12歳に見える超古老が日本人か?

本日は、7月28日木曜日だ。

2学期は年間の中で、卒論提出時期と同じくらいに忙しいのであるが、その忙しさの峠は過ぎた。

やれやれ。

先日、Facebookで「マッカーサーは日本人の精神年齢は12歳と言ったけども、いまだにそうで・・・」みたいな投稿をしたら、桃山学院大学時代の同僚で10歳くらい年下の畏友の安全保障学研究者の松村昌廣氏が、「いや、日本人は超古老なんだ。実はそうなんだ」とコメントが返ってきた。

それについて、私なりに考えてみた。

私は、反対意見をもらうと、素直に考え直す人間である。

松村氏は、私の「文学部的思考」を「社会科学的に」コテンパンに批判する。

リアリズムの観点から、私の文学部的思考=人間の思惑や願望や期待とは別に動いているこの世界のシステム(疎外)を忘れて、人間の感情や願望に重きを置いてしまう軟弱なセンチメンタリズムを批判する。

「うっせーなあ~~~どう思おうが、私の勝手じゃんか!!」と思うことも多々ある。

しかし、的確な批判をしてくれる優秀な友は貴重だ。

無料で教えてくれるんだからな。

話は戻り、精神年齢12歳に見える日本人は、実は超古老だという件について。

私が思うのは、第二次世界大戦敗戦直後の日本人の変わり身の早さだ。

進駐軍は、あれだけ南の島々でも沖縄でも抵抗した日本軍と日本人だから、もう本土上陸となれば、どんな抵抗にあうか・・・と戦々恐々だった。

が、日本人は抵抗しなかった。

つまり、日本人は、第二次世界大戦の大義、大東亜戦争の大義なんか信じていなかった。

ということだよね

鬼畜米英のスローガンも信じてはいなかった。

状況がこうだから、テキトーに本気のフリして、状況にあわせておくが、ほんとうは心の奥の奥では、こう思ってた(のかもしれない)。

「何やってもさあ・・・しかたないよね。やりたければやるしかないけど、すべて消えていくよ。風に吹かれて飛んでいく塵芥よ・・・だけどまあ、今のこの時点では何か意味あることをしているつもりでやるんだけど、ほんとはみな、どっちでもいいようなことよね・・」と、日本人は思っていた(のではないか)。

こーいう世界観を「諸行無常」と呼ぶのだけれども、歴史が長い日本では、そういう世界観を言語化して意識したのも随分と歴史的に古いので、日本人は自分で意識もできないぐらいに深く深く「諸行無常」なのではないか。

この世界観は、もう心の奥の奥の遺伝子に書き込まれてしまっている。

だからして、自分がほんとうは何も信じていないし、すべては消えていくものだから受け容れる真似だけしていれば、時間が解決すると思っているということを、日本人は自覚できていない(のではないか)。

よく日本人一般は、政府がどんな政策をとっても怒らないと言われる。

どんな理不尽も受け容れて黙々と奴隷のように生きていくと言われる。

洗脳されたままに騙されて酔生夢死で生きて死んでいくと言われる。

そうなのかもしれない。

少なくとも表面上はそうだ。

でもさ、これ日本人の無自覚な知恵かもね。

ひょっとしたら最強の思想かもしれない。

歴史が古いからさ、権力者だろうが奴隷だろうが、同じ人間であり、考えていることはあまり変わらないと日本人はわかっている。

だから、ほんとのところは権力者に期待していない。

こんなもんじゃないの?と思っている。

というより、自分たちとは関係ない人々に興味は持たない。

興味のあるフリしてるだけで、どうでもいい。

戦前のゴリゴリ天皇制時代において、日本人の庶民は陰では天皇陛下のことを「天ちゃん」と呼んでいた。

「天皇陛下は神だ」なんて信じていたのは、ガキと軍人の一部くらいなものだった。

それは、左翼的な天皇制への反感からではない。

天皇制はこう変わるべきだとか、こう変わるだろうとかの政治意識なんかあるはずない。

「自分たちには関係のない人であるが、まあ、ああいう風に祀り上げられるのも大変だよね・・・」的感覚だ。

だから、敗戦になっても、天皇を処刑するとか、国民が一丸となって責任を追及するとかされなかった。

言語化はできないまでも、当時の庶民の心理というのは、「あの人も立場上、ああいう風にしないといけなかったんだろうし、まあ、しかたないんじゃないの。それ以外の生き方なんかできなかったんだろうしさ。人間なんて弱いもん。軍部に抵抗なんできるはずないでしょ~~もういいじゃん、過ぎたことは・・」だったのではないか。

米軍が駐留して猛威を振るっている間は、猛威を振るわせておいて、従っておく。

米軍が帰ったら、それはそれで適当に時流に合わせておく。

だって、すべては流れ消えていくのだ。やきもきする必要ない。

幼稚に見えつつ、日本人は500歳も生きてきたんで世の中の流れを幻想なしに見るようになって久しすぎる超古老のように、すべてをテキトーに受け容れ、すべてをどうでもいいものとして流していく。

