大晦日の大病院

本日は2016年12月31日土曜日だ。

今までの年末年始は論文の締切があったり、なんやかやでほんとうにユックリノンビリしたことはなかった。

今年はいいなあ〜〜もう退職するしなあ〜〜年末年始ノンビリできていいなあ〜〜〜いいんかしらん、こんなにお気楽で……

と、思ってたら大晦日の午後に(私より2歳下の)妹の夫と長女から電話があった。

妹が吐血したとのことだった。

入院したとのこと。

「胃静脈瘤破裂」だそーである。

!!!!

ということで、自宅から車で高速使って約45分くらいの距離にある名古屋市近郊の公立病院に急いだ。

大きな綺麗な病院だ。

スタッフの教育も行き届いている感じ。

妹は、幸いにも意識不明でもなく、ベッドの上で起きていた。

普通に話せる。

12月30日の夕暮れに吐血して、すぐに病院に行ったので助かったそうである。

放置すると、出血性ショックで死亡していたかもしれなかったそうである。

危なかった……

胃の静脈瘤は、とりあえず「ゴム」で縛ってあるそうだ。

静脈瘤って胃の中にもできるんか……

高齢の女性で静脈瘤で脚に青色の静脈を浮き立たせている例は、たまに見かけるが……

妹は私の顔を見ると、ちょっとメソメソした。

「胃カメラで胃の中を調べられて痛かった〜〜不快だった〜〜気持ち悪かった〜〜あの胃カメラってなんとかならないのかなあ〜〜病院は4日から本格的に機能するので、詳しいことは4日以後にしかわからない〜〜」と、それでも私に説明した。

とはいえ、水も飲んではいけないし、食べてもいけない。

トイレも行ってはいけないということで、病床のそばに白いポータブルトイレが置いてあった。

食べていないので、便は出ないそうだ。

ポータブルトイレの中身は看護師さんが取り替えてくれるそうだ。

30日に病院に行って、そのまま入院だ。

今のところ、お風呂もシャワーもダメだそうだ。

難儀なことだ。

なんで、胃の中に静脈瘤ができて破裂したかというと、これは「肝硬変」に伴う症状だそーだ。

私と遺伝子がほとんど同じだけあって、妹も肝臓が悪い。

とうとう肝硬変に進行してしまっていたらしい。

というわけで、5日に福山に戻るまで、正月も4日も毎日、妹の見舞いに行くことが「お仕事」となった。

親子ほどにも年が離れている年下のFacebook友だちの看護師さんによると、入院した場合に、「大事にされる患者」には3種類あるそーだ。

まず、家族に医者がいたり医療関係者がいる患者は大事に扱われる。

「あ、同業者だ。騙せないぞ。うるさいぞ」となるから。

次に病院に大事にされる患者は、患者本人が有名人だったりする場合。

これは、そりゃそうだろーね、である。

ガッキーが入院してきたら、そりゃ寄ってたかって大事にするよね、病院も。

その次に大事にされる患者は、「家族がその患者をすっごく大事にしているケース」だそーだ。

「うちの家族をないがしろにしたら許さんわよ」と、さり気なくあからさまに家族がアピールしている場合は、監視機能があるから。

入れ替わり立ち代り親族が見舞いに来るというのもいいそうである。

つまり、「この患者をきちんと扱わないと、家族がうるさいかもよ〜〜」というプレッシャーを医師や看護師に与えることが大事だそーだ。

だからして、私も医師や看護師にプレッシャーをさりげなく派手に与えるべく、正月は病院に通う。

当分は入院するであろうから、名古屋に帰るたびに病院に通う。

人材派遣会社は、「ニセ見舞客」を病院に派遣するというサーヴィスを始めるべきである。

これは哀しい事実であるが、見舞客がない患者は、どうしても放置されやすいそうである……

まあ、そんなもんかね……

それはさておき、暮れの病院というのは、1992年2月に癌で亡くなった父が入院していた時以来だ。

父が入院していたのは別の病院ではあったが、最近の病院っておもろいね!!

25年前あたりの病院とは大違いである。

コンビニが病院内にある。

タリーズ・コーヒーが病院内にある。

スタバは、なかった。

昔風の大部屋がない。

せいぜいが、4人部屋である。

パーティッションは、白いプラスチックか樹脂製である。

ペラペラしたカーテンではない。

だから、プライバシーはよく保たれているようである。

枕元には、背の高い木目調のクローゼットが設置されている。

そのクローゼットは、まさに荷物入れのクローゼットと、角度を調節できる液晶テレビと、DVD & CD プレイヤーと、鍵のかかる貴重品入れと、小さな冷蔵庫が組み込まれている。

TVはカードで視聴できる。

分別不要のゴミ箱も、そのクローゼットの側面に取り付けられている。

「映画も観れるんだ!」と私は感心した。

「でも、イヤホンがないから……家から持って来てもらわないと、他の患者さんにうるさいし」と妹は言っていた。

パソコンも使おうと思えば使えるそうである。

看護師さんの制服は、昔風の白衣のワンピースではなく、ブルーの上着とパンツである。

非常に機能的にカッコいい。

ナース・ステイションも、まるでアメリカの医療ドラマみたいだ。

おお〜〜〜♫♫

看護師さんは、パソコンを設置した移動デスクを持って患者をチェックしに来る。

礼儀正しく明るく非常に感じのいい看護師さんたちである。

パソコンのディスプレイに映し出された妹のカルテ・データを見ながら、血圧を測る。

おお〜〜〜♫♫

25年前の病院に、こういう風景はなかった。

インターネットが登場したのは1993年だったからなあ。

私が電子メイルを使うようになったのは1993年だった。

インターネットでamazonから本を購入するようになったのは1995年だった。

妹は、携帯電話で自分の家族に、「明日、私のiPad持って来て」などと話している。

ということは、この病院の病室ではWiFiが使えるということだな。

おお〜〜〜♫♫

日本の病院も快適になってきているようだ。

ありがたいことだ。

ついでに、温泉と書店に図書館に映画館が病院内に設置されるといいねえ。

図書館はなくとも、本棚が並んだラウンジは、ちゃんと用意されていたが。

カフェやレストランばかりでなく、ネットカフェも設置されるといいね。

美容院に理髪店も必要だ。

病人も髪は伸びる。

郵便局も必要だ。

ATMは、コンビニ内にあるな。

ピザの出前とかも頼めるんかな、病院から。

あと、医療費のことで相談できる部署があるといいなあ。

と、「もっと進化できる病院」について思いを巡らす私。

ふと見ると、妹は化粧している。

「病人がメイクしてどーするんよ。顔色がわからないじゃないの」と私が言うと、

「だって、あんまりみっともないから……」と妹が言う。

まあ、そんな洒落っ気があるなら大丈夫だろ……と私は思う。

年末年始なので、一時的に退院している患者さんも多いのだろうが、妹のように退院できない患者さんも多いようだ。

大晦日なのに、家族の見舞いに来ている人々は多い。

駐車場はいっぱいだ。

大晦日もお正月も病院のベッドの上で寝ているしかない人々もいる。

妹が吐血して入院とは、まったく想定していなかった。

妹が肝硬変になっているとは、想定していなかった。

肝硬変になると胃の中に静脈瘤ができるのか。

それは破裂するのか。

人生は、やはり想定外のことが起きる。

それでも静かに穏やかに2016年の大晦日が過ぎていく。

これから、おせち料理代りのおでんを大量に作る。

紅白歌合戦なんか見る気はしない。

家族が大晦日に入院しているとなると、浮かれ騒ぎなどは見る気がしない。

来年の4月からは私も名古屋に定住だ。

少しは、妹の闘病生活にも役にたてるだろう。

みなさま、良いお年をお迎えください。

2016年の本Blogをお読みくださり、アホな拙文をお読みくださり、ありがとうございました。

結果は出る

本日は2016年12月30日金曜日だ。

年賀状書いてない。

歯が痛い。

脚は不調。

肩も背中も首も痛いような凝ってるような。

Facebookの投稿を読んでると、年末休みに入って疲れが出たのか、身体の不調に悩まされている人が多い。

痛いから病院に行ったら背骨の一部が折れてた(!)とか、腰痛とか、医師から検査が必要と言われたとか。

詳しく検査したら、みんな、どっか病気持ちに違いないよ、40歳も半ば過ぎてくると。

みなさま、ご自分のお身体を大切に労ってさしあげてください〜〜〜

細胞のひとつひとつに愛と感謝を注いでください〜〜

といっても、人間の身体に細胞っていくつあるんだ?

200兆ぐらい?

