方に疑問を感じた若い幹部候補生の女性CIA局員は、「新しいCIAを作ろう」とボーンに接近する。

彼女は、Deep DreamのCEOとスタンフォードで同窓だ。

おお! CIAも変わるのか?!真の国益を考える組織に変わるのか?

若い人々による新生アメリカが!?

自由なアメリカが再生するのか!?

と思いきや、狙撃されてビビって、コロッとユーザーを裏切ることに同意するDeep Dream のCEOと同じく、彼女も旧弊なCIA長官と同じだった……

ということで、ジェイソン・ボーンにとっては、上の世代は権力欲丸出しでアホ、下の世代も軽薄でカッコつけるだけで根性なしのアホ。

今回のジェイソン・ボーンには、会社の重役たちもアホ、若い社員もアホで、上と下に挟まれる良識ある中年の孤愁が漂っておりました!

確かにねえ……組織というのは、上も下もねえ……

かくして、ジョージ・オーウェル(George Orwell)の『1984』で、すべての国民を監視しているBig Brotherは、現代ではSNSでもある時代に、我々は生きているわけであります〜〜

自由に交流しているつもりでも、しっかり見張られている私たち。

Deep Dreamとはうまく言ったもんですねえ。

現実を生きているつもりで、私たちは、支配層がメディアや学校などを通じて私たちにあてがう情報の中に生き、それが現実で事実だと疑わない。

まさに深い夢を生きている。

酔生夢死。

私は、1999年発表の映画『マトリックス』(The Matrix)のネオのように覚醒することができるのだろうか。

『シン・ゴジラ』と『君の名は。』をめぐる陰謀?

やっぱり書いておこう。

『君の名は。』大人気現象(に見えるもの)は、『シン・ゴジラ』潰しの陰謀によって作られたものである。

日本映画には稀有なシャープな傑作政治映画『シン・ゴジラ』のプレゼンスを希薄にするために、『君の名は。』人気は捏造されたんである。

『シン・ゴジラ』によって日本人が賢くならないように、今までどおりにお馬鹿なままでいるように、『君の名は。』鑑賞に日本人を誘導する企みがあるんである。

うわあ……

そんなことまでするとは……

存在しもしない「ヒラリー人気」ばかりを宣伝するアメリカのメディアと同じではないか!!!

うーむ。

まずいぞ、これは。

まあ、長期的に見れば、真実は知られるわけだから、いいんだけどさ。

でも、総監督・編集・脚本の庵野秀明氏は、世紀の傑作政治映画を作ってしまったがゆえに、これから映画作りを何者かたちによって、邪魔されるかもしれない……

うーむ。傑出した人には、苦難も多いんよね。それも栄光のうちなんよね。

ともかく『君の名は。』は、興行成績最高だそうだ。

『シン・ゴジラ』より、はるかに人気があるそうだ。

10月になって、私がよく行く名古屋郊外のシネコンでは、『シン・ゴジラ』は、もう1日に1度しか上映しなくなった。

ネット検索すると、その1度の上映に多くのお客が座席予約している。

ただし、上映する部屋はどんどん小さくなっている。

一方、『君の名は。』は、日に何度も上映されている。

しかも、あのシネコンでは1番大きい部屋だ。

ネット検索すると、ほぼ座席が埋まっている。

と言いつつ、私が予約したのは、さすらいの元CIAエージェントをマット・デイモンが演じる『ジェイソン・ボーン』だったけど。

『ジェイソン・ボーン』の話は次回にでも。

本日は、『君の名は。』の不自然なる人気について。

おそらく、あのアニメは、興行成績1番、観客動員数最高とかの報道により、観客が増えているのだろう。

TVでも、よく紹介されていた。

『君の名は。』の舞台の岐阜県の町が「聖所巡り」されているとかで。

私は、素直というかアホな人間だから、へ〜〜〜あの世紀の大傑作『シン・ゴジラ』より大ヒットしてるのかあ〜〜〜じゃあ観ておこうか……ということで、観に行った。

9月の某日に。

で、頭の中は疑問符でいっぱいになった。

なんで?????