ジタバタと世の中を変えようとしても無駄。

市民革命なんて人類史上で起きたためしなし。

クーデターとか、特権層の間の権力闘争があるだけで、そんなもんあたいらに関係ない・・・

基本的に、ろくなことしかしないのが「お上」ってもんだろう。でも「お上」を食わせているのは、あたいらだから、あたいらを殺しちゃうことまではしないだろ・・・

たまに強烈に頭の悪い「お上」もいるけど。

でも、そんなの、あたいらがどうこうできるもんでないし。

殺されるときは抵抗するけど、まあ、テキトーにハイハイ言ってりゃいいんじゃないの。

どうせ他愛のない人間どうしだもん。面従腹背でいいっしょ。

ということで、日本人は「12歳に見えて、ほんとは超古老」説に、私は納得した。

私自身の心を分析してみても、私の心の奥の奥の奥には、「みんな時間の産物よ。歴史の産物よ。変わらないものなどない。普遍的なものなどない・・・」と思っているもの。

うんうん、そうか。日本人は、リバータリアン以上に徹底したリバータリアンなんだ。

ほんとは、日本人は、奴隷のふりした天上天下唯我独尊の永遠以上の長い時の旅人かもしれない。

ならば、中国が来ようが、ロシアが来ようが、日本人は「いやだなああ~~~」って顔はしても、面倒くさいから特に抵抗もせずに、ダラダラと従い生きていくだろう。

いずれは、すべては消えて去っていくものだからして。

こー言う姿勢は、カトリックみたいに「我々は、永遠の相の下に生きています」というほどのもんでもない。

永遠というものをカトリックが想定するとしても、その永遠は「神が宇宙を創り、神が宇宙を終焉させるまでの間」でしかない。

でも、日本人の心の奥底の古層にあるのは、そんな短い期限付き永遠ではない。

ほんとうにカトリックが、「永遠の相の下に」物事を見る人々ならば、プロテスタントをあれほど迫害はしなかった。

宗教戦争なんか起こすはずはなかった。

バチカンを頂点とした教会が徹底的に管理していく中世など、構築しなかった。

カトリックなんて、他の人間集団、他の圧力団体と同じ、利権拡大ゲゼルシャフトだよ。

何が神の栄光だ。

祈ってるだけで食ってゆけるような無能な人間の特権集団が。

カトリックはさておき、私は安心したよ。

まあ、心は超古老で、外見は未成熟な極東のアジアのチビのままに、日本人は生き残っていくであろう・・・

まあ、ガキばかりの世界の中で超古老が生きていくのは孤独ではありましょうが、ま、何とかなるっしょ。

ともかくね、日本人のみなさん、ご自分の心の奥の奥の奥の超古老に気がつきましょう。

その超古老が、あなたの魂だ。

西洋中心の学問体系によって、「日本はこうだから駄目だ!!」なんて自分や同胞を苛める必要ない。

エネルギーの無駄。

西洋中心の学問体系だろうがなんだろうが、騙しと欺瞞と洗脳のシステムであることは変わりないんだから、いつかは消えていくもの。

それでも、新しいものは生まれるよ。

で、また消えていく。

私たちの心の奥の奥の奥に生きる超古老は、びくともしないで見つめているよ。

あなたが意識できなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休眠中遺伝子を叩き起こす

先週に会食していた時に理系の研究者から聞いた話。

「後天的に獲得したものは遺伝する」ということ。

例えば、一族に音楽の素養がまるっきりないファミリーに生まれた子どもがいるとする。

その子どもは刻苦勉励してチャイコフスキーのピアノ・コンチェルトを弾けるようになる。

この子どもが獲得した音楽の技量は、この子どもの子孫に受け継がれる。

そーいうことだよね?

が、私は、そうじゃないと思う。

それは、眠っていた遺伝子が叩き起こされたんだと思う。

先祖というのは、いったい何人いるんだ?

ミトコンドリアが細胞に入り込んで細胞分裂が始まってから、私という人間にいたるまでに、遺伝子は永遠に近い時間を生きてきた。

先祖なんて、何億人もいるんじゃないか。

先祖に絶対音感を持っていた音楽家がいてもおかしくない。

つまり、後天的に獲得したつもりが、すでに遺伝子の中に書き込まれていた情報を使ったというだけのことではないか。

よって、人間が目いっぱい充実した人生を創るためには、休眠中遺伝子を片端から叩き起こすということが必要になるわけだ。

よく、こういうことを言う人がいる。

「親や親類を見ても、ろくなもんじゃない。私の遺伝子は劣悪とは言わないまでもパッとしない。だから私の人生も親の人生と似たりよったりになるんだ・・・」とか。

その気持ちはわかる。

確かに生まれつきはある。

生まれつき頭のいい人間はいる。

ササッと物事の核心を掴む。ササッともっとも無駄な困難さのない方法を選択できる。

数学の問題なんか、パッと設問を見て、すぐに証明を始める。

問題の盲点を見つけて、新しい思いもかけない解決策を提示する。

そういう先祖がインフラ(資産)を形成し、その子孫は、そのインフラという蓄積から人生を始めるので、最初から有利。

さらにその先の子孫は、さらに強固となったインフラ(資産)から人生を始める。圧倒的に有利。

その結果が、世界を牛耳る国際金融資本の大財閥なんだろう。

ロックフェラー~~~ロスチャイルド~~

「三代目」で破産するなんてのは、最初に造られたインフラが少なかったに過ぎない。

わが身を振り返ると、遺伝子の話は実に辛い。

遺伝子と言えば、最近に読んだアメリカのリバータリアン研究者のチャールズ・マレー(Charles Murray:1943-)が書いた本『階級「断絶」社会アメリカ』(草思社、2013)は面白かった。

原題は、Coming Apart: the State of White America 1960-2010 (Cox and Murray, Inc., 2012) ね。

この本の内容を簡単に言うと、以下のようになる。

「やっぱり遺伝子はあなどれない。その遺伝子の競争の結果は明白で、賢い奴はどんどん賢くなり、アホはどんどんアホになり、アメリカの階級格差は広がるばかり。黒人救済のため差別是正策(affirmative action)も効果なかった。いい悪いじゃなくて、黒人の遺伝子は知識社会の現代には適合していない。このままいくと、アメリカ合衆国という共同体の統合が失われる~~~貧乏なのは頭が悪いから遺伝子がダメだからと放置できない~~福祉官僚にカネを無駄に使わせずに、我々の払う税金を一律に貧困層に現金で分配せよ。そうすることは富裕層にとっても利益がある。身を守ることになる。貧困層の放置は社会不安を引き起こす。国家の弱体化は内部から。富裕層だけの隔離地帯作っても駄目だ。我々アメリカ合衆国を取り戻さないとだめだ!」

私は驚いた。

リバータリアンが、福祉が嫌いなリバータリアンが、「小さな政府」支持のリバータリアンが、貧困層に向けたベイシック・インカムみたいなものを提唱している。

リバータリアン研究者をしてそう提唱させるほどに、アメリカの貧富の差と国民の分断は深刻なのだ。

もう所属する階級が違うと、考えることも見える風景も違うし、互いが全く理解できない。互いの生活を知らない。同じ国の国民なのに。

日本だって、似たような状況になりつつある。

私自身は、そんなチャリティとか福祉政策は一時的な対処策であり、ほかにするべきことがあると思う。

貧困層の収縮のためにすべきことは、幼稚園(保育園)から大学にいたるまで教育機関の無料化だと思う。

貧困層から抜け出すには、どうすればいいかと言えば、貧困層にいる人々が、別の生き方を信じて挑戦することでしょう?

私は馬鹿だから、親代々馬鹿だったから・・・じゃなく、親なんてのは、あんたの遺伝子のほんの一部でしかなく、あなたの遺伝子には何億人分もの記憶があるわけで、その眠っている遺伝子を叩き起こせば、親とは違った人生を構築できると知ることでしょう。

親がしょうもない惚れたはれたの演歌しか知らない家庭で育った子どもは、どうやってモーツアルトやラフマニノフを知るのか。

それは学校で、だ。

家の中に、週刊誌の類しか置いていない家庭に育った子どもが、岩波文庫というものがあると知るのは学校で、だ。

親や身近な大人とは違うライフスタイルを送っている大人の実例を見るのは、どこでだ?

まずは、学校だ。

ただし、それで「先生になろう!」と思うのは、あまりに世間知らず。

だから、教育費無料化とともに、各種の職業の大人たちが学校教育に関与する仕組みが必要だ。

学校というのは、つまらないところではある。通いの緩い刑務所みたいなところではある。

しかし、時間と環境を与えられるので、休眠中の遺伝子を叩き起こせる刺激を受ける機会も多い。

学校の機能とは、そういう「遭遇」の提供だろう。

「遭遇」こそ情報だ。

そういう「遭遇」の機会、情報獲得の機会は、やはり22歳ぐらいまでは保証すべきだ

金持ちのガキだろうが、貧乏人のガキだろうが、教育費は無料。

これは福祉じゃない。チャリティじゃない。

社会のインフラたる人材養成のための必要経費。

教育を受けるのは国民の義務。

社会の程度って、その社会に生きる人間の程度でしかない。

その国で生まれれば、少なくとも大学までの教育は無償で受けられる。

転学編入自由。

そのような国に生まれて育てば、その国に感謝しこそすれ、国にルサンチマンを抱くことは少ないのではないか。

私は面倒くさいから計算しないけれども、幼稚園&保育園から大学までの教育費を無料にしても、せいぜい数兆円ぐらいですむんじゃないか。

貧困層の固定化抑止、貧富の差の拡大抑止は、眠っている遺伝子の叩き起こしから。

そう思いませんか?