それはさておき、本日は、「還暦も過ぎると、いろんな人の人生を眺めることにもなるんで、やっぱり結果って出るよね〜〜」という話だ。

私の20代や30代は、驚きっぱなしだった。

私が生まれて育った家庭というのは、実に単純で正直で素朴な人々で構成されていたので、世の中には、全く正直でなく、無駄に複雑で、洗練されてはいないが、すれっからしの人々が多いということに驚いたのが、20代や30代だった。

10代の頃は、私自身が脳足りんで、そういうことにも気がつかなかった。

しかし、じょじょに気がついた。

この世の中には、平気で嘘をつく人間がいる。

呼吸するように嘘ばかりついている人間がいる。

別に他人を貶めることなどしなくても生きていけるのに、他人を貶める嘘をついては保身を図る人間がいる。

いくらでも裏切ることができる人間がいる。

異様に口は達者だが、その口から吐き出されるおびただしい言葉の中になんの真実性もない人間がいる。

もっと異様なのは、この種の人間たちには、自分がそういうことをしているという自覚が全くない、ということだ。

彼らや彼女たちは、自己欺瞞の天才である。

無自覚な偽善の塊である。

赤裸々に自分を見つめるとか、自分を突き放して眺めるとか、そういうことは一切しない。

できない。

自分自身に嘘がつけるのだから、他人に嘘をつくことなど簡単だ。

自分自身に嘘をついているということは、現実認識がおかしいということでもある。

自分自身を突き放して見ることができない人間が、現実を把握することなどできるはずがない。

必ず非現実的になる。

どうしたって、「夢見る夢夫さん」になるし、「夢見る夢子さん」になる。

打算的に狡猾に動いているようであるが、実態は夢夫さんで夢子さんだ。

この種の人間は、ほんとうに大学というところに多く棲息している。

「ふりして」通用する場所だからかなあ。pretenderいっぱい。

なにゆえか、そのような人々は私に非常に反感を持っていたようだ。

ストレートにあからさまに攻撃的ではなく、私に面と向かうのではなく、陰湿に隠微に攻撃をしていた。私に関する嘘を垂れ流していた。

嘘と言っても、犯罪的な類のものではなく、小心翼々とした類のものであったので放置した。

とはいえ、当時は、私も随分と傷ついた。

奇妙な人々だと思った。

私は、彼らや彼女たちに関心がない。

なのに、なんで彼らや彼女たちは私に「マイナスの好奇心」を持つのか?

しかし、私は彼らや彼女たちと派手に喧嘩とか口論をしたことはない。

私は平和的な人間だから。ほんと。

言ってもしかたないことは言わない人間だから。ほんと。

会議などで言うべきだと思うことはハッキリ言っていた。

しかし、個人的には関心がなかったし、忙しかったので、構ってはいられなかった。

気にはなったが、基本的にはどうでもよかった。

私の美意識からすると、みんな不細工だったし。

私は関心が無くなると名前も忘れてしまう。

ひどいと言えばひどい。

失礼といえば、ひどく失礼だ。

すみません。私は正直だから。

やっぱり、今となっても私は、「ああいう人々は、どうしたって他人に悪意を持つのであるから、あれはあれで放置しておくしかないのであって、私の姿勢はあれはあれで正解であった」と思う。

仲良くなる気にもなれない、つまらん人間というのは存在するものだ。

ともかく、そういう類の人間に大量に遭遇したのが、私の20代と30代であった。

実に単純に素朴に育った私は、その20年間に「人間について」大いに学ばざるをえなかった。

奇妙な人々の心理について、考えざるをえなかった。

おかげで、40代に入ってからは、非常にラクになった。

私は43歳の時に大阪の桃山学院大学に移ったのだが、「絶対に信用してはいけないタイプの人間」と大量に出会った20年を経過していたので、もう「奇妙な人々」に悩まされることはなかった。

そのような人間がいたとしても、「ああ、あのパターンだな」と分類できたし、対処方法もわかっていたから。

58歳で、新設の福山市立大学に移ったときも、「奇妙な人々」に悩まされることはなかった。

初対面の挨拶をすれば、「関わっていい人」と「絶対に信用してはいけない人」の区別はついたから。

それほどに、20代と30代に遭遇した人々の幾多のパターンは私の心に深く深く刻み込まれていたから。

トラウマと呼ぶべきか。

桃山学院大学でも、福山市立大学においても、私からすれば「絶対に信用できない人間」であることが明々白々である類の人間に、騙されている同僚たちが不思議だった。

「なんで、わかんないのかなあ?」と私は不思議だった。

他愛なく騙されている同僚たちが不思議だった。

みんな国立大学とか有名大学を出た優秀な人たちなのにねえ……

お勉強はできるのに、すっげえ幼稚なんだ……

馬鹿かもしれん……

いや、知らないんだな……幸福な人たちなんだ……

還暦になった頃になると、面白いことに、かつての私を悩ました類の人々の「その後の結果」を噂に聞くようになった。

やっと、あいつらも気がついたか、である。

そして、福山市立大学も6年目となると、騙されていた同僚たちも、ようやく気がつくようになる。

やっぱりね〜〜〜である。

I told you!である。

と言っても、私は「こんな人の言うことなんか信用しちゃダメ〜〜!!」なんて言ったわけではないけれども。

ただ委員会や教授会で、「他愛ないなあ……こんな奴の言うことを間に受けて……」と心の中で言っていただけであるが。

やっぱり、苦労ってするものよね。

私の20代と30代は、大変だった。苦しかった。

だけれども、あの20年のおかげなのだ。

いかにまともに見えようと、もっともらしいことを言っていようと、いかに「いい人」に見えようと、世の中には絶対に信用してはいけない類の人間がいるということを知ったのは。

そして、そのような人間の人生には、必ず「結果」というものが出るということも知った。

やったことしか返ってこないもんね。

嘘で固めた人生には、嘘しか返ってこないよ。

虚栄で固めた人生には、虚栄しか返ってこないよ。

世の中は不公平に見える。

悪は栄え、善は踏みにじられるように見える。

要領と偽善と欺瞞と虚飾とお体裁だけが通用するように見える。

でもね、けっこう、「正義」というものも垣間見えるんだよね、これが。

世間は馬鹿だから10年や20年は騙されるけれどさ、30年は騙せないんだよね。

だから、みなさん、小狡いこと考えずに、真っ直ぐに生きてもいいんですよん。

自分の素朴さや正直さや単純さを恥じることはない。

時間が、あなたの味方をしてくれるから。

寄付はしない

本日は、2016年12月27日火曜日だ。

昨日の26日に名古屋に帰って来た。

今日は、くたびれきって廃人をしている。

唐突だけれども、「寄付」donationについて書く。

そういう人は多いと思うのだが、私は非常勤講師時代から、ある団体にわずかではあるにせよ毎月寄付をしていた。

年末になると、ホームレスの炊き出しをしている教会にも寄付をしていた。

開発途上国の子どもたちが学校に通えるように支援する団体にも寄付してきた。

収入のいくばくかは寄付するものだと私は思い込んでいたから。

誰に教えられたわけでもなく、それはそういうものだと私は思い込んできたから。

前の前の勤務先の教え子が殺人事件を起こして刑務所に入った時も、一時期は身元引受人になり、ささやかながら寄付のつもりで援助もした。

詳しくは書かないが、似たようなことは、いろいろしてきた。

で、今の私は、ほとんど一切の寄付をやめた。

安月給の公立大学の教員だから金銭的余裕がないからではない。

金銭的余裕なんて、オーバードクターで非常勤講師時代には、もっとなかった。

では、なぜ、寄付をやめたのか?

理由の一部は、寄付を募って運営されている団体には胡散臭いものが多いと知ったこともある。

寄付した先の団体が役人の天下り先であることが多く、プールした寄付金を何に使っているかわかったもんじゃない。

よく道端で寄付を募っているが、ああいうものは良心的な善意からのものもあるが、集めた寄付金のかなりが人件費に消えたりしているらしいということも耳にした。

とはいえ、こういうことは、ほんとうの実態は知りようがない。

「ユネスコ」は寄付してもいいが「日本ユネスコ」は寄付してはいけないと聞くが、それも、どこまで真実なのか、わからない。

ならば、「顔の見える人や団体」に寄付すればいいわけだから、活動実態をある程度知っている組織や団体に寄付すればいいことなので、寄付をやめる理由にはならない。

そういう団体には、今でも些少ではあるが私も寄付を続けている。

問題は、そういうことではないのだ。

問題は、「寄付すると、かえって問題は解決しないのかもしれない」ということだ。

前述のように、私は、そこそこ長い間、教育を受けることができない発展途上国の子どもの里親になるというシステムを運営している団体に寄付していた。

ところが、21世紀もかなり入った頃に、その団体が「中国の子どもたち支援」を依頼してきた。

私は驚いた。

なんで中国?

その頃の中国は、鄧小平の政策により資本主義経済に舵取りを成功させ、躍進著しくなっていた。

その中国が、なぜ自国の子どもに最低限の教育を与えることができないのか。

核武装もし、豊かな鉱物資源利用のためにチベットやウイグルを支配し、インドと国境を接する地域を侵略し軍事的支配をし、台湾を脅かし、ベトナムやフィリピンの領土を奪い基地を作り、着々と軍備を増強している国が、国民の子どもの教育にカネを出さないということはどういうことか。

また、それを承知しながら、この団体(外務省の役人の天下り団体)は、なぜ中国の子どもの支援を買って出ているのか。

そういうことをすることは、中国政府の国民の福祉無視の政策をサポートすることにならないか。

私は、その旨をその団体に質問したが、まともな解答は得られなかった。

だんだん、私はウンザリしてきたのだ。

開発国とか発展途上国とか、なんでいつまでたっても駄目なんだ?

