[391] クズばかり登場する漫画を読む効用—秋山ジョージ『捨てがたき人々』

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本日は2019年7月14日日曜日だ。

FacebookやTwitterなどSNSだけを眺めていると、「れいわ新選組」が大躍進し、「NHKから国民を守る党」がone issueのみ訴えて国政に躍り出る勢いだ。

が、一般世間で、そんな話題は出ない。

一切出ない。

今までと変わらず自民党と公明党が組織票で勝ち、少数の既成野党がこれまたわずかな組織票でちょっとだけ当選するという構図は変わらなさそうだ。

私は、この世界に救済もないし、ユートピアも実現しないと思っている。

この世に救済やユートピアがあったら、とっくの昔に実現してるって!

おびただしい数の人間が何千年と延々と苦しんできたんだからさ。

私は、どんなに感動的なことを演説で言われても、「ふーん、だといいねえ………」と思うだけだ。

今日は、私が年甲斐もなく甘いこと考えるときに思い出す漫画について紹介する。

ジョージ秋山(1943-)氏の『捨てがたき人々』だ。

あ、薦めてはいませんよ。

読むと腹が立つ人の方が多いかもしれない。

ジョージ秋山っていう漫画家さんは、多作な作家で、1960年代から活躍しておられる。

1970年代初頭には『アシュラ』っていう問題作を書いて話題を呼んだ。

飢えた母親から食われそうになっても生き残った少年が、乱世の時代を悪の限りを尽くして生き延びようとする話だ。

自分に情けをかけてくれる人々さえ裏切る悪の化身がアシュラだ。

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その『アシュラ』は有害図書として認定され、さんざんバッシングを受けた。

特に人肉描写が問題になった。

飢えれば、食うよな……何の肉でも……

そのせいか、この作品は未完の問題作で終わってる。

未完成だって一種の完成だもんね。

人生ってみんな未完成なんだから、未完成の作品もいいんよ。

『アシュラ』が出てきた1970年代初頭なんてね、高度成長期で昭和元禄なんて言われた時代で、日本人の脳がユルユルし始めてきた時期だ。

アホみたいな偽善がはびこり始めてきた時期だ。

世界に対するお花畑思考が始まった頃だ。

ブサヨ全盛時代だ。

朝日新聞全盛時代だ。

岩波書店が日本の知性と良心の拠点とされた時代だ。

ネトウヨは生まれてもいなかった。

(インターネットは1993年に生まれた)

だから、世界の残酷な実相を描いた『アシュラ』が受け入れられるはずがなかった。

「生きるこということは、生き延びるということは、残酷にならざるを得ないものなのだ」というテーマが受け入れられるはずがなかった。

でも、この漫画の強烈なテーマは多くの人々の心を掴んで離さなかった。

で、2012年にはアニメ化された。

そのジョージ秋山氏は、『銭ゲバ』とか『浮浪雲』とかも発表しておられる。

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ジョージ秋山氏は、地味ながらも根強い人気を維持してきた骨太な息の長いリアリズム系漫画家だ。

そのジョージ秋山氏に、これまた未完の問題作に『捨てがたき人々』ってのがある。

1990年代の終わり頃に書かれた作品だ。

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主人公は最低の男。クズ以下のクズで変態。性犯罪者で無能。