富裕層の皆様方、政治家に影響を与えることができる皆様方、遺伝子的にあなた方は頭がいいからわかるはず。

1人で生きているわけじゃないからね、あなたの住む社会の安定と繁栄と治安維持のために、幼稚園&保育園から大学までの教育費の無料化を実現できるように、政府をそそのかしてください。

真の国防は、そこから。

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運命の人を自分で決めない

本日は2016年7月20日だ。

教授会が5時間以上も続いたんで、もう……消耗した。

夕ご飯を作る気力も体力も残っていなかったので、インスタントラーメン食っといた。

そういえば、本日の教授会では、めでたく私の後任も決まった。

私の後任も、まともにやってたら、きっと肝臓を悪くするに違いない。

でも、来年度からのことは、関係ないもんね。

知ったことか、ほほほ。

それはさておき、今日も身も蓋もなく夢も希望もないことを書く。

若い女性で結婚する気のある人は、「運命の人」を自分で決めてはいけない、ということを書く。

「この人こそ運命の人!」なんて、なんで自分でわかるの?

あなたは、洞察力も思考力も経験もないでしょう?

そんな程度の自分という人間の判断がなんで信じられるの?

そんな程度のあなたが「一目惚れ」した相手なんて、やっぱりろくでもないんじゃないの?

私は「一目惚れ」という現象は危険だと思う。

セーターや靴やバッグなんか、いくらでも一目惚れすればいい。

失うのはカネだけだから、どうってことない。

でも人間に「一目惚れ」して暴走すると、時間とエネルギーの無駄だ。

「一目惚れ」して「この人こそ私の運命の人だ!」と思い込むというのは、これは空中に浮いている邪気にいたずらされたようなものよ。

暇にしてたので、憑依されちゃった〜〜みたいな現象だ。

妖怪「一目惚れ」だね。

忙しくいろいろ考えていたり、働いていたり、勉強してるときには、「一目惚れ」なんてしないでしょう?

集中してるとピリピリした緊張感を発してしまうから、妖怪「一目惚れ」さんが寄ってこれない。

充実している時は、そんな目に見える程度のことなんかにも左右されない。余分なものが視野に入らない。

ある対象に深く固着し、その深く固着した自分の状態そのものに固着しているのを「恋」とか「愛」と人は呼ぶ。

それは脳の迷走。弛緩した自我が退屈しのぎに捏造する幻。

またさあ、時間潰しのTVドラマや映画は、そういう脳の迷走状態を美化するから、ついつい、そういうことは、そういうものである!と思い込むんだろうけど、そういうことは、そういうものではない!

もし運命というものがあるとしたら、それは脳の迷走が生産するような波乱万丈風なものじゃない。

「特に何もしなかったのに、なんかご縁ができちゃったみたいで、いっしょにいても苦にならないし、自然だから、いっしょにいます」という状態になったというのが運命。

これこそ命が運ばれた感じ。運命。

私は自分で何もしなかったし、決めなかったし、選ばなかったのに、なんか背中が押されたみたいに、ここまで来ちゃった。

ここまで運ばれちゃった。これが運命。

まあ、この世の中では、賢い人間とは、主体性があって積極的な人間であるということになっているので、大きな声では言えないのだが、私は非常に受け身の人間だ。消極的な人間だ。

自分でガンガン求めるとか、探求するとか、開拓するとか、目的合理的に動くとか、そういうことはしない。できない。

たまたま足元に流れてきたヤシの実を拾って、ポカポカ叩いたり、割ってみたり、中身をちょっと食ったり、みたいな行き当たりばったりの人生。

想定外の出来事には抵抗せずにつきあってきた。

たまたま会うことになった人々とテキトーに関わってきた、

その人々の話を聴いてきた。

私自身は特に話したいこともないからさあ。

結婚とかいうのも、なんか自分のそばでウロチョロしてる人がいて、そのウロチョロしている人の顔を眺めていても苦にならないなら、結婚すればいいというぐらいの緩さでいい。

そりゃ、上流階級とかだったら、政略結婚とか閨閥結婚とか、いろいろ結婚に際して考えないと困るんだろうけれども、

まあ庶民の結婚なら、「なんとなく、こうなりました〜〜」でいい。

なんとなく……に身を任せて、やるべきことを淡々とやり続けているうちに、誰かに出会う。

ほんとうの「運命の人」は、ファンファーレに乗って出現しない。

ビビビッと来ない。

なんとなく、そばをウロチョロしているという感じで現れる。

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私が買って良かったもの (7) セクシーな白虎のぬいぐるみ

これは、私的には買って良かったものであるが、人様には勧めない。

全長130センチのホワイト・タイガー白虎のぬいぐるみである。

これだけ大きいと邪魔である。

価格は、10年くらい前でも9000円くらい。今でもそんなもんだろう。

2つ購入した。

ひとつは、名古屋の自宅の私の寝室のベッドの上に置いてある。私がベッドを使用するときはベッドの脇に座らせておく。

実に怖い目をしている。ほんとゾクッとする怖い目だ。ぬいぐるみらしくない。なんも可愛くない。

ベッドの側に置いたぬいぐるみの白虎は、眠っている私を悪夢から守ってくれている(ような気がする)。

名前は「ピーター」だ。

ピーター・パンのピーターじゃない。

「ピュートル大帝」(1672-1725)の英語読みのピーターだ。

私は「ピョートル大帝」が好きだ。

アイン・ランド(Ayn Rand: 1905-1982)の「水源」(The Fountainhead)の主人公のハワード・ロークのモデルになったロシア帝国の初代皇帝だ。

ピュートル大帝は、北ヨーロッパ周辺の田舎であった沼地のサンクト・ペテルブルクを壮麗なロシア帝国の首都にした。

7万人の農奴をロシア中から召喚し酷使した。ヨーロッパ中から才能ある建築家や土木技師を呼びまくった。そうしてパリやウイーンなどのヨーロッパの都のいいとこ取りをした「都のテーマパーク」を造らせた。

その新しい都に貴族も商人も職人も、モスクワから強引に移住させた。

ほんとに能天気に強引な唯我独尊の皇帝であった。

国民の人気は全くなかった。

愚民や庶民に天才的為政者のことは、わからんよ。

民主主義の選挙は、ほんとうに優秀な為政者を選ぶことはできない。

無理無理。

サンクト・ペテルブルクは今でも美しい古都である。ほんとに美しい。

ちょっと一度行ってよ。

どうせヨーロッパは、イスラム教徒の侵攻によって、これから衰退荒廃する。この流れは止められない。だからさ、のん気に不用心に観光旅行に行くとテロに会うぞ。

だからさ、ヨーロッパの都の各エッセンスを寄せ集めたサンクト・ペテルブルクに行けばいいんよ。

現在のロシアの主たる観光資源は帝政時代の遺物だけだ。

エルミタージュ博物館なんかすごいぞ。

財閥の美術コレクションなんか大したことない。

代々のロシア皇帝の美術コレクションはすさまじく超一級品ばかりだ。

それがニューヨークのメトロポリタン美術館とサンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館の差だ。