外国からの援助がなければやっていけない国なんて、そんな国民なんて、存続する意味があるのか?

借りたカネは借りっぱなしで踏み倒すことが当然と思っている国や国民って何だ?

日本が日露戦争の時に借りた巨額のカネの返済を終えたのは、やっと1980年代だった。1984年だったかなあ……約80年ローンだ……

太平洋戦争敗戦後の戦後復興で借りたカネも、日本は返済した。

人間は個人でも、他人からの援助がずっとあると、それをあてにしてずっと自立できないということがある。

「引きこもり」とか「ニート」とかは、昨今の経済状況の悪化、非正規雇用の増大という事情によって生じているのだろう。

しかし、基本的には親が食わせてくれるので、引きこもっていられるだけだ。

最近は、その「引きこもり第一世代」の人々が40代になり、年金暮らしであった親が亡くなり、生活できず、NPOが生活保護を受けることができるように手助けをしているそうだ。

まあ、そういう類の「かわいそーな人々」をサポートするのが趣味の人は、好きにしていればいい。

他人の趣味については、とやかく言わない。

私が言いたいのは、いつまでたっても他人の援助がなければ生けていけない人間は、援助してもしかたないんじゃないか、ということだ。

人間というのは不思議なもので、自分に親切にしてくれ援助してくれる人間を軽んじ、一層に使役したがる傾向がある。

助ければ助けるほど、厚かましくも「たかる」傾向がある。

「早く自立して、他人に迷惑をかけるのはやめよう」ではなく、一層に依存する傾向がある。

親切にされた人間は、親切にしてくれる人間に、過度に甘え、馴れ馴れしくなり、舐めるようになり、軽んじるということは、よくあることだ。

その種の人間が、たまたまの他人の法外な厚意でしかない支援やサポートをあたりまえのこととして更に要求してくるということは、ままあることだ。

そういう類の人間は実際に存在する。

私も、そういう類の人々からウンザリさせられたことはある。

おそらく、そういう類の人間性というものがあるように、そういう類の国民性というものもあるのだろう。

私は、とうとう、「人は助けない方がいいのかもしれない。かえって、その人のためにならないのかもしれない」と思うようになった。

「人を助けるなんてことは私のような人間にはできないのかもしれない。かえって悪を為しているのかもしれない」と思うようになった。

「助けてもいい人間と、助けても無意味な人間を見分ける能力なんて私にはない」と思うようになった。

「自分ひとりの人生でさえ、最後まで自分で引き受けることさえできないかもしれない無能な私が、他人を救済するなんてチャンチャラおかしいわ・・・」と思うようになった。

「地獄への道は善意で敷き詰められている」と言うが、寄付とか支援というものも安易にすると、かえって逆効果 なのかもしれない。

いつまでたっても他人の支援が なければ生きていけない人間や国を救済する理由が私には見えなくなった。

何のために?

以後は、もうハッキリ顔の見える、活動内容の見える組織には寄付するが、日本赤十字だの日本ユニセフだの、国連関係だの、中央官庁の役人の天下り先団体だのには寄付をしなくなった。

ただでさえ、高い税金を払っているのだから、もういいよ。

ああ、こういうこと書くと、また「それでも先生ですか?」と言われるんだろうなあ。

「先生」だから搾取していいと思っている類の人間に。

<備考>

お仕事で海外体験が非常に多い方より、以下のコメントをいただきました。転載して、ここに紹介させていただきます。

(転載始め)
情に絆され寄付なんかしては、いけません。藤森さんの言う通り、ほとんどが団体の人件費に消えること、使途不明に消えること、実際いくら現場で使われているか、誰も解りません。

昔、シリアとヨルダンの国境にあるいるビッドと言う町で、マーケットにコンテナを置いて衣類や、毛布を売っている人が居ました。品物は日本からWHOに寄付されたコンテナです。話によると、WHOには援助物資を横流ししている連中がいるそうです。

他の途上国でも援助物資コンテナを何回か同じように広げて商売しているのを見てから以降、色々な寄付は止めました。

特に赤十字、自衛隊を語る団体(市長が音頭をとっていた)、年末助け合いの色々な寄付、国内外の震災・災害の寄付は、ほとんど現場には届かないと考えられます。

最近では、南米の震災国へまったく金が届かずアメリカの某財団に流れた例があります。
(転載終わり)

それでも先生ですか?

本日は2016年12月25日日曜日だ。

何も予定のはいっていない休日だ。

2016年最後の日曜日だ。

ソファに寝っころがって炬燵代わりの寝袋に身体を蓑虫みたいに入れてヌクヌクしながら、冬の午後の青空を眺めてる。

名古屋には明日帰る。

その前に掃除しないとなあ……

ボケっと青空を眺めてると、記憶が蘇る。

10年くらい前かなあ、もっと前かもしれない。

前の勤務先の大阪の桃山学院大学の学生さんからメイルが来たことがあった。

他学部の名前も顔も知らない男子学生だ。社会学部の社会福祉学科の学生だったと思う。

内容はと言えば……

「いつも行くコンビニの前にホームレスの年配の男性が座り込んでいます。コンビニの店員さんは無視してます。そのホームレスの人は病気なのか、非常に辛そうです。何とかしてあげることはできないのでしょうか」

とかいうものだった。

なんで、こーいうメイルを他学部の教員に、担当科目の教員でもない人間に出すかねえ?と思いつつ、私は返信した。

「あなたにできることは何もありません。できるなら、このようなメイルを私に出す前に自分で考えて何かしているでしょうから。あなたは、気の毒な人を目にしても、何もできないし、実は何もする気もない自分を直視して受け容れることができないだけです。自分の力で生きることができる人間になることだけ考えてください。自分ができもしないことを考えないこと。ましてや、他人にどうしたらいいでしょうかなどと、いかにも良い人ぶって質問して、自分を慰めないことです。人は他人を救えません。自分で自分を救うことだけ考えなさい。まだ経済的に自立もしていないくせに、慈善ごっこや社会福祉ごっこはやめなさい」

というような内容の返信をした。

それに対して、返事があったのかなかったのか、もう覚えていない。

非難批判のメイルがあったのかもしれないけど、忘れてしまった。

「それでも先生ですか?」と言うようなメイルはあったのかもしれない。

私は、「それでも先生ですか?」という非難をよく受ける。

それは、本当のことを言ったときに受ける非難だ。

ということは、「先生」というのは、できもしないことを言い立てて、非現実的な綺麗事や気休めを言う人のことらしい。

そんな類の「先生」の言うことなんか間に受けてる生徒や学生や大人がいるとしたら、ハッキリ言って馬鹿である。

ちょっと頭の確かな生徒や学生ならば、「まあ、先生の立場ならば、こーいう綺麗事や気休めを言うしかないもんな……立場上はしかたないもんな……」と教師に同情しこそすれ、いかにも正論であるが意味のないことを言う教師の言うことなど本気になどしない。

ちょっと頭の確かな生徒や学生ならば、世の中とは、地上とは、そういうものなのであるから、それについてシノゴノ言っても変わりはしないのだから、それはそれとして、弱肉強食的な世界の特権層が作っているシステムの下層に位置する人間としての自分は、どう生きるかねえ……と考える。

たとえば、私はカトリックの南山大学の学生時代から、カトリック教会という組織の胡散臭さについて少しは知っていた。

バチカンというのがろくでもない組織で、教会の存続のためには何でもしてきたし、宣教師という人々がアジアやアフリカ植民地化の尖兵であり、帝国主義推進の斥候みたいな人々であることを知っていた。

私の卒論も修論もマーク・トウェイン(Mark Twain:1835-1916)だからね、キリスト教組織の闇の部分については知識があった。

最近、話題になってるのは「バチリークス」(Vatileaks)だ。バチカンの秘密文書流出事件、マフィアとの関係、ナチスとの関係……ブラックマネーにスイスの銀行との深い絆。

http://www.afpbb.com/articles/-/2881645?pid=9041162

バチカンが何をやってるかわからない類の秘密結社であることは、ほんとは20世紀初頭から世界の常識だった。

まあ、どういうことか1942年昭和17年にバチカンと日本が、英米の猛反対にも関わらず国交締結したとか、どうも日本の皇室とバチカンとは深い関係があるらしいということは、つい最近まで私も知らなかったけれども。

それはさておき、カトリック教会という組織の胡散臭さを知った私から見たら、当時の南山大学の教員の25%を占めた神父さんたちは大いなる観察対象であった。

この人たちは、自分の属する修道会の元締めのバチカンの闇の歴史についてどう考えてるんかしらね…

それと自分の信仰の折り合いをどうつけてるんかしらね……

まあ、食っていくために修道会に入ってるだけかもねえ……

カトリック教会って生活共同体で大家族みたいなもんで、老後も大丈夫だしな……

つまんね〜〜程度の低い世間と関わるより、気楽でいいかもね……

つまり、私が言いたいことは、少しでも物を知った学生からすれば、「教師」というのは気の毒な存在であるということなのだ。

模範にするとか、教えを請うとか、教えられて救われるとか、そーいうもんじゃない。

非力無力な教育サーヴィス労働者なのに、なんかエラソーに清く正しく美しいことを言わなきゃならないって大変よね、それが人間の生き方だよね、そういうのが世の中ね、と教えてくれるという意味で、教師は教えてくれる存在である。

