#697 6/18/2025 映画『国宝』寸評 あれ?これって孤児が歌舞伎役者になって国宝に成り上がっただけの話だったの?

kayokofujimori のアバター投稿者:

本日は2025年6月18日水曜日です。

昨日の午後おそくに、『国宝』を近郊の町のシネコンまで行って見て来ました。

そのシネコンは、名古屋市内の映画館よりいつも確実に空いているから。

人混み混雑は嫌だ。

以下に映画を観ての感想を箇条書きで書きます。

① 3時間の長さですが、その長さを感じさせません。実感としては2時間かな。3時間だとトイレが心配ですね。トイレが近い夫は2回もトイレに行ってましたが。

② 芸道ものではありますが、芸を極めていくプロセスがじっくり描かれているのではなく、いわば「歌舞伎の巌窟王」みたいな波瀾万丈のジェットコースター展開です。

ですから、退屈しやすい今どきの観客も大丈夫です。どちらかというと日本の芸道ものというより、善きにつけ悪しきにつけ韓国ドラマ的展開です。

③ 主人公を演じる吉沢亮(長崎の極道の息子で孤児となり歌舞伎役者の家に引き取られる)も、彼の宿命のライバルを演じる横浜流星(主人公を引き取った歌舞伎役者の御曹司)も、とてもよく健闘しています。

歌舞伎を見慣れた観客からすれば、歌舞伎の所作や、踊るときの身体の動きとか、声の出し方とか不満はいろいろあるでしょう。しかし、1年半ぐらいの特訓であそこまで歌舞伎っぽく見せることができるのは、すごいことです。

④ 脇役の田中泯がいいです。伝説の老女形を演じて、歌右衛門を思い出させます。彼は、自分の人生の最後にわざと安い宿屋の醜い部屋に床を敷いて、そこに横たわりつつ、主人公に言う。「この部屋は美しいものが何もないので気楽でいい」と。

生涯、美しい女という幻を舞台に出現させる女形として、心身に負荷をかけて血の滲む努力をしてきた人間の安堵と解放感が伝わる言葉です(これ原作にあったかなあ?まあ原作を読んだのは去年か一昨年だったので、細部は覚えていないです)。

⑤ 脇役では、歌舞伎の興行会社三友(松竹がモデル)の社長の下についている社員竹野を演じる三浦貴大が印象的です。百恵さんのご次男ですね。この俳優さん、私は好きです。ご両親に似ていないのでいいのです。

竹野は、歌舞伎の家に生まれたわけではない喜久雄には歌舞伎役者としての未来はないと言いつつも、主人公が歌舞伎役者としての精進を重ねていく人生を見守っています。

ついには主人公の非凡さとクレイジーさに静かに感嘆します。この人物は原作に出てたかなあ?まあ、原作と映画は別物なので、いいんですが。

⑥原作にはないシーンとして、人間国宝になった喜久雄の前に、彼が京都の芸妓に産ませた娘が成長して現れます。この娘が父に言う言葉は、原作も読んでいないし、あんまり映画も見ていなくて、映画の解釈もしないタイプの観客の理解を促して効果的です。

⑦ともかく、歌舞伎の有名な演目がちょこちょこ出てくるし、大阪の松竹座や京都の南座や東京の歌舞伎座などの劇場が出てくるのが嬉しいです。

名古屋の昔の御園座が今でもー残っていれば、御園座も出てたかもね。今の御園座は出なくていいです。

⑧主人公の喜久雄を引き取った歌舞伎役者花井半二郎(渡辺謙が演じる)が、糖尿病で舞台を休まざるをえず、代役に息子ではなく、部屋子の主人公を選び、「曽根崎心中」のお初の特訓をします。そういう特訓シーンもいいです。

「お初を生きていないから、お初として死ねんのだ!」と怒鳴られた喜久雄が、役を役ではなく、自分の人生として生きることに覚醒するシーンなんかいいです。

うーん、役を生きるなんて、本物の歌舞伎役者でも滅多にできていないですけどね。形をなぞっているだけの役者の方が多いですけどね。

⑨喜久雄は芸の力だけで、失踪した御曹司のかわりに、三代目花井半二郎を襲名しますが、その襲名披露の舞台で二代目が倒れ亡くなります。

それをきっかけに、喜久雄が極道の息子であること、隠し子がいることなどがスキャンダルとして週刊誌に報じられ、彼はドサ周りの役者として不遇の生活に入りこみます。

あほらし。歌舞伎役者の隠し子なんか当たり前だ。歌舞伎役者の下半身系スキャンダルなんて普通だ。

本人が極道ならいざ知らず、父親が極道なんて、そんなこと、いくら昔の1980年代でも、問題にならんわ!リアリティなし。

⑩ しかし、女優の扱い方が雑な映画だ。言い換えれば女性の描き方が雑な映画だ。原作はもっときめ細かいぞ。

まあ、映画そのものが長い原作のダイジェスト版だから、女性キャラクターまで手が回らなかったのかな。

さて、私が最も気になったのは、映画の最後。

この最後のシーンのために、この映画は単なる、「孤児から国宝に成り上がった歌舞伎役者サクセスストーリー」になっちゃった。

違うでしょう!