登場人物たちもクズばかりだ。裏切りあってばかりいる。

誠実も真心も思いやりも何もないです。

登場人物たちは、主としてある宗教団体の信者たち。

作者の秋山ジョージ氏は、ほんとはこの宗教団体のアホくささも描くつもりだったのかもしれない。

まあ、そこまでいかずに息切れしたのかな。

今さら宗教団体の悪を暴いてもしかたないよね。

まともな人間ならばカルトに騙されないし。

この『捨てがたき人々』の主人公は、いわば現代のアシュラだ。

アシュラからピカレスク要素を剥ぎ取り、ただのクズ男にしたのが、『捨てがたき人々』の主人公だ。

アシュラが母親から食われそうになったのと同じく、この漫画の主人公も悲惨な少年時代を過ごした。

父親も母親も最低の人間だ。

ついでに、主人公はとんでもなく醜い顔立ちでデブで、頭も悪い。

考えることは性交のことだけで、女と見れば強姦する。

こーいう主人公の醜さが、これでもかこれでもかと言わんばかりに描かれる。

なんちゅう漫画か。

そういうものでも読んじゃう私は、漫画家になりたくてなれなかった人間なので、ついつい、漫画という表現手段の追っかけをしてしまう。

要するにこの漫画のテーマは、「人間は何のかんの言っても、食いもんとセックスと金のことしか考えてない」なのだ。

崇高なところとか、気高いとことなんて、微塵もないです。

正義も善もないです。

食いもんとセックスと金のことしか考えていない人間たちが登場するだけの漫画だ。

1970年代の『アシュラ』には、乱世をたったひとりで生き抜いていく浮浪者のガキの哀愁があった。

でも、『捨てがたき人々』の主人公は、ただただ不快で馬鹿なだけ。

ただ、正直なんよね。

自分の欲望に正直なの。

この漫画は2012年に映画化された。

ただし、漫画の持っているエネルギーは消えていた。

ただ貧乏くさい小汚い意味不明の映画になっていた。

主人公のクズ強姦男を演じたのが、大森南朋(おおもり・なお:1972-)。

この人はNHKの「ハゲタカ」で主演した人だね。

イメージかなり違うわ。

漫画版『捨てがたき人々』の方が、はるかに奇妙奇天烈な破茶滅茶さがある。

生まれてしまって生きるしかない人間存在への呪詛がある。

私は自分が現実から遊離しそうになると、この漫画を思い出す。

人間存在を買いかぶってはいけないと、自分を戒める。

人間の根本は、この程度だということを忘れてはいけないと思う。

私は頭が悪いから、若い頃についつい綺麗事を信じちゃった。

自分自身のこともわかっていなかったからね。

こういうこともっと若い頃に知っていたら、もっと地に足の着いた生き方ができたのになあと思う。

そういう甘ちゃんの非現実的な私には、こういう漫画はありがたいのだ。

人間の程度ってものを見誤らないためにね。

自分の程度ってものも見誤らないためにね。

私は、選挙の季節になると、この漫画を思い出す。

政治って大変だ。

為政者って大変だ。

ほんとは「食いもんとセックスと金のことしか考えていない」国民が食ってゆけるシステムを構築しなきゃいけない。

パンとサーカスを提供しなきゃいけない。

何につけても金がかかる。

金がないなら知恵を出せって、知恵がないなら汗を出せって、最後の勤務先だった地方の貧乏公立大学でよく言われたことだ。

金がないなら、何もできないよね、ほんとは。

でも財源である税金は誰も払いたくない。

役人は国民から収奪することしかアイデアがない。

役人には稼ぐ能力がないから、他人の稼いだものを掠め取るしかない。

役所で若い頃にこき使われた分だけ、75歳くらいまでも現役で高給が取れるように、天下り機関の特殊法人をいっぱい作りたい。

その運営費や人件費はこっそり国家予算から流用したい。

だから、「特別会計予算」という公開されない裏金を溜め込んで使いたい。

特殊法人は癒着してる企業に仕事を発注する。

その費用はもちろん税金だ。

特殊法人が企業に支払った金(税金)は、それに関与した役人と政治家に還流する。

日本は自由競争の資本主義国家じゃない。

中国のことを笑えないの。

国と企業が癒着した国家資本主義なの。

つまり官僚制社会主義なの。

為政者は、役人たちを手なずけておくためにも、そーいう構造を是正する気はない。

役所の規制や介入を取っ払い、自由な企業の自由競争に委ねる気はない。

国家財政を真の意味で合理化する気はない。

どうせ、税金という他人の金だもの。

他人の金はいくら収奪しても自分の心は傷まない。

だから、テキトーなもっともらしい理由をメディアに流させて、増税やむなしという気運を国民間に醸成する。

特に疑い深くないお人好しの類の国民(特に女と男のおばさんと子ども)をターゲットにプロパガンダを展開する。

政治家も官僚も、ほんとは、「食いもんとセックスと金のことしか考えていない」のだからさ。

それが、人間存在だからさ。

その程度のものなんよ。

でも、ただその程度のものだけではない何かもある。

その何かが動く時もある。

そこに希望もある。

選挙の時期になると、各党の公約を眺めて、「ふーん……」と私は感心する。

ほんとうは実現できないことを、いっぱいよく言うよな……

One issueだって実現できるかどうかわからないのに……

まずは何よりも、安全保障と経済政策だけど、根本のことはどこの政党も言わない。

私が為政者ならばさあ、思うかもね。

「何やってもこいつら馬鹿で理解できなくて、不満ばかりで、他人にしてもらいたがるばかりで、食いもんとセックスと金のことしか考えていないのだから、まあ、こいつらは放置で、日本の国体だけ守り、日本にエネルギーが運ぶこまれるシステムを保持し、日本人の雇用を守る経団連系大企業だけ守ればいいんじゃない?」って。

「国体」ってのは、自分たちの既得権益が守られるシステムのこと。

「国体」は皇室のことじゃない。彼らにとっては皇室は利用するもの。

もちろん一般国民のことでもない。彼らにとっては国民は搾取対象。

しかし、嘆くことはないです。

これはこの世界の出来事でしかない。

この世界のその出来事が唯一のリアリティであるかどうかは、わからない。

どう変化するかわからない要素もある。

宇宙は謎がいっぱい。

可能性もいっぱい。

しかし、今のところは、私はこのいかにも袋小路風な世界に生きている。

でも、この袋小路風な世界にも突破口はあちこちあるんだ。

もうしばらく、この世界につきあってやる。

だから、『捨てがたき人々』を思い出して、まあ、現世はこんなもんでしょ……とリアリストであると同時に、上から目線も保ちつつ、もっとも実現可能な線を訴える政党に投票するのであります。

今回は、「NHKから国民を守る党」に投票する。

ところで、『捨てがたき人々』って、何を捨てることができないんだろう?

煩悩?

生きることへの未練?

生きることそのもの?

この世界?

希望?

いや、「捨てがたき人々」というのは、目的語ではなく、主語が省略されているのか?

誰が捨てがたいのか?

誰かが捨てようとして捨てることができない人々が描かれている漫画なのか。

ならば、それは神だろう。

このような愚劣低俗な人々をも捨てられない存在は神なのだろう。

ジョージ秋山氏は、『聖書』の漫画化もしておられる。

この漫画家は非常に宗教的な方でもあるからな……

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