この世界の仕組みの一部を体現してくれているという意味で、本音と建前の二重構造で生きるしかない人間存在のサンプルであるという意味で、教師は生きた教材である。

その意味で、教えてくれる存在なのだ。

親だって、同じ生き方をして社会生活を送っているのだけれども、親は身近過ぎて、客観視できない。

この社会に生きるということは、平和に仲良くね〜〜と綺麗事を言いながら、しっかり闘い続けるということだ。

勝たないまでも負けては絶対にいけないと思って生きるということだ。

そこんとこわからないし見えない思考力も観察力もない低脳が、「それでも先生ですか?」と言う。

もしくは、先に例に出したメイルのように、自分の非力を直視するかわりに関係ない教師に訴えて、あわよくば教師を使役して何かをさせようとする。

自分にできもしないことを他人に求めるんじゃねーよ。

ああ〜うざ。

退職したら、「それでも先生ですか?」と言われないですむ。

ほんと、こいつら全部、火炎放射器(古いな)で焼き払いたい……

とは私は思わない。

「それでも先生ですか?」と言う類の人々は、根深い依存心に巣食われている。

恐怖に満ち満ちた気の毒な人々である。

こーいう人々は、小学校でも中学校でも高校でも、素直な人々であったのだろう。

teacher’s pet でいたかった人々なのだろう。

しょうもな。

その根深い依存心のために、傷つくことも多かったのだろう。

期待はずれが蓄積されてルサンチマンいっぱいなのだろう。

全ては自業自得なのに。

その依存心は、社会人になっても、会社が悪い、政府が悪い、他人が悪い、自分を理解して優しくしてくれない世間が悪いという方向に行く。

そもそも、会社が悪くて、政府が悪いのは当たり前だ。

そもそも、他人があなたに関心がないのは当たり前だ。

ほんとうのほんとうのところは誰でも他人の生き死には関心がないのも当たり前だ。

いちいち言い立ててもしかたないことだ。

歴史を学び、自分という人間を徹底的に直視すれば、そんなことは当たり前のことだ。

この世界は、あなたを安穏とさせてくれる揺籠ではない。

他人は、あなたを安心させて優しく受け容れてくれる幻のママではない。

外部に依存するということは、外部に悪(犯人)を求めるということだ。外部に原因を探すということだ。

そんな類の依存心の進む道は果てしない泥沼だ。

「先生」というのは、その類の依存心のターゲットになりやすい職のひとつでもある。

まっこと賤業ですわ。

もうすぐ賤業にさようなら。

福山は美味しい

本日は2016年12月24日土曜日だ。

一昨日の22日にゼミ生7人が無事に卒業研究論文を提出した。

1名が不登校で卒業不可で卒論も書かずなので、それだけは残念だ。彼も卒論提出できたら完璧だったのになあ。1人のゼミ生を残して退職するのは残念だ。

都市経営学部は卒論は、来年1月11日でも12日でも提出できる。

12月22日に早々提出したのは、150名ぐらいの学生のうち3分の1くらいかなあ。

ちなみに提出者第1号と2号は、私のゼミ生であった。

うちのゼミ生女子は、みな美人である。

だから何?

いや別に……

22日の夜は、大黒町の「地中海FUKUHARA」というレストランで「卒論提出お祝いお食事会」であった。

このお店のカウンターで1人で食いながら、オーナーシェフさんと「脳がお花畑の左巻きマスゴミ」批判をしているのは楽しい。

22日は別のゼミの学生も誘って9人で大いに飲み大いに食った。

今時の若い子は、ああいう会食の席でもスマホでゲームをしてる。

生まれた時からゲームもインターネットも自然環境だった世代だ。

みな就職先は決まってる。あとは卒業研究発表会だけだ。

解放感と疲労が混じった晩であった。

翌日の23日は昼過ぎまで爆睡した。

だけど夜は、霞町の「なかくし」という和食店で、とりわけスッペシャル&スペッシャルに美味しい創作懐石料理を楽しんだ。

このお店は私が知る限り福山市で一番美味しい和食を提供してくれる。ミシュラン店でもある。

友人知己や昔の教え子が福山に来て夕食をいっしょにの場合は、だいたいがここでお世話になってる。

昨日も、岡山から年下のFacebook友だちの女性が遊びに来てくれたので、「なかくし」さんだ。

お料理の器や盛り付けの美しさと同時に美味に、話も大いに弾んだ。

本日の24日は、奈良津町のフレンチ・レストラン「兼山亭」でクリスマス・ディナーを楽しむ予定だ。

岡山から知る人ぞ知る料理研究家の方をお呼びしてのクリスマス・ディナーである。

クリスマス・イヴにひとりで福山の自宅でメシ食っててもなあ……ということで、私も侵入させてもらうことにした。

この「兼山亭」をネット検索しても出てきません。

このレストランは、ご自宅の一室で開かれている。知り合いや友人や紹介のあった人のみが予約できる。東京あたりだと、そういうレストランも少なくないらしいけれども、福山では、この「兼山亭」だけだと思う。

このレストランでも、ゼミの食事会をお世話になった。

すっごく美味しいと学生たち大喜び。

うちのゼミ生は、みな行儀よくマナー良く食べるんで嬉しい。

このオーナーシェフの方も、これまた私のFacebook友だちの年下の女性である。

この方は、ご自分のレストラン経営のために、美味しいと聞くお店はジャンルを問わずにリサーチにいらっしゃる。

覆面で厨房でアルバイトなさったりもする。

「あのお店の厨房は不潔なんです……」と、こっそり教えてくださる。

この方の情報を頼りに私も未知の店を探検したり、彼女に連れて行っていただく。

年明け1月7日の夕食の予定もすでに決めた。

ここまで書くと、こいつはアホか、食うことばっかりじゃねーかとお思いでしょう。

そーなんすよ。

食うことばっかなんすよ、私。

若い頃から色気より食い気。

で、デブッた。

で、肝臓を悪くした。

特に手足の短い低身長の女性は肝臓を悪くしやすいんすよ。

小さい肝臓しか装備してないので、小さい肝臓は大量の処理活動を強いられると故障する。

手足が短くて低身長ってことは内臓という処理工場も小さいのよん。

心臓も小さいの。

でも、心は広いのよん。

私もさあ、大の男並に食ってちゃあ病気になるよね。

小型車が戦車並みに燃料を食っちゃいけません。

みんな福山に美味しいお店が多いからいけないんよ。

福山って、美味しいお店がとても多い。

そのことは知る人ぞ知る事実である。

知らない人は、福山市民でも知らない。

オムライスとカツと野菜サラダとお味噌汁(か、ワカメ汁)セットを1150円で提供してくれる「ともんちゃ」という洋食店が、福山駅近くにあることを知らない福山市民も多い。

ハンバーグやトンカツならば、春日町の「豚喜」(トンキ)が美味しい。

どこが美味しいか情報は、学生さんからももたらされる。

福山市の中心地の飲食店の多くには、アルバイトとして、うちの多くの学生さんが潜入している。

福山市立大学は、福山市内の飲食店に非常に良質の非正規雇用労働者を提供していることにおいて、福山市に大きく貢献している。

ほんとよん。

彼らや彼女たちが働いていて、そこの「賄い」が美味しいと聞くと、じゃあ、そのお店に行こうかとなる。アルバイトに出す「賄い」が美味しいならば、客に出すものも美味しいに違いない。

それで行ったのが、延広町の「春秋」であり「魚魚」(ぎょぎょ)さんだ。

どちらも、うちの学生さんを多く雇ってくれてる。ありがとうございます。

彼らや彼女たちが働いている「お店の大将たちが憧れているお店」というのがある。

その名前を学生さんから聞き込むこともある。

それで行くようになったのが、昭和町の「てっせん」だった。ここもミシュランから星をもらってる。

ここも美味しい!!

イタリアンも美味しいお店が多い。

福山駅から岡山方面に5分ほど歩いたところの新幹線ガード下の「ヴォナ・ヴィータ」とか。野菜サラダのドレッシングにオレンジジュースを利用している。ウニのクリームパスタ最高。焼きエンドウ最高。

中央図書館そばの「エルヴァ」も美味しい。ここもミシュラン店だ。

ここのオーナーシェフさんは歌舞伎の海老蔵をもっと温厚に知的にまともに紳士にした感じの美男である。

どんだけ美男かわかるっしょ。

フレンチもミシュラン2つ星のお店がある。

タイ料理もいいよ。「パーパータイ」だ。

中央図書館近くにもあるし、福山駅近くにもある。

韓国料理も美味しいお店があるらしい。

残念ながら、フレンチ2つ星店と韓国料理店は、行く機会を逸している。

試していないから、突撃レポート書けない。

だから、お店の名前は書かない。

みな、リーズナブル価格である。

なにゆえか、中華料理店だけは不作のようである。

ホテル内レストランも不作だ。飢饉と言うか、餓死状態である。

福山で一番の格式を誇るホテルである「福山ニューキャッスル」のフレンチは、最高に不味かった。

結婚式の披露宴でよく使われるそうなんですがねえ。

最近シェフさんが変わったそうだから、再挑戦してもいいけど、最初の体験のトラウマが大き過ぎた。

最初のゼミ生の卒業お祝い食事会を、そこで開いた。2014年の3月に。

いろいろな面で、ひどかった。

食った気がしないので、フルコース終わったあとに、ピザを注文した。

そのピザでさえ不味かった。

あまりのことに、みなで爆笑した。

せっかくの卒業お祝いディナーだったのに!!