なんで?????

なんで?????

確かに、そこそこ面白い。

音楽は凡庸だけど、まあ、こんなもんだろ。

映像は、とても綺麗だ。

テーマは、パラレルワールドもの。

このテーマは、うまく構成すれば、相当に面白い。

が、『君の名は。』の場合は、その組み立ては雑だった。

それでも、雰囲気はいいアニメだ。

笑える台詞も多い。

確かにヒットしても不思議ではない。

でも、大ヒットするようなもんかなあ?

興行成績1番になるほどの作品かなあ?

東京の男子高校生と岐阜県の山里の町の女子高校生が、互いに何の接点もないふたりが、遠く離れたふたりが、入れ替わる。

いわゆる1970年代末に大ヒットした尾道を舞台にした大林宣彦監督の快作映画『転校生』が元ネタだ。

この映画は最近もリメイクされたけれども、やはり『転校生』のヒロインは「小林聡美」でなければ!!!

男子高校生の身体に女子高校生の心が入る。

女子高校生の身体に男子高校生の心が入る。

ふたりは、だんだん、自分の心が入れ替わる時があることに気がつく。

自分が別人になっている夢を見ているのだと思ってたら、それは現実のことだった。

ところが、ある日、突然に、その入れ替わり現象が消える。

男子高校生の瀧(たき)は、記憶を頼りに、誰か見知らぬ少女と入れ替わって見た風景を描くことに熱中する。

ついには、その絵の風景を求めて、岐阜県に行く。

岐阜に行き、その絵を見せても、地元の人は知らないと言う。

唯一、その絵に反応した食堂の夫婦によると、それは3年前に巨大な隕石が落ちて壊滅した山里の町の風景だった。

彗星が地球に近づいているという報道はされていたが、想定外にその彗星がふたつに分裂して、片方が落下したのが、その町だった。

町は、ちょうど夏祭りの最中で、町の人々は湖のそばの神社に集まっていた。

その神社が直撃されたのだ。

だから、住民のほとんどが亡くなった。

今では、廃墟になっているその町を見て男子高校生の瀧は愕然とする。

じゃあ、僕が入れ替わっていたあの少女は幽霊なのか?

僕は、なぜ3年前に死んでいた少女と入れ替わったのか?