日本の美術館は、あれは美術館じゃない。美術品陳列室だ。

サンクト・ペテルブルクを強引に構築させたピョートル大帝は強烈に変人奇人だった。

身分を隠してヨーロッパ中を旅して、大工仕事や建築仕事の修行をした。特に造船技術の習得に専心した。歯科医療にも興味を示した。

身長2メートルと13センチの身体を屈めてカンナで木を削った。

手先が器用で、彼が作った椅子や食器やタバコ入れは今でも残っている。

船大工から花火師まで習得した技術は14に渡る。

前代未聞の皇帝である。

天才だ。

ピョートルさんは、ヨーロッパ修行から帰国後は、自分の宮殿の敷地に「建築作業室」を設けてなんか設計していた。

学んだ歯科医療を実践すべく、廷臣たちの虫歯を麻酔なしに抜くのを趣味にしていた。

無茶苦茶な皇帝だ。

戦争ばっかりしてた。

ロシア正教会をガンガン締め上げ国政に干渉させなかった。

普通は、皇帝だから、ヨーロッパ諸国の王室の王女とか貴族の娘と結婚するのが常である。

最初はピョートルも母親の勧めでそうしたけど、すぐ離婚した。

彼が次に結婚したのは、どっかの貴族の召使いをしていた12歳年下の農民の娘だった。

ピョートルさんは、この娘が気に入って彼女に自分の身の回りの世話をさせた。

身長150センチくらいしかなかったそうだ。

この下女と秘密で結婚し、後に正式に結婚した。

この王妃さまは、夫の死後は「エカテリーナ1世」となったが、この女性は肖像画を見る限りはブスである。

宮廷のお雇い画家つーものはリアリズムの絵は描かない。実物よりは綺麗に描く。

なのにブス。

実物はいかほどの不細工であったことか。

でも、この下女さんは、ほんとうに心を込めて皇帝の身の回りのお世話をしたのだろう。

この下女さんは、ピョートルさんの大ファンだったのだ。

ピョートルさんは、この下女の憧れの大スターであったのだ。

その心根の愚直なまでの健気さよ。

小賢しい女なんか要らんわ。

女は自分の大大ファンであればいい。

これ男の本音。

ピュートルさんと元農民で下女の王妃さんの相性は抜群であった。12人の子どもを作った。

ただし成人できたのは娘2人だけだった。

中年になった元下女の王妃はアルコールに耽溺して一層にブスになり夫婦仲も悪くなっちゃった。

シンデレラ物語は、めでたしめでたしでは終わらなかった。

まあ、そういうもんよ。

それにしても、まっこと、ピュートル大帝は織田信長50人分くらいの天才で、常識破りの変人奇人だ。

私は2005年に初めてロシアに行った。アイン・ランドの生まれた街を見たくて行った。

ロシアに行く前にロシアの歴史について勉強した。

で、「ああ、ハワード・ロークのモデルはピョートル大帝なんだ!」と思った。

よく、ロークのモデルは、有名建築家のフランク・ロイド・ライトだと言われる。

いやいや、ライトの設計した家とかホテルとか見たことありますか?

明治村の帝国ホテルとか、芦屋のヨドコウ迎賓館とか。

隅々まで「フランク・ロイド・ライト」だ。すべての空間が、細部に渡るまでライトだ。

これでもかこれでもかとばかりに全部がライトだ。

しょうもない。

そこまで凝りに凝って自分をセッセと出すような貧乏くささは嫌いだ。

あんな息苦しい矮小な世界を作った建築家が、ハワード・ロークのモデルなんてあり得ない。

あの能天気な天上天下唯我独尊の天才建築家ロークのモデルは、あの能天気な天上天下唯我独尊のピョートル大帝だって。

と思ってたら2009年に出版された(今まで出版された彼女の評伝の中でも最高の)アイン・ランドの評伝Ayn Rand and the World She Madeに、そう書いてあった。

ロークのモデルはピョートル大帝だって、書いてあった。

著者はAnne Hellerという元編集者のユダヤ系アメリカ人女性だ。

ほとんど同時期に、もう一冊アイン・ランドの評伝が出たが、これは読んでもしかたない。

頭の硬い馬鹿優等生が書いた評伝だ。なんの洞察もなかった。

ともかく、現在のロシアの偉大なる観光資源であるサンクト・ペテルブルクを造ったピョートル大帝こそが、「水源」のハワード・ロークのモデルなんだ!!

それはさておき、なんで体調130センチの白虎のぬいぐるみを私は買ったのか?

一匹にはピーターと名づけて名古屋の自宅に置き、もう一匹には「ローク」と名づけて単身赴任先の職場の近くに借りた部屋に置いてる。

やっぱり、その理由は、私にとっての「永遠の男性性」のシンボルを身近に置いておきたかったからかなあ。

そのシンボルはライオンではなく、白虎だった。

なんか、白い虎でなければならなかった。

白虎ってさ、セクシーじゃないですか?

ハリマオでっせ。

かといって、私は私の白虎を抱きしめて寝るとか、いつも側において頬ずりしてるとか、そーいうことは一切ない。

頭をポンポンたたいたり、尻尾をうっかり踏んづけたり、扱いは非常に雑である。

それでも、身近に、私の妄想が紡ぎ出す永遠の男性像の象徴が欲しかった。

それが身長130センチの白虎のぬいぐるみだ。

狭い3LDKのマンションに住んでいるけれども、私の心はアイン・ランドの故郷のサンクト・ペテルブルクにある。

死んだら、私の魂は、いったんはサンクト・ペテルブルクに飛んで行く予定である。

近郊の「夏の宮殿」に飛んで行く予定である。

その時は白虎の背中に乗ろう。

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私が買って良かったもの(6) 筋トレ用ゴム

40歳ぐらいの時だったかなあ。

大の字に寝っ転がって、ググッと大股開きしたときに、骨盤というか股関節あたりがカクンっと鳴った感じがした。

ん?

気のせいかな?

今思えば、あの瞬間に骨がちょっとだけずれたんだと思う。

股関節の骨盤と大腿骨が組み合わさる部分に不具合が生じたんよ。

骨盤と大腿骨が組み合わさるべき部分から、大腿骨がちょっと滑ったんよ。

もともと脚が短いんで、私は自分の脚に冷たかった。

短くて毛深いし曲がっているんで、愛せなかった。

せっかく毎日私を支えてくれるのに、両脚に感謝もせずに、邪険に扱ってきた。

大事に大事にナデナデしてクリームを擦り込むなんてこともしなかった。

脚さんたちに負担がかかるからデブっちゃダメと節食することもなく、デブるがままに過ぎた日々よ。

両脚に過酷に負担をかけていた日々よ。

デスクワークしてると、右の腰あたりが痛むことが常であったけれども、放置してた。

私は、捻挫しても放置しておく人間だ

面倒くさいんよ、病院に行くのが。

すっごく雑な人間なのだ。

怠惰で面倒くさがり。

忘れっぽいから、何でも忘れる。

そのツケが50代の終わり頃にドドッと来た。

自分の身体なのに、関心も愛情も持たずに、ケアせずに、放置してきたツケが出た。

いやあ、結果は出るもんよ。

やっただけのことしか返ってこないよ。

2012年の秋には、はっきりと異常を感じた。

骨があるべき位置に位置せず、身体が歪み、立っても両足が地にきちんとつかず、右足が浮くようになってしまった。

右脚が左脚より3センチ短いようになってしまった。

ほんとうは両脚の長さは同じだ。右の骨盤があるべき位置より上にあるので、右脚も上にずれて足りない感じになったのだ。

長さが揃っていない脚で歩いていたので、2012年あたりから、脚が痛くて痛くて歩行困難になってきた。普通なら徒歩20分で行けるところが、40分くらいかかるようになってしまった。サッサカ歩けないからだ。休み休み歩くからだ。ものすっごく疲れるからだ。

