獰猛な母になるしかない現代

本日は、2017年12月5日火曜日である。

今日も新聞記事関連で思ったことを書く。

紙媒体の新聞は、資源ゴミとして処分が面倒ではあるが、私の世代だと、ネット記事より紙の方が読みやすく感じる。

だから、家族と「もう購読するのやめようかあ、ネットで読めるし〜〜Wall Street JournalもWashington Post も紙媒体では発行しなくなったんだよお〜〜」と話しながらも、ズルズルと購読し続けている。朝刊だけ。

本日に目についたニュースは、これだ!

名古屋鉄道=名鉄(メイテツと地元では呼ぶ)が、痴漢の多いことで知られる電車事業だけではなく、学童保育事業に参入するそーだ。

学童保育は、乳幼児保育と同じくらいに需要が大きい分野だ。

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名鉄は、乳幼児の保育園事業にも参入するそーだ。

高齢者向け事業にはすでに参入しているらしい。

地域密着ではなく、名鉄沿線とか地下鉄沿線とかにオフィスを置き、夜の8時まで営業で、月5回で最低額税抜き59,000円の学童保育だ。

これは、いいビジネスだ。

質のいい人材を集められるぐらいに保育スタッフに高待遇を保証し、研修訓練を怠りなくすれば、このビジネスは行ける。

最低額59,000円だとすると、英語とかプログラミングの受講料とか含めば、自宅に帰るまでに出す軽食給食費とか含めば、おそらく月額8万円から10万円はかかるだろう。

これ、専門職で忙しく働く母親なら出す金額だ。

自分のためのスーツとかバッグを買わなければ出せる額だ。

身につかないお稽古事に金を出すよりいい。

親が帰宅するまでの時間を、きちんと子どもの面倒見てくれるならば、母親はお金を出す。

そりゃ、子どもが家に帰れば母親が待っているのが理想だ。

言うまでもない。

しかし、そういう専業主婦になれるのは運がいい女だけだ。

男を男らしくする教育機能は日本の社会から失われている。

父を父らしくする経済機能を昨今の男は容易に身につけられない。

ぶっちゃけていえば、現代において、女は男を頼りたくても頼れない。

信頼できないのだよ。

精神的にも経済的にも。

自分が稼げるお金の方が信じられるの。

それでも、男など歯牙にもかけないながらも専業主婦の道を選び、家庭内ケアや教育力を発揮できる女性というのは、尋常じゃない能力の持ち主だ。

能力ばかりでなく蛮勇も持っていなければならない。

蛮勇とはコストパフォーマンス考えずにエネルギー注ぎ込めるヴァイタリティーのことだ。

いまどきの、無駄に大事にされ甘やかされて育ったひ弱な女には無理。

ともかく比較的高給の専門職に従事したい女にとって、子育て期間というのは恐ろしい。

いまどき、献身的に娘のキャリアを守るために孫の育児に集中してくれる祖父母なんていない。

子育てなんて還暦過ぎたらできない。

子どもというのは、子どもでなければ育てられない。

この意味わかります?

大人になると、子どもみたいな亜人間につきあえない。

教師だって若い方がいい。

学生はパープリンだから、同じくパープリンの若い教師でないと、つきあえない。

だから、祖父母に頼るのは間違い。

が、保育園はいつも足りない。

小学校にはいれば学童保育所も足りなくて、午後6時くらいまでしか見てくれない。

かといって、追い詰められて、子育てのために仕事を辞めたら、再就職は難しい。

2億円の生涯賃金が消える。

それまでに自分に投資した金額の回収ができない。

子どもは可愛い。

しかし、子どもにエネルギーを特攻隊的に注いでも、馬鹿に育つリスクはある。

心込めて育てても、頭も悪く矮小な人間に育つ可能性はある。

だから、そこまで、子どもという他人のために自分を捧げていられないのだよ。

現代の高学歴の合理的に思考する女は、そこまで考える。

でも、結婚もしたいし、子どもも欲しいのだ。

キャリアも結婚も子どもも欲しい。

現代の女の勝ち組になりたいのだよ。

キャリアと結婚と子ども。この3つ。

虚栄心?