頭に来た私は、Facebook友だちから、そのホテルの社長のアカウントを教えてもらって、苦情をメッセージで送った。

ご丁寧なお返事はいただいた。

あのホテルでアルバイトしている学生さんによると、「あそこに行くのが間違い」だそーである。

早く言えよ……

毎年、あそこで福山市立大学の卒業パーティがあるが、私は参加しない。

誰が行くか。

不味いものにカネは出さない。100円でも嫌だ。

不味いものなら自分でも作れる。

福山市立大学の退職とともに、私は名古屋に帰る。

福山を去って、何よりも悲しいのは、美味しいお店に気楽に行けなくなることだ。

福山には美味しいお店が多い。

なにゆえか、飲食店の味の水準が高い。

瀬戸内海の海の幸を安く美味しく提供してくれるお店は多い。

福山ではひとり暮らしの私にとって、福山暮しの一番の喜びは、それらの美味しいお店通いだった。

学生とも、それらのお店でよく食べた。

私のゼミ生は、ゼミ内容なんか覚えちゃいない。

いっしょに美味しいものを食ったことしか覚えていないと思う。

それでいいよ。

companion。コンパニオン。コンパニョーン。

「仲間」って、フランス語で「いっしょにパンを食べること」という意味だそーだ。

これはコンパのときに学生に教えてもらったことだ。

いっしょに飯を食う。

これが、家族や友だちや仲間がすることだ。

嫌いな奴とメシは食えない。

女子学生には言っている。「いっしょにご飯食べて不快じゃなかったら、結婚できるよ。いっしょにご飯食べるのを3回繰り返して、物の食べ方が気にならなくて、定職があれば、結婚してもいいよ」と。

実に雑な提言。

まだまだ、福山で行きたいお店は多い。

来年3月末に福山を去る前に、できるだけ、あちこち探検するぞ。

福山は美味しい。

福山市役所や、福山市立大学はさておいて、福山という「美味しい町」にご縁ができたことは、食いしん坊の私にとっては、ラッキーなことだった。

名古屋に帰っても、たまには福山に戻って来るぞ。

美味しいお店を再訪するために。

2017年2月2日木曜日に最終講義をさせていただきます!

本日は2016年12月20日火曜日である。

懸案のゼミ生の卒業論文も続々と完成している。

以下は、第1号提出者の写真である。

彼は、ゼミ担当教員が年度途中で退職してイラクの復興支援と調査に行ったので、わけのわからないままに、私のゼミに配属されてしまったのだけれども、頑張りました!

他のゼミ生たちも、よく頑張った!!

彼らや彼女たちは、ささやかな事ではあるが自力で成し遂げたことに誇りを感じているようだ。

ゼミ生たちの卒論完成以外にも、本日の私は、久しぶりに、ほんとうに久しぶりに嬉しい。

ワクワクしている。

胸が躍っている。

ドキドキしている。

なぜか?

ほんとうは、他の退職者とコミで40分ほど話す形式の最終講義のはずだった。

しかし、私は福山市立大学に来て、初めて我儘を言った。

「私の講義科目の時間に最終講義をさせていただきたい!!90分話させていただきたい!!福山市立大学に来てから一度も大講義室で講義したことがないので、大講義室で話させていただきたい!!」

これは異例のことなんよ。

異例を私は言い張った。

最終講義担当の副学部長に懇願して、認められた!!

まあ、「このオバハンというか、オバアサンも、頑張ってきたんだしな……かわいそうだから好きにさせてあげよか」と管理職も思ってくださったのであろう。

これで、私以降の都市経営学部の退職者は、私風の「最終講義」ができる。つまり、普通の大学が慣習としてきた「最終講義」ができる。

私の前に道はない。

私の後に道はできる。

前例を作ったぞ!

ということで、新年2017年2月2日木曜日の午後4時半から6時まで、「最終講義」をさせていただく!

福山市立大学の大講義室で!! うわお〜〜〜!!

題目は「アイン・ランド—-アメリカの国民作家になったユダヤ系ロシア人女性」だ。

2月2日は、奇しくもアイン・ランドの誕生日である。

ご来場自由です。

どなたでも聴講できます。

そうかあ、時間もあるし、聴いてやろうかーーとお思いの方は、どうか聴いてやってください。

生涯初めてで最後の(大学教員としての)藤森かよこの「最終講義」です。

「副島隆彦の学問道場」や「東京アイン・ランド読者会」でも、アイン・ランドについては講演させていただいた。

だけど、同じ話を「最終講義」では繰り返さない。当然だ。

私だって、「シン・ゴジラ」ほどではないが、これでも日々進化しているのだ。

肉体は、ババア化一直線ではあるが。

私のアイン・ランド理解も深まっている。アイン・ランド愛も深まっている。

世界情勢も変わってきている。

ドナルド・トランプの「アメリカ無血革命」(西鋭夫氏の言葉)も成った。

革命がどのように展開していくかは未知ではあるけれども。

これからの20年間は、まさに人類史における変動期だ。

人類が覚醒する時期だ。

心を自由にする時期だ。

いろいろな幻想を打ち破っていく時期だ。

「輝かしき新世界」が来るなんてことは言わない。

そんなもん来るはずはない。永遠に来ない。

人類は、いつの時代にも苦闘する。

苦闘しないと学べないでしょ。

苦闘しないなら生まれて来ても意味ないよ。

それでも、その苦闘の最中に、その苦闘を別世界から観察するような視野の自由さ、心の自由さは持てる。

この地上での世界での「自由」は、富裕層や特権層のものでしかない。

ほとんどの人間に自由などというものはない。

労働者に自由なんてものはない。

ただただ働き病み死んでいく。

私たちは奴隷だよ、どんなに格好をつけても。

しかし、この世界が一握りのエスタブリッシュメントと、その走狗の連中に操作されていることを認識して、この世界の外側から世界を眺める心と脳の自由さは持てる。

そこに人間の尊厳はある。個人の尊厳はある。

これからの20年間で、このような尊厳を自覚し生きる人間は一層に増えていくだろう。

いつまでも騙されていないよ、人類も。

こういうことを私が考えるきっかけを作ってくれたのは、アイン・ランドの著作だった。

アイン・ランドに出会わなかったら、私の心も脳も矮小な世界に閉じ込められたままだったろう。

ということで、2017年2月2日の午後4時半から6時までの90分を、いかに満たそうか、充填しようか。

お正月は、そのことばかり考えよう。

嬉しいなあ〜〜〜〜♫♫♩

ムチャクチャに幸福だ!!

All’s Well That Ends Well!

終わり良ければ全て良し。

私の福山市立大学での日々を、最高の幸福と感謝で終わらせます。

みなさま、お気が向いたら、どうぞ聴いてやってください!!

参加賞も何も出ませんが……

広島県福山市に新幹線止まります。

「のぞみ」だけですが止まります。

駅からバス出ています。

駅からタクシーで1000円出すとお釣りがちょっとだけ出ます。

私は、2017年2月2日の「最終講義」で、ひとまず自分で自分を焼き尽くすぞ。

自分で自分を焼き尽くさないと、新しい自分になれないぞ。

って、ニーチェの言葉をパクりました。

自分を空っぽにするんだ。

これ以上は何も出てきません、絞ってもでません!

と言うくらいに自分を絞り尽くそう。

って、これはDie Emptyっていうアメリカのベストセラー自己啓発本から、パクりました。

これ翻訳出てますよ。「空っぽで死ね」だったかな。

空っぽになるまで生き尽くさないから、不成仏霊になるんじゃ。

空っぽになるまで自分に負荷をかけないから、エネルギーが余っていつまでも生きるんじゃ、若い人の人生を介護で潰して。

さ、燃え尽くそう。空っぽになろう。

私が買って良かったもの(13) 湯たんぽ

本日は、2016年12月17日土曜日だ。

ほんとは、やるべきことはいっぱいあるのに、ついついサボる土曜日。

ゼミ生が提出した卒業論文の完成原稿の最終チェックをさぼっている。

22日が提出日だけど、前日の21日には私の研究室のテーブルの上に提出が私のゼミの決まりだ。

当日に何があるか、わからんもん。

火事か地震か津波か、停電か、大学のプリンターの故障か情報システムの不具合か、本人の急な高熱下痢眩暈か、不審者が学内乱入でレインボーブリッジ封鎖とか。

だから前日に提出。

だけど、今日は、仕事は何もしたくなかった。

明日できることは今日やるな。

でも、電子データで提出するのに、なんで紙媒体でも提出しないといけないのか?

その紙媒体卒論は大学に保管されるわけではなく、ゼミの担当教員のもとに戻ってくるのに。

なんで、印刷してプチ製本して教務課に提出しないといけないのか?