それでも歩くしかない。

右脚がおかしいので、ついつい左脚に負担をかけて歩く癖がついてしまった。

で、右脚の筋肉がおとろえてしまった。

ふくらはぎも大腿部も、右脚の方が細い。使ってないから筋肉が落ちた。

ついには、筋肉が凝りに凝ってしまって、2013年夏からは杖がなければ歩けなくなってしまった。杖ついてニューヨークに行ったもんね〜〜〜

2014年春からは、名古屋の整体院のおかげで杖なしで歩行できるようになった。それでも歩けば脚は痛んだ。

2015年春からは、福山の謎の天才的中国人整体師さんの施術により、長年の凝りに凝った脚の筋肉がほぐされた。おかげで歩くのに脚が痛むことはなくなった。

腰痛というのは、骨の痛みではなくて、凝りに凝った筋肉の痛みだそーだ。

私より20歳年下の謎の中国人整体師さんは、達者な日本語で私に言った。

「フジモリセンセイ、年取るとね、誰も触ってくれなくなるでしょ?やっぱり、身体をさすってもらったり、マッサージしてもらうのは大事なことなの。うちの弟子たちにも言ってるの。整体師は、まず優しくなきゃダメだって。心込めて人様のからだに触り撫でて凝りをほぐすのって大事な仕事だって」と。

私は還暦過ぎて生まれて初めて、リンパマッサージとか整体とか受けたのであるが、確かに気持ちがいい。もう、トロトロ溶ける快感である。不覚にも無防備になる。ヤバい。

今でも1ヶ月に1度は、この謎の中国人整体師さんのオフィスに通う。

この整体師さんは、「トランプさんがどうたら」とか「中国のユーラシア大陸を制覇する雄大なる鉄道敷設計画…」とか、私にやたら政治談義を吹っかけてくる傾向がある。

私は、日中友好のために、南シナ海の島々への中国の進出とか日本領海を中国軍艦がウロチョロしていることには言及しないように気をつけている。

天津の爆発の話題も出さなかった。はい。日中友好。アジア人同士戦わず(これは、副島隆彦氏のお言葉)。

しかし、中国人は、やっぱり中国が世界の中心だと思っているであるよ。中華思想であるよ。八宝菜であるよ。

この整体師さんは 、福建省の大学の東洋医学部卒業で、中国の国家資格を持った漢方医さんである。中国の大学の東洋医学部で臨床しながら教えていた。

でも、中国の大学の競争がえげつなくて嫌になり、日本でマイペースで施術したくなったそうだ。

日本人お弟子さんもいっぱいいいる。

この整体院は、いろんなサーヴィスを提供している。「漢方蒸し」とか「ピラティス」とか。

私は「漢方蒸し」といって漢方式サウナみたいなものも試した。

デトックス効果があるそうだ。

よくわからんけど、好奇心で試す。

と、いろいろやってきましたが、それでも、ともかく骨の歪みは矯正されない。

20年以上の歪みだもん。数年で治るかい。おそらく一生無理かもね。

でも筋肉をしっかりつけておけば、脚は保つ。歩ける。

今は、この整体院で2週間に1度ピラティスの個人レッスンを受けて、脚の筋肉をつけようとしてる。

筋肉はね、いくつになってもつくらしいですよ。

自宅では、幅広のゴムの輪のセットを使って、筋肉をつけることを試みている。

これも謎の天才的中国人整体師さんの勧めである。

両の足首をゴムの輪に入れて、片方の脚を前に伸ばしたり、横に伸ばしたり。

ゴムの輪に大腿部を入れて、両脚を左右に開いたり閉じたり。

これは、座ってでもできるし、寝転がってでもできる。

ゴムを引っ張ることが筋肉に負荷をかけるらしい。

で、筋肉がつくらしい。

このゴムの輪っかは、強度に応じて5種類ある。

1番強度のあるゴムは引っ張るのも難儀である。頼もしい。

まあ、なんとなく面白いんで、飽きっぽい私ではあるが、セッセとやってる。

iPad見ながらでもできるもんな、こーいう筋トレならば。

このblog記事も、iPadを操作しつつ、両の太腿に回したゴムをゆっくりひっぱりつつ書いている。

ストレッチ、ストレッチ。固まった筋肉を伸ばしましょう。

筋肉さん 、早くついてね。

今まで大事にしてこなかったけれども、ごめんね。これからは大事にするからね、私の脚さん。

今では顔にクリーム塗らなくても、脚には丁寧に塗るんだ。愛と感謝をこめて。

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私が買って良かったもの (5) ご飯美味しい土鍋の炊飯器

日本の電気炊飯器の性能は素晴らしい!!

1990年代から2000年代にかけては、毎年ではないが夏休みには、私はニューヨークに1ヶ月ほど滞在したものだった。ニューヨークは日本に次いで私が一番好きな場所だ。

自炊できるように台所や食器や家具付きの一部屋だけのアパートメント(Studioと呼ぶ)を借りたものだった。

1ヶ月借りてマンハッタンの真ん中あたりで(光熱費混みで)、2009年時点で3000ドル前後だったと思う。

短期滞在者用賃貸物件を多く所有する不動産会社のエイブルのニューヨーク支店さんに、いつもお願いした。日本人女性の有能なスタッフさんに随分とお世話になった。

あの当時は、いまほどの異常気象ではなかったので、緯度の高いニューヨークは、夏でも日本よりははるかに快適だった。

ただし、ニューヨーク滞在で一番困ったのは、借りた部屋には日本の素晴らしい電気炊飯器がないということだった。

米はいくらでも売ってる。カリフォルニアのタマチ米なんか美味しい。

ライス・クッカーというのは、アメリカにもある。

これと日本の電気炊飯器を比較してはいけない。ライス・クッカーはオモチャみたいなもんだ。

まあ、電気炊飯器などなくても、お鍋でも、底の深いフライパンででも、ご飯は炊ける。

炊けるのではあるが……

が、日本の電気炊飯器の性能はすごい!!

その電気炊飯器を私が使用しなくなって、すでに何年が経過したのだろうか。

「ヒカルランド」というオカルト系荒唐無稽系UFO系古代文明系本を得意とする出版社があるでしょう。

私は、「ヒカルランド」の本を読むのも好きだ。

某霊能者の霊視によると、織田信長は本能寺で死んだのではなく、明智光秀と長男の信勝とで、イエズス会の手引きでヨーロッパにわたり、バチカンで枢機卿になり、墓はローマの教会にある、なんて話がわんさか書いてある。

人類の祖先は猿ではなく、恐竜だったとかの話も書いてある。

そうか、ゴジラは我らのご先祖様だったのか!

だから、私たちはゴジラが大好きなのか!