……というわけで、物語は途中までは、そこそこ面白かった。

が……だんだん、展開がアホらしくなった……

上映時間は1時間47分なのだけれども、もっと長く感じた。

冗長に感じられた。

映画が終わったら、サッサと席を立ちたかった。

でも、座席が埋まっている。

サッサと席を立っても、席を立たない人たちの前を通ることになる。

だから我慢してクレジットが終わり座席が明るくなるまで待つしかなかった。

『君の名は。』は、大人にとっては、1度見れば充分な作品だ。

『シン・ゴジラ』の観客はリピーターが多い。

大の大人が何度も観に行く。

何度も見たくなる作品だから。

30回観た人もいるぐらいだ。

私だって、毎日でも観たいぞ。

『シン・ゴジラ』は、見ないと生涯の損失だ。

それでも観客動員数は、『君の名は。』の方が多いらしい。

ほんまかいな。

不思議だ……

謎だ……

不自然だ……

私が、このアニメを観た時の他の観客の反応は微妙だった。

『シン・ゴジラ』のときは、座席に緊張感がみなぎっていた。

観客がスクリーンに引き込まれ夢中に集中していく空気が感じられた。

でも『君の名は。』の時は、そういう観客がスクリーンに心を奪われている感じがなかった。

感動しているようでもなかった。

はっきり言って、「すっごく面白いはずらしいけど、あれ?そうでもないような……」という空気だった。

まあ、何事も反応の薄いノリの悪い愛知県の観客だからかもしれない。

けれども、それでも、あの雰囲気は、絶対に「感動」ではなかった。

あれは、「戸惑い」だった。

「あれれ?すっごくいいらしいから来たんだけど……私が鈍いのかなあ?」的戸惑い。

いっしょに観た夫は居眠りしていた。

帰り道で、「もう〜〜時間損した」とブチブチ言っていた。

いや、ほんと、ごもっとも。

つき合わせてしまって、すみません。

まあ、若い子ならば、ああいうツイン・ソウル系恋愛物語に憧れるのもありだろう。

先日、授業の時に、40人くらいの英語のクラスで、『シン・ゴジラ』を観た学生は、たった3名。

一方、『君の名は。』を観た学生は20名ぐらいはいた。

お子ちゃまは、しかたないよ。

お子ちゃまは、アホだもん。

夢の中で入れ替わっていた恋人よおお〜〜〜♫

会えなくなって心に穴ができた〜〜〜♫

ずっと誰かを待っている気がする〜〜〜♫

やっと出会えたね〜〜〜♫

もう1人の私〜〜〜もう1人の僕〜〜〜♪♫

君の名は〜〜〜〜??♫♫

ここで「真知子」と言うと、年齢がばれます。

意味わかんない?

わからなくていいよ。

普通はさあ、ああいうアホ恋愛幻想ソウルメイト探索アニメは、一種のカルト・ムービーで終わるんよ。

脳の緩い類の若い子たちだけが観るカルト・ムービー。

大人が観て面白いものじゃない。

ソウルメイトなんかに出会わなくても幸せになれると大人は知っているから。

なのに……

なのに……

変だ……

『君の名は。』を私が観に行ったとき、観客は老若男女いた。

まったくもって不思議だ……

いくらなんでも、ああいう感じのお子ちゃま向きアニメが、「国民的人気」を獲得するはずがない。

いくらなんでも、今の日本人一般が、あれぐらいの水準の物語に感動するほど幼稚なはずない。

『攻殻機動隊』を産んだ日本だぞ。

『AKIRA』を産んだ日本だぞ。

『シン・ゴジラ』を産んだ日本だぞ。

日本人の知的劣化が激しく進行しているとは思えない。

で、結論。

『君の名は。』は、たまたま上映時期が『シン・ゴジラ』と重なっていたので、利用されちゃったのかも。

『シン・ゴジラ』の危険性を感じた勢力が、日本人を啓蒙覚醒させるパワーに危険を感じた勢力が、「庶民はクルクルパーでいいんだよ」ということで、『シン・ゴジラ』潰しのために、『君の名は。』 人気をでっち上げたのかも。

『君の名は。』の無料鑑賞券なんかも、こっそり大量に撒き散らしたのかも。

メディアを使って、『君の名は。』人気をやたら報道させたもかも。

聖地巡りをしているとかでTVニュースに取り上げられていた人々は、みな雇われた人たちかも。

そうとは知らない人々は、「へええ……そうかああ……じゃあ、見に行こうかあ?」ということで映画館に足を運ぶ。

かくして、『君の名は。』は大ヒット。

私も騙された。

騙されてしまった!!

くそ!

Shit!

陰謀に騙された。

大ヒットしているという報道に騙された。

あれならば、シニア料金1,100円も出すことなかった。

再来年にでも、Amazonビデオで無料(プライム会員は無料)で視聴すれば充分だった。

ああああ〜〜〜騙されちゃったあ!!

 

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最上階の恐怖

3連休なので、名古屋に帰っている。

ここ2週間ほど、論文だの3学期開始だので忙しくて、くたびれた。

唐突ですが……

高層にしろ低層にせよ、マンションの最上階というのは住まない方がいい。

マンションは階が高くなるほど価格が高くなる。

高層マンションの売りは、光と風と眺望。

だから最上階の部屋の価格が高い。

でも、ほんとはあれは不合理。

最上階は傷みやすいから。

私が住んでる名古屋のマンションの最上階は、他の階に比較すると、疲弊感が濃い。

マンション住まいの方で最上階に住んでいない方は、ちょっくら最上階まで行って覗いてくるといいよ。

私も確認したぜ。

壁も通路も、廃れ感が漂っていた。

あれは、太陽光にもろに晒されるからだと思う。

戸外の太陽光に晒されるスポーツ選手の肌に、シミが多いのと同じだって。

ニューヨークはマンハッタンの超高層アパートメントのペントハウス(最上階といいますか、屋上に建ってる)なんかは、どうなんだろ。

緯度が高いところは、どうってことないのかな。

こんなことを思ったのは、同僚が以下のようなことをFacebookに投稿していたから。

「うちの病人は6階ばかりから出る」と。

そういえばそうだ!!