そこは、そうじゃないでしょう!

あんな終わり方では、物語世界が矮小になっちゃうでしょう!

原作の小説の最後は、国宝に選ばれた日の歌舞伎座の舞台で「鷺娘」を演じ踊り終えた喜久雄が、そのまま舞台から降り、客席の通路を抜け(そういう斬新な演出だと観客は思うけど)、劇場のロビーを抜け、劇場の外に出て、夜の銀座の道路を行き交う自動車の前に踊り出るというシーンだ。

夜の銀座の雨の中で光る自動車のヘッドライトの光こそ主人公が生きていたい世界の輝きだ。

主人公は、現実に戻りたくなかったのだ。鷺娘として生き舞う世界の中から抜けたくなかったのだ。

舞台役者ってそういうものでしょう。

全身全霊をかけて演じた役が自分を超えてしまう。もう自分に戻りたくない。

舞台の世界がほんとうの世界であり、現実の世界の方がファンタジーになる。

主人公は父親の極道の親分が殺害される現場を目撃している。

鮮血にまみれた父の姿を。

産みの母親は原爆症でもっと早くに亡くなっている。

そのトラウマを抱えて歌舞伎の家に引き取られた主人公の心の闇があるからこその、歌舞伎への集中がある。

美しい世界。艶やかな世界。雪や桜が永遠に舞う世界。

彼の心の闇🟰現実世界への嫌悪や恐怖や不安を、歌舞伎は忘れさせてくれる。

一見すれば、主人公は歌舞伎役者としての成功のために、全てを利用する酷薄な人間に見える。

御曹司をさしおいて、三代目花井半二郎を襲名する鉄面皮に見える。

いい役がつかないので、歌舞伎の名優の娘を誘惑して有利な立場を得ようとする女たらしに見える。

だって、しかたないよ、主人公にとっては歌舞伎以外に生きる世界はないのだから。

どう批判されても、主人公にとっては歌舞伎の舞台の他に生きていたい世界はない。

どんなに落ちぶれた旅回りの役者になっても、彼は舞台の上では手を抜かない。

プロの矜持じゃない。舞台の世界の方が彼にとってはほんとうに生きている世界だから。

だから、少しずつ主人公は狂って行く。

現実と舞台が混ざり合ってしまう感覚。

ファンタジーが現実を侵食していく感覚。

『国宝』という物語は芸道ものに見えて芸道ものじゃない。

歌舞伎はすごいですよおおおおおという権威主義とスノビズムはチラチラ見えるけれどもさ。

現実の世界を愛せない、受け入れることができない孤独な人間が、歌舞伎という舞台芸術に出会い、ゆっくりゆっくりゆっくり壊れていくプロセスを描いたメンヘラ文学が、『国宝』だ。

こういう人間は神を信じることはできない。悪魔の方が信じることができる。

病気だもん。

その不健康な魂の持ち主を演じる俳優として吉沢亮はぴったりだ。

彼ってメンヘラっぽいもんな。

目が目の前のものを見ていない気持ち悪さがあるでしょう?

こういう気持ち悪さを持つ若い男性俳優って、今は吉沢亮くらいかなあ。

横浜流星くんは健康だもんなあ。

ともかくだ!

映画『国宝』は面白い映画です。見て損はしません。

が、映画『国宝』は矮小化されている。

単なる孤児が歌舞伎の因習と伝統に挑戦し国宝に昇り詰めた成功物語、「日本一の歌舞伎役者」となった成功物語にされてしまっている。

主人公の秘める狂気は描かれない。

まあ、それはそれでいいのだろう。

知らんけど。

あ、寸評のつもりが長くなってしまいました。すみません。

2件のコメント

  1. こちらのブログ、数日前に見つけました。ゲサラの検索で。ゲサラの記事、熟読しましたw
    確かな筆力を感じ、他の記事にも興味が湧きました。
    映画を見なくなり久しいですが、話題になっているこの映画に興味を持っていました。
    いずれも驚嘆の感想ばかりの中、とても鋭く深いご感想に感じ入りました。
    韓国人監督が作ったことに引っかかりがありました。情感とか、情念とかの扱いに。
    ご乾燥を拝読して、さもありなん。という気がいたしました。

    同じ不満、苛立ちを感じそうなので、片田舎から街にわざわざ見に行くのは中止ですw
    心地よい文章が気になり、自分と同世代の方と知って納得しました。
    ありがとうございました。

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    1. AKIKO EBIHARAさま

      コメントありがとうございました。なかなか更新できないのですが、テキトーにBlogやってます。お気が向いたら、お訪ねください。

      『国宝』は、原作を読んでいたので、どう映画化するのかなあ?と思ってちょっとは期待していたのですが、なんだあ……というのが感想でした。

      評判の歌舞伎シーンも、ああ、映画監督も主演俳優たちも、歌舞伎あんまり見たことないんだなあと思いました。

      でもまあ、ビギナーにはあの程度でいいのでしょう。これから、古今東西の名作駄作いっぱい見て、鑑賞眼を養っていけばいいので。

      今後ともよろしくお願いいたします。

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