その浮世を忘れさせ想像力をアナーキーにさせてくれる面白い「ヒカルランド」の出版物のうちの一冊に、「電気炊飯器は危険だ」と書いてあった。

本の題名は忘れてしまった。霊能者どうしの対談集だったと思う。

なんで危険かというと、電気炊飯器が稼働しているときの内部の温度が非常に非常に高温で、電気炊飯器内部の金属がちょっと溶けるから。

実に微量ではあるが溶けるから。

溶けた金属が炊かれたご飯に混じって、身体に悪影響があるから。

金属が身体に入ると良くないということは、よく聞く。

原因不明の身体の不調が、歯に詰められた金属を取り除いたら治ったと聞いたことがある。

身体に金属を入れるのはいけない、歯をかぶせるのは金属ではダメで、セラミックの方がいいとか読んだことがある。

セラミックは、健康保険適用外だけどさ。

私は、そんなこと知らずに、歯科医さんの勧めるままに、4本の歯をセラミックで囲ったというか、かぶせたというか、補強してもらったことがある。25年くらい前のことだ。1本6万円したぞ。

おかでさまで、セラミック歯は、今でも大丈夫だ。

それはさておき、金属の鍋も金属のスプーンやフォークも、ほんとうは身体に良くないそうなのだ。

金属の包丁も良くないそうなのだ。

やはり、金属が身体に入り込む危険があるというのだ。

包丁やフォークやスプーンは非常なる高温にさらされないのに、それでも微量な金属が溶け出るのだろうか?

科学的な説明を私に与えても無駄だ。わかるわけがない。豚に真珠。フジモリに科学。

理由なんか何でもいいのだ。

ともかく、私はビビビッときた。

これは、本当のことだ!よくわからんけど、本当のことだ!と思った。

そもそも、電子レンジを持っていないぐらいに、私は食べ物に関しては、調理法も原始的なのが好きだ。

で、サッサとスプーンやフォークは木製のものに替えた。「無印良品」にいくらでも売ってる。

ナイフを使わないですむように、ステーキもサイコロステーキにした。

包丁はプラスチック製にした。

木製の包丁はないから。

電気炊飯器の代わりに土鍋でご飯を炊くことにした。

ネット検索してみると、土鍋もどんどん進化しているようであった。

普通のお鍋の土鍋もあれば、炊飯機用に改良された土鍋もあった。

数年後、「かまどさん」というネーミングの炊飯専用の土鍋があると知った。

かまどさん。

なんと秀逸なネーミング。

なんと馥郁(ふくいく)たるネーミング。

5000円とか6000円ぐらいだったかな。

今は知らないが、当時は注文が殺到していたのか、注文してから随分と「かまどさん」を待った記憶がある。

これが大ヒットだった。

この「かまどさん」は、非常に簡単に美味しくご飯が炊ける。火加減に気をつける必要なし。

最初から強火でガンガン焚き、二重の蓋のうち、外側の蓋の穴から蒸気がシュッシュ出てきて数十秒後に火を止める。蒸らすこと15分ほど。

これだけで、美味しいご飯ができる。

もちろん、土鍋だから保温機能はない。あたりまえだ。

タイマーを設定しておいて、朝起きたらご飯が炊き上がってるなんてことも無理。

多人数の家庭では、土鍋は不便極まりないかもしれない。

しかし、ひとり暮らしやふたり暮らしなら、土鍋で充分だ。

ただし、土鍋は扱いを丁寧にしないと、割れる壊れる欠ける。

それも良きかな。

物を大事に扱うことを習慣にするのは良いことだ。

物を雑に扱う人間は、他人の扱いも雑になるよ。

人間だって物だもの。

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私が買って良かったもの (4) 500円玉貯金箱

まさか、大人になった自分が「貯金箱」を買うはめになるとは思わなかった。

500円玉貯金箱である。

そして、まさか、その貯金箱に入れた500円玉に救われることになるとは思わなかった。

2011年4月に開設された福山市立大学に赴任して、ショックだったのは、年収が400万円以上も減ったことだった。

今から思うと、いったい私は何を考えていたのだろうかと呆れるのだが、2007年にスカウトされて、生活を変えたくて、待遇も研究条件も良い桃山学院大学を辞めることに決めてしまった。

給与は減ることはわかっていた。公立大学なのだから。

しかし、これほどまでとは。

迂闊も迂闊。白痴的に迂闊であった。

最初に就職した地方の公立女子短大の給与を思い出せば、容易に想像できたのに。

忘れっぽい私は忘れていたのだ、その短大から名古屋市内の私立女子大の短大部に移ったら年収が2倍になったことを。

つまり、それだけ公立は給与が低い! すっかり忘れていたのだ、その厳粛なる事実を。

いったい何のために働くのか。

それはカネのためだ。

生き甲斐とか社会貢献とか自己実現とか、そんなの嘘。綺麗事。

庶民は要するにカネのために働く。

なのに、私は、研究条件は悪く給与はすこぶる低い職場に来てしまったのだ。

愚かとしか言いようがない。

でもまあ、来ちゃったものはしかたない。

後悔するのも阿保らしいほどの自業自得。

まあ、これも大きく見れば厄落としかも。

しかし、ともかく、ガクンと減った収入に慣れるのには時間がかかった。

2016年時点になっても、ほんとうは慣れていない。

慣れていないが、慣れていなくても、収入以上の暮らしはできない。

クレジットカードの支払いを心配するなんて事態が私の身に起きるなんて、ありえなかったのに。

それまでの気楽な浪費体質を矯正するべく、私は大量の節約本を読んだ。

自己啓発本ならぬ節約本だ。アメリカの節約本もKindleで何冊も読んだ。

2008年のリーマンショック以来、アメリカでは節約本が人気となっていたから。

日本のいろんな節約本には、500円玉貯金をせいと書いてあった。

チリも積もれば山となるって。

だから、500円玉貯金を始めた。

いつも素直な私。

貧乏になったのだから、小銭から大事にしないといけない。

家計簿もつけ始めた。自分がいくらカネを使っているのか把握することから始めなければならなかった。

家計簿なんて、結婚後3年間ぐらいしかつけていなかったのに。

ネットには、いろんな家計のサンプルが掲載されている。

いったい、どうして、こんなに少額で暮らせるのか不思議なほどに慎ましい家計のサンプルが。

そういう家計サンプルには「教養費」の項目はない。

私は、それまでは毎月書籍代だけでも10万円くらいは使っていた。新本をバンバン注文していた。

しかし、以後は、amazonでもなるたけ古本で安くなっているものを選んだりするようになった。

ほんとうに読みたいのか?読むんだろうねえ、ほんとに?と自分自身に問うようになった。

「あ!面白そう!」と思ったら即注文でクリックの癖は、なかなか治らないのではあるが。

ある時、なんともならん!カネが足りない!と切羽詰まった事があった。クレジットカードの支払いに口座の残金が足りてない! ウッソ〜〜!

その時に、貯金箱にいっぱい貯まっている500円玉に気がついた。

貯金箱を持つとズッシリと重く、貯金箱を振るとザザザッという重低音が聞こえた。

もう断固として、ひたむきに500円玉は使わずに貯めていた成果だ。

私は、丈夫なキャンパス布のバッグに大量の500円玉を入れた。ズッシリと重かった。

銀行のATMの両替機に、私は運び込んだ500円玉をジャラジャラと入れた。大量の500円玉の換算に時間がかかった。換算が終わるとお札が出てくる。

その作業を数度繰り返した。ああ〜〜〜面倒くさ!