はい、そうですが。それが何か?

だから、必要なのは、自分のキャリア=金稼ぎをサポートする「不合理な子どもケア仕事」をある程度任せられる質のいい保育サービスである。

金は出すよ。

どうせ無駄使いするんだから、保育料に出す方がいい。

ずっと続くことじゃない。

12年間の保育料支払いが終われば、中学になって学習塾の支払いが始まるけれども。

それでも、2億円の生涯賃金が消えることに比較すれば、なんということはない。

その生涯賃金から自分の老後の年金が積み立てられ、いずれ支払われるのだ。

幼い子どもとと過ごす時間が貴重だし、時間は消えたら、取り返しがつかない?

そうですよ。

だから何?

後悔のない人生なんてないのだよ。

手抜き?

手抜きですよ、そりゃ。

でも、ほとんどが手抜きで見切り発車するのが人生でしょう?

母性愛の欠如?

何を言ってんの?

女が母性愛を発揮していられないような社会環境にしておいて、何を言ってるの?

あんた馬鹿?

あんたって、人類の総称だよん。

人類って馬鹿。

ということで、月額1人の子どもに10万近くの学童保育料を払える親に特化した保育事業はビジネスとしていいと思うよ。

え?

そんな保育料払えない働く親はどうするのかって?

どうぞ、動かない役所に陳情してください。

やれることやってください。

この国の政府は、本気で子育て支援に税金を投下する気ない。

そこんとこは承知しておいてください。

ほんとは、こういう世の中の実情を小学校で教えることが必要なんだけれども。

小学校でも中学校でも、社会はこうあるべきだ!という理想図は教えているらしい。

しかし、実情はこうですから、この対処はしておきましょう、自力でね……とは教えないようだ。

たまたま家庭の文化資本蓄積力のある子どもは、世の実相に関する情報にアクセスできて、準備ができる。

たまたま遺伝子が良質で、生来、観察力と思考力と危機管理能力のある子どもは、ボケっとしてると、ろくな目にあわないなと心して準備できる。

じゃあ、そうでない子どもはどうなるかって?

そりゃ、不用心に無知なまま世界に放り出されるのですよ。

かわいそう?

かわいそうです。

だけど、何かあなたにできますか?

自分の面倒を見るだけで精一杯でしょ、凡人は。

やれもしないこと心を傷めるよりも、最後まで自分で自分の面倒を見れるように努力しましょう。

金がないなら、ないなりに健やかに生きることに挑戦するとか、やることはいっぱいあります。

ということで、実際は、格差はどんどん広がっている。

いや、昔から格差はあった。

それが情報技術の発展で、あからさまに見えるようになっただけだな。

しかし、キャリアをめぐる子育てなどの女の状況は、ますますアメリカ的になってきたなあ。

アメリカでは移民の女性を安くベビー・シッターで雇える。

ベビー・シッターは子どもを見てるだけ。

オムツもなんも替えない。

8時間替えなくていい紙オムツは、そのために開発されたんだから。

8時間もオムツを替えてもらえない子どものことを気にしてたら、アメリカの女は生きていけない。

子どもとはいえ、どうせ成長したら離れていく他人なのだ。

それより、自分自身の人生の安全保障たるキャリアを優先する。

愛より金。

愛は金の後からついてくる。

そこに一抹の悔いも寂しさも感じない。

アメリカの母のハードボイルドはすごい。

日本の母も、アメリカの母の獰猛さのいくばくかを身につけ始めたようだ。

東京あたりでは、すでに私企業による「差別化された」保育事業は実施されてきているのだろう。

子育てをめぐる階級差は、可視化されて久しいのだろう。

とうとう、名古屋あたりの地方都市でも、それが始まった。

誰だって、母親ならば、こんな可愛いに猫ちゃんミニグラタンを用意して、学校から帰る子どもを待っていたいよ!!

しかし、現実としては、容赦なく心無い獰猛な母でいるしかないのだ。

日本の母よ、稼ぎまくりつつ、堂々と獰猛に生きましょう。

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