私の勤務する福山市立大学を構成する2棟の建物のうちの研究棟の最上階の6階には、都市経営学部の教員の研究室とゼミ室がある。

研究室は通路を挟んで、南側と北側に並んでいる。

ゼミ室は、みな北側。

2011年から2016年10月現在まで、この6階から病人が5名出た。

1人は脳梗塞で手術後に休職3年を経て退職。

1人は過労でうつ病。

1人は癌で入退院を繰り返している。

1人は「非アルコール性脂肪性肝炎」。これは私。

1人は、過労により難聴とか様々な症状が詰め合わせのように出て通院中。

ここに、もうすぐ1名の新病人が加わる予定だ。

ひどい頭痛に悩まされている教員がいるので。

早く病院に行ってください〜〜

25人中で約6名の病人が出たこの5年と半分。

みな南側に研究室がある教員ばかり。

この南側の研究室というのは、モロに太陽光線を浴びる。

庇も狭いというか浅いし。

設計者にも施工者にも想像力がなかった。

太陽光線というのは、冬はありがたいものであるが、夏は呪いだ。

開学から4年間は、福山市立大学は教室も研究室もパソコンルームも、エアコンの温度設定が自由にできなかった。

夏は28度設定で決まり。

でも南側の研究室の部屋温度は33度超えで、28度設定のエアコンでは効き目なし。

パソコンルームでさえ、最初は頑固に28度設定を大学の総務課の当時の課長は主張した。

うちの職員さんは市役所職員である。

だからして、総務課課長の主張は市役所の主張。

「一斉に使用するパソコンのために、教室の温度が上がります。学生にとっていい勉学環境になりません」という理由では、その主張は動かず。

「パソコンが熱で悪くなりますよ。パソコンが故障しますよ」と言われて、しぶしぶパソコンルームだけはエアコン温度下げてOKになった。

ただし、まずは総務課に連絡して依頼すること。

次に総務課が防災センターに連絡する。

次に防災センターが遠隔操作でエアコンの温度を下げる。

数秒ですむエアコン操作は、かくして5分はかかる大仕事になるのであった。

わけのわからんことやってるなあ……

と呆れた日々が3年から4年ほど経過。

わけのわからんことは大量にあるのが不思議の国の福山市立大学であった。

その状況が変わったのは2015年からだったかなあ。

総務課の課長が「栄転」して、どこかに異動になり、新しい課長になったから。

新しい課長さんは、非常に良識派である。ありがたい。

最初の4年間の間に、複数の学生たちや教員が熱中症で倒れたりした事件を経て、

やっと数年前から、パソコンルームも教室も研究室のエアコンの温度設定が自由になった。

あの嬉しさは忘れられない!!

でもって、私は思う。

6階の南側の研究室の住人たちからのみ病人が出ているのは、最初の3年とか4年の夏の過酷な環境のせいなのではないかと。

長い夏に蓄積された疲労が、近年に病気という形で「実を結んでいる」のではないかと。

昨今の日本の夏は長い!

5月から10月いっぱいまで夏だ。

6階南側の研究室は、1年間のうち半年間も太陽光線の瘴気(ショウキ)に晒されるのだ。

瘴気というのは毒気のこと。

紫外線という毒気〜〜〜〜!!