という質問に対して、ややこしい瑣末な決まりを作った張本人の年上の同僚は、「儀式的な意味がある!卒論は紙媒体で提出することに意味がある!」と宣った。

そう頑強に言い張ったくせに、この同僚はうつ病で長期休職し、ゼミを放り投げ、在職中はついに一度も卒論指導をしなかったのではあるが。

それはさておき、儀式的な意味ねえ……

儀式なら儀式にしよう〜〜〜遊ぼう〜〜〜いうことで、私はゼミ生の卒論提出時の写真をひとりひとり撮ることにしてる。

ゼミ生は「ピースサイン」をしてカメラ目線になる。

今時の若い子は照れない。

さて、しかし、今日は、その卒論のことも忘れた。

午前中は惰眠をむさぼり、午後は謎の天才中国整体師さんに凝った身体をほぐしていただき、そのあと50分間の漢方蒸しを愉しんだ。

private partを、もろもろの薬草を煮た水蒸気で温めると、身体全体が温まる感じで、いとよろし。

帰りに寄った福山市唯一のデパートの「天満屋」の地下には、かのチョコレートのGODIVAが出店していた! 素晴らしい!!

天満屋さんに私が入るのは年間数回ぐらいしかないので、いつGODIVAが入ったのか知らない。

GODIVAとは、言わずと知れたゴダイヴァ夫人のことだ。

ヨーロッパ中世の領主が領民に税金かけたろ、と思った。

領主夫人は夫を諌めた。

「なんてことするの。それじゃあ日本の財務省の役人じゃないの。税金とることしか考えてないなんて。人民から収奪するしかやることないの!」

夫の領主は言った。

「何を言っとるねん。支配者つーのは、人民を生かさず殺さず食わせて収奪するもんじゃ。何を綺麗事言っとるねん。あんたが真っ裸で馬に乗って領内を練り歩くなら、やめてもいいんだぜい」と。

ゴダイヴァ夫人は言った。

「じゃあ、やってやろうじゃないの!私の裸はまだ綺麗よ!!」

ということで全裸にアンダーヘアを見せることもためらわない勇気あるゴダイヴァ夫人は裸で馬に乗って領内くまなく回った。

領民たちは、扉も窓も閉ざして、ゴダイヴァ夫人の裸を見ないで、夫人の勇気に感謝した。

しかし、トムという男がこっそり窓から覗いた。やっぱり見たいじゃないの〜〜

peeping Tomだ。覗き魔のトム。

でもまあ、私だって覗くけどね。

というわけでGODIVA!

もちろん買った!買わずにすませられようか!

6年近くも住むとね〜〜「住めば都」とは良く言ったもので、福山駅周辺をヒョコタンヒョコタン歩いていると嬉しいのね〜〜〜♫♫

地方都市には地方都市の面白さや気楽さいうものがあるんよ。

歩いていても人とぶつかることはないからね〜〜〜♫♫

前置きが長い!

今回はひさしぶりに「私が買って良かったもの」であります。

冬の寝室を暖めるには、ずっとデロンギを使ってきた。

就寝数時間前にデロンギを設定して、就寝時に寝室が暖まっているようにしてきた。

でも、やっぱ、部屋は乾燥するよね。

長時間だと電気代もかかるのかな。

加湿器なんか掃除も面倒だから置きたくないし。

で、最近は湯たんぽが「復活」してるという噂で、去年あたりから「湯たんぽ」を使用し始めた。

湯たんぽ。

響きがいいね。

いかにも、ヌクヌクと暖かそうな平和な響き。

湯たんぽ。

Yutanpo!

Youtampo!

子どもの頃にも使ったのかもしれないが、覚えていない。

いまどきは、湯たんぽを入れるタオル地のカバーも売ってる。

使い出すと、「湯たんぽ」つーのは便利なもんだとわかる。

就寝数時間前に、「湯たんぽ」に熱湯入れてカバーに入れて、それをお布団の中に入れておけば、就寝時にはお布団の中ポカポカ。

昼間にソファに寝っころがってる時に「湯たんぽ」をそばに置いておけばポカポカ。

小さいプラスチック製の湯たんぽもあるから、そういうのをセーターの下に入れてもいいかもね。

カイロのかわり。

低温火傷に気をつけましょう〜〜♫♫

誰が考案したんかしらん。

もともとは、中国語だってね。

中国語で「湯湯婆 」と書く。

『千と千尋の神隠し』に登場する方でしょうか?

婆とは妻の意味だって。

奥さんの代わりに抱いて眠ったらしい。

ダッチワイフとか抱き枕か。

日本では室町時代から使用されていたそーだ。陶器製であったそーだ。

陶器製のほうが、金属製やプラスチック製より、ほんとはいいんだそーだ。

保温性が高くて「遠赤外線効果」があるそーだ。

遠赤外線効果って何?

なんか、熱湯を入れずに電子レンジで温めて使う湯たんぽも最近はあるらしい。

最初から湯たんぽ状のプラスチックの容器の中に保温性の高い液体が密閉されていて、それを電子レンジで加熱するというもの。

ただし、内部の高温の液体が漏れ出て利用者が火傷する事件が起きたので、この種の商品は今のところアウトらしい。

などと、あれこれWikipediaに書いてあった。

私の愛用湯たんぽは、2.5リットル入りで、ステンレス製で4,400円くらいだったかな。

名前は、まだない。

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ありのままのあなたには誰も用がない

本日は2016年12月14日水曜日だ。

今日の福山は朝から冷たい雨だったけれども、午後からは雲も晴れてきた。

ふと唐突に思い出した。

唐突にじゃないな。11日の日曜日に久しぶりに母校に行ったから思い出したんだろうなあ。

大学院の独身の男性の先輩が、たまたま私と私の独身の友人が写っている写真を見て、こう言った。

「僕なんか、この人にビビッと来た。是非ともこの人を紹介して」と。

私が30代最初の頃のことだから、先輩も友人も婚期の遅れた独身の30代であった。

あのね、1970年代や1980年代はね、いまほど未婚率は高くなかったからね。

先輩も友人も良いお相手がいるならば……とお見合いすることになった。

先輩は、すでに私立大学の助教授(今は准教授と言う)であったし、友人は美人のピアノの先生であった。

条件的には問題がないはずだった。

だが、友人は最初に会って直後に「このお話はなかったことに……」と断ってきた。

なんでかと言うと、互いに30歳過ぎているのでザックバランにお話しいたしましょうということで、居酒屋でおしゃべりしたところまでは良かった。

途中で先輩がトイレに立った。

帰ってきたら、ズボンのチャックが開いていたそーだ、

その姿が、「実にサマになっていた」そーだ。

それから居酒屋を出てふたりで駅まで散歩する感じで歩き出した。

そしたら、先輩が「ちょっと失礼」と言って、道端で「立ち小便」をした。

また、その姿が、これまた「実にサマになっていた」そーだ。

で、友人は思った。

「あの人物のズボラな無神経さは絶対に絶対に治らない。こーいうのは私は絶対に絶対に耐えることはできない。あそこまで自然にズボンのチャック開けっぱなし、あそこまで自然に悪びれず女性を待たせて立ち小便。ああいう気質は絶対に絶対に治らない」と。

で、固く固く、その縁談を断ってきた。

先輩は嘆いた。

あろうことか、私を責めた。

「あんた、友だち甲斐がない。なんで僕の弁護をしないんだ。僕は、ありのままの僕を見てもらいたかったんだ!」と。

で、私は思った。

こいつアホや。

こいつは「甘えのお化け」だ。

「ありのままの僕」って何だ?

こーいうことをほざく人間は、「世界のどこかに僕を丸ごと受け容れてくれる女性がいる」ということを無自覚に前提としている。

というより、「世界は、他人は、ありのままの僕を受け容れるべきだ」と思い込んでいる。

よく言うわ。

ありのままのあんたを受け容れる義理も義務も、世界にも他人にもないわ。

肉親にすら、ないわ。

ありのままのあんたなんか、なんぼのもんじゃ。何様のつもりか、アホ。

天皇陛下や皇太子殿下でさえ、ありのままに生きているとは思えない。

(皇太子妃殿下は知らんけど)

みな、この世界の中での役割を引き受けて、その役割を果たすために仮面をつけて生きている。

それが当たり前だ。

初対面の女性との会食の席で緊張もせずに、ズボンのチャックを開けたままにして、かつ立ち小便。

そんなもん独裁者のスターリンやヒトラーでさえ、しないぞ。

なんで、私の友人が、あんたのありのままを受け容れて愛さねばならないか。

そんな、みっともないありのままを。

私の友人は、お化粧もお洒落も、さり気なくも念入りにしてお見合いに臨み、「ありのままの自分」を剥き出しに見せつけるような甘ったれた姿勢は採らなかった。当然だ。

女は、そんな油断はしない。

だいたい、「ありのままの僕を受け容れろ」という要求は、一見ワガママで自我が強そうでいて、逆説的に言って自我が弱い。

ほんとに自我が強固な人間は、他人に自分を受け容れてもらわなくても平気だ。自分で自分を受け容れているから。

自分という素顔が安定しているので、いくらでも時と場合に応じて、仮面をかぶることができる。

30歳過ぎても、「ありのままの僕を……」とほざいている先輩を、それ以後、私は心理的に斬り捨てた。

こんな奴には誰も紹介せん!