めでたく、クレジットカードの引き落とし口座の残金不足をギリギリ埋めるだけの金額となった。

あの安堵感は忘れられない。あの惨めさは忘れられない。

まあ、これは貧乏人の負け惜しみではあるけれども、おカネについて考えることは、ほんとに人間を鍛えるね。

「考える」つーのは、これはカネを支払うに足るだけのものであるか?ということを思案するということだな。

その他に「考える」なんてことはないよな。

経済の苦労がないと、人間は考えないよ。ほんと。

福山市立大学に来て、私はほんとうに考えるようになった。

無駄使いしないためには、いかほどの自制と自己規律と思考が必要であることか。

今日も私は小銭入れをチェックして、500円玉を見つけると嬉々として、貯金箱に入れる。

あのですね~~大地震とかあった後の生活の買い物においては、1万円札より小銭が役に立つそうですよ。

私は災害避難用リュックサックには、500円玉をいっぱい入れた財布を入れている。

それを使わないですませたいものだが・・・・

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私が買って良かったもの(3) 下着隠せるピンチいっぱい洗濯物ハンガー

「ピンチいっぱい洗濯物ハンガー」とは「危険がいっぱい洗濯物ハンガー」のことではない。

ピンチというのは、洗濯バサミのことである。

正確に言えば、washing pinch のことである。

最近の折りたたみ式洗濯物ハンガーには、ピンチがいっぱい付いている。

40個とか50個とか60個ぐらいついている。

かつては折りたたみ式洗濯物ハンガーというのは、両端に行儀よくピンチが列をなして取り付けられているものが一般的だった。

もしくは円形のハンガーにぐるりとピンチが取り付けられているタイプとか。

これでは、せいぜいタオル10枚とか、それぐらいしか干せない。

それから、旧式の洗濯物ハンガーは、何が干してあるのか一目瞭然であった。

洗濯物というのは、赤裸々に一目瞭然ではない方が、いいのではないだろうか?

何が干してあるかよくわからないほうが、いいのではないだろうか?

干してあるもので家族構成とか年齢構成なんかわからない方がいい。

ところが、このピンチがいっぱいついている洗濯物ハンガーだと、いろいろ好都合である。

まず、いっぱい干せる。

50個もピンチがついていれば、シーツとか大きなものは別として、一回分ぐらいの洗濯物は全部干せる。

このタイプの洗濯物ハンガーを考えた人はえらい!!

よく考えたついたものだ……

特許取ってるのかな?

地味ではあるが、これはすごいアイデアだ!

ピンチいっぱいハンガーには、いっぱい干せること以外のメリットもある。

このタイプのハンガーは、ピンチがこれでもか、これでもかと、空間を埋め尽くそうとするかのように取り付けられている。

だから、干し方を工夫すれば、「見せることで隠す」ことができるのだ。

女性は、下着を干すときは非常に神経を使ってきた。防犯上も美意識的にも。

私など還暦前から赤い下着を愛用してきた。若い頃から、お腹をゆったりスッポリ包んでくれる大きなパンティでなければ、身につけている気がしない。風邪を引く。

ヴィクトリアズ・シークレットで売っているような類のレースの小さな三角布状のパンティとか、Tバックとか信じられない。

男性用下着売り場のボクサーパンツとかトランクスとかの方が、ずっと親近感がある。

今の男性用下着はカッコいいね。チェック柄に、水玉模様に、ストライプに花柄まである。

いいなあ。

ほんとはお世話になった男性に、ささやかなプレゼントするなら、上質なコットンのデザインのいい色彩も鮮やかなトランクスとか、ボクサーパンツを差し上げたい。

何枚あっても邪魔にならないからね。実用的なのが一番よ。

でも、セクハラと思われても困るんで、実践したことはない。

男性の下着はさておき、女性の下着の場合は、オバハンの下着だろうが、ババアの下着だろうが、ギャルの下着だろうが、セクシーな熟女の下着だろうが、ガキンチョのちょうちんパンツだろうが、風になびくように、鯉のぼりのように、朗々と堂々と干すのははばかられる。

たとえば、マンションの1階とかのベランダで下着を干す場合は、干した下着の上にタオルをかけたりとか女性は気を遣ってきた。

下着だけは、部屋干ししたりとか、浴室を乾燥モードにして干したりしてきた。

ところが、「ピンチいっぱい洗濯物ハンガー」には、ピンチがいっぱいついているから、他の洗濯物の奥とか影とかに、パンティやブラジャーを干せる。巧みに隠せる。もう、デタラメに洗濯物が入り組んで干されているので、何がなんだかわからないのだ。

人間を隠すなら、人混みに入れよ。

大切なものは、ゴミの間に隠せ。森の木々の間に隠せ。

パンティは、雑巾とタオルと台所用布巾とソックスの間に隠せ。

というわけで、毎日毎日洗濯して、洗濯機さんに洗ってもらって、干すとき、私は感謝するのだ。

いったい誰が、洗濯バサミを発明してくれたんでしょ。

いったい誰が、物干しハンガーを考案してくれたんでしょ。

いったい誰が、ピンチいっぱいの洗濯物ハンガーを考えついて実用化してくれたんでしょ。

私は、人様が作ってくれた便利な物に囲まれて生きている。

まっことラッキーである。ありがたいことである。

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私が買って良かったもの(2) 安全尖ってない毛抜き

「毛抜き」なるものを知ったのは、大学生になった頃かな。

若い頃は毛深かった私は、眉と眉の間にも、眉ほどの濃い毛ではないが、毛が生えていた。

指先で抜こうにもなかなかうまく抜けない。

「毛抜き」なるものが世の中にあるということを、なにゆえか私は知った。

当時はインターネットなんてなかったので、検索して知ったわけではない。

ともかく、化粧品店に行って、「資生堂の毛抜き」を購入した。

いくらだったのか忘れた。小さい割に高かったような気がする。

で、暇があると、眉と眉の間に力強く密生しようとする毛を抜いた。

あの当時の私の眉は、離れ離れになっているのが哀しくて、ひたすら繋がろうとするのだった。

別にさあ、右眉と左眉が一直線に繋がっても構わないのであるが、子供のころに「人相学」に凝っていた私からすれば、眉と眉の間は綺麗に開いていなければならないのだった。

人相学的に言うと、眉間が狭い=眉と眉が接近しているのは、直情径行型で思慮が足りず、神経過敏で怒りっぽいのである。

まさに、そのまんまのキャラであった私は、性格改造は、まず眉間を整えることから……と思いセッセと眉間の毛を抜いていた。

ついでに、顎とか鼻の下に伸びる濃いうぶ毛も抜いていた。

女性も髭が生えるんよ。

定期的に顔を剃らないと、キモイ顔になるんよ。

脚とかに生える毛は、毛抜きでは無理だ。

私の父は、私の毛深い脚を見て、「なんとかならんものかなあ……嫁に行く前になんとかしないとなあ……」と本気で心配するのだった。

当時は、「脱毛」というのは一般的ではなかった。気軽にできるものではなかった。

思えば、若き日の私が身を誤らなかったのは、生来の毛深さのせいだった。

ぶっちゃけて言えば下らん男と性交して馬鹿ウイルスに感染しないですんだのは、わが身の毛深さのせいであった。そんなもん他人に見せるぐらいだったら、結婚なんかせんでいい!

と、私は思っていた。

馬鹿と関わるぐらいなら、独りでいい!

と、これは今でも思っている。

ともあれ、塞翁が馬。

何が身を守るか、わからない。

それはさておき、あれから何十年。約45年。

あれだけ猛威をふるった私の毛深さも、50代に差し掛かる頃には、すっかり衰えを見せた。

毛脛の処理。これは、私の若き日の大仕事のひとつであったのだが。

眉間に密生したがる毛も、いつのまにか消えた。風と共に去りぬ。

しかし!