ついでに敷地は福山港の入り江の埋め立て地だ。

入り江に流れ着くものを、ゴミも犬猫の死体も一切合切埋め立ててできた敷地に大学は建っている。

これも、瘴気を発してる気がする。

これも悪影響のひとつかも。

ともあれ、やっとエアコンで27度にも26度にも設定できるようになったとはいえ、

それでも太陽光線の瘴気は同じだ。

実は、6階の南側の研究室の住人たちから出たのは、病人だけではない。

定年退職前に辞めちゃった教員が3名も出た。

辞めたというか、逃げたというか、脱走したというか。

脱福者。

北朝鮮か。

そのうち1名は危険なイラクに逃げた。

イラクでっせ。

危険区域のイラクに負けてしまった平和で安全な(はずの)福山市立大学。

来年3月に退職する私を入れたら、脱走者は4名になる。

あのね、こーいうことは異例のことなの。

大学教員が、定年でもないのに、他の大学に移るわけでもないのに、退職するというのは。

よっぽどのことなの。

どんだけ〜〜〜なの。

そのほかに、他大学に移った(逃亡した)教員が、2名いる。

これも脱走みたいなもんだ。

とはいえ、そのうちの1名は北側の研究室の住人だったけれども。

国土交通省からの天下りのお役人さんだったけど、東京の有名私立大学に逃げた。

たった5年と半年の間に、これだけの教員の異動というか脱走が起きた。

これらのケースは、いろいろな事情があったから起きたのであろう。

けれども、やっぱり、あの6階の瘴気に満ち満ちた空気が、そこで働く人間を脱走へと駆り立ててきたのではないか?

もちろん、病気ももたらした。

瘴気は人間の正気と鋭気と覇気を痛めつける。

空からの太陽光線紫外線発の瘴気だろうが、地の底から発する瘴気だろうが、

じょじょにジワジワと人間を消耗させる。

生命力を殺いで行く。

だから、本能的に人は逃げる。脱走する。

お祓いしたぐらいじゃあ、ダメだ。

天照大御神に、「あの〜〜〜太陽光線がキツすぎるんですけど〜〜〜」と言っても、「何言っとるねん」で無視されるだろうし。

みなさま、最上階は怖いですよ……

怖いよ……

高層マンションの最上階に住んではダメですよ。

(以下後日談です)

その後、もう1人の同僚が原因不明の体調不良になった。まだ若いのに。

そして、秋が深まった頃に脱福者が1名追加。

さらに2016年年末になって、さらに脱福者1名追加。

2016年度退職者は、25名の教員中6名となった……25%が消える。

ところで、1人の同僚が研究室の天井をちょっと覗いてみたら、最上階の6階の天井裏には断熱材が入ってなかったそうだ……

(さらに後日談です)

2017年1月にさらにもう1人の同僚の脱福が決まった。 

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天使の朝

朝起きる。

トイレに行く。

トイレの電気をつける。

ちゃんとトイレが明るくなる。

シャワレットからお湯が出る。

トイレットペーパーは柔らか。

水洗トイレは正常に稼働。

洗面所に行く。

薬用石鹸で手と指を、私にしては丁寧に洗う。

それからバシャバシャ水で顔を洗う。

ヴァージンココナッツオイルをちょっと口に含んでクチュクチュ30秒。

口腔内の雑菌が取れる。

歯磨きは前日の就寝前にしているので、する必要なし。

トルマリンジェルを顔にテキトーに塗布する。

夏の間は、洗うだけで良かったのに。

小さい琺瑯製の赤いケトルでマグカップ1杯分&ちょっとのお水を入れる。

ガスで、お水をお湯にする。

お湯をマグカップに注ぐ。

学生さんからもらったニューヨーク土産のマグカップに注ぐ。

お白湯を飲みながら、空を眺める。

ベランダから福山の街を眺める。

名古屋の自宅ならば、ここで新聞を読む。

ザザッと目を通す。

ガキの頃は、社会面から新聞を読んでいた。

今は社会面から読むことはありえない。

世間に起こるマイナー犯罪など私には無縁だ。

愚民の無思慮短慮不用心さによって起こる事件なんか知らんわ。

福山では新聞はとらなくなったので、iPadでニュースをチェック。

Facebookもチェック。

メイルもチェック。

よし、ゼミ生の卒業論文は匍匐前進で書き進められているな。

あ、残念。彼は地方公務員試験に落ちたかあ……

まあ、頭のいい子だから、民間企業に行く方が鍛えられて伸びる。

縁のないところに、拘ることない。

公務員は認知症になる率が高いんよ。

根拠?