まれに、男子学生なんかで、「僕のことをどう思いますか?どう見えますか?」と質問してくるのがいる。

どこまで、こいつ自分のことが好きなんか、不細工なくせにナルシストなんだな……と思ってはいけない。

こういうことを質問してくる学生の自我は、ほんとうは非常に脆弱である。

他人に自分自身について問いかける必要があるくらいに、自分が安定していない。

他人の言葉に依拠しなくては立っていられないほどに自我が脆弱なのだ。

こういうお子様ランチが「ありのままの僕を……」と言うのはしかたない。

お尻に、まだ蒙古斑が薄っすら青く残っている年齢の場合はしかたない。

しかし、30歳過ぎて、そんなこと言ってたら、スペシャル・ウルトラ・アホだ。SUAだ。

ええ?

結婚(するかもしれない)相手に対しても「ありのまま」じゃいけないのかだって?

限度があるでしょーが、それは。

結婚生活だって社会生活だ。

洞窟の中で、パンツをはいていない全裸の北京原人二匹が火を焚いてるのとは違う。

「仮面夫婦」とか言うけれども、仮面夫婦でない夫婦が存在するのか?

ありのままの自分をぶつけ合って上手くいく人間関係などない。

そこまで、ありのままの自分にこだわるほど、あなたの自分というのは、他人を必要としているのか?

いい年こいて、そーいう類の依存性をカッコ悪いと思わないのか?

なんで、そんなに暇なのか?

仮面をつけていない社員など、職場では邪魔だ。

素顔を見せるような店員など邪魔だ。

ありのままでいたら、ろくなことはないぞ、個人間も国家間も。

え〜〜〜いったい、何を私が言いたいかと言いますと……

「ありのままで〜〜♫♫」は、雪山でひとりだけで歌っていてください。

レリゴ〜〜レリゴ〜〜♫♫

真実は、ありのままのあなたには他人は誰も用がないし、興味もない。

自分で自分のありのままを愛して慈しんでいればそれでいいのであって、しょうもないことを他人に求めるのはやめましょう。

それは一種の搾取だ。

やらずぶったくりだ。

「ありのままの自分を受け容れろ」と暗黙に求める人間に限って、他人のありのままを受け容れる気はサラサラない。

無垢な子どもでさえ、親の前で演技して可愛く可愛くふるまってこそ、生き延びることができる。

Survival of the Prettiest 

ってタイトルの本が20年前くらいにアメリカで出版されたことがあった。

最も可愛い子どもが生き残れる。

美人はブスより生き残れる。

「適者生存」the survival of the fittestのもじりだ、もちろん。

「可愛くない子どもは虐待にあって殺され易い」ことをデータで説明した本でもあった。

可愛いガキでさえ、ありのままにしてると、可愛げがなくなくなり虐待にあうんだぞ。

まして大人なんて、ただでさえ汚いんだから、可愛げがなかったら、廃棄だ。

ありのままではなく、飾れるだけ飾るのが文明だ。文化だ。人間の華だ。

ということでありました。

『ゴジラ』の起源は田河水泡『のらくろ』だった!?

本日は、2016年12月12日月曜日だった。

本日はくたびれはてて、ついでに歯痛と眩暈でへばっていた。

歯が痛いつーのは、何ともならんなああ……

昨日は 名古屋で大学院時代の指導教授だったアメリカ人神父、御歳78歳の恩師を囲む会に出席するために、ほんとに久しぶりに母校の南山大学(Catholic University of Nagoya)に出かけた。

南山大学は、ドイツのカトリック修道会の神言会設立である。アジア侵略の尖兵だったイエズス会とは関係ない。

南山大学の同窓会事務局は、名誉教授対象に年に1度か2度ほど、「ダレソレ先生を囲む会」を開催している。

同窓会事務局によると、大学の会報で会についてアナウンスしても、ほんの少数しか卒業生が集まらない名誉教授もいる。

しかし、私の恩師のドイツ系アメリカ人神父を囲む会は、最多数の45名ほどの卒業生が東京や九州から集まった。

まあ、この神父さんは、お若い頃はハリウッド映画俳優顔負けの美男子だった。ほんと。

ついでに神父らしく実に温厚な方だ。ゆえに女子学生の 人気は高かった。

「囲む会」の出席者も、見事にほとんどオバハンばかりであった。

私のようなオバアサンも数名はいたな。

この神父さんのアメリカ文学のゼミに延べ8年間(修士3年&博士4年&研究生1年)ずっと出席していたおかげで、私はなんとか英語を聴くことや話すことに慣れた。外国語は話すよりも聴き取りが1番苦労する。

この神父さんは、アメリカ南部なまりの彼のゼミでの聴き取りや議論ができずに悩んでいる大学院の後輩に対して、「あのフジモリでさえ、最初はまるっきり英語はダメだったから、あんたも大丈夫。心配ない」と励ましていたそーだ。

で、あの、えらそーに大きな声で酷い英語をしゃべり散らかして恥知らずのフジモリでも、そんなもんだったのかと、後輩たちは大いに安堵したそーである。

昔から、私はろくでもないサンプルであった。


(やっぱ若作りしても、私は63歳だよなあ……神父さんは、相変わらず格好にこだわらない方である)

それはさておき、南山大学は私の名古屋の住居と徒歩15分か20分しか離れていない。そんなにご近所でも、行かないもんだ。

南山大学のキャンパスは、フランク・ロイド・ライトの弟子だったアントン・レイモンド設計なんで、美しい。レイモンド亡き後は、レイモンドの日本人弟子の事務所が設計建築にずっと関与している。

「ハウステンボスか桃山学院大学か」というほど、私の前の勤務先の桃山学院大学のキャンパスも美しい。しかし、南山大学のキャンパスは格別だ。ほんとよん。


(今は就職支援センターらしいけど、昔は大学院生研究棟だった。若き日の私の棲息場だった)

ところで、昨日、私は「大発見」をした!

年度中に退職してイラクに行った同僚から引き継いだ4年生男子学生3名のうちのひとりの卒業論文のテーマが「太平洋戦時下の『少年倶楽部』に表出された男性性」である。

最初から私のゼミ生であれば、こんなややこしいテーマは私は許さない。文献調べて整理したら書けるような類のテーマの方が楽に決まってるから。

だいたい、このテーマならば、太平洋戦時下の『少年倶楽部』だけ調べてもしかたない。

太平洋戦争前と戦後の記事も調べないと困る。比較検証できない。

『少年倶楽部』は1915年くらいに創刊されて、1946年に廃刊された雑誌だ。執筆陣が豪華だ。大正時代には、当時の文学博士とか法学士とか医学博士に理学博士に司法大臣に陸軍大将や陸軍大尉や海軍大尉が寄稿している。

一時期は旧制中学受験雑誌化したが、基本的には立身出世志向のエリートの卵養成少年雑誌だ。 

もしくは、そういうエリートの卵に憧れる少年の雑誌かな。

出版社は、「大日本雄弁会講談社」だ。今の講談社の前身。

佐藤紅緑や佐々木邦やサトーイチローが寄稿するようになったのは、昭和に入ってからだ。

ところが、当該学生は太平洋戦争時期の『少年倶楽部』の記事しか調べていなかった。

アホか、どーするねん。

もうこの時期に及んでは、東京の国立図書館に行って『少年倶楽部』の当時の現物を調べてコピー取ってる時間はない。

どーするねん。

と、私は、ついFacebook で愚痴った。

そしたら、畏友の国際安全保障研究者の松村昌廣氏が、「のらくろ」を読めばいいんじゃないかと提案してくれた。

「のらくろ」とは、1931年から41年まで、この雑誌に連載されていた田河水泡の漫画『のらくろ』のことだ。

孤児の野良犬が陸軍の「猛犬連隊」に入所して、ブルドッグ連隊長に可愛がられて、刻苦勉励し手柄をたて、二等兵から上等兵へ、軍曹から曹長になり、士官学校に入学させてもらって、最終試験に合格し、憧れの将官となり、小隊長 となり、ついには大尉に出世する物語だ。

この漫画は、勝ち戦であった日中戦争時代で終わっている。だから明るい。

この漫画と太平洋戦時下の記事とを比較すれば、なんとかなる。

ゼミ生の卒論は形がつく。

さいわいに復刻版全10巻は古書店で入手できる。8000円から1万円くらいで売ってる。

戦前に箱入りで単行本化されたものが、1970年代に復刻されて結構売れた。

当時は、戦前の『少年倶楽部』を読んで育った人々が、まだ大量に生き残っていたから。

ということで、急遽、私も『のらくろ』全10巻を古書店から取り寄せて読んでみた。

で、大発見!!

すごい発見だ!!

『のらくろ』全集の第5巻『のらくろ小隊長』に「古代の恐竜の生き残り」と戦うというエピソードがあった!

えええええええ?

漫画に描かれた恐竜は、まさしく私が愛するゴジラではないか! 

ゴジラだよおおおおおおおおおお〜〜〜!!