今度は顎のあたりに生える産毛が濃くなり硬くなってきた。

ひんぱんに鏡チェックをして抜かねば、ほんとに「ヒゲ」だぜ。

戦いは続くよ、どこまでも。

18歳の頃に資生堂の毛抜きを購入して以来、浮気して私は何本もの毛抜きを購入した。

資生堂の毛抜きは、今でも持っているが、いろいろ試したくなるじゃないですか。

スイス製の毛抜きは、なかなか良かった。

毛抜きは、小さいながら素晴らしい発明品である。

金属の刃先の肌への当たり具合、確実に抜けるような造り、すべてが高度な技術の成果である。

1本の毛抜きに、科学技術の粋(すい)が結集されている。

人間の英知が結集されている。

1本の優れた毛抜きを産出できることこそ文明の証しである。

なんと、最近は「尖ってない毛抜き」まで売っている。

日本の会社が発明したんである。

元同僚の三重大学名誉教授&埼玉大学名誉教授(福山市立大学名誉教授の称号は要らないそうである)の渡邊明先生から教えていただいたんである。

先端が丸い毛抜きがあるんである!! 名称は「Nook」である。ヌーク。おやじギャグ風ネーミングに、この毛抜きを開発した人々の誠実さを感じる。

毛抜きは、素晴らしいものであるが、先端の刃先が尖っているんで、用心しなければいけない。

眉を整えるつもりで、眼を刺してしまったら、とんでもない。

私が18歳の時に購入した毛抜きは、先が鋭利に尖っていて、よく抜ける。

しかし、その後に資生堂が発売した毛抜きは、危険な刃先を避けるためか、刃先が鈍い。

やはり、細い細い毛を抜くのは、尖った刃先を持つ毛抜きでないといけない。

が、「尖ってない毛抜き」」の発明も素晴らしい。

どういう原理で、刃先のない毛抜きが毛を抜けるのか不思議だ。

ご興味のある方は、是非ともお試しください。

私にとって、顎先に伸びる細い黒い剛毛を、今まで購入してきた毛抜きを代わる代わる使いながら抜く時間は、瞑想タイムでもある。

毛抜きさん、ありがとう。

毛抜きさんたちを作ってくださった方々、ありがとう。

愛と技術と人間の知恵は細部に宿る。「毛抜き」に宿る。

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参議院選挙なんかどーでもいい

本日は2016年7月10日日曜日だ。あ、もう月曜日かな。

参議院選挙投票日だ。私は8日に不在者投票をすませた。

私の勤務先には、今度初めて投票権を行使する18歳の若い子はわんさかいるんで、勤務先が不在者投票所になった。便利、便利。

とはいえ、参議院選挙なんて、どうでもいいんよ、私は。

私にとっては、自民党は金持ちのオッチャンたち。

民進党は金持ちになりたいけど口に出さないオッチャンたち。

おおさか維新は、金持ちになりたいし、それを口に出すオッチャンたち。

共産党は金持ちは悪人だと思っているオッチャンたち。

生活の党とナンチャラは、金持ちになること以外に人間はするべきことがあると思っている非力なオッチャンたち。

他の党のことは知らん。

日本の政党に対する私の理解は、こんな程度のもんよ。

オッチャンばっかりじゃないよ、女性の政治家もいるだって?

そんなもん、女装した男みたいなもんだから、オッチャンでいいんだよ。

まともな女は、観察力と自己省察力がある女は、政治家になろうなんて思わない。

絶世の美女ならいざしらず、なんで不特定多数の人間に自分をさらせるんだ。新聞に写真が載るなんて、下品でみっともないだろ。

男は、まともじゃ ないから政治家になれるんだよ。

男は女なんか足元に及ばないほどのナルシストだ。自分が現実を良くできるという自己催眠力と妄想で生きていけるほどに脳が壊れてる。

だから、政治家やってられる。でなければ、あんな汚い醜い顔で国会議事堂を闊歩できんわ。

属国の日本のことは日本人に決定権があるわけではないんだから、政治家なんか誰でもいいの。

属国ではない日本を引き受ける勇気は、今の日本人にはないというより、世界覇権国、帝国にならなければ属国なんだから。

どの国も対等なんて、あーた、グローバル偽善ごっこ国際連合(United Nations第二次世界大戦勝利国団体)みたいなこと言っても、しかたないんよ。

ともかくさ、世の中がどうなっても、自分の人生を引き受けて生きていくことが私の仕事なんで、それだけが大事なことなんで、他のことなんか、どうでもいいの。

だから参議院選挙の結果なんて、どうでもいいの。

ほんとうに知りたいことは、世の中がどう動こうが、どんな変動があろうが、自己防衛できる方法だ。唯我独尊で生きていける技術だ。

人々と連帯することで、より良い社会を作ってゆけるなんて思ってないの、私は。

人々って、抽象的なもんじゃない。

あの人に、この人に、ああいう人に、こーいう人だ。

うざいばっかじゃないの。なるたけいっしょにいたくないわ。

いっしょにいたら疲れるわ。

私なんて気が小さいから、他人といっしょにいると、たとえ家族でも、気を遣ってしまって遠慮して消耗する。

私は、他人といっしょにいるには厚かましさが足りない。

「いっしょにいる料金時給3000円」なら、いっしょにいるけど。

まあ、職場の同僚というのは、時給3000円とまではいかずとも、いっしょにいることで時給が支払われるようなもんだから、いっしょにいられる。時間限定で協力もしあえる。

が、「人々との連帯」って何だ?

利権団体って言えよ。

「利益を同じくした人々と力を合わせて圧力団体になりましょー」ならわかるけど。

それ以外に、「連帯」なんてありえんわ。

一種の時給が支払われないような人間関係でなければ、維持はされない。

政治というのは、そういう利権団体どうしの闘争だ。

それ以外の何物でもない。

民主主義なんてないの。

どの利権団体が強いか、なの。

どの利権団体が、巧みに愚民たちを騙すことができて、愚民たちを自分たちの応援団にできるか、なの。

そのために、どの利権団体が、もっともらしい耳障りのいい言説を伝播できるか、なの。

これをプロパガンダと言う。

何が政治思想だ。

思想で動いているのかよ。

利権で動く。利益で動く。支配欲で動く。

それ、人間の常。普通のこと。自然なこと。

だから嘆いても否定してもしかたない。

そんなことを心の中で毒づいている私であるが、なぜにいつも投票に行くの?

それは、女性参政権実現のために人生を費やした物好きで不器用な同性の先人たちの気持ちを考えるから。

一応、私はフェミニストなんで。

もっとも、日本における女性参政権は、フェミニストたちではなく、マッカーサーによって実現されたけれど。

ともあれ、投票で何かが変わるとは思えない。

でも、それでも、人間は希望を持ってしまうんだなあ。

どんな腐った人間でも、どこかで、何か大義を探してるんだなあ。

待っているんだなあ。

で、騙されちゃう。

ただただ生きて死んでいくだけでいいのに、ついつい、考えたってどうしようもないこと考える。

生き物としては変態の人間。

そういう自分の中にもある「人間の持つ生き物としては逸脱した過剰な変態的な、大義を求める心」の青臭さを、しょうもない……と思いつつ、今度の選挙も、テキトーに政党の名と候補者の 名を書いた私だった。