ないです。

紙媒体の新聞といえば、ずっと福山では「山陽新聞」を購読していた。

名古屋でも、わざわざ取り寄せて購読してた。

なんとなれば、そこの備後版のコラムを書くことになったから、2012年以来。

でも、「山陽新聞」は、去年の大学祭の「英語プレゼンテイション・コンテスト」について、プログラム内容や資料も添えて取材をお願いしたのに、返事もなかったので、購読停止。

返事くらい出せ。

忙しいなんて理由にならん。

みんな忙しいわ!!

ビジネスメイルは24時間以内に返信が常識だ。

私信でもそうだけどね。

意味不明のメイルは返信せんでもよろし。

ということで、ご縁のできた「山陽新聞」さんでしたが、コラムも書かなくなった。

元の有能な担当記者さんが本社に栄転 なさって、次の担当記者さんは、特にコラム記事原稿の催促もしないので、放置。

お白湯を飲み終わったら、お弁当作り。

超簡単。昨日の夕食の残りと、小さい梅干しおにぎり2個。海苔が切れてました。

これで卵があると最高なんだけど、卵も切らしてた。

果物もない。

見てくれ悪くてもいいの。

キャラ弁なんて、どうやって作るの?

次に洗濯。

電気洗濯機に毎日お世話になっております。

着替え。

何を着るか悩まなくなって久しい。

色違いで同じパターンばかり。

トップもボトムも。

制服化しておくとラクですな。

次に神棚の榊の水の交換。

水玉の水の交換。

榊は国産があんまり売ってないね。

それが終わって一礼二拍手一礼。

差し上げる祝詞は大祓祝詞(おおはらいのりと)のみ。

ただし、言霊的に汚い部分は声に出して読まず。

古代の日本人は無茶苦茶でしたという部分はカット。

大祓祝詞を読みあげることは、早口の矯正に効果あり。

祝詞もいろいろあるけど、他の祝詞は、ちょっと変。

違和感あり。

自然さに欠ける。

小賢しい感じ。

うんと後世に作られたものだろう。

中国の道教っぽいね。

各種の祝詞のCDとか、流して聴いているだけで運が良くなるとかいうデジタル音声のボーカロイド祝詞つーのも聞いてみたが、邪気邪気してる。却下。

春日大社の祝詞CDって最低だったわ。集団で祝詞合唱。アホか。お経か。

神棚にご挨拶後に、お線香立ててご先祖さまにも御礼を。

それが終わったら、野菜ジュースを飲む。

名古屋では、人参をジューサーで絞って人参ジュース作る。

福山では、カゴメの「つぶより野菜」。

お取り寄せ。

人参を買ってくるのがしんどいよ、福山では。

人参は重いよ。

配達ネットで頼むのも、面倒だ。

ジューサー洗うのもめんどいよ。

その頃になると、近所の工場でラジオ体操が始まり、ラジオ体操の音楽が聞こえる。

その音楽に合わせて、ちょっとだけ体操の真似事。

ちょっとだけ。

そろそろ、ほんとに秋だ。

裸足はやめて、靴下を履きましょ。

なんて、満たされた朝でしょ。

水も出る。電気も使える。ガスも大丈夫。

トイレはお尻の穴を洗浄してくれる。

食材は冷蔵庫にある。

洗濯は洗濯機がしてくれてる。

そういえば、最近はコーヒー欲しくないなあ。飲まなくなったなあ。

肝臓さんが欲しなくなったのね。

あらかじめ何でもある今の日本。

私は何もしていないのに、あらかじめ全部揃っている。

ここは地上に実現された天国。

あなたも私も、地上に実現された天国に住む天使。

ピポピポ。

汚くても老けてても天使よん。

天使はね、戦士でもあるんだよ。

天国を守る戦士。

天国は守られてこそ天国でありうる。

各自、任務を励行せよ。

 

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