映画『ゴジラ』を監督した円谷英二氏は1901年生まれ。

のらくろ小隊長が恐竜の生き残りの怪獣と戦う漫画が掲載されたのは1935年くらい。昭和10年くらいだ。

円谷英二氏がゴジラを構想したのは、アメリカ映画の『キングコング』を見たからだというのが定説である。

1935年当時34歳の円谷英二氏が『少年倶楽部』の愛読者だったとは思えない。

それでも、1935年に人形アニメ作品『かぐや姫』を発表した新進気鋭の映画人であった円谷英二氏は、同年に瀬野光世氏によって製作されたアニメ『のらくろ二等兵』や『のらくろ一等兵』を見ていたに違いない。見なかったはずはない。

その後に単行本化された『のらくろ小隊長』を読んでいた可能性は大いにある。

戦後の円谷英二氏のゴジラ製作には、『のらくろ』がヒントを与えたのは確実だと思う。

私が知る限り、このことに言及した情報はないけれども、間違いない!

ということで、思いがけずに、私の永遠のアイドルのゴジラの起源に遭遇した12月の夜だった。

しかし……

ほんとに卒論指導はくたびれる。

ゼミ生の卒論製作の伴走は、7人もいるとくたびれる。

それでも、提出日の12月22日まで駆け抜けよう。

歯の痛みなんかに構ってはいられない。

オーディション番組こそポピュリズムの華

本日は2016年12月7日水曜日だ。

ポピュリズム(populism)を「大衆迎合主義」とか「衆愚制」みたいに思っている方、それは、あなたが日本のメディアに騙されているだけ。質の悪い学者がメディアで垂れ流す言葉をほんとうと思っているだけ。

ポピュリズムは、エスタブリッシュメント(既成支配層)に好きにされている政治や経済状況に、「いい加減にしろ!国民の圧倒的多数を占める人民を足蹴にするような政治や経済じゃあ、しかたないだろ!努力しても食っていけないシステムを変えろ!」と大衆の声を突きつけることだ。

トランプさんはポピュリストとして、日本のメディアにも散々と悪口書かれた。

会田弘嗣さんという人も、典型的アメリカ民主党政権リベラルの立場から『トランプ現象とアメリカ保守思想』という著書で、トランプさんを新右翼(New Right)と断じていた。

アメリカに住むアメリカ人の利益が1番で、アメリカの国益=アメリカの圧倒的多数の国民の利益が第一で、そんな遠い中東のことなんか知らんと言うと右翼でポピュリストなんか。

日本も自主防衛せい。アメリカだって財政状況は苦しいんだから、日本防衛なんか知らん。自分の国は自分で守れ。そんときはアメリカの武器をいっぱい買ってね、と言うのは右翼でポピュリストなんか。

至極あたりまえの、もっともなことじゃないか。

自分の国の利益を考えることは、自国民の暮らしが成り立つようにするためなら何でもやるってことだ。

ポピュリストでない政治家なんて、国民にとっては存在価値がない。

財団を立ち上げて、その財団に巨額の寄付をしてくれるならば、国家機密情報だろうが何でも売ることは、リベラルで正しい政治家なのか?

大義だかグローバリズムだかオープン・ソサイエティだか知らんが、自分の頭の中の妄想を実現させようと世界を社会工学(social engneering)的に変えちゃおう〜〜〜と、よその国々の政治や文化を引っ掻き回すことが、リベラルで正しい政治家なのか?

アホか!

という怒りがポピュリズムである。

しかし、政治家は大変だ。

大衆というのは、十把一絡げの人民ではなく、いろいろいる。

こんなん生きててもしかたない愚民でも食わせないといけない。

だって、保育園の子供の声がうるさいと保育園に苦情を言ったり、除夜の鐘がうるさいと寺院に苦情を言う強烈な馬鹿もいるもんなあ。

そんな馬鹿にも人権はあるんだから。

政治家は大変だなあ。

だから、もっと大きな視野から考えれば……国民のための政治なんかせんでいいわ、こいつら生きてハンバーガー食ってコーラ飲んでスマホいじってTV見てるだけなんだから、こいつらのことなど考えんでいいと確信犯的に考える政治家がいる(であろう)のも、理解できる。

さらにもっと大きな視野から見れば、地球の健康な存続のためには、人類は多過ぎるので、うんとこさ減らそう〜〜それこそ正義である!真に理想の社会を構築するためには、こいつら要らん……と考える博愛主義者がいても、おかしくはない。

ポピュリストの気持ちは実感としてよくわかる。

同時に、グローバリストやNew  World Order推進者の気持ちも想像はつく。

たださあ、私は今やインターネットのYouTubeで拡散されている各種のオーディション番組の録画を見ていると、やっぱり、ポピュリストの方が正しいと思う。

たとえば、Britain’s Got Talent とか、その各国版とか、American Idolとかのオーディション番組見ていると、ほんとに世界中に凄い才能の持ち主が名も知られずに生きているのだなあ……と感心する。

どんなに無名で貧しくとも、専門の教育など受けていなくても、なんのコネもなくとも、参戦できるのがオーディション番組だ。

ただ冷やかしに来ただけなんかなと思われた中年の野暮ったいデブのオバサンが、実に澄んだ美しい歌声を披露して、観客を涙ぐませる。https://youtu.be/4KUpKXUSpfM

不細工でデブの携帯電話のセールスマンのお兄さんが、素晴らしいテノールでオペラを歌う。https://youtu.be/o5GUM8E0xPI

すごく内気そうな、若いのに化粧もファッションも冴えない女の子が、素晴らしくセクシーな低音で観客を魅了する。https://youtu.be/4KUpKXUSpfM

中年過ぎのオッサンたちが5人も舞台に立つと、舞台が暗く淀むが、踊り出せば身も軽くキレも良く観客を楽しませる。https://youtu.be/ggswWVZ8zKA

いかにもいかにも学校で虐められそうなひ弱な男の子が、虐め(bully)を諌めるラップを歌い、世の虐められっ子たちに勇気を与える。https://youtu.be/g3Rf5qDuq7M

どう見ても特徴のなさそうな風貌の日本人の若者のダンスが奇抜秀抜卓抜で、アメリカの観衆の心を掴む。https://youtu.be/cn-NsWRtaSY

オーディションこそ、ポピュリズムの華だ。

圧倒的多数の人民の中にこそ宝がある。

地上を社会を楽しく多彩に生き生きと面白くするのは、圧倒的多数の人民の才能の開花だ。

その未だ世に出ない才能を発掘することがオーディションだ。

パフォーミング・アーツ(performing arts)は観客を魅了して感動させれば勝ちである。

「M-1グランプリ」は観客を笑わせることができれば勝ちである。

こんなに勝ち負けが明解なのもない。

アマチュアもプロも関係ない。

学歴も家柄も容姿も関係ない。

観客は感動すればスタンディング・オベイションをする。

歌やダンスなどのパフォーミング・アーツ以外にも、世に隠れた才能はいっぱいにあるに違いない。

そういう才能もオーディションできればいい。

アメリカのYouTube見てると、政治家のスピーチの映像がいっぱい視聴できる。

あれだってパフォーミング・アーツみたいなもんだ。

現代の日本の政治家のスピーチはパフォーミング・アーツになっていない。

政治弁論のオーディション番組もあるといい。

普通の主婦がすごい政治的アジテーションができるかもしれない。

高校生が理路整然と爽やかに国防を語るかもしれない。

90歳近くの高齢女性が年金制度改革について語るかもしれない。

ちょっと前まで国家公務員だった男性の暴露話もいい。

元自衛隊員が訴える自衛隊員の待遇の改善とか。

彼らや彼女たちから、ほんとうに国政や 地方行政に入る人々が出るだろう。

この世に生きる圧倒的多数の人民の持つ才能やエネルギーを埋もれさせないために、各種のオーディション番組が乱立するといい。

ひとつのテーマを15分以内にいかに面白くわかりやすく教えるかで、教師のオーディション番組があれば、日本の教師の刺激になる。

T-1グランプリね。「先生のグランプリ」よ。

教師で食っている人間じゃなくても参加できる。

おそらく、国立の教育大学(や教育学部)出身の教員はボロ負けする。

絶対だって。

賭けてもいいね。

勝つのは、ほとんどが学習塾の先生になるんじゃないか。

地球の資源のうち、豊かにあるけれど使われていないのは人的資源だ。

官庁や大企業は、かなりの新人をコネで採用している。

マスコミは特にそうだと聞く。

大手新聞社とか放送局とか。

国連もそうだと聞いたことある。国連で働いていた人から聞いた。

地方の教員採用なんて、情実が相当に多い。

適材適所なんて、全くできていない。

圧倒的多数の人民の埋もれている才能の発掘と開花を促進させるシステムが、構築されるといい。

どんなシステムがいいのかなあ。

八百長ではないオーディションや公募というものこそ、民主制の華だ。ポピュリズムの華だ。

審査できる人間がいるのかって?

審査員のオーディションもやろう。

(備考) 畏友の国際安全保障学者の松村昌廣氏によると、ポピュリズムは「百姓一揆」のようなものだ、そうです。